水音の乙女   作:RightWorld

193 / 193
第178話「天音編(その23) ~エピローグ:飛び立て少年少女たち~」

 

 俺は一宮翔平。扶桑海軍の2等整備兵だ。

 

 俺の乗艦する特設水上機母艦『神川丸』は、ドライドックでの整備と試運転を終え、護衛の第22駆逐隊を従えて、今日からジャワ方面へ洋上訓練に出発する。整備部隊は既に神川丸に乗っており、艦と共にシンガポール海峡へと移動中だ。ただ一人、俺だけはチャンギの水上機基地に残っている。

 チャンギの水上機基地には、神川丸の搭載機である対潜哨戒部隊428空、そして対潜ウィッチ部隊427空がいて、間もなくここを飛び立って『神川丸』へ向かうのだ。俺も427空隊長機の零式水偵に乗せてもらって、一緒に神川丸へ行く。

 

 なぜ俺一人だけチャンギ水上機基地にいるかというと、427空にいる世界唯一、いや、今では唯一でなくなったのだが、依然として実用レベルでは世界唯一の水中探信使いである、一崎天音一飛曹の水上ストライカーユニット『瑞雲』を完璧に調整するためだ。一崎の『瑞雲』は、あいつの極めて稀な固有魔法のせいで特別な改造をしてあって、その調整に一番熟知しているのが俺だからだ。

 

「一宮君、左のユニットの出力直った?」

「調整しといたぞ。言っとくが壊れてた訳じゃないからな。一崎一飛曹の魔力配分の癖だ。利き足じゃないから微妙に魔法圧が弱いんだ。意識して直せよ」

「むーっ。直すのはわたしの方だって言われちゃったよ」

 

 一崎は俺の命を握っている。こいつの裸を見てしまった責任を取る為に、俺はウィッチ保護規定違反とかいうので死刑が確定たも同然になってる。だが、3年間の判決猶予をこいつが出したのだ。3年間大人しくしてりゃ、もしかすると恩赦が出るかもしれねえ。

 

 だからと言って整備畑では妥協しねえからな!

 

 整備は俺の領域だ。俺が納得するようにやる。そして整備をしっかりやることは一崎の安定した活躍に繋がり、帰還率、生存率も上がり、最終的には人類への貢献になる。それは3年後、副産物として俺の恩赦へと繋がるかもしれない。あくまでも副産物だ。俺の命恋しさでやるんじゃねえからな!

 

 それともう1機、今日からうちの部隊に正式派遣となるブリタニアのウィッチの水上ストライカーユニットも、俺がメインで調整することになった。ひょんなことから俺がブリタニアのストライカーユニット『グラディエーター』を整備したことがあったもんだから、これにも一番熟知しているってことになってしまったって訳だ。その時のと機種は違うけど、開発時期と開発国が同じだから、見てみるとやっぱり傾向が似ていたんだよな。

 その機種ってのは、複葉艦上雷撃脚『ソードフィッシュ』の水上機バージョンだ。複葉脚って人間味があって俺は好きだ。複葉脚だからってバカにしちゃいけねえぜ。急降下爆撃もできるが、何しろ雷撃機だ。『神川丸』搭載機で初の魚雷攻撃ができる機体だぜ。まあ普段はロケット弾持つらしいけどな。あと悪天候に凄く強いんだってさ。

 

 ところが、そのブリタニアのウィッチがやって来やしねえ。ブリタニアっつってもブリタニア人じゃなくて、現地植民地のウィッチだけどな。南国出身だから頭の中もトロピカルジュースみたいに甘々なんだろう。

 

「シィーニー軍曹はまだ来ないのか?」

「まだみたいっすねえ」

「時間になったら置いてっちまうぞ」

 

 427空隊長の卜部少尉がやきもきしている。お、ここの基地の整備兵が走ってくる。来たのかな?

 

「ブリタニアのウィッチ来ました!」

「おう、やっと来たか」

 

 しかしやって来たのは……もっと小さい奴だった。

 

「ブリタニア海軍のウィッチ見習い、ファン・イエン・トゥ伍長です。お見送りに来たの!」

 

 元気に右手をあげて名乗るのは、あの花売りの少女だった娘だ。もっとも花売りは副業で、本業はメイドだったんだが。

 

「トゥちゃん!」

「アマネお姉ちゃん! じゃなくて、えっと、えっと、ヒトサキ軍曹」

 

 トゥは敬礼をしたが、全然ぎこちない。仕方ねえけどな。

 

「よぉ、久しぶり」

「ウラベしょーい、こんにちは。あ、ショーへーお兄ちゃーん」

 

 俺に両手を振るかつての花売りは、現在世界で2人目となった水中探信ウィッチ……になる為に訓練中の元アンナン人。その前に学校に通って字の読み書きから始めてる最中なので、実戦部隊に来るのは相当先だろう。まだ10歳か11歳とかで小さすぎるし。

 しかし見習い入隊したばっかりだというのに、俺よりはるか階級上の下士官の伍長かよ。

 

「あれー? お兄ちゃん、2等兵だったの?」

「そ、そうだよ」

「わたしより階級下じゃん。ウラベしょーい、今ここでネウロイが現れたら、わたし命令できるのかしら? 『市民守るために死んで来い』って」

 

 こえーこと言ってんじゃねーよ! こいつも俺を死刑にしてえのか!

 

「んー、国と指揮系統が違うから、ひとまずは無しかなー」

「あらそう」

 

 なんでそんな残念そうな顔すんだ……

 

「よかったね、お兄ちゃん」

 

 そして何事もなかったように屈託ない笑顔に切り替えて……末恐ろしいガキだ。

 

「それでシィーニー軍曹はどうした?」

「まだ来てなかったの? わたしは海軍なんで、空軍のシィーニーお姉……いえ、軍曹のことは分かんないです」

「えー? どこいっちゃったんだ」

 

 すると上空からエンジン音が近付いてきた。見上げるとストライカーユニットと、なんだかごてっとしたウィッチが飛んで来た。勝田飛曹長が空に手をかざす。

 

「おー、二人羽織したウィッチが来るぞ」

 

 ごてっとしていたのは、ずた袋を抱えた一人をもう一人が抱えていたからだった。なので3重に重なって見える。ストライカーユニットが起こす轟音と旋風をまき散らして、そのウィッチが低空へゆっくりホバリングで降りてきた。

 

「これくらいでいいかな? 手、離すわよ」

「送迎ありがとうございます!」

「速達で配達しただけよ」

「そんな物みたいな事……きゃあ!」

「あっ、投下されたぞ」

 

 3m程の高さから落とされたウィッチは、肩掛けしていたずた袋がクッションになって、痛い思いをせず着地することができた。そしてすぐ起き上がると、埃も払わず皆に向かって敬礼した。

 

「おお遅れてももも申し訳ありません! ブリタニア空軍より本日付で正式に配属となりました、シィーニー・タム・ワン軍曹です!」

「ようやく来たねぇ~」

 

 勝田飛曹長がニカニカと笑って迎えた。卜部少尉が、運んできたウィッチを見上げた。先日の潜水艦騒動の時にも来てたアンウィン曹長だ。

 

「アンウィン曹長、ホバリング随分上手くなったじゃないか」

「実戦で鍛えてもらったおかげです。その娘、お願いしますねー」

「おう、心配すんな」

「じゃ、失礼しまーす」

 

 配達を終えたアンウィン曹長は、愛機の夜間戦闘脚『ボーファイター』の出力を上げて上空へ、そしておそらくセレター基地へと帰っていった。

 

「シィーニーちゃーん」

「はーい、シィーニーさん」

「シィーニーお姉ちゃーん」

「おはよう」

 

 ボーファイターが巻き上げる風も収まって、一崎と筑波一飛曹、トゥ、そして下妻上飛曹が駆けて来た。

 

「いよいよだね」

「はい! アマネさん達と一緒の部隊になれるなんて、もう夢のようです。わぁーい、ショーヘーさーん」

 

 これがさっき言ってた現地植民地のウィッチ、シィーニー軍曹だ。妙な縁で知り合うとこになったんだが、まさか427空とは既に知り合いで、神川丸に乗ることになっていた奴だったとは。一崎といい、なんだか俺の周りに爆弾が増えてくような気がしてならねぇ。

 

「ああ、アマネさん、そんな不機嫌そうな顔しないでください。はいはい、わかってますよ~、アマネさんに優先権があるんですからまずはアマネさんで、わたしはそのおこぼれ時間に襲いますので~」

 

 こ、こいつ、なにする気だ!? やっぱこいつも刺客だったか!?

 

「わたしも早く皆のとこに加わりたいな~」

 

 トゥまで加わらなくていいよ! こいつも一度チューをせがんできたから要注意人物だ。

 

「そうだよねー。でもトゥちゃんはまずお勉強してからだよ」

「わかってるよ、アマネお姉ちゃん。アンナン語とガリア語とブリタニア語はしゃべれるから、全部字も読み書きできるようにしないとよね! あとアマネお姉ちゃんとこの扶桑語!」

「「「「わぁ~、優秀……」」」」

 

 3ヶ国語も喋れたんか。アンナンはガリアの植民地だから、ガリア語もできたんだ。次会う時がますます怖くなってきた。

 

「それでシィーニー軍曹。遅れたのは途中でなんかあったのか?」

 

 卜部少尉は一応理由を聞く。寝坊とかじゃねえよな?

 

「はいっ! バーン大尉にブリタニアの恥にならんように云々と訓示を頂いておりました!」

「へー。どんな事言ってたんだ?」

「忘れました! もう皆さんのところに一刻も早く逃げたくてじゃなくて、行きたくて!」

 

 上官の訓示を忘れていいのか? しかも卜部少尉はカッカッカッと笑って頷いてるし。

 

「歓迎する。さあ皆、ストライカーユニット装着しろ! 出発するぞ!」

「イエッサー!」

「「「了解!」」」

「お姉ちゃん達、行ってらっしゃーい」

 

 一人メンバーの増えた新427空は、元気な返事と共に敬礼し、トゥに手を振ると、それぞれのストライカーユニットへと走って行った。

 

「さて、一宮。私らも行くか」

「うぃっす!」

 

 俺も素早く飛行の術の呪文を唱えると、卜部少尉操縦の零式水偵へと駆けていった。

 

 

 




 
 いつも読んでいただき、ありがとうございます。
 また感想や誤字報告など大変感謝しております。
 これら皆様のご声援のおかげで、今回もなんとかENDまで持ってくることができました。
 体を張った嫁・婿取り合戦どうだったでしょうか。

 さて……
 何故こうなった!?

 というのが天音編を終えた感想です。
 もともと本編とは関係なく一宮君と天音ちゃん、シィーニーちゃんでイチャコラ楽しもうと思って書き始めたお遊びだったはずでしたが、とんでもない長編になってしまいました。
 ストパンは男子禁制、の方々には目の毒でスミマセン。王党派や赤い人達の裏抗争、智子・ビューリングの登場でご勘弁ください。

 天音編がこんな面倒なことになったのは、「天音がさらわれたりしたら面白いんじゃね?」というので書き進んだが故です。どう収束させるかは基本構想はあったものの、その実現方法、特に潜水艦をどう浮き上がらせて、どうトゥを救出するかは難産でした。智子とビューリングも「出てきたら面白くなるんじゃね?」って与太話書いて行き詰ったボツ案だったのですが、天音の水中視界をビューリングが共有できるという設定を思い付いたことで、両方が生きたという結果オーライです。

 重ね重ね、読んでいただき、本当にありがとうございます。_(._.)_

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。