水音の乙女   作:RightWorld

190 / 193
第175話「天音編(その20) ~責任取れー(天音VIEW)~」

 

 頭に薬缶を乗せたらお湯を沸かせそうなほど首元から上を赤くした天音が部屋に戻ってきたのは、顔を洗いに行ってくると言ってすぐだった。寝癖が取れてない姿を見た優奈は、トイレに行っただけかなと思った。

 しかし部屋に戻るなり布団に頭だけ突っ込む天音。

 その様子を見て、優奈はどうも様子がおかしいと思う。

 

「天音どうしたの? 顔洗った?」

「……」

「あんた夜ベッド落ちてからなんか変よ。あの後も、うあああとか、いやああとか、寝ながら唸ってたし」

 

 ぶはっと息苦しくなったか、布団から顔を出した天音は、一瞬優奈の顔を見ると立ち上がって、

 

「海風に当たってくる」

 

と言って部屋を出ていった。

 

「待って天音! あたしも行く」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 水上機基地で海に一番早く着くには、駐機場を突っ切って水上機が海に降りるコンクリートのスロープへ行くことだが、基地の人達がせっせと作業しているのを見ると、天音はスロープではなく、その脇の消波ブロックが積み上がっている方へと向きを変えた。

 歩いて行くうちに、沖に艦尾を突き出している潜水艦が見えてくると、天音は「ひゃあ」と目を伏せた。優奈は、これは昨日の潜水艦との事で何かあったなとアタリを付けた

 

「何があったの? 潜水艦で何かあった? 中の変なモノでも見ちゃった?」

 

 水中探信波を駆使して潜水艦の中まで見透かすことができた天音である。他の人が知らないことを1つ2つ見たっておかしくはない。突入した千里によれば死体もあったというし、ビューリング少尉も言っていたが、色んなものが見えてしまうのは心への負担が大きいのだ。優奈は今そこ天音の教育係として、いやその前に親友として助ける時だと拳を握る。

 

「悩んでるんなら何でも相談して。友達でしょ?」

 

 消波ブロックの一つの上でしゃがむと、潜水艦を正面に捉えないようにして体育座りをした。天音の目線は遠くではなく、手前のブロックに当たる波際の辺りにある。しかし焦点は合ってないようだった。

 ここに来るまで天音はうめき声しか出してない。心の中に詰まってるものを少しでも出させてあげないと。ここは千里がよく卜部さんにやるみたいにスキンシップかなと思い、座り込んでる天音の頭を横から抱いた。

 天音の方は、急に抱かれたことにびっくり、さらに同い年なのにやたらと豊かになった優奈のお胸の柔らかい感触にもびっくりしたが、それによって一人悶々としていた頭の中に風が通り抜け、優奈の存在に今更ながら気が付いた。

 

「さっきから思いつめちゃって、いったい何があったの?」

 

 話して、という優奈の囁きに、天音はぐちゃぐちゃだった頭の中身がほどけてきて、詰まっていたものが端から自然とぽろぽろ言葉となって落ちてきた。

 

「……見られた。もう全部見られた。わたし、一宮君とこにお嫁にいくの決定……」

「なっ! ぜ、全部!? もしかして覗かれたの!?」

「覗かれたわけじゃなくて、全部事故なんだけど……。事故って言っても、あれはないわ……」

 

 天音は優奈の胸から離れると、恥ずかしくて顔を両膝の間に埋めてしまった。

 

「普通ならこれで決定なんだけど、あれじゃ一宮君の方がいやっていうかも」

 

「ええ!? そんな傷心するほどの見られ方って何!? いったいどんなことになったのよ」

「言えない。とてもじゃないけど、恥ずかしくて言えない……」

 

 ふるふると首を横に振る天音。僅かに見える首や耳や頬は、よほど恥ずかしいらしく赤一色に染まっている。

 

「ちなみに……胸はどこまで?」

 

 言えないという天音からちょっとでも掘り出そうとする優奈。

 

「お乳の下くらいならセーフよ?」

「下どころじゃないよ。全部。そんでもって顔にくっつけちゃった……」

「くっ!? ……見られるだけじゃなくて、顔に!?」

 

 天音はこくりと頷く。

 

「き、聞くのが怖くなってきたけど、ち、ちなみに下は?」

「……後ろ向きだったからお尻を……でもって脚広げちゃったからきっと、中まで全部……」

 

 優奈は大口を開けて、上を見上げて白目をむいた。

 いつも一緒におフロ入ってるが、さすがに優奈でも中まで見た事はない。

 すぐはっと我に戻ってきて叫ぶ。

 

「な、何やってんの!?」

 

 あまりの行きっぷりに、自分の事でなくても顔が異常発熱してしまう。

 

「あ、でもってお股も触られてた……ズボンの上からだったけど」

「はああ!? そんなところも触ってまでいるの! もう変態じゃん!」

「でもね、でもね、みんなわざとじゃないの。事故なの」

 

 優奈は再び大口を開けて白目をむいた。上を向いたまま呆れ声がその口から漏れる。

 

「……どうやったら事故でそこまでいくのよ。いったいあんたどんな格好したらそうなるのよ」

「うう、もうだめ、わたしもう自分を殺しちゃいたい」

「こ、殺す!?」

 

 聞き捨てならぬ単語が飛び出て優奈の瞳に黒目が戻る。

 足の間に顔をうずめて天音は声を上ずらせて続けた。

 

「ちょっとばかり隠し損ねちゃって、一瞬裸見られちゃったっていうなら、普通に、ああ、この人のとこにお嫁に行くのかぁって、一宮君だしいいかぁっても思うけど、あれは……あれはないわ。あんなはしたない格好しちゃったりとか、あんな無防備に触らしちゃったりとか、もうわたしのこと絶対呆れられてるよ。こんな人貰ってなんかくれないよ。あっちから断ってくるよ……」

「そ、そこまで思いつめてるの」

 

 確かに、見られたじゃなくて、見せられたというケースでは、男の方がごねる事例はあるのだ。周りが説得して拒否が成功できた事はないが。逆に見られたというケースでは、あまりにも悪質だと女側が断ってきて、それは受け入れられる事が多い。つまり決定においては女性側の方に分があるのだ。

 なのでこのケースでは天音の意思次第なのだが、嫌がる人を無理にというのは天音としては許せないのだろう。

 

「だからもう、わたし消えてしまいたい。それか一宮君の記憶からあの無様なわたしを消し去りたい」

「あいつが消えるのは構わないけど、天音が消えるのは困るわ。ちょっとあいつの頭、棒で思いっきり殴ってみようか」

「それだとやり過ぎちゃって記憶が飛ぶどころか再起不能になっちゃったら、わたし嫁ぐなり一宮君を介護しないといけないじゃん」

「廃人になったらそのまま捨てちゃえば?」

 

 天音は顔を上げた。優奈の言に悲しそうな顔を向けて返事にする。優奈は頭を掻いて、ぶつぶつと呟いた。

 

「はあ、なんだかんだ言ってあんたもあいつの事……」

 

 優奈は天音の肩に手を回して引き寄せた。

 

「暫くは顔も合わせたくないかもだけど、少し間を置けば気持ちも落ち着いて整理つくわよ。話すのはそれからでいいじゃん」

 

 優奈と天音は体を揺らしながら気持ちが静まるまで海を眺めた。

 暫らくそうしていたが、太陽の位置が高くなり、海風も生暖かさが増してきたので、二人は「暑くなってきたね」と言って体を離した。

 

「優奈くらいおっきな胸だったら、彼、触った時どんな反応したかな」

「そりゃもうイチコロでしょ。気を失ったかもよ」

「わたしもおっきくしなくちゃ」

「それじゃご飯食べに行こっか」

「うん」

 

 二人はにっこり微笑みあって立ち上がり、宿舎へと戻っていった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 食堂で天音と優奈はおにぎりの包みをもらうと、搭乗員控室で食べようと、それを持って皆のいる格納庫へと歩いて行った。

 格納庫の入り口まで来ると、二人に気付いた勝田がこっちへペンギンのように駆けてきた。

 

「天音、一宮が来ているよ」

「ふえっ!?」

「あんのバカ、来るの早過ぎよ」

 

 まだ気持ちの整理がついてないのに、今会ったってまともに会話なんかできっこないでしょ、と優奈はしかめっ面を一宮に向けた。

 

「なんでも、責任取りたいんだって」

「「え!!」」

 

 天音と優奈はびっくり仰天した。

 

「一宮が!? 天音に責任取るって!?」

「うん。もしかして天音、キミの地元で言うところのハダカ見られちゃってってのがあったの?」

 

 あわあわする天音は、つま先から頭のてっぺんまで赤くなった。聞くまでもない反応だが、優奈が代わりに答えた。

 

「勝田さん、実はそうなのよ」

「ありゃー。やっぱそうなのか」

「どどどどどうしよう……」

 

 動揺する天音。

 

「どうしようって、この場合どうするのさ」

 

 そんな風習のない勝田は聞かれても困ると、優奈に返答の権利を投げる。

 

「裸見ちゃった事をお互いが認め合ったら、双方了解ってことで一応成立。一宮が責任取りたいってことはあっちも認めたって事よね。良かったじゃん天音、一宮嫌がってないよ。もしかすると向こうから断ってくるかもって天音心配してたのよ」

「それは杞憂だったね。一宮、決死の覚悟で来てたよ」

 

 天音は頭からボンと噴煙を出して、優奈の胸に倒れ込んだ。

 

「じゃああとは天音、よろしくお願いしますって三つ指ついて返事すればいいのよ」

「ひゃあああ~~」

 

 するとそこへ千里が駆けてきた。

 

「一崎さん、どう?」

「断られると思ってたところに一宮の方からやってきたから、心の準備ができてないみたいよ」

「やっぱり」

 

 千里は優奈の胸の中の天音の頭を撫でると、千里なりに優しく囁いた。

 

「大事なことだから、今日の明日で急いで返事しなくてもいいと思う。あっちの想いは分かったのだから、気持ちを落ち着けてから、ちゃんと答えてあげた方がいい。なんなら日を改めて正式にお答えすると伝えてこようか?」

 

 天音は優奈の心臓の音を聞きながら、考えを少しずつまとめていた。自分の想い、一宮の覚悟、ウィッチの使命。どれも大事だ。それを踏まえた上で、今言えることは……

 ゆっくりと優奈の胸から頭を持ち上げた。

 

「き、き、き、決めた」

 

 おーっとウィッチ達から驚きの声が上がる。

 ふらふらと歩みだす天音を優奈が支え、ゆっくりと一宮の方へ向かっていった。一宮が緊張した面持ちで近付いてくる天音を見守っている。

 そして、頭の上から湯気を立てて、天音は一宮の前に立った。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。