水音の乙女   作:RightWorld

182 / 193
 
2021/11/24
誤字修正しました。
報告感謝です。 >ゴリラ三等兵さん
 



第167話「天音編(その12) ~引っかけろ!~」

 

 ウィッチ達は天音の案を実行に移した。天音と同じ水中の景色を見ているビューリングが細かい位置を指示することにし、潜水艦を誘導する策は卜部が指揮する。使うのは2つ先のブイだ。

 

「智子、アンウィン。貨物船の方はどうだ?」

 

≪こ、こちらアンウィン。穴拭大尉が一人で突入していって、制圧してしまいました! ふ、扶桑の軍人は暴動鎮圧とかの訓練をしてるんですか? さっきの下妻曹長といい、勝田准尉といい、手際よすぎるんですが≫

 

 貨物船の船橋ではむき身の刀を船長に向けた智子が、本当の積み荷リストを差し出させているところだった。船長の横には3人の男が伸びている。智子を抑えようとした兵士だったが、峰打ちであっさり無力化されていた。

 

「こちら扶桑一番。船は掌握したわ。シャムロ船籍を名乗ってるけど、本当はアンナンの船みたいね。積み荷は食料品が大半だけど、物騒な武器を底の方に大量に積んでるそうよ。アンナンの共産ゲリラ向けのようね」

 

≪さすが智子だ。その船も手駒として使いたい。目標のブイの近くまで進出させてくれ。アンウィン曹長は謀反が起きないよう上空から威嚇を続けろ≫

≪ど、どうやるんですかぁ?≫

≪銃を向けながら飛び回っていれば良い。怪しい動きがあればまず撃て。報告はその後でいい≫

≪うう、あなた本当にウィッチですかぁ?≫

≪心配するな。あがりを迎えるころにはお前もそうなる≫

≪早く戦争終わらないかな≫

 

「まずは今日の戦争を終わらせましょ。それじゃ船長、行きましょうか。あそこのウィッチが集まってるブイまで。しゅっぱーつ!」

 海賊船の船長にでもなった気分の智子が白刃の切っ先を勢いよく目標へ向ける。船長は弱弱しく航海士に命令した。

 

「両舷半速前進」

 

 カリカリリンと速度指示盤が半速の位置を示し、機関室の応答があると船は滑り出した。自分の号令で船が動くと、智子はご満悦になった。

 

「海軍じゃ面白くないから、穴拭水軍とでも名乗ろうかしらね」

 

 

 

 

「当てないから安心して。船が揺れてものすごい音もして怖いと思うけど、あと少しの辛抱だからね。もし万が一船のどこかが壊れたり、水が漏れたりしたら教えて。どんなにうるさくてもここでなら音と関係なく話せるから。大丈夫?」

 

 天音は潜水艦の中のトゥにこれから爆雷を落とすこと、ロープを引っかけようとしていることを伝えた。

 

≪わかった。がんばる≫

 

「他の子は前の方の壁に寄せ合ってあるね? さっき見つけたっていうお布団をうまくクッションに使ってね」

 

≪この子たちはわたしが守るよ≫

 

「うん。トゥちゃんならきっと守れるよ」

 

 天音は会話しながら薄っすらと涙を浮かべた。

 

「あの子、もうウィッチとしての心が芽生えてる」

「逆境の中で発現したウィッチは強いな。助けてやらないとだな」

「はい」

 

 かつてのハルカと違って見かけ通りの素直な天音に、こんな娘も同性の方がいいのかと余計いたたまれなくなったビューリングは、いつもの厭世的な性格も影を潜め気味だった。

 2つ先のブイには警備艇と優奈が取りつき、アンカーから向かって東へ、海流に逆らいながら引っ張っている。海流に対して直角になると、ロープが受ける抵抗は大変な力で、警備艇は全速を出してようやくブイはその位置を保つことができた。卜部操縦の零式水偵はサーチライトで海面を照らし、千里に爆撃位置を示している。あとはタイミング。

 

「こちらウミネコ。まもなく潜水艦はブイの手前200mです」

「カツオドリ、1発目投下!」

 

≪了解≫

 

 緩降下してきた千里が翼下から1発対潜爆雷を落とす。切り離すとすぐ上昇し、再び同じ爆撃針路を取ると、1発目が爆発した水柱をかすめてその先に2発目を投弾した。

 

 

 

 

 潜水艦ではピエールが指摘したようにその後ウィッチからの干渉がなくなり、攻撃の手立てがなく指を咥えているものと思い、発令所は少し安心した空気が流れていた。そこへいきなり爆発音とハンマーで殴られたような衝撃が届いた。

 

「爆雷攻撃だ!」

「爆発、正面です!」

「まさか、もう海軍の駆潜艇が!?」

 

 容赦なく攻撃してくるとすればウィッチでない海軍艦艇か軍用機。出撃には時間がかかると思っていたので、もしそうならそれは予想外に早かったことになる。

 続いて2発目がさらに近くで爆発した。

 

「これも正面! 近付いてます!」

 

 本航路から逸れたこっちの針路上に的確に爆雷を落としている。このままでは近いうち命中か至近弾を食らってしまう。左はテコン島の浅瀬で逃げ道がない。避けるには右しかない。

 

「面舵30度!」

 

 

 

 

「潜水艦面舵を切りました! 深度そのまま、速度上がります!」

 

 天音と同じ水中ビジョンを見ているビューリングは思わず唸った。

 

「対潜ウィッチいい腕だ。タイミングも向きもばっちり。狙い通り網に向かったぞ」

「ワイヤー接触まであと10秒! 優奈気を付けて!」

「ワイヤーは艦首に当たる、横か下を抜けるぞ!」

 

 

 

 

 ワイヤーは潜水艦の艦首に当たった。艦首のアーチに合わせて下へずり落ち、潜水艦はワイヤーにやや乗り上げるようになり、鋼鉄のワイヤーは艦底をずるずるとなぞっていった。

 ずぞぞぞぞという、聞いたこともない音が艦内に響き、乗組員は背筋を凍らせた。

 

「な、なんだ!?」

「いったい何の音だ!?」

 

トゥも耳と目を強く塞ぎ、丸くなって身を固くした。

 

 

 

 

 ブイを引いていた警備艇と優奈は、ワイヤーに潜水艦が乗り上げたことで引きずられて海中に引っ張られた。優奈はとっさに手を放しブイの外へ逃げる。警備艇は左舷に大きく傾き上甲板を波が洗った。

 

「切り離せ、早く!」

 

 艇長の叫びで水兵が斧を振り下ろし、ブイと繋いでいたロープを切る。切られたロープはものすごい勢いで空中へ跳ね飛び、反動で右舷へ跳ね返るように傾いた。直後ブイが海中へ引きずり込まれる。ブイはてっぺんの航路標識灯だけが水面上に残った。

 

「危なかった!」

 

 

 

 

 ずぞぞぞぞぞという潜水艦の船底をなぞる不気味な音は、艦首側から後ろへ向かって移ってくる。途中で何かをそぎ取っていくゾリゾリやバキンといった音がしたり、何かが転げるようなガラガラという音がしたりと騒がしく足元を移動し、艦尾に達すると一瞬静かになった。抜けたかと思った時、急に何が起こっているか分からないぎゅるぎゅる音に変わり、最後にガンっという音と衝撃がすると、いきなり急ブレーキをかけられたようにつんのめって、艦内の人々は艦首側に向かって放り出された。多くの者は床か前方の壁や計器類、パイプなどに叩きつけられ、運の悪いものはバルブの取っ手など突き出た物に当たって悲鳴を上げた。発令所でも額から血を流しているものが何人か出た。

 

「負傷者だ!」

「衛生兵!」

 

 あちこちから負傷者発生の報告が入る。

 

 

 

 

 人の騒ぎはするが潜水艦の動きが感じられなくなったところで、トゥはゆっくりと顔を上げた。気を失っている子供達はあらかじめ艦首側の壁に集めていたので、壁にぎゅうっと押し付けられはしたが、叩き付けられるようなことはなかったので無傷だった。だがそれでもその子供達は目を覚まさないでいる。心配になるトゥだが、外板に手を当てると水中探信波で言葉を送った。

 

「お姉ちゃん、わたし達は無事だよ。船の中は怪我人が出たって声がたくさんしてる」

 

≪ありがとうトゥちゃん。子供達は守れたんだね、偉いよ≫

 

「でもぜんぜん起きないの」

 

≪わ、分かった。早く助けてお医者さんに診せないとだね≫

 

 

 

 

「潜水艦どうなった!?」

 

 卜部が警備艇の上の2人に叫ぶ。

 

「アマネ、潜水艦の艦尾の方をよく見せろ」

「は、はい! 指向性探査モード!」

 

 細かい波紋が複数発せられると、ビューリングに見える映像は8Kハイビジョンのごとくさらに鮮明になり、ロープの繊維一つ一つが見えるほどになった。

 

「な……ええ? これ本当に水中か? これで色彩がついたら見分けつかんぞ」

 

 そこに急に赤い色が追加された。潜水艦の水線下の剥げかけた赤い塗装がよくわかる。ワイヤーが船底を這いずったとき、貼り付いてたフジツボなどを掻き取ったようだ。

 

「色も勉強中です。最近赤い色は見分けられるようになりました」

「やり過ぎだろ。各機へ、ビューリングだ。ワイヤーは潜水艦のスクリューに絡まった。潜水艦は文字通り絡み取られて停止している」

「やったね天音! 天音の作戦通りじゃん!」

 

 優奈がガッツポーズで喜び、勝田はさっすが~卜部さんの脳みそ筋肉とは違うね~と褒め称える。

 

「うっせえ、一言多いんだよ! 一崎、浮上しろって催促しろ」

「はい! こちら扶桑海軍の対潜ウィッチ隊です。いい加減浮上してください。わたし達の前では潜水艦もネウロイも隠れる術はありません。丸見えなんですから絶対に捕まります。怖い人たちが来る前に、優しいウィッチが相手しているうちに出てきた方が良いと思いませんか?」

 

 横で聞いていたビューリングがプッと噴き出した。

 

「な、何ですか?」

「いや、軍人とは思えん説得だな」

「わ、わたしは半年前まで女学生でしたもん!」

 

 

 

 

 間抜けで変に高い声に加え、妙な説得を聞かされている艦内では、もう戦意喪失一色だった。

 

「スクリュー回転しません! 逆回転もダメです!」

「ソナー故障、聞き取れません!」

「縦舵、左への動作に異常! 4度以上回らず!」

 

『こちらたいせんウィッチ。こうふくしましょう。いまならつみをかるくするのにてつだってあげてもいいです』

 

 アンナン人のカイがわなわなと震える声で艦長に聞いた。

 

「このまま、動けなかったら、どうなる?」

「……ウィッチに代わってブリタニア海軍が引継ぎ、容赦なく爆雷を浴びせるだろうな」

 

 敗北感で打ちひしがれた艦長は、血の気を完全に失って真っ白な顔をしていた。

 同様にピエールも抵抗を諦めたようだったが、こちらは希望を失ったような悲壮な雰囲気はなく、場違いなほど明るい声で言った。

「それじゃあ、あのかわいい声の主に従って、ウィッチに捕まった方がいいじゃないか。彼女らなら確実に殺されないで済む」

「馬鹿か! その場で殺されなくても、捕まればただじゃすまんぞ! 行き先が刑務所ならまだいい。王党派に引き渡されれば銃殺、どのみちあの世行きだ!」

「捕まるわけにはいかん!」

 

 潜水艦の副長が割って入った。

 

「この潜水艦は元ガリア海軍の『ル・ディアマン』。動かしているのはオラーシャ人とガリア人の共産党員だ。捕まったら統一戦線への打撃は計り知れない」

「動けない状況で捕まるなというのか!」

「そうだ!」

 

 それが意味するのは一つしかない。

 

「艦長、自沈するしかありません」

 

 副長が詰め寄った。

 

「自沈だと!?」

 

 周りの水兵が血相を変えた。

 

「自沈!?」

「冗談じゃねえ!」

 

 騒ぎ出した水兵や下士官が艦長や副長へ向かって掴みかかってきた。周りでも取っ組み合いが始まる。見ると自沈反対派はだいたいガリア人である。

 

「俺は恋人のところに帰るんだ!」

「言われたことをはいっていうガリア人がいると思うかコノヤロ!」

「貴様らそれでも共産党員か!」

「死にたきゃ勝手に死ね! 俺は俺だ!」

 

 これだけ個人主義色の濃いガリア人に社会主義者が多いというのは不思議である。オラーシャ共産党とガリア社会党が同じ労働者階級の政党だとしても、後に社会党の中でもコミンテルンに参加しなかった勢力が強くなっていくとこを見ると、この2つが共闘するのは難しかったのかもしれない。

 

「まあ待て待て!」

 

 パンパンと手を叩いてピエールが注目させる。ピエールもガリア人である。

 

「幹部士官は政治も気にするだろうし、降伏しても身の安全はないだろう。だが一般水兵や下士官を巻き込むのは可哀想ってもんだろ。最終的には自沈するとしても、水兵達は脱出させてはどうだ?」

 

 ピエールは常識人ぽい発言をするが、胸の内ではブリタニア軍に催眠少女兵の技術を見せることで逃げられるという算段があった。ことのほか軍は従順な兵士の話に興味を持つ。ガリア、オラーシャの共産主義者共もそうだったのだ。

 結局のところピエールも個人が大事なのである。

 ピエールは自分の少女兵をそばに来させ、顔を近付けると他に聞こえないような小声で言った。

 

「我々は確実にこの艦から出ねばならん」

「はい、それは勿論。私の命に代えてでも」

「いいや、お前も生きて出る必要がある」

「それはどういう」

「お前は証拠品だからな。ブリタニア軍に取り付いて、我らの技術の価値を理解させるには実物が必要だ。死なれちゃ困るんだ。だから二人して生きてここから出るんだ。なに、簡単なことだ。この艦を浮上させて投降するだけだ」

 

 少女兵の目の色が途中から変わった。

 

「ブリタニア軍はプロレタリアートではなかったはずです」

「ブリタニアにだって共産主義者はいるだろうさ。現政権と軍は違うがな」

「技術提供ですか?」

「そうだな」

「それは技術流出とも言えますか?」

「言い方次第だな。しかしそうでもしないと我々も絞首刑台行きだからな」

 

 少女兵はすっくと背を伸ばしてピエールと対峙した。

 

「私はあなたに作られた。プロレタリアート陣営の兵士として」

 

 雰囲気が変わった少女兵にピエールは顔に疑問符を浮かべた。周りの潜水艦乗員達も二人の不穏な空気に何事かと目線を向ける。

 

「ですが敵対勢力への寝返りはマブゼ・プログラム上許可されません」

「? 何を言っているのだ?」

「どうしても必要なら解除コードを」

「なんだ、何のことだ?」

「解除コードを」

 

 感情のない(まなこ)がピエールを見降ろしている。ピエールは急に恐怖に包まれた。

 

「ま、まさか、ブラックボックス部分か?」

「解除コードを」

「ブラックボックスと化して儀式的に行っている施術部分にそれがあるのか!?」

「時間切れです」

 

 バスンと音がして、少女兵が持っていた自動小銃から1発が発射され、ピエールの胸を打ち抜いた。

 

「ぐおおぉ……」

 

 低重な音を口から漏らし、ピエールは前かがみに床へ突っ伏した。

 

「ひっ!」「うわあ!」「うぉ!」

 

 発令所に居合わせた者達は何が起きたか分からず、しかし射殺されたという事だけは事実として理解し、その殺人者たる少女を見て恐怖で引き攣った。少女は銃口を皆に向けたまま冷たい視線を流す。

 が、少女は急に艦首方向へ向かって通路を駆け出した。

 

「お、おい!」

 

 皆は止めることも追う事もできず、しかし何をする気なのかは気になり、その後姿を通路に見送る。

 

「か、艦長!」

 

 副長が叫んだ。艦の安全を取り仕切る艦長は、何をしでかすかわからない少女兵をあのままにする気なのか? 追って取り押さえろと命令しないのか?

 だが艦長はもう生を諦めた抜け殻であった。どちら陣営に転んでもこの潜水艦の指揮を執った責任は命をもって取るしかないのだ。

 

「あとは副長に任せる」

 

 艦長はそう言って少女兵を追うように艦首方向へと通路を出ていった。

 

「そ、そんな無責任な!」

 

 唖然とする発令所。だがカイが副長の肩をガッと掴んだ。

 

「艦長は指揮権を委譲した! 乗組員の命はお前に引き継がれたのだ。どうする!?」

 

 カイと副長がにらみ合った。

 

「アンナン独立同盟だって捕まるのは許されないだろう」

「これで終わりなのは分かった。だが子供だけは道連れにしたくない」

 

 周りでもみ合っていたガリア人とオラーシャ人の乗組員達もカイの言動に動きを止めた。

 (さら)っておいて今更なんだとは思うが、潜水艦が対潜ウィッチに負けた今、子供を還すのと潜水艦ごと沈めるのとでは、その行為に意味や理由を見出すこと以上の違いがある。

 

「革命の後も我が同胞はプロレタリアートを導かねばならんのだ。未来は勿論、過去の事でも期待を裏切ってはならない。それがホー同志の教えだ」

 

 そこまで付き合わせてはいけない。革命軍に非道の汚点を残してはいけない。カイの目力がそう訴えた。

 副長は頭を振ると、叫んだ。

 

「浮上する! メインタンクブロー!」

「浮上! メインタン……」

 

 ダダダダーン!

 

 命令を復唱する途中で響いたその音で、浮上のための操作に入ろうとした発令所の動きが強制的に止まった。

 

「銃声!?」

「前の方だ!」

 

 混乱する叫び声と騒ぎが艦首の方で起こった。

 

 

 

 

 艦首の魚雷発射室まで行った少女兵は、周囲の何事か掴めないでいる水兵達の間を縫って発射管のところまで足早に進んだ。発射管に魚雷を挿入するブリーチドアを開けると中を覗いた。

 

「お嬢さん。ど、どうかしたのかい?」

 

 水兵が困惑顔で聞く。少女兵は隣の発射管のブリーチドアも操作して開けた。そしてまた移動すると、発射管の操作盤の前に行った。手を伸ばすとシェルター、つまり船体外面の発射管を塞いでいる門扉を開けた。信じられないものを見た兵達が真っ青になってその幼い手に飛びついた。

 

「おい、何をする!」

 

 その返礼は自動小銃から返ってきた。少女に手を伸ばした水兵は腹に真っ赤な花を咲かせて吹っ飛んだ。

 

「情報流出は防がなければならない。それは私も、私を見たものも、全て抹消する」

 

 淡々とそう言うと、マズルドア、発射管の外扉を開ける操作をした。目が点になる水兵達。その目をめがけてどおっと発射管から猛烈な勢いで海水がなだれ込んできた。

 

「うわあああ、開けたぞ!」

「開けやがった!」

「沈むぞ!」

 

 発射管室の水兵達が我先にと艦尾方向へ走り出した。

 

 

 

 

 少女兵のすぐ後を艦首方向へ歩んだ艦長は、士官居住区の艦長室の前で見張っていた兵をどけ、扉を開けた。扉が開くと待っていたのは青白い魔法陣だった。艦長室にトゥ達は閉じ込められていた。

 震える手でシールドをかざす少女は恐怖で今にも泣きそうな表情だったが、一歩も引かぬという強い意思をも発散させていた。必死に命を守ろうとする少女とは正反対に、生を諦めた男は無感情に少女を見ると、覇気のないかすれ気味の声を発した。

 

「部屋を出たまえ。もう拘束はない」

 

 そう言って身振りも交え、出ろと伝えた。見張りにも振り向く。

 

「お前、動けない子供を手伝ってやれ」

「は、はい!」

「いやっ、この子達に触らないで、何する気なの!?」

 

 トゥが抵抗の言葉を発した時、艦前方の魚雷発射管室の騒ぎがピークになった。

 銃声、罵声、そして空気が押されてきて急に耳が痛くなった。

 異常を感じたトゥは、シールドを張る左手はそのままに、天音に助けを求めようと右手を外壁に置いて水中探信魔法波を放った。その時、艦体を流れた魔法波から艦内の大雑把な様子が感じ取れた。それによって艦の一番前の部屋に海水が流れ込んでいるのを感知した。

 

「ええ!?」

 

 トゥは入口に立つ艦長と水兵をシールドで押し出し、廊下に顔を突き出した。こっちへ次々に駆けてくる水兵。それを追うように水がざあざあと床を勢いよく流れてくる。発射管室と居住区画の隔壁に開いた丸い抜け穴のような通路から飛び込んできた水兵が、通路の扉を下ろした。

 

「ま、まてえー!」

 

 下ろされる扉の向こうには少なくとも2人の姿があった。

 

「何してるの!?」

 

 トゥは部屋を飛び出して、隔壁へと走った。扉にはまだ隙間があり、海水がどんどん溢れ出てくる。水兵は必死に閉めようとしていた。しかし水圧でその隙間をなかなか締められない。

 

「なんで閉めるの!? まだ向こうに人がいたのに!」

「分かってる! だが締めないと俺達が溺れる!」

「あとほんの少しなのに! 諦めないで!」

 

 トゥは水兵に反して隔壁を持ち上げた。

 

「ば、馬鹿やどぅあああー」

 

 隔壁を開けたことでなだれ込んできた海水でその兵は流されていった。そして流れ込む海水に乗って向こう側にいた水兵が3人一緒に流れ込んで来た。トゥは魔法力の力に任せて扉にしがみつき、「うあああああ!」と叫び隔壁を閉じようとする。だが、もう魔法力をもってしても閉じきることができない。隙間が小さくなり流れ込む水の勢いが少し弱まったところで、水と一緒に流れてきた3人の水兵がトゥに加勢した。

 

「いくぞ、せーの!」

 

 トゥと3人でタイミングを合わせて力を入れ、なんとか隔壁を閉じる事ができた。ハンドルを回して完全に締め切ると、全員がぜえぜえと喘いでいた。

 

「ま、まだ、残ってる人、いるの?」

 

 トゥがきつそうに息をしつつ聞く。

 

「おれの、後ろは、いなかった。いたとして、も、もう死んでたか、来れない場所だ」

 

 息継ぎの合間でかろうじて答えた魚雷装填員の水兵は、水の溜まっている床に尻もちをついた。

 艦尾方向に延びる通路を見ると、トゥがいた部屋から意識の戻らない子供達が運び出されていた。トゥは目を見開いてふらふらと立ち上がり、壁に手を付きつつ艦長室まで行く。

 

「その子たちに、手を、出さないで!」

 

 喘ぎながらできる限りの声を出した。

 艦長室に首を突っ込む。もう部屋に子供はいなかった。いたのは艦長だけだ。艦長は白くなった顔でトゥを見降ろしたが、僅かに笑ったかのように表情を動かし、無言で扉を閉め、部屋に閉じこもった。

 直後、ズガーンと銃の発射音が部屋から鳴り響いた。

 思わず首をすくめ、目を閉じたトゥだが、何があったかを悟り、顔が引きつる。

 カイがゆっくりとやってきて、トゥのところで立ち止まった。

 

「子供達にもう手は出さない。この艦は浮上する。そうしたら解放する」

 

 トゥはカイを見上げ、じっと見つめると、じわじわと目に涙を溜めていった。

 

「なんで……なんで、こんなこと、したの……?」

 

 カイは目を伏せた。少女の目を直視することができなかった。

 

「すまな……かった」

 

 

 

 

 水上では潜水艦が浮上の意思を見せることを祈り、状況を見守っていた。

 天音はトゥと連絡を取ろうと準備したところで、物騒な音を捉えて跳ね上がった。

 

「銃声!?」

「何だと?」

 

 ビューリングが目を険しくした。

 

「何か起こってるか探れるか?」

「調べます。内部探査モード」

 

 波紋の色が紫や緑に変わり、魔導針の輪が細かく点滅し、指向性をもって潜水艦に向かって放たれる。ビューリングは天音の頭に自分の頭を触れさせ、天音の魔法周期に同調させる。

 ビューリングはてっきり音を聞くものだと思っていた。だがしかし、映像化している水中の様子に変化が現れ、潜水艦の姿が次第に透けるように見え始め、骨組みが明らかになっていく。

 

「ちょっと待て。なんだこれは」

「中を透かして見る探信波です。硬いか柔らかいかなんかも分かります。この波を時間かけて当て続けるほどに詳しく分かっていきます」

「何者なんだお前」

「水中探信使いって分類されたって聞きましたけど」

「水中どころじゃないだろ」

 

≪ビューリング、ずるいわ。あたしも見てみたい≫

 

「私も見てみたいな」

 

 智子と卜部の意見が一致する。ビューリングは手を振って否定した。

 

「お前らではこいつの力を出し切ってやれん。これは空間把握の固有魔法を持つものに指揮を執らせるべきだ。私ごときでも一点がこれだけ見えるんだから、空間把握魔法保持者なら広範囲を見渡して作戦指揮が執れる。水中と水上両方だぞ。アマネ、どこまで見渡せるんだ?」

「半径10km。条件がいいと15kmくらいです」

「もうお前が指揮官になれ」

「えー? あ、人らしきのも見え始めました。トゥちゃん、トゥちゃん、聞こえる?」

 

 ビューリングも同じビジョンを共有する。艦内を動く棒状のものが見える。それが人だろう。

 

「艦尾側の人の動きは殆どない。が、一番前は慌しく動いてるな」

 

 そこに再び銃声が聞こえる。

 

「ひっ!」

 

 それに反応して天音がまた首をひっこめた。

 

「艦首だ。一番前の区画で騒ぎが起きてるぞ」

 

 そしてドオッという音と、一番前の部屋に何かが流れ込んでくるのが探信映像でも見えた。

 

「艦首から水が流れ込んでるぞ!」

「ええー!? なんで!?」

「一崎、どこから水入ってるって!?」

 

 卜部が聞くが、天音は慌てていて半ばパニックになっていた。

 

「溺れちゃう! 中の人が、トゥちゃんが!」

「落ち着け、一崎!」

「ああ、こりゃまずいね。卜部さん、警備艇に寄せて」

 

 勝田が通信員席から飛び出すと、翼の上を走る。卜部が零式水偵を警備艇に寄せると、勝田はジャンプして乗り込んできた。

 

「ビューリングさん、ちょっとどいてて。天音、深呼吸しろ深呼吸」

 

 ビューリングと入れ替わると、勝田は天音に後ろから手を伸ばした。

 

「そりゃっ」

「ひゃああ!?」

「もみもみもみ」

「ちょ、ちょっと勝田さん!?」

「先っぽをこちょこちょ」

「いや、いやあああん!」

「感度は上がったけど、大きさはまだだねえ」

 

 胸をかばって真っ赤になった天音は憤慨の色も加えた。

 

「な、なんてことするの!?」

「一宮、もむ?」

 

 生で悶えてるところを見せられて破裂しそうな顔してる一宮を勝田は見上げて、やったら即死刑執行の行為へ招き寄せようとする。

「ももももめるか! 揉むほど出っぱってねえし!」

「あれ、何で知ってるの?」

 

 さっき見ましたとは口が裂けても言えない。

 ビューリングは、額に手をやって卜部に嘆いた。

 

「扶桑海軍の教育はおかしくないか? ハルカが異常なわけだ」

「迫水の噂は聞くが、おかしくなったのは欧州に行ってからだっていうぞ? お前と会ってからじゃないか?」

「いや、智子と会ってからだ」

 

≪ち、違うわ! 違くないけど、あたしは何もしていないわ!≫

≪穴拭大尉。優奈はそこんとこ詳しく聞きたいです!≫

 

「そんなことよりトゥちゃんが!」

 

 復活してやるべきことを思い出した天音が水中探信を再開し、潜水艦の内部を探った。ビューリングも勝田と入れ替わって天音の頭に接触し直し、天音の見ている映像を共有する。

 

「大変、一番前の部屋はもう水で一杯です!」

 

 卜部は改めて見るポイントを指示する。

 

「一崎、一番前は魚雷発射室だと思う。外板に穴が開いたりしてるか? 例えば爆発があったとか」

「そういった大きな穴は見えません」

「魚雷発射室なら魚雷発射管はどうだ?」

 

 艦首外側の壁面に目を移すと発射管の外扉が開いてるのがはっきり見えた。

 

「開いてます、2つ! なんで開いてるの!?」

「発射管の内扉を開けた状態で外側も開けたのか!」

「だが、アマネ。侵入した水を見ろ。2番目の区画との壁を境に水の量が明らかに違う。ここに仕切りがあるんだ」

 

そこは士官居住区との隔壁であった。

 

「でも完全に止まってないですよ!」

「閉めきれてないんだ」

「早く閉めてー!」

 

 見守るしかない2人はもどかしさを感じる。ビューリングは卜部の方を向いた。

 

「状況がリアルタイムに見えるってのは心身への負担が大きい。後のフォロー考えとけよ」

 

 卜部は頷いた。

 

「負け戦に放り込まれた空間把握能力者の話は聞いたことがある。やっぱり一崎の固有魔法も同じか?」

「同じだ」

「ああ、水が!」

 

 魚雷発射室との境の扉が大きく開いたらしく、大量の水が2番目の区画に流れ込むのが見え、天音が悲鳴を上げる。

 

「水圧に負けたか!?」

 

 ビューリングも観察に戻る。

 隔壁付近には1人が残っていた。なだれ込む水の勢いが少なくなり、数人が駆け寄ってきたと思われると、暫くして水の流入が止まったのがわかった。

 

「閉めたな」

「……閉めましたね」

 

 二人して肩の力を抜いた。

 

「よかった~」

 

 ビューリングは天音の頭をぐりぐりと撫でた。だがホッとするのも束の間、また銃声らしき音を感知した。

 

「ええ!?」

「ちぅ、またか」

「もうやめて、早く浮上してぇ!」

 

 卜部がすかさず状況を聞く。

 

「何があった!?」

「また銃声だ。どこだかは分からんな。人の動きから推測するしかないが、大きな動きは見られない。何があったんだ?」

 

 潜水艦は艦首側の区画が浸水したことで艦首から沈降をはじめ、艦首が着底した。艦尾はスクリューがブイのワイヤーに絡まった位置で止まっており、前を下にして斜めになっていた。暫くしてシューっという音と、気泡が艦全体から立ち昇った。

 

「浮上するときの音です」

 

 天音が伝えた。

 

「水を入れているタンクに圧縮空気を入れて水を追い出して、浮力を得て浮かぶんだそうです」

 

 天音達は作戦の性格もあって、潜水艦の構造について簡単に勉強していた。天音は内部探査モードを使って、潜水艦の内殻と外殻の間を詳しく見る。多くの場合そこがメインタンクとなっているのだ。そこの水が減っていき、空気の占める量が多くなると、潜水艦は浮き始めた。

 だが浸水している艦首側が重いのかなかなか持ち上がらない。

 

「がんばって……」

 

 手に汗握るという言葉通り、両手を握りしめて一部始終を見守りながら浮いてくるのを待つ。そのうちシューっという音も静かになっていった。

 

「タンクの水が抜けきらないぞ。空にしなくていいのか?」

「バランスの関係で空にはならなかったと思いますが、なんか少ない気が、します」

 

 天音は青い顔を上げてビューリングを見つめた。その不安顔がうまくいってないのではと訴えている。

 

「私に聞くな。中の者に聞いてみたらどうだ」

「そ、そうだ。トゥちゃん!」

 

 その時、潜水艦の方から探信魔法波が発せられ、それに乗って言葉が聞こえてきた。

 

≪お姉ちゃん≫

 

「トゥちゃん! 無事!?」

 

≪わたしと他の子達は無事。他の子はまだ目を覚まさないけど、無事。でも潜水艦の一番偉い人と何人かは死んじゃいました。ごめんなさい≫

 

「トゥちゃんが謝ることないわ。それより早く潜水艦に浮上してもらわなきゃ。船の人達はどんな感じ?」

 

≪わたし達を放してくれたわ。閉じ込められてた部屋からも出てるの。船の人達は何だかもの凄く慌ててる≫

 

「トゥちゃん、お船の人とは話しても大丈夫そうなの? もし乱暴にされなさそうなら、お船の人にトゥちゃんを通じて外とお話できるって伝えてみて。助けてあげるからって」

 

≪わかったわ≫

 

 トゥからの声が途絶えた。話に行ったようだ。天音はビューリングを見上げる。

 

「それでいい。安全に解放したってことは当初の目的を放棄したんだろう。悪くない兆候だ」

 

 横に並ぶ零式水偵の翼の上には心配になったらしい卜部がやってきていた。卜部も天音へニッと笑って頷いた。操縦席は勝田が代わりを務めている。

 

≪お姉ちゃん、トゥよ。お船のふくちょーさんっていう人が、船が浮き上がらないって言ってるの。ふくちょーさん、どうして?≫

 

「副長さんと話してるようです。浮上できないって言ってるみたいです」

 

 暫く沈黙が入る。

 

≪浮くための空気が足りないって。なんか抜かれちゃったらしいって。……え……ぎょらいはっしゃようの空気べん? ……を使って少女へいが空気をもらしたらしい。はあ。お姉ちゃんわかる?≫

 

「ちょっと待ってね。魚雷発射用の空気弁を使って、少女兵が空気も漏らしたらしく、空気が足りない、ってらしいです。少女兵ってなんでしょう」

 

 ビューリングは少し頭を傾げる。その言葉に引っかかるものとすれば、ガリアで起きたあれだろうか。

 卜部が割って入った。

 

「原因究明は後にしよう。浮力を得る空気が足りないから浮上できないってことだな。直接水中に出て脱出する方法も潜水艦はあったはずだ。水深は20m程度だからできるんじゃないか? 怪我人はいるかな」

「卜部さん、その方法は、捕まってたトゥちゃん以外の子供はまだ目が覚めてないっていうから、できないと思います」

「む。確かにそうだな」

 

 そこへインカムからしゃがれた男の声が聞こえてきた。

 

≪427空各位、神川丸艦長の有馬大佐だ≫

 

「艦長だ!」

 

≪穴拭大尉、ビューリング少尉、協力感謝する≫

 

「智子、相手頼む」

 

 お偉いさんと話すのはごめんだとビューリングは智子に振った。

 

 

 

 

「はいはい。貸しとくから後で返して。こちら扶桑陸軍の穴拭智子大尉です。勝手にでしゃばって申し訳ありません」

 

≪いや、ずっと聞いていたが、いてもらえて助かった。穴拭大尉は制圧した貨物船に乗っているのか?≫

 

「そうです」

 

≪デリッククレーンはついてるか? 大きいのがついてるといいが≫

 

 智子は窓から船の前と後ろを見る。

 

「船橋挟んで前後についてるわ」

 

≪了解した。そのデリックを使ってブイのワイヤーを巻き上げるんだ。ブリタニア海軍にダイバーを派遣させてアンカーとワイヤーを切断してもらう。ワイヤーは潜水艦のスクリューに巻き付いている。うまくいけば艦尾側が持ち上がるだろう。ブリタニア軍司令とは大体話がついてる。天音君、潜水艦の全長は60m級だったな?≫

≪はい。約66mです≫

≪水深は20mだ。艦の方がずっと長い。頭が海底に着いていても水面に艦尾の一部でも出せられればOKだ。水上に出た部分に穴を開けてそこから乗員を脱出させる≫

 

「成程ね。分かりました。船長、デリック用意して! ブイのワイヤー拾い上げて巻き取る用意を!」

 

 刀を振り回して命令する智子に、船長をはじめ乗員は駆け足で準備に散っていった。

 

 

 

 

≪頼むぞ穴拭大尉。卜部少尉は現場全般のコントロールをしてくれ≫

 

 零式水偵の翼の上にいた卜部は大きく頷いた。

 

「卜部了解! さすが艦長だぜ。ダイバーの到着はいつ頃になりそうですか?」

 

≪準備と現場への移動を考えると数時間はかかるだろう≫

 

「まあ仕方ないですね」

 

「トゥちゃん。これからいろいろ準備して、スクリューに絡まってるワイヤーを引っ張って潜水艦を持ち上げてるっていうのをやるわ。船のお尻の方が上になるから、船が逆立ちしたようになる。皆にそのつもりで落ちないように気を付けてって言ってね」

 

 

 

 

 ブイの横に智子が支配している貨物船が停止し、ブイのアンカーワイヤーをデリックの巻き上げ機に繋ぐ作業を開始した。智子は刀を振り回して意気揚々と指揮している。

 すると上空を旋回していたアンウィンが低空に降りてきた。

 

「あら、アンウィン曹長。だいぶホバリング上手くなってきたじゃない。やっぱり実戦で鍛えるのが一番でしょ?」

「ありがとうございます穴拭大尉。それで、燃料少なくなってきたので、私は一旦基地に戻って……」

 

≪逃げようったってそうはいかんぞ≫

 

 間髪入れずビューリングが入ってきた。

 

「え? ビューリング少尉、そうは言っても燃料が……」

 

≪これから佳境だ。智子が実戦で鍛えるのが一番て言ったばかりだろう≫

 

「で、でも、燃料ないので飛んでられな……」

 

≪ストライカー脱いでいいぞ。お前の仕事は智子の護衛と仕事のサポートだ。ガソリンがなくても続行できる≫

 

「私自身のガソリンもほしいかな~」

 

≪いいから残って仕事続行しろ。同じブリタニア軍の上官命令だ≫

 

「うう……私いつから不幸な星の下にいるようになっちゃったのかしら」

 

 すると水上で零式水偵脚の優奈が手を振った。

 

≪燃料ほしかったら分けてあげてもいいわよ。あたしのほとんど減ってないから≫

 

「どうして!? ずっと一緒にいたじゃないですか。そりゃ水上に降りてる時間も長かったですけど、エンジン止めてたわけでもないし……」

 

≪長距離偵察ウィッチの肩書は伊達じゃないわよ≫

 

 アンウィンは観念して甲板に降りてきた。

 

「後ろの甲板、邪魔なのどかしてあげたわ。狭いけど降りれなくはないわよ。欧州の一流どころはマストの上にだって降りてたからね。これくらい出来ないと将来のブリタニアは背負えないわよ」

「せ、背負わなくていいですー!」

 

 ホバリングと着陸はまた勝手が違うもので、アンウィンはスピードも落ち切らず、おまけにステーンとひっくり返って、甲板を滑って壁に当たって止まった。智子が歩み寄るとにこやかに微笑んで見下ろした。

 

「まあ初回にしちゃいい方だわ。経験よ経験」

 

 手を差し出して引き起こす。

 

「さあ、ストライカーユニット脱いだら、ワイヤー引き上げるの手伝いなさい」

 

 そう言ってアンウィンは軍手を渡された。

 

「あの、まさか手で?」

「あんたたち、ウィッチが加勢するわよ! 気合い入れていきなさい!」

 

 作業員達の目が輝き、うおおおっと歓声を上げた。

 

 

 

 

 盛り上がる貨物船をよそに、警備艇では天音がまた険しい表情になっていた。

 

「え? トゥちゃんなんだって? 床がどうしたの?」

 

 天音は手摺から乗り出して、前かがみになってトゥから届く探信魔法波で伝わる言葉に集中した。

 

「……床下から水が溢れてきた?」

 

 

 

 

 潜水艦の前部士官居住区画の床下から海水がじわじわと上がってきていた。調べに行った水兵が床下から顔を出し、副長に叫んだ。

「おそらく艦底のソナーがもぎ取られて、そこから浸水してると思われます!」

 

 別の水兵が別の床下の点検口からさらに慌てた顔を出した。

 

「前部蓄電池が海水に浸かりました! ガスが発生始めてます!」

 

 副長は真っ青になった。

 

「全員ガスマスク着用!」

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。