水音の乙女   作:RightWorld

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第165話「天音編(その10) ~駆け引き~」

 

 

 天音は、一時取り乱していたが、一宮らのおかげで落ち着きを取り戻し、水中探信を再開した。そのチート探査能力は音響ソナーと違って音を発しないので潜水艦は探知されていることに気付くことも出来ない。天音の誘導で零式水偵は潜水艦の真上に移動した。優奈もすぐ横にいる。上空にはアンウィンのボーファイター。他の船や航空機を近付けさせないよう見張っている。

 

「こちらウミネコ。真上に到着しました!」

「アンウィン曹長、上から潜水艦は見えるか?」

 

≪濁ってて上空からは見えません。それにだんだん暗くなってきてますしよけいです。アマネ軍曹はこんな状況下でも位置が分かるんですか?≫

 

「全く問題ありません」

 

≪うわ~潜水艦が気の毒≫

 

「探照灯もあるから、しっかり夜まで付き合ってもらうぞアンウィン曹長」

 

≪私も気の毒だわ……いえ、勉強させていただきます≫

 

 対潜任務に特化された零式水偵は探照灯も常設装備である。

 

≪トビ、ミミズクだ。強制浮上させ、拿捕しろ≫

 

 神川丸の葉山少尉から命令が下る。

 

「いうこと聞かなかったらどうする?」

 

≪現場での戦術はトビに一任する。命令は拿捕だ≫

 

「撃沈しろじゃなくてよかったぜ。ウミネコ、魔法波に声乗せて水中に届けろ。奴に我々が何者か教え、降伏勧告するんだ。キョクアジサシ、奴の右舷真横300mに付け。警告の為の爆雷投下用意。魔法力は込めるな」

「ウミネコ了解!」

「キョクアジサシ了解!」

「始めろ!」

「はい! こちらは扶桑海軍対潜ウィッチ部隊。国籍不明の潜水艦に告げます。シンガポール島周辺は潜航状態での航行を禁止されています。直ちに浮上して下さい。警告を無視した場合、攻撃の対象となります。繰り返します、直ちに浮上して下さい!」

 

 

 

 

「今の声!」

 

 艦外から直接聞こえてきた声。ヘリウムガスを吸ったような奇妙な声だったが、ソナー員など介さずとも、ブリタニア語がわかる乗組員は全員がはっきりと聞き取れた。

 

「た、対潜ウィッチだと!?」

 

 潜水艦が最も相手にしたくない者からの呼び掛けに、聞き取ったものは一様に顔を蒼白にした。

 

「ど、どうして!」

「狼狽えるな!」

 

 艦長は動揺する皆を一喝した。

 

「ソナー、探信音はあったか?」

「こちらソナー。探信音波は確認していません」

「わかった。アクティブソナーを使用していないなら、まだ正確な位置を特定されてないはずだ。様子を見る」

 

 艦長は捕捉されているとはまだ信じられなかった。潜望鏡を上げた時に見られたのだろうか。

 潜水艦は変わらず貨物船のスクリューが掻き乱す水中を進んでいく。

 

『こちらふそうかいぐんたいせんウィッチぶたい。かもつせんのうしろにいるこくせきふめいのせんすいかんにつげます! ていこうせずふじょうしてください!』

 

「艦長、やはり見つかっているぞ。話が違うではないか! 貨物船の後ろにいることがばれているぞ!」

 

 艦長の顔はさらに険しくなった。

 

 おかしい。探信音は全くない。パッシブソナーで航跡の中にいる本艦の音を聞けるとは思えん。もしかして上空から見えるのか? だが時間的には間もなく薄暮、見えたとしてもかなり見にくいはずだ。

 

 艦長は海底地形を細かく記した海図を見る。現在の推定位置に指を置いた。その辺りから水深は30mまで深くなっている。現在位置は推定でしかないので誤差が大きいと海底にぶつかる危険があったが、賭けてみる価値はある。

 

「貨物船を追い越す。深度28mへ。深度到達後全速」

 

 

 

 

「潜水艦が潜っていきます!」

「そんな潜る程の深さあるのか?」

「この辺りから少し深くなってます。水深は30mくらいです。潜水艦速度上げました!」

「こいつこの辺の海底地形完全に把握してるな。貨物船追い越す気だぞ。一崎もう一度警告。そして爆雷投下予告!」

「はい! こちら扶桑海軍対潜ウィッチ部隊。国籍不明潜水艦に告ぐ! 船を追い越すつもりのようですが、こちらは貴艦の位置を完全に把握しています。無駄な抵抗せず浮上して下さい! でないと爆雷を落とします!」

 

 

 

 

 第一線から退いた元ウィッチを乗せた警備艇はジョホール海峡の奥に向けて北上していた。操舵室の上の露天ブリッジにいる元ウィッチ2人はもめているようだった。

 

「ビューリング、戻りましょうよ。もう明らかにおかしいわ。ウィッチが飛んで行った方で爆発は起こるし、さっきの水上機は船の後ろに張り付いたままこっちに戻って来るし」

「あの貨物船が餌でも投げてるんだろう。それで後ろについていってるんじゃないか?」

「カモメじゃないっつうの。ほら、貨物船追い越しにかかったわよ」

「智子、ほら」

 

 ビューリングは智子にインカムを投げた。

 

「まさか無線盗聴する気? 嫌よ、私は休暇中なの!」

「向こうが勝手に電波放射してくるんだ。休暇中だろうが就寝中だろうが、受信機が勝手に拾ってしまうんだからしようがない」

「チャンネル合わせなければいいのよ。あ、あのウィッチこっちに降りてくるわ」

 

 上空から大型のストライカーユニットを履いたウィッチが警備艇に向かって降りてきた。露天のデッキに人がいるのを認めると、その頭上まで降りてきて、ふらふらと滞空しながら声を掛けてきた。

 

「すみません、私はブリタニア空軍のジェシカ・アンウィン曹長です。いまちょっと立て込んでまして、海峡に船を入れないようにしてます。至急退去してください」

 

 それに返答したのはビューリング。それもタバコを一度深く吸いこんでからだ。

 

「お前、ホバリング下手くそだな」

 

 しかも言った事とは全く無関係な話題で返された。自分でも気にしていたことを指摘されアンウィンは動揺した。

 

「え!? そ、それはまだ飛行時間少ないからで……」

「曹長のくせに飛行時間少ないのか?」

「海外植民地へ赴任させるのに無理やり速成で階級上げさせてるんじゃない?」

「ああ、現地植民地軍と格差をつけさせるためのやつか。下らん配慮だな」

 

 傷口に次々と塩をねじ込まれて思わずアンウィンは語気を強める。

 

「い、いいから退去していただけませんか!? 危険な目にあっても知りませんよ!」

 

 言ってるそばから、貨物船の前方でドバーッと爆発による水柱が上がった。

 

「ああ! あの人達とうとう実弾の爆雷を! って言ってる場合じゃなくて、ほら! 危ないから戻ってください!」

 

 ビューリングは平和な昼下がりのテラスにでもいるようにぷかーっとタバコの煙を吐くと、何が面白いのか笑った。

 

「私はブリタニア空軍少尉、エリザベス・ビューリングだ。お前達が何か面白そうなことしてるから手伝えないかと来てみたんだ」

「え? ブリタニア? エリザベス・ビューリング少尉!?」

 

 アンウィンは記憶の中の人名カードを凄い勢いでめくった。

 

「もしかして危険人物……じゃなくて国際ネウロイ監視団からスオムス、地中海とずっとご活躍されていた伝説的ウィッチのビューリング少尉ですか!?」

「ほー、最近はそういう評価になってるのか?」

「他にも命令無視とか営巣入りに脱走……いいえ! 輝かしい経歴が語り継がれています!」

「そうか。嘘みたいに輝かしいだろ。だいたい事実だ。ということで何してるんだか教えろ」

「え、もしかして首を突っ込むつもりですか?」

「悪いか?」

「うわあ」

 

 アンウィンは後ろを向いてこそこそとインカムに話しかけた。

 

「卜部少尉、また面倒くさい人が出てきちゃったんですけど……」

 

 如何にも迷惑そうな顔をして小さく呟いた。が、

 

「おい、心の声が聞こえてきてるぞ」

「あれ!? なんで!」

「智子。魔導インカムのチャンネルがわかったぞ。この促成栽培曹長の呟きがばっちり聞こえてきた」

「ええ、インカム持ってるんですか!?」

「そりゃ後方部隊とは言え魔法力抜けきってない元ウィッチだからな」

「ひええ!」

 

 アンウィンは腰を90度折り曲げて頭を下げた。智子は知らぬふりでそっぽを向いている。が、インカムのチャネルだけはチューニングする。さっそくアンウィンに呼び掛ける他のウィッチの声が聞こえてきた。

 

≪アンウィン曹長、何してるんですか! 早く船立ち退かしてください。吹っ飛ばしちゃいますよ!≫

 

 その声の主と思われるウィッチが水上滑走で近付いてきた。智子にはあまり良い記憶のない扶桑海軍のセーラー服の娘である。アンウィンは困った顔で振り返った。

 

「そ、それがちょっと断り切れなくて……」

「え? どういうことですか?」

 

 警備艇の横までやってきてブリッジを見上げて来たのは、零式水偵脚の優奈だった。優奈はビューリングではなく、その横にいるもう一人の扶桑陸軍航空歩兵の巫女衣装を着た女性に視線が止まると、目が釘付けになった。

 

「えええ!? もしかして扶桑海の巴御前!!?」

「し、知らないわ! 誰かしらそれは!」

 

 巴御前はブンと風が起こりそうな勢いで顔を逸らす。

 

≪キョクアジサシ、何やってる! 次の爆雷投下位置に着け!≫

 

「トビ、大変です! 扶桑陸軍の穴拭智子大尉がいらっしゃいます!」

 

≪はあ、陸軍だあ? んなのほっとけ!≫

 

「ほっとけ!?」

 

 インカムから聞こえるやり取りを聞いて智子は逸らしてた顔をバッと戻した。

 

≪今陸軍に用はねえ。爆雷の爆発で水被りたくなけりゃとっとと帰るよう言ってやれ! 陸軍はきっと泳げないから船の上でも溺れっぞ!≫

 

「聞き捨てならないわね」

 

 それまで無関心、無視を決め込んでいた智子だったが、急に食らいついた。

 

「陸軍を蔑ろにする石頭はどこの誰?」

 

≪何だお前は。うちの隊の魔導無線に勝手に入ってきて。何様だ?≫

 

「私は扶桑陸軍の穴拭智子大尉よ。せっかくの人の休暇に水を差しておいて、さらに礼儀を欠くとは躾が必要のようね」

 

≪んあ? 休暇中ならなおの事、こんなとこいねえで早いとこ帰れってんだよ。私は扶桑海軍水偵ウィッチ隊の卜部ともえ少尉だ≫

 

 階級は下なのに恐ろしく偉そうに言葉を返す卜部に、優奈がビビッて横から入ってフォローする。

 

「あの、聞いた話では一応扶桑海事変の最後の決戦で、お二人はお顔を合わせたことあるみたいです。嘘でなければ」

「扶桑海事変? そんな大昔の事、覚えてないわ。挺身隊にいた誰か? ってかそんな鈍重な水上偵察脚使ってる人が挺身隊にいるわけないじゃん」

「落とされた人とかを下の方で拾ってたみたいです」

「そんなモブな人、ますます覚えてるわけ無いじゃん」

 

≪モブだと!?≫

 

「ああ、でも側転しながら怪異追っ払ってた偵察脚は印象深いから覚えてる」

「そ、それ勝田さんじゃない!? その人もいますよ!」

「いるの? 会ったら前から一言言ってやろうと思ってたのよ」

「勝田さん、巴御前がお言葉くれるそうですよ!」

 

 優奈はかの英雄から水偵脚隊に、よくやったとか言ってもらえるのかと期待して、勝田を引っ張り出してきた。勝田が気だるげに無線に出てきた。

 

≪こちら同じく水偵隊427空の勝田佳奈子飛曹長。呼んだ?≫

 

「扶桑海事変の時、確かぐるぐる側転やバク転しながら機関銃撃ちまくってた下駄履きがいたわよね。あんた?」

 

≪ああ、そんなこともやってたねえ≫

 

「馬鹿じゃないの? 違うところに弾飛んでたわよ。近くにいたウィッチなんかあんたに向けてシールド張ってたし。ねずみ花火じゃないんだから、とんだ迷惑よ」

 

 期待に反して文句の言葉だったので優奈はずっこけて転びそうになった。

 

≪いや~お恥ずかしい。今振り返るとボクもそう思う≫

 

「勝田さん、肯定しちゃうの!?」

 

≪すみません。潜水艦が貨物船を追い越しました。まもなく皆さんの下を通過します≫

 

 痺れを切らした天音が割り込んできた。

 

≪ほらみろ、無駄話してる間にどんどん逃げてっちまうじゃんか! キョクアジサシ爆雷投下しろ!≫

 

「ここで落としちゃっていいの?」

 

 優奈は翼にぶら下がる30kg爆雷を手に持ち替えた。それ見て智子が慌てた。

 

「わあ、やめなさい! ここでそんなの爆発させたらあたし達の船がひっくり返るわ! あっちでやって、あっちで!」

 

≪そこにいるのが悪い。今すぐ落とせ! その口うるさい陸軍共々葬ったれ!≫

 

 卜部が私怨を混ぜて暴走するので、天音が気を利かせた。

 

≪ひ、ひとまずもう1回潜水艦に警告します。その間にお船動かしてください≫

 

 

 

 

 潜水艦では艦長のペトラチェンコがストップウォッチ片手に海図を見つめる。

 

「こちらソナー。貨物船を通過したと思われます」

 

 ソナー員の報告を受け艦長は針路変更の指示を出す。

 

「アップトリム3度、取り舵10度。少し浅いが本水路から逸れた左のルートを使う。奴らは貨物船と同一針路へ行くと予想しているはずだ。肩透かしを食らわせてやる」

 

 5mほど浮上し、テコン島寄りに針路を変える。そこへ水中にまたヘリウムガスを吸ったような声が聞こえてきた。

 

『こちらふそうかいぐんたいせんウィッチぶたいです。くりかえします。しきゅうていせんし、ふじょうしてください。かもつせんのしたをくぐってまえにでたことはわかってます。たいせんウィッチをあまくみないでください』

 

「おのれ、貨物船の前に出た事もばれているぞ! いったいどうやってるんだ!?」

 

 アンナン人のカイは脂汗を滴らせて悪態をついた。

 

「落ち着け。日暮れで海は暗くなりつつある。上空から見えるとは思えん。そうするとやはり音響ソナーを使ってると思われるが、アクティブ音が聞こえないのは妙だが、本航路を逸れた本艦を見つけるのは困難なはずだ。島に近いし、浅瀬への壁がすぐ横にある。雑音や音を乱反射するところが多くて、こちらの場所を定め切れるはずがない」

 

 再びヘリウムガスにやられたやや間抜けな声が届いた。

 

『これでさいごです。ふじょうしてください。ふじょうのいしがないとなれば、ばくらいおとすしかありません。けいこくのばくらいはおとしません。すぐこうげきになります。いますぐふじょうしなさい』

 

「艦長!」

「慌てるな、脅しに乗るんじゃない。警告の爆雷は落とさないのではない。落とせないのだ。なぜなら奴らは完全には本艦の位置を掴めてないからだ。いくら爆雷を落としても永遠に警告の域を出ない。もし見当違いの方や遠すぎるところで爆発させては警告にもならないし、場所を特定できてないことがバレてしまう。それでは示しがつかないから爆雷を落とせないのだ。だからハッタリかまして浮上させようとしている。本艦はこのままでいい」

 

 ソナーの性能を知っている艦長は、この悪条件下の海で探信音(ピン)も飛ばさずパッシブだけで攻撃出来るはずがないと確信していた。いや、自分に言い聞かせていた。ここは手の内を見せぬ駆け引きの勝負なのだと。

 

「あり得ん。あり得んのだ」

 

 暫くして、また艦外から間抜けな声が聞こえてきた。

 

『わかってないようですね。やむをえません。ばくらいを……あてます』

 

「!!」

 

 乗組員達の体中の血がざあっと引いた。驚愕と恐怖で息を飲む僅かな音が、艦内の空気を震わせるほどだった。艦長もまさかと思った。

 

『わたしたちがかんぺきにとらえていることをおもいしりなさい。あたるのはぜんかんぱんちゅうおうです。かくごなさい』

 

 

 

 

≪キョクアジサシ、あと2m進んで。左へ30cm≫

≪潜水艦の甲板だって幅3、4mくらいあるんでしょ。30cmくらい誤差じゃないの?≫

≪ど真ん中に当てて思い知らせるの。それにそれくらい細かく誘導しないと優奈当てられないでしょ≫

≪あーっ、あたしの腕を疑ってるのね!≫

≪だって優奈まだ1隻も自分で沈めたことないんだもん≫

 

 それを言われるとぐうの音も出ない優奈である。

 

 魔導無線を聞きながら、水偵ウィッチが潜水艦を追い立てる様子を後ろから付いて行って眺める智子とビューリングは、アンウィンからこれまでの経緯を聞いて、この騒動についてあらかた把握したところだった。そのうえで改めて対潜ウィッチ達を観察する。

 

「可愛い顔して、なかなかにえげつないな、あの水中を見れるという固有魔法持ち」

「あの子がいっとき止まってた扶桑からの補給を再開させた功労者だったのね。そりゃあネウロイ相手してた子からしたら、人類の潜水艦なんか敵じゃないでしょうよ」

「だが卑劣さからしたら人間の方が上だ。ネウロイは無慈悲だが、心理戦を挑んでくる奴はいなかった。先進的なネウロイを相手させられてきた私達でもそこまでやるネウロイは見た事がない。汚いことをやらせたらまだまだ人間の方が上だ」

「そう考えると、少々えげつないくらいのことしないと、悪い人間には堪えないわね。あの子のやり方で正解なんじゃない?」

「それもいつまで通用するかだな。なにせ人間は汚い。気付かれれば逆手に取られる」

 

≪今です、投下!≫

≪爆雷、投下!≫

 

「あの下にいるんだ」

「まったく見えんな」

 

 

 

 

 爆雷に叩かれるのを戦々恐々としている潜水艦では、艦首側の水兵達は天井を見上げてがくぶると膝を笑わせていた。

 

「あうおっ……っか」

 

 言葉にならない音を出す者。

 

「命中箇所まで決められるのか、何て奴だ」

「ばかな、あり得ん!」

 

 畏怖の念を抱くもの。信じない者。

 艦長も信じない側の者だった。まさかそんなはずはないと握り拳に力を入れたその刹那。

 

 ごおおんんん!

 

 前甲板中央に何かがぶつかった音が艦内に鳴り響いた。

 

「「「「うわああ!!!」」」」

 

 何かに天井を思いっ切り叩かれた水兵達が絶叫した。さしもの潜水艦乗組員も悲鳴を抑えられず次々とを叫び声を上げた。

 

 

 

 

 その悲鳴で目覚めた者がいた。

 薄目を開けると狭く蒸し暑い部屋の中。

 部屋の入り口には見張りらしき水兵が見えた。片手には銃を持っている。

 驚いて動こうとしたが動けない。見れば手足が縛られていた。

 顔を青ざめていた水兵が、何か動いたのに気付いてこっちを向いた。向いたのは目だけではない。銃口もだった。

 

「あ、あ、ああ! いやあああ!!」

 

 

 

 

「狙い通り真ん中に命中しました」

「なんでこんな時は当たるのよ! これがネウロイなら完璧に撃沈カウントだったのに!」

 

 優奈はまだ実戦では潜水艦型ネウロイを単独撃破できた試しがないので、その悔しがりようったらない。

 

「ウミネコ、最後通牒だ」

「はい。……こちらは対潜ウィッチ隊。これでこちらの実力はわかったでしょう。次は信管をちゃんと作動させたのを落とします。それが嫌ならすぐ浮上してください!」

 

 その最後通牒を送った直後だった。

 

 悲鳴!?

 

 天音は魔導探信波のエコーに乗って届いた潜水艦から発せられた悲鳴を聞き取ったのだ。その悲鳴は潜水艦乗組員ではなかった。聞き覚えのある、子供の声だった。

 

「トゥちゃん!」

 

 

 

 

「こ、これが、対潜ウィッチ……」

 

 艦長は唖然とし、天井を見上げ、頭上の水面にいるであろう見えぬウィッチの姿を睨んだ。発令所にる他の者達も同様だった。

 

「探信音もない。でも完璧にとらえられてる! に、逃げられない!」

「カールスラントのUボートが弄ばれたというのは本当だったんだ!」

 

 誰もが降伏しかないと思った。だが、

 

「ふっ、ふはっ、ふははは」

 

 唐突に笑い声が発令所の隅から聞こえてきた。

 はははははとさらに遠慮なく笑うのは、あのマブゼの助手とかいうガリア人技師のピエールだった。極度の緊張でおかしくなったかと思われたが、笑いを急にやめると真顔で言った。

 

「すばらしい、実にすばらしい」

 

 発令所の皆がその男に視線を集中させた。

 

「この圧倒的能力。力の差。時間と労力と金をかけて訓練した君たち凡人が束になっても(かな)わぬ力を、若輩の少女が持っている。悔しいだろう? 10年のハンデを付けてスタートしても、彼女らは数ヶ月で追いついてしまうのだ。あとは引き離されるのみ」

 

 艦長は不快感をあらわにした。

 

「何が言いたい」

「これは我々が目指す兵士と同じだ。我らが作る催眠兵士はウィッチ同様、僅かな期間でベテラン兵士が持つ知識、技能を身に付け、身体能力さえ凌駕する。つまり君達は不要になるのだ」

「この男をつまみ出せ!」

 

 拘束しようとにじり寄る乗員に捻くれた笑いを見せながらピエールは言葉を続けた。

 

「君達だけではない。ウィッチも不要になる。だがウィッチが不要なら軍は君達を残す方に選ぶだろう。君達は命令に従う。催眠兵士もだ。だがウィッチは事案によっては命令に従わない奴もいる。軍人でありながらもな。ウィッチの血が邪魔をするのだ。そして催眠兵がウィッチに勝るのは次の一点に尽きる」

 

 そこで言葉を切り、ガリア人は反応を見るように皆を見渡した。先が気になるのか取り囲んでいる乗員は最後のひと踏みを残して足を止めていた。ガリア人は不気味に笑って言った。

 

「催眠兵は人を殺める事ができるのだ」

 

 ガリア人は足元のスーツケースをコツンコツンと蹴ると、急にバカンと開いて中から少女が飛び出した。手には自動小銃を持ち、艦長以下に狙いをつけた。少女とはいっても通常のウィッチよりずっと低い年齢。10才くらいだろうか。ということはつまりこれこそ催眠兵士『党の子ら』。

 

「ば、ばかな。その小さい中にずっと隠れていたというのか!?」

 

 それはガリア人が商売道具と言って持ち込んでいた手荷物だったが、この数時間ずっとガリア人の側にあった。いくら子供とはいえ隠れているにはそのケースは小さすぎる。入れたとしても相当に窮屈な姿勢を強いられる。現に顔には同時に押し込まれたのであろう自動小銃の痕が紫色になる程についてる。当たっていたところの血の巡りが悪くなり鬱血したのだ。それを見てさぞ苦しかったのではと思う乗組員達の目線に、ガリア人は答えてやった。

 

「催眠兵は苦痛など気にも止めない」

「それを子供にやらせるか!」

 

 カイが吐き捨てるように叫んだ。

 

「おいおい今更何を言う。マブゼの兵隊とはそういうものだぞ。おっと下手に動くなよ。さっき言ったように睡眠兵はウィッチと違って人を殺す事に躊躇いはない」

 

 向けられた銃口の先で艦長が苦々しく唇をへの字に曲げた。ピエールは諭すように続ける。

 

「冷静になりたまえ。上にいるのは催眠兵でも一般兵士でもない。ウィッチなのだ。この潜水艦をはっきり捉えてようが、攻撃はできないのだ。なにせ人を殺せないのだから。これこそがハッタリだ。さあ艦長、堂々と出発したまえ」 

 

 そこへ水兵が一人発令所に飛び込んできた。

 

「拘束していた子供の一人が目を覚ましました!」

「何? 薬が切れたのか? おかしい、早すぎるぞ」

「そ、それが……あ、あれは、ウィッチですか?」

「上のウィッチか? 心配はいらん。確かに本艦は対潜ウィッチに囲まれているが……」

「ち、違います、目を覚ました子供が、ウィッチなんです!」

「なっ!」

「何だと!?」

 

 

 




 
やべえ、全然終わる気配がない。

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