水音の乙女   作:RightWorld

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第170話「天音編(その15) ~完全制圧~」

 

 発令所にいた潜水艦の士官らは、通路の方からどどどどっと迫って来る音が聞こえてきたので、何事かと目を向ける。すると人がボトボトと通路から降ってきて度肝を抜かれた。びっくりしていると、さらに数人の人の塊が落ちてきて、その塊の中から女性が3人素早く立ち上がると、2つの青白い魔法陣がぱあっと前面に広がった。

 

「ウ、ウィッチ!」

「センリ、あっちだ!」

 

 ビューリングは千里のシールドから出て身を晒すのも構わず司令塔へ駆け込む。千里も後を追いかけて背後を守った。

 司令塔にいた男は虚を突かれ、気付いた時には既に、独特な湾曲がかかった物々しい雰囲気のナイフが目の前にあった。

 

「動くな、何も触るな」

 

 発令所のアンウィンはシールドを盾にして幹部乗組員と対峙した。そしていかにもてんぱった、頭の斜め上から出たような声で警告を告げる。

 

「わわ私はブリタニア空軍曹長ジェシカ・アンウィンです! 本艦の全権を掌握します。て、抵抗しないように!」

 

 じりっじりっと1人の男が後ずさりする。咄嗟にアンウィンはその男へキッと目をやると、素速く拳銃から1発を発射した。男の横のメーターが粉々に砕ける。

 

「ううう動かないでって言ったでしょ!!」

 

 男は真っ青になって両手を上げた。

 ビューリングが司令塔から首だけ発令所に出して様子を窺った。

 

「何があった?」

「あ、あ、怪しい動きをした人がいて! う、疑わしい時はまず発砲! 報告は事後で、でしたよね!?」

「なかなか飲み込みが早いじゃないか。結構結構。わかってると思うが跳弾には気を付けろ。あと潜水艦に穴空けるなよ」

「ああ、全然考えてませんでした!」

 

 このウィッチやべえと思った士官たちは以降おとなしくなった。司令塔にいた士官も発令所に降ろされる。

 

「扶桑海軍の下妻千里曹長です。以降は我々の指示に従ってください。こっちの新人曹長はあなた達のガスマスクを取りたくてしかたがありません。指示に従わない素振りを見せた時の結果を私は見たくないんで、よろしくお願いします」

「私ネタにされてる!?」

 

 冗談なんか言わなそうな千里からの思わぬ扱いにアンウィンが思わず叫ぶ。

 だが士官達は、それはマジに違いないと思った。

 ビューリングは隙なく鋭い目線を一同に投げると、質問を投げた。

 

「艦長は?」

「艦長は自決された」

 

 アンウィンの頬が引き攣り、千里の顔が一瞬曇る。

 

「では今指揮を執っているのは誰だ?」

「副長の私だ」

「そうか。では乗組員全員を退艦させろ。艦外に出れば脱出を助けてくれる」

 

 当然言われるであろうことは分かっていたが、それでも躊躇いを見せる。

 

「あと機関室の奥の方に立て籠ってるのがいるだろ。そいつらにもすぐ出るように言え」

 

 これには一同が驚いた。副長は他の士官達と二言三言会話し、てんぱってるアンウィンを見て、諦めて素直に従うことにした。

 

 

 

 

 潜水艦の周りは海上警察や海軍の小艦艇が集まり始め、賑やかになってきていた。

 零式水偵の卜部のところに千里の報告が入ってきた。

 

≪トビ、こちらカツオドリ。潜水艦幹部は投降した。ビューリング少尉よりアンウィン曹長の睨みが凄い効いてる≫

 

「そうか。へえ、アンウィン曹長なかなかやるじゃないか」

 

≪あと艦長は既に自決したそう。艦首魚雷発射管室でも多数死者が出ている≫

 

「……そうか」

 

≪それって、やっぱりわたしのせい……ですよね?≫

 

 酷く気落ちした天音の声がインカムから流れてきた。

 

≪戦いに負けちゃったから、艦長さんは……≫

 

 ビューリングの声が天音を耳を叩く。

 

≪アマネ。これはそう単純なものではない。艦長はもっと政治的な事柄も背負い込んでいる。この事件の背景を考えてみろ。単なる戦闘ではないだろ。艦長はそういった諸々の事を抱え切れなくなったんだ。お前のせいじゃない≫

≪ビューリングさん……≫

≪それと卜部少尉。発令所に民間人のような服装の男が撃たれて死んでる。士官達は言葉を濁してるが、これも怪しいったらありゃしない≫

 

「軍事作戦の域を超えて探偵かなんかが必要だな。私にももう手に負えねえ」

 

 卜部はもともと政治や陰謀といった類のものは苦手である。仲間を守る為にもこれ以上深入りするのはよくないと思った。

 

「海上警察とブリタニア海軍の者が乗り込んできた。彼らにそこを引き渡して戻ってくれ。私らは子供を陸へ移送したい」

 

≪了解≫

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「それでミミズク。どこへ入港すればいいんだ? セレターか? 警備艇の艇長が急かしてるぞ」

 

≪トビ、こちらミミズク。ブリタニア海軍がてんてこ舞いしてるみたいでな。海峡を閉鎖するといってコルベットを用意していたところに、今度は潜水艦が出たといって駆潜艇の出港準備。そしたらダイバーが必要になった、と思ったら潜水艦が座礁したんでサルベージ船だとかって、もう港はぐちゃぐちゃだ≫

 

「状況の展開と変化早かったからなァ。警備艇が着けられりゃいいんだから、それくらいの隙間どこだっていくらでも作れるだろうに」

 

≪トビ、連絡が入った。港はやめて、チャンギの水上機基地に救急車を集めたそうだ。もう待機してる。子供はそっちへ移送してくれ≫

 

 卜部は苦笑いをする。隣ではインカムの会話を盗聴してこちらも苦笑を浮かべてタバコを咥えるブリタニア人。

 

「すまんな卜部少尉。我が祖国の軍ながら呆れるばかりだ」

「マニュアル原則主義のお役所仕事はうちの国も特にひどいから人のこと言えないけどな」

 

 卜部とビューリングはお互いの肩を竦めてみせた。

 ビューリングの向こうでは船縁でじっと海面を見つめ続けているアンウィンがいた。

 

「アンウィン曹長すまなかったな、巻き込んじまって」

 

 潜水艦に乗り込んで死体を見てきたのが堪えているようだった。

 

「……遅かれ早かれ、経験することです。場慣れした皆さんが側にいてくれたのは幸いです。取り乱してどうかしないで済みました」

「場慣れはしていない」

 

 千里がゆっくりと歩んできた。

 

「あんなの、馴れる事はない」

「そうなんですか?」

 

 じとっとビューリングに目線を向ける。

 

「がっかりさせたくないから口を(つぐ)んでおこう」

 

 アンウィンは眉間にシワを増やしてさらにジト目で睨み続ける。ヨーロッパ大陸をネウロイに蹂躙されるのを見てきたこのベテランは、もう感覚が狂ってしまっているに違いない。

 

「卜部さん」

「お、なんだ?」

 

 横まで来た千里は卜部を見上げる。

 

「胸に顔をうずめたい」

 

 えっと目を丸くするアンウィンと、ぽろりと咥えてたタバコを落とすビューリングだが、卜部は慈愛に満ちた笑みを浮かべると、

 

「なんだ。お前も甘えんぼだな。気の済むまでやれ」

 

と両手を広げる。

 

「うん」

 

 千里は卜部に抱きつき、その大きな胸の谷間に頭を押し付けた。卜部は千里の頭をよしよしと優しく撫でる。

 

「セ、センリ曹長……お、お前もか」

 

 あまりの衝撃に代わりのたばこを取ろうとする指が震える。

 

「やっぱり扶桑海軍はおかしい。ハルカが変なのは……いやもともと変だったのに取り返しつかなくさせてしまったのは、この環境のせいじゃないのか」

「あん? 欧州人は男女ともよくこう抱き合ってるじゃないか」

「胸に顔をうずめたい、などとは言わない」

 

 勿論千里に卑猥な感情などなく、母親に甘える感覚で気持ちを落ち着かせるためだったのだが、普段からあいさつでも抱き合うような文化のない扶桑では適切な表現が乏しかったのだ。つまり今では一般的に通じるようになったハグなのであるが、千里は直訳しすぎたのである。

 おかげで誤解を加速させてしまったビューリングとアンウィンは、扶桑海軍を変態製造工場とほぼ断定てしまった。

 さて、一宮はそんな場面、卜部の胸に千里がすっぽりと顔をうずめているところへ出くわし、とたんに顔を赤面させて狼狽えた。

 

「よう一宮。注文通りのはできたか?」

「ここ、こ、こんなでいいですか!?」

 

 一宮は、貨物船にあったロープやバックルを使って人を体に固定するためのハーネスを幾つか-作って持ってきたのだった。

 

「お、よさそうじゃんか。そしたら、これも自分達でやっちまうか。千里、筑波、一崎」

 

 少し頬を上気させて卜部の胸から離れた千里と、「はーい」と返事して天音と優奈がやってきた。

 

「子供達はお前らで水上機基地まで運ぶ事にする。救助者搬送の訓練通りだ。各人一回目は2名ずつ、二回目は1名ずつ。2往復で終わる」

「「「了解!」」」

「勝田、結わうの手伝ってやってくれ」

「はいよ~」

 

 勝田は一宮も使って水偵ウィッチのお腹側と背中側にハーネスで子供を縛り付けていく。子供達はどんな薬を使われたのかいまだ意識は戻らない。トゥもまたウィッチに発現したとたんにフルで魔法力を酷使したせいで気を失ったままだった。

 

「トゥちゃんはわたしが運ぶね」

 

 ここはやっぱり顔見知りであり、魔法力を酷使させる一因の一人となってしまった天音が運んであげたい。そんなトゥだが、天音のお腹側に括りつけている作業中にゆっくりと頭を持ち上げて目を覚ました。

 

「あ……お姉……ちゃん」

「トゥちゃん!」

 

 天音はトゥをぎゅうっと抱きしめた。

 

「偉かったね。よくやったね。頑張ったね。子供達はみんな助かったよ。潜水艦の人達も、助けられたよ」

「あのお船を……浮き上がらせることできたの?」

「お尻の方がちょっと水面に出るくらいだけどね。皆で頑張って引っ張り上げたよ」

 

 トゥはみるみる笑顔になっていった。

 

「お姉ちゃん達、すごいんだね」

「一崎 、固定できたぞ」

 

 背中側を縛っていた一宮が顔を上げた。天音の肩越しにトゥと目が合った。

 

「お兄ちゃん」

「よう。目覚めたか。よく頑張ったな」

 

 一宮はトゥの頭をがしがしと撫でた。

 

「一宮君、乱暴にしちゃだめ!」

「え? 痛かったか?」

 

 トゥはえへへへと屈託なく笑った。

 

「ちょっとだけ」

「ほらあ! 一宮君!」

「わ、悪かったよ」

「お兄ちゃんチューしてくれたら許してあげる」

「え!」

 

 一宮も天音も硬直した。

 はいっと言って口を尖らして上を向くと、まさかするの? ほんとにするの? と天音がすごい形相で双方の顔を行き来する。

 そこで一宮、ハッと気付いた。

 

「お前もうウィッチじゃんか! もうできねえぞ!」

 

 トゥは驚いて目を開いてぱちくりした。反り返って天音に向く。

 

「ウィッチはチューできないの?」

「そ、そだね。ちょっと気を付けないとかなー」

「それじゃお姉ちゃん達どうしてるの? こいびとでしょ?」

 

 二人は真っ赤っかになった。

 

「ち、ちげーし!」

「お、お姉ちゃん達はまだできないかなー、なんて」

「ふーん。ウィッチになると面倒ね。毎朝弟にしてるんだけどな。おでこだけど」

「おでこなら……い、いいんじゃないかしら。ね?」

「ね? って俺に聞いてんのか? しらねーし。いいから海に降ろすぞ」

 

 天音は瑞雲のフロートを展開し、海上に降ろされた。

 

「これから病院に行くよ。変な薬嗅がされたし一応診てもらわないとね」

「うん。お姉ちゃんが連れてってくれるの?」

「ごめんね。途中まで。救急車のところまでなんだ」

「あまねー、準備いい?」

 

 先に降りた優奈が手を振っている。

 

「いいよー」

「オッケー。千里、行くわよ」

「了解」

 

 優奈の零式水偵脚のサーチライトがカッと点灯し、街の明かりが散りばめられたシンガポール島方向の海面を照らす。3機の水上ストライカーユニットはエンジン回転を上げ水上を滑りだした。ぐんぐんとスピードが上がり、加速でトゥの体は天音にぐっと押し付けられる。トゥは吹き付ける向かい風と水飛沫に「わああ」っと声を上げた。

 と、先頭を行く優奈の零式水偵脚がふわっと浮いた。次く千里の二式水戦脚も離水する。

 

「ええ!?」

 

 トゥがびっくりして大声を上げた。

 

「と、飛ぶの!?」

「飛ぶよー、それえ!」

 

 瑞雲も飛翔する。月明かりに照らされた水面がどんどんと下になる。

 

「きゃあああ」

「トゥちゃん、怖い?」

「怖くない! えーっ? す、すごおおい!」

 

 水上機基地までは3,4kmしかないので飛行時間は1分ほどでしかないが、この1分はトゥにとって長かったか短かったか、いずれにしろ人生を変えるほどに一生忘れられないものとなる。天音には飛んだらすぐ着水という感じだった。

 

≪高度計に注意。すぐ接水せず、高度0mを少し維持してから着水するように≫

 

 夜間なので千里が念を入れて注意してくる。

 

「「了解」」

 

 一人なら何かとアクロバット飛行を織り交ぜてくる千里も、救助者を抱えた状態ではお手本のような滑らかな着水を見せる。3機は着水して水上滑走し、水上機基地のスロープの前へと現れた。

 基地では整備兵達が海に浸かって待ち構えており、水上ストライカーを掴むとユニットケージに誘導し、スロープから駐機場へ引き揚げた。そしてすぐさま子供を固定しているハーネスを解く。降ろされた子供は待機していた救急車へと運ばれていく。

 駐機場に待機していたブリタニアの将校が歩み寄ってきた。

 

「ウィッチに発現したのはどの子ですか?」

「あ、はい。この子です」

 

 天音が返事した。

 

「それじゃ君はこっちへ。怪我はないか?」

 

 他の子供達が白い救急車に乗せられていくところ、トゥだけは深緑色の車体の横に大きく赤十字マークが書かれたブリタニア軍のオースチンK2野戦救急車へと運ばれていった。一人違う扱いに天音は急に不安になった。

 

「あ、あのトゥちゃんはどこへ運ばれるんですか!?」

 

 将校は聞いてきたのが天音だと気付くと雰囲気が和らいだ。

 

「あなたは『水音の乙女』ですね。安心してください。あの子はセレターの軍病院で預かります。あそこはウィッチ科があるんです」

「お見舞い、行っていいですよね?」

「ええ。検査中でなければ大丈夫ですよ」

「お姉ちゃん」

 

 トゥも不安な顔をこっちへ向けてくる。

 

「お見舞い、行くから! 絶対行くから!」

「では失礼します」

 

 将校は横に人がいれば突き飛ばしそうなほど肘を張った敬礼を天音にすると、軍用救急車へと歩いていった。

 

「天音、戻るよ。次の子が待ってる」

 

 子供を降ろし終わった優奈が声を掛ける。

 

「う、うん」

 

 あっけない別れに天音は元気なく返事し、後ろ髪を引かれる思いで再び水上に戻された。

 

 

 




さあ読み終わったらミューフェス2021へGOー
 

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