水音の乙女   作:RightWorld

179 / 193
第164話「天音編(その9) ~赤い怒りの波~」

 

 

 雷撃を受けた貨物船から東へ3kmほどの海中。

 全没状態の潜水艦が潮流の助けを受けながら移動していた。今日のジョホール海峡は流れ込んだ川からの赤土で濁っており、上空からでも全く姿は見えなかった。

 

「海底にぶつかる音と思われる衝撃を感知。ハティエン号でしょう」

「まさかウィッチが来るとは」

「どうしてばれたんだ?」

 

 薄暗い潜水艦の発令所で、乗組員とは違うグリーン基調のシャツとズボンのアジア人の男が、ワイシャツ姿の西洋人の男へ投げかけた。それは、あの艀にいたアンナン人のカイとガリア人のピエールだった。

 

「わからん。ペトラチェンコ艦長、潜水艦は見つかってないよな?」

 

 肩幅の広いダークブロンドのオラーシャ人の艦長は、海図台に両手をついて目だけ見上げた。

 

「停泊中は貨物船の間に入って見えないようにしてたし、出発後はすぐ潜航したからな。気付かれた様子はなかった。爆発したハティエン号に気を取られているうちに離れるぞ」

 

 カイが血走った目で艦長に問いかける。

 

「完全に潜航した状態で海峡を抜けられるのかね!?」

 

 一方で艦長は感情を押さえた声で答えた。

 

「ジョホール海峡とシンガポール海峡の非常に詳細な海図を用意してある。問題ない」

「もし駆潜艇が派遣されてきたら!? ソナーですぐ見つかってしまうのでは!」

「そうでもない」

 

 艦長は落ち着いた声で言った。

 

「ここは浅く、岸がそばにある。川も流れ込んでいる。岸辺の騒音が水中を騒がしくし、パッシブソナーは役に立たない。真水がかき乱すのでアクティブソナーも乱れまくる。沈船や海底の丘との区別は難しいだろう。ただし海峡で潜水できる水深20m以上のところは限られるから、そこを重点的に探られれば見つかってしまうかもしれん。だが水中を探そうと思うにはまず潜水艦がいるという疑いを持つところから始めねばならん」

「まだ疑うところまではいってないはずということか」

「ハティエン号の爆発を雷撃だと思うかどうかだな。もっとも今雷撃だと気付いても、駆潜艇を出撃させるには時間がかかるだろう。その頃には本艦は広いシンガポール海峡に出ている。そろそろ日も暮れるし、条件は我々に有利だ」

 

 アンナン人の男は少し安心したようだった。だがガリア人はそんな気を逆なでするように詮索を続ける。

 

「もしあのウィッチが、話題の対潜ウィッチだったらどうするかね? 奴らは今シンガポールにいるんだろう? 水の中は丸見えだというぞ」

 

 それを聞いてカイは顔を引き攣らせた。

 

「ま、まさか。それになんで対潜ウィッチがジョホール海峡を飛ぶ必要がある。奴らの仕事は船団護衛だろう」

 

 艦長もそれは議論に値しないと緩い笑いを浮かべる。

 

「そうだな、ありえん。それに……」

 

 艦長も新聞記事で対潜ウィッチの活躍は見ていた。しかし記事には細かい戦術の事などは書かれていない。ペトラチェンコ艦長はネウロイにオラーシャが分断されたころ共産革命派に合流し、長いこと正規軍からは切り離されていた。特に対潜ウィッチが活躍しだしたのはこの半年のことで情報を持ってなかった。記事から読み取れるのは、扶桑のウィッチは『水中探信』、つまりソナー使いだという事だ。ブリタニアのウィッチは何をやったのかさえ不明。ちなみにリベリオンウィッチは1週間前に入港したばかりなので、彼は彼女らの新聞記事を見ることができてない。ジェシカ達が水中透視眼を持っていると知ったら艦長の反応は違っただろう。だが実際リベリオンのウィッチは街に繰り出して羽を伸ばしているところなので、どのみち戦力外だ。

 さらに統一戦線は海峡を脱出する為の手だてをもう一つ用意していた。仮に対潜ウィッチが出てきたとしても、ソナー使いなら(かわ)せるはずだ。

 

「それに、ソナーでは捉えられまい」

 

 艦長は自問して自信を深め微笑んだ。

 

「艦長、予定地点に到着しました」

「機関停止。ソナー、間近に動いている船はいないか?」

「スクリュー音なし」

「よし、潜望鏡深度へ浮上。潜望鏡上げ」

 

 床からせり上がる潜望鏡の接眼部が近付くと、ハンドルを掴んでレンズを覗く。ハティエン号の方を見ると、黒い煙が立ち昇り、ウィッチが1人飛んでいるのが見えた。ぐるりと周囲の空を見るが他のウィッチは見えない。数人いたはずだがどこだ? 続いて水上をぐるりと見る。左舷側に4千トン級の貨物船が停止していた。暫くすると動き始めた。

 貨物船は潜水艦の前を通って、ジョホール海峡出口へ針路を取った。

 

「微速前進、針路130」

「微速前進、針路130」

 

 潜水艦も貨物船を追って発進する。

 

「見るかね?」

 

 艦長はカイを手招きした。そして潜望鏡の場所を入れ替わると、カイは接眼レンズに目を当てた。

 

「……これは、船の後ろ姿か? シャムロの旗が翻っている」

 

 ピエールにも場所を譲った。

 

「……そのようだな。あれに付いて行くという訳か」

「そういうことだ。ソナー、前の船のスクリュー音をよく聞いて追い越さないよう注意しろ。潜望鏡は極力使わんからな」

 

 潜水艦は貨物船の航跡の中にまぎれながらジョホール海峡を抜けようというのだ。貨物船の真後ろ、もしくは真下なら、推進器音が聞こえても船のものと思うだろう。航跡の水流でアクティブもパッシブもソナーの状態は悪くなる。そもそも貨物船の下を探そうとするだろうか。この貨物船こそ統一戦線の用意したもう一つの手立てであった。

 

 『ソナーでは捉えられない』

 

 ソナー性能を知っている艦長は疑わなかった。

 

 当時のソナーは確かにそうかもしれない。だが天音の水中探信は、21世紀をすっ飛ばし、22世紀の統合探査センサーくらい突き出てた探知分析力を持っているとは思いもしなかった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 浜に立つ天音と一宮の前に、卜部の零式水偵が海岸に乗り上げそうなほどに近付いた。優奈は砂浜に上陸し、零式水偵脚を脱ぐと天音に駆け寄った。

 

「怪我はない!?」

「うん、ぜんぜん平気」

「あの男は役に立ったの?」

「一宮君いなかったらここに立ってないよ。……まあちょっと色々余計なのもあったけど」

 

 後半はちょっと言い淀む天音。翼の上に出てきた勝田が岸に向かって声を掛けた。

 

「おーい整備兵。零式水偵の爆弾倉に運貨筒で瑞雲を積んできてる。下ろして天音に履かせて。終わったら整備兵も水偵の偵察員席に乗りな」

「え、俺も乗るんですか?」

「そこに置き去りにできないよ。そこウビン島だよ」

「ウビン島!?」

 

 そこはシンガポール島の北東端にある、ジョホール海峡中央に浮かぶ島であった。海を渡った自覚はあるが、海峡中央の島にまで達していたとは一宮も驚いた。天音は後ろに手を組んでニコニコ顔で振り向いた。

 

「わたし達、この島に車で渡った初めての人じゃない?」

 

 優奈はにわかに信じ難い顔をする。

 

「本当に車で渡ったの?」

「一宮君にかかれば車だって水上走れちゃうんだよ~」

 

 天音は「一宮君も魔法使うんだよっ」とそれは嬉しそうに優奈に語る。

 一宮は、海岸で燻ってる塊を指さした。

 

「そこに残骸があります」

 

 黒く焦げた鉄の塊は一見何だかわからないが、車と思ってみれば確かに4輪タイヤのようなのがある。

 

「燃えちゃってるけど、確かに船ではなさそうねえ」

 

 ざぶざぶと海に浸かって一宮は運貨筒を下ろし、優奈と天音も手伝って岸まで持ってくる。岸で開けて瑞雲を取り出すと天音は足を挿入した。ユニット運搬専用の運荷筒にはスターターバッテリーも付いていて、それでフライホィールを回し、天音が魔法力を流し込んでエンジンを起動させた。フロートを展開すると一宮に押されて水上に立った。一宮はぐるりと瑞雲を1周する。

 

「機体、フロート問題なし。一崎一飛曹、エンジンどうっすか?」

 

 腰まで海に浸かって一宮は水上に浮かぶ瑞雲の天音を見上げる。目線の先にはちょうどひらひらとそよぐワンピースの裾から覗くズボン。

 

「エンジン回転問題なし。優奈、行けるよ」

 

 優奈は瑞雲で水上に立つ天音を眺めてちょっとときめいた。

 

「天音超可愛い! 私服のワンピースで瑞雲ってなにそのシチュエーション。一宮の目の毒だわ!」

「え? か、可愛い?」

 

 ちらりと一宮を見る。一宮は慌てて帽子を深く被った。そして沖を指さして促す。

 

「は、早く出撃して下さい」

「はうっ。は、はい」

 

 操縦席で立って見ていた卜部が発破を掛けた。

 

「行けそうだな。よっしゃ、皆行くぞ! 一宮乗れ!」

 

 卜部の号令で一宮は天音を見ずに急いで零式水偵に駆け上がった。偵察員席に上がってきた一宮を勝田が冷やかした。

 

「褒めてやりゃいいのに。うへへー、顔真っ赤っかー」

 

 一宮は帽子で顔中を掻き回した。

 

 

 

 

 ジョホール海峡上空、海峡全体を見渡せる高度にアンウィンは上昇した。そこからは艀や着底した貨物船の所に向かって群がりつつある海上警察の船が一望できる。アンウィンは状況をセレター基地に伝えた。

 

「海峡内に敵性潜水艦がいる恐れがあります。427空がこれから捜索を始めます。海峡内の交通を止めてください」

 

≪分かった。間に合うかわからんが、海軍にも監視艇や駆潜艇を出させて応援するように言う。まさか潜水型ネウロイじゃないだろうね?≫

 

「可能性はあります。ですが今のところ途中に獲物の商船や軍艦は沢山あったのに、被害は問題の貨物船だけです」

 

≪扶桑の魔女さん達は爆雷持ってきてるのかい?≫

 

「はあ、持ってるみたいです。……実弾とか言ってました」

 

≪用意良いな。信頼ある娘達だから心配はしとらんが、そばにいてブリタニア軍認知の行動である事を誇示するように≫

 

「尻拭いですか?」

 

≪そこまで大事になったら私が出ていくよ≫

 

「お心強いです大佐」

 

≪それより、彼女達の戦いをよく勉強しとくんだよ。では行きたまえ≫

 

「了解。アンウィン所定の位置に戻ります」

 

 シンガポール司令のスミス大佐との通信を終え、海峡中央に展開する427空を見下ろす。

 

「あの一癖ある人達のお相手はシィーニー軍曹の方がお似合いです」

 

 重々しくボーファイターをロールさせると、427空の方へ降下していった。

 

 

 

 

 零式水偵はハティエン号が着底している沖を白波を立てて進む。そして海峡の真ん中辺りにくると停止した。

 

「一崎、この辺でいいだろう。探れ!」

「了解、全方位広域水中探査開始します!」

 

 既に魔法力を発動させ、尻尾の先端に魔力を集めて準備してた天音は、尻尾を水中に落とすと直ちに魔法波を放った。青白い波紋が瑞雲を中心に次々と広がっていく。

 

「あ、浅い。これは昔ながらの入江とか港でやるやり方を使わないと」

 

 外から見ても違いは分からないが、天音は探信波をさっと変えた。地元の海岸や横須賀の港内で特殊潜航艇『甲標的』を瞬時に発見したときと同じ探信波だ。岸辺や漁港の桟橋などで水中探信の腕を磨いてきた天音の最も基本的な技であり、浅瀬や磯、港のある入江を見るのに最適なこの探信波は、こういった運河や川を見るのにも適していた。

 脳内に描かれる水中の景色が、霞んでいたものからクリアなものに変わった。とはいえ海峡は幅2kmほどの川のようで、曲がりくねっているし、岸はあちこち突き出ているしで、10kmを見渡せる天音の探信魔法であっても直線距離で見通せる範囲は狭い。

 

「海峡の奥にはいなさそうです。出口方向も……見渡した範囲にはいません」

「当然海峡から出ようとしてるだろうから、もう岬を回って海峡出口に向かってるのかもしれない。出口方向へ進むぞ。一崎はそのまま探信を続けろ」

「了解」

 

 左側にあった、海峡の真ん中に中洲のように鎮座するウビン島が切れ、テコン島を正面にした水道に出る。左へ行くとマレー半島。右へ行くとジョホール海峡出口だ。零式水偵はもちろん出口の方へ曲がる。そうすると左にテコン島、右にシンガポール島を見渡す末広がりの海になる。幅は広く見えるが、左右の島はかなり沖まで浅瀬がせり出していて、大型船が通れるところは中央付近に1本道のようにあるだけだ。その1本道を貨物船が1隻出口方向へ向け航行している。他には小型の船がぽつぽつと点在している。大方は漁船のようだ。

 瑞雲が右に曲がって、正面に横へ広がる海峡が見渡せるようになったとたん、天音はすぐに異物を見つけた。

 

「正面1900m、貨物船の後ろの水中に潜水艦探知! 60m級。速度3ノット。えーと、貨物船と同じ速度です。貨物船に付いて行ってる感じです!」

「マジでいやがったか!」

 

 予想した通りとはいえ卜部はありがたくない結果に表情を険しくした。それは天音も同様。脳内に浮かぶ、素知らぬ顔で遠ざかろうとしている潜水艦のその姿に怒りが込み上げてきた。

 

『貨物船はやっぱり魚雷攻撃を受けたんだ。なぜそんな事をしたの? 決まってる、誘拐した子供達なんかいなかったことにするためだ。何の目的で誘拐したのか分からないけど、生きて連れ戻されたら都合が悪いんだ。その為に貨物船ごと消し去ろうとしたんだ。船には他にも沢山人が乗ってることなんて気にもとめてない。

 それをネウロイじゃなく同じ人間がやるなんて!』

 

 考えれば考えるほどに腹が立ってきた。

 天音は軍のウィッチになるうえで横須賀の横川教官から3日間の特別な短期集中訓練を受けている。たかが3日だが、横川教官の特殊な固有魔法の助けもあって仮想的にその何倍、何十倍という時間を経験した。

 そこでは悲惨極まる戦場で体験するありとあらゆる場面にそこにいた兵士と同じように投げ込まれ、身を晒され、そこで何ができるのかあがくことが試された。気が狂わなかったのはケアも巧妙に組み込まれていたからだ。ただそれは一般訓練では決して使わない、結構際どい方法だそうだ。

 だがその訓練の場面は全てネウロイとの戦争が前提だった。人が持つ残忍さが起こす出来事については講義で聞かされただけだった。

 今起こっている事は後者である。天音が体感していない、知識として知っているだけの、精神コントロール外の事態だった。

 そこへさらに油を注ぐような通信が入ってきた。

 

≪トビ、こちらカツオドリ。……貨物船の船橋は……酷いことになってる≫

 

 雷撃された貨物船に乗り込んで臨検の続きをしていた千里からだった。

 

「カツオドリ、どういうことだ?」

 

 インカムから喉が詰まるような音と、何かをこらえて苦しそうな千里の息遣いが聞こえる。

 

「どうした何があった!?」

 

 卜部はこれは普通ではないと感付いた。

 

≪……船橋いる人は全員銃で撃たれて死んでる。船長と思われる人も≫

 

「な、何だって? 誰がそんなことを!?」

 

≪兵士らしい人が銃を持ってる。たぶん、皆を撃った後、自分も撃ったと思われる。頭吹き飛んでて……ごめんなさい、ちょっと吐きそう≫

 

「わかった、無理すんな! そこ離れろ!」

 

『でもまだ子供達を見つけてない……。船長から聞けないとなると、船倉の方を調べないと』

 

≪アンウィンです。そこはもう海上警察に任せちゃってください。あなたは引き上げて!≫

 

『……分かった。あとお願いする』

 

「卜部さん、これはもう絶対やばい積み荷だよ。ここまで口封じがしっかりしてるなんて」

 

 勝田のいつにない真剣な声に優奈も青ざめている。

 

「ああ。荷主もただもんじゃないな。この子供の誘拐もよくある人身売買じゃない」

 

 突然、零式水偵が何か大きな物で叩かれたようにズンっと振動した。

 

「なんだ?」

 

 卜部は揺れた操縦席の足元に目を落とした。またドクンっと震えた。と同時に真っ赤な波紋がさーっと水面を通過するのが目の端に入った。

 

「何この赤い波」

 

 勝田が左右の海面を見渡して目をしばたたかせた。

 

「一崎?」

 

 一宮が瑞雲で水上に立つ天音の様子を窺う。光る波紋を発するものなど天音しか考えられない。天音は両手を握りしめてうつむいていた。水中にある尻尾の魔導針の輪は赤く光っている。それは次第に大きくなり、天音の体くらいになるとボンっと破裂した。するとそこから太く真っ赤な波紋が飛び、零式水偵が揺れる。

 

「なんだこれ、天音、どうしたの!?」

 

 勝田が呼び掛ける。

 

「勝田飛曹長、これ知らないんですか?」

 

 一宮は後席に振り返った。そこに座る勝田は困惑顔で首を振っている。前席の卜部も当惑した。

 

「こんな真っ赤な波紋は見たことがない。いや、細いのなら何か調べるときに放つ魔法波の中に混じってたことはあるが……」

 

 これまで何度も出撃した哨戒任務を思い浮かべるが、やはり覚えがない。勝田も同意見だ。

 

「こんな太いのはなかったよね。鮫を追っ払うのに使ったオレンジ色の波がやや太かったけど、こんなんじゃなかった」

 

 赤い波紋が通過すると、魚が水面からぴょんぴょんと飛び上がった。落下すると水面付近でのたうち回っている。のたうち回る魚のうち何匹かは腹を上にして動かなくなった。

 

「アイツ、怒ってないッスか? それも激怒レベルで」

 

 本気で怒らせた天音は、いつものほんわかした人と同一人物とは思えないほど、触れるのも躊躇われるような状態に変容する。それを一度見てる一宮は、あの時と同じに今なってると感じた。

 赤い波紋は次第に数を増やしている。その度に次々と魚が海面に浮かびのたうち回る。

 

「魚、ヤバくない? 波紋が全部赤いのに変わったら、魚いなくなるかも……」

 

 勝田は水産資源にまで心配し始めていた。一宮は風防を勢いよく開けると偵察員席から飛び出した。振り返って叫ぶ。

 

「普通じゃないッスよね!?」

 

 一瞬あっけにとられた卜部と勝田だが、すぐ頷いた。

 

「ああ普通じゃねえ。一宮、止められるか!?」

「アイツの近くに寄ってください!」

 

 一宮は翼の上を移動して端まで行く。卜部は零式水偵を巧みに動かして天音に近付けた。一宮の目の前にちょうど天音が来るように零式水偵が真横に並んだ。一宮は翼の上で手をついて下に位置する天音に叫んだ。

 

「一崎!」

 

 その時ひときわ大きい赤い波が発せられる。真下に向いて放たれたそれは海底で反射して零式水偵を水面から持ち上がらせた。命綱もなしにいた一宮は体を宙に投げられた。翼に落ちた時、咄嗟に並んでいた小さな取っ手を掴んだので海に落ちずに済んだ。それは天音がフロートまで降りるのに使ってた取っ手で、体重がかかっても簡単にはもげないよう一宮がずっと整備してたものだ。

 

「助かった。しっかり取り付けた俺エライ!」

「一宮、フロートに降りろ!」

 

 はっと顔を上げて、卜部に頷き返すと、取っ手をたどって翼の上を素早く移動し、フロートに飛び降りた。卜部はまたも零式水偵を微妙に動かして、フロートの横に天音が来るよう操縦する。フロートからだと一宮と天音の目線がちょうど同じくらいになった。

 

「一崎、やめるんだ!」

 

 フロートの支柱を掴んで身を乗り出した一宮は、水面を見つめる天音の肩を掴んで怒鳴った。俯いて肩に力を入れて少しぷるぷる震えてる天音を「一崎!」と叫んでもう一度揺すった。

 

「はっ!?」

 

 肩を何度も揺らされたことで天音は我に返った。顔を上げると、そこに真剣な眼差しで自分をガン見ている人に驚く。

 

「わっ! 一宮君!?」

 

 なぜそこに一宮がいるのか一瞬分からなかったが、零式水偵と一宮がフロートの上に立ってるのを認識してようやく周りの景色を把握できてきた。

 

「大丈夫か、なんか様子変だったぞ」

 

 周囲に大小様々な魚が水面に浮かび痙攣させているのが目に入ると、目を見開いた。

 

「なにこれ!」

「お前の探信波だ。真っ赤で太い波紋が発射されてこうなった」

「真っ赤!?」

「赤い波ってなんだ?」

「あ、赤っぽいのは物理的衝撃を与える事ができる波。橙色だったら突っつくかトンって押す程度だけど、真っ赤だと叩くくらいの力はあるはず……」

「そんなののぶっといのを何発も打ってたんだ」

「ぶっとい!? 何発も!?」

「……そうだけど」

「赤くなるほどで太いのは、凄く溜め込んで魔法圧思いっきり高めて発射しないとだから、そう何発も打てるもんじゃないはずなんだけど……」

「ストライカーユニットで増強されてるだろ」

「あっ!」

「いかってなかったか?」

「うん、もの凄く怒ってた。ドクン、ドクンって怒りがこみあげてきてた」

「それが魔法波に影響してたみたいだな」

 

 優奈が水上滑走で恐る恐る近付いてきた。

 

「天音どうしたの!? なんかすっごい怒ってるオーラ出てたわよ! それに零式水偵が飛び上がるほど海が盛り上がったりして、何なの?」

 

 横に一宮がいるのを見て睨み返した。

 

「あんた何したの!?」

「優奈、違うの。一宮君は止めに来てくれたの」

 

 優奈は目を座らせて一宮を睨み続ける。が、苦々しくもやむを得ずといった感じで悔しそうにすると、一宮を指さして叫んだ。

 

「だめじゃん、嫁の心のケアも夫の仕事のうちよ!」

「よ、嫁じゃねえよ!」

「お、夫じゃないよ!」

 

 

 




 
ストライカーユニット運搬用の運貨筒は、スト魔女劇場版で坂本さんが震電を運んできたあれとだいたい同じものです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。