水音の乙女   作:RightWorld

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第163話「天音編(その8) ~一宮スペシャル~」

 

 ジャングルに囲まれたとある岩山はなんとなくモスグリーンに霞んで見えた。ツル植物でも絡まっているのだろうか。はたからはそのようにしか見えないが、すぐ傍にまで寄ると驚くことだろう。

 そこは岩山全体にネットが掛けられ、草や枝をかけて偽装された要塞のようになっていた。高いところから横にピンと引かれた何本もの長い電線は、その長さの波長の電波を出したり捉えたりするためのものだ。つまりアンテナである。

 そこはアンナン独立同盟の通信基地だった。

 

 壁一面に埋まる送信機、受信機が並ぶ部屋。そこで先程届いた数字の羅列を解読し終えた男は、それら機械の真空管が発する熱でムッとする部屋からこれで出られると安堵した。通信内容を書き留めた紙を持って廊下に出ると、突き当りの風通しの良い部屋で待つ痩せた男のところへ向かった。

 

「同志。シンガポールから暗号通信がありました。素材の確保ができたようです。9つ積んだとあります」

「予定より1つ少ないな」

「1つは適正値に入らなかったようです」

「そうか。それでは1つくらいならこちらで探してみるか」

 

 痩せた男、ファム・アイ・クォックは機嫌よさそうに頷いた。

 

「では計画通り我々の支援船も動いてるね? まさか馬鹿正直にアンナンの船じゃないだろうね?」

「シャムロ船を装ってます」

「結構結構」

「それにしても統一戦線がこれ程の装備を持っているとは思いませんでした」

「統一戦線といっても戦力の大半は北の熊が保有している。ネウロイ戦乱を使ってあちこちから物資や人材をかき集めてるそうだ。今回のも地中海から来てるらしい。中身は北の熊に入れ替わってるがね」

「北の者に東南アジアはさぞかし暑いでしょうな」

 

 男は通信紙を机の上に置くと、一礼して部屋を出るべく回れ右した。扉のところで立ち止まると、振り返らずに部屋に残る男へ質問をした。

 

「ところでこの作戦、ホー同志はどこまで知っておられるので?」

 

 クォックは横に薄く伸びた口で薄ら笑いを浮かべた。

 

「兄者が聞くのは結果だけだ」

 

 

 

 

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 セルフモーターが回り、ガオンとエンジンがかかった。アクセルを目一杯踏み込む。ガアアーとエンジンがコンテナ内で凄まじい唸り声を上げる。天音はたまらず両耳に指を突っ込んだ。すかさずクラッチを繋ぐ。後輪が煙を上げて回転し急発進した。蹴れば倒れそうなくらいにしてあったコンテナの前の壁は弾き飛ばされ宙に舞った。そこから骨組みに機械を載せただけのように変わり果てた車が出現し、艀の甲板を真っ直ぐ舳先に向かって激走していく。

 作業していた連中は度肝を抜かれた。フルモデルチェンジしたその車を見ても誰も同じ車だと思った者はいない。軽量化のためマフラーも取っ払ってあるので爆音も凄く、甲板にいた者は迫ってくる怪物に悲鳴を上げて次々に横っ飛びして海に飛び込んでいった。車は天幕をなぎ倒しさらに加速する。

 

「海入るぞ!」

 

 岸壁からダイブするように車はジャンプした。天音は取っ払って何もなくなった車の横に手を出し、シールドを展開する。

 

「魔法障壁ぃー」

 

 車が着水する直前にそのシールドを車の下、やや前に少し傾きをつけて滑り込ませた。

 

「着水いぃーー!!」

 

 着水時の衝撃はシールドで防がれ、ふわりと柔らかく水上に降りる。前底の波切板が滑るように水面上のシールドに乗り、後輪のパドルタイヤもどきが水を掻き、前が重いはずの車が鼻先を持ち上げた姿勢で水面に白い航跡を描いて一直線に突き進んだ。

 

「い、一宮君! 走ってる、走ってるよー!」

「ははははは! なんだこれスゲー面白えーー!」

 

 艀や貨物船にいた者は何事か理解が追いつかなかった。しかし車(?)と思しき物の横に現れた青白い魔法陣に、怪しい乗り物よりもその事実に狼狽した。

 

「シールド!?」

「ウィッチ!!」

 

 シールドのおかげか、車は失速するどころか加速までしている。いや間違いない、天音の絶妙なシールド調整のおかげだ。そして一宮の改造車なければ天音だけではこの速度で逃げることはできない。やはり二人三脚で成せた奇跡なのだ。

 

「ははははははは!」

「わーい、ウィッチに不可能はなーい!」

 

 顔に当たる疾風に水飛沫も加わり、興奮した二人はハイになって笑い続けた。そして1キロ弱を一気に渡り切り、対岸の砂浜に乗り上げた。そこで飛び出ていた岩にぶつかり、二人は空中に放り出される。

 空中を舞う一宮は、もはや何の感情もなく、ただゆっくりと縦に回る景色を、まだヘラヘラした顔のまま眺めた。妙に時間がゆっくり流れているように感じる。飛行状態に馴染んでる天音は姿勢を制御すると目の前を飛ぶ一宮へ手を伸ばして引き寄せる。そして一宮の頭を抱え込み、シールドを張って着地に備える。

 軽い衝撃の後、ゴロゴロゴロと鞠の様に転げた。やっとこ止まって、固く閉じた目を開けると、二人は草むらの中だった。腕の中に抱え込んだ一宮の頭がモゾッと動いた。

 

「一宮君、大丈夫? 怪我ない?」

「あ、ああ……。最後空飛んでなかったか? 俺、射出座席なんて作ったっけかな」

 

 天音は一度腕を解いて一宮に怪我はなさそうと見ると、大きく両手を広げて再び一宮の頭を抱き抱えこんだ。

 

「一宮君凄い、渡り切ったよ! 一宮君の作った車でわたし達海渡っちゃったよ!」

「……ふんげ!」

「ひゃっ?」

 

 天音は抱え直した一宮の顔の感触が妙にダイレクトだったのでびっくりした。何より息遣いを肌で感じる。そう、文字通り肌で。

 

「ええ?」

 

 ゆっくり首を下におろしながら腕を緩める。ワンピースの左肩紐がだらんとぶら下がってた。転がってた時に切れたらしい。自由になった一宮が頭を動かし二人の間に隙間ができると、唯一残っていた端切れがはらりと落ち、一宮の目玉の前に、男の子とはもう違うのよと主張を見せ始めてきた天音の可愛らしいお胸のトップがつんと現れた。

 

「はわあ!」

「あーー!」

 

 一宮の頭の中でハンマーを持った軍法会議の裁判官の姿がよぎった。

 

『ウィッチとの接触は必要最小限度。行き過ぎれば極刑!』

 

 頭の中の裁判官は判決を告げるハンマーを高々と振り上げた。それが勢いよく振り下ろされようというところで天音が一宮をドンと突き飛ばした。

 天音は後退りすると慌てて両腕で上半身を庇った。

 

「見た、今完全に見たよね!」

「い、いやちょっと待て! そ、それノーカンだろ!? まだぜんぜん大人とは程遠かったぞ!」

「失礼な! 大きさ関係ないよ! もう責任取って!」

「待て、まだ上だけだ!」

「さっき下も触ってたよ!」

「あれズボンの上からだったじゃんか!」

「十分だよ! ここまでされてまだ全部じゃないとか言って知らんぷりなんて、酷い辱めだよ! 責任とれー!」

 

≪ウミネコ、こちらキョクアジサシ≫

 

「優奈!?」

 

≪ウミネコ、今どこ?≫

 

「聞いて優奈! 一宮君がとうとう……」

 

≪一宮がどうしたの?≫

 

「はう、えっとえっと、二人で……脱出に成功しました」

 

≪脱出できたのね! 今どこ!?≫

 

「り、陸地の草っぱらにいる。すぐ目の前は海岸。海岸まで渡るのに使った車の残骸があるわ。その沖に平らな浮桟橋みたいな艀が4列、それを挟んで200トン級の船2隻、反対側に3千トン級貨物船1隻、1千トン級貨物船1隻」

 

≪ちょっと待ってね。この辺似たような艀や船多くて≫

 

 周囲を見渡して見える景色を伝えながら、切れたワンピースの肩の残ってる布を引っ張ってなんとか結ぼうとしてると、真っ赤な顔をした一宮が顔をそらして横目を細めて近寄って来て、自分の手ぬぐいを服の切れたそれぞれの端に結んで足りない肩部分の代わりを作ろうとした。見ないと結べないのに、見ないように配慮する事自体が矛盾してるのだが、そんな中途半端をやるもんだから結びそこねて(ほど)け、またぷるりんと発育途上なものを露わにさせる。天音は目尻に涙を滲ませて叫んだ。

 

「わざと!?」

「すまん、自分で結んで!!」

 

 背中側だけで途中放棄し、海岸へ向かって駆け出した。

 

「一宮くんのえっちーーー!」

 

 一宮は逃走したわけではなく、海岸に降りると海を渡るのに使った車の残骸のところに行って車を調べる。目当ての漏れてるガソリンを見つけると火を点けた。ボンッと発火して黒煙が上がった。

 

≪対岸に不審な煙。……あっ発見!≫

 

 煙を見た優奈が向きを変え、天音が見上げる真上を零式水偵脚が通過した。手を振ると優奈も振り返す。さらにウィッチがやってくる。千里の2式水戦脚、そして大きなストライカーも。

 

「ボーファイターだ!」

 

 ブリタニアの夜間戦闘脚ブリスター・ボーファイターだ。しかし今日はストライカー負けする小さな体ではなく釣り合いの取れた大きさのウィッチが飛ばしている。

 

「ブリタニア空軍のジェシカ・アンウィン曹長です。お怪我ないですか?」

「救援ありがとう! 沖の3千トン貨物船に子供9人入れたコンテナが積まれてるんです。早く助けてあげて下さい!」

 

≪あの船ね。あなたは迎えが来るまで自分の身の安全を確保して≫

 

 航空ウィッチが何人も現れたので、艀にいたチンピラ共がモーターボートに乗って逃げ始めた。何艘ものモーターボートが艀周辺からクモの子を散らすように走り出す。

 

≪あ、逃げる!≫

≪カツオドリ、足止めしろ!≫

≪了解≫

 

 卜部の命令を受けると千里はくるりと宙返りして急降下。フロートを下ろし、水上をかすめるようにしてボートに並ぶ。警告しようとしたところで、乗っている輩がライフルを撃ってきた。シールドで難なく弾き返すと、

 

「そういう人達」

 

と表情変えないもののムッとした雰囲気に変わり、99式2号機関銃を向けると1発発射した。後部の船外機がごっそりと4分の3を失って無残な金属の塊と化し、ボートは急失速する。続いて2艘並んで逃げるのに水上滑走で追いつくと、発砲されるのにも構わず近い方のボートに狙いをつける。これまたエンジンを有無を言わさず1発で吹き飛ばした。もう1艘はビビって両手を上げて降参し、自発的に停船した。

 

「動けなくなったボート連れて艀に戻って」

 

 桁違いの威力の武器を向けられて脅され、

 

「戻ります戻ります! 撃たないで!」

 

とチンピラ達は拝むように懇願した。千里は銃の先で行けと指示すると、飛び立って次の獲物に向かう。

 戦意喪失したチンピラが次々と大人しく艀のところに戻っていくのを見て、アンウィンはその手際に感心した。

 

「わあ、もう鎮圧しちゃいましたか。海上警察に連絡しましたからあとは任せましょう。残るは貨物船です。卜部少尉、臨検手伝って下さいますか?」

 

≪お、手伝っていいのか? お墨付きあるならやっちゃうよ≫

 

「はい、ぜひ。私やった事ないし」

 

 卜部はここまでの経過を神川丸の葉山に報告し、子供が囚われてる疑いのある貨物船をブリタニア軍と臨検すると告げると、零式水偵を貨物船の船橋のすぐそばを通過させ、嫌が上にも注目させる。

 

「こちらはブリタニアと扶桑の合同部隊だ。私は扶桑海軍卜部少尉。大きい方の貨物船、今目の前飛んだから判るよな? これから積荷を検査する。大人しく従うように。そうすりゃ穏便に終わる。抵抗しても罪を増やすか、軍事的敵対行為と捉えられて撃たれるだけだ。船籍を明らかにし舷梯を下ろして従う意思を見せろ。良い返事を期待する」

 

 返事は速やかにやってきた。

 

≪こちらインドシナ船籍ハティエン号。検査を受け入れる≫

 

「よしよし、いい子だ」

 

≪トビ、こちらウミネコ。コンテナは載ってますか? 子供が入れられてたのは、長さ5m、幅2mくらいの鉄製の箱です≫

 

 アンウィンと優奈が貨物船の上空を滞空する。

 

「前甲板にあるあれかしら」

 

 優奈が前甲板中央に置かれている鉄製の箱を指さして言う。旋回する零式水偵でも双眼鏡で観察する勝田が頷いた。

 

「それっぽいね。アンウィン曹長、ホバリングで近付いてそのコンテナをよく見てもらえるかい? キョクアジサシは援護」

 

≪キョクアジサシ了解≫

≪ホバリングあまり上手じゃないけど、やってみます≫

 

「私らは乗り込む準備といこう」

 

 卜部は零式水偵をぐるりと回し、舷梯を下ろしてる最中の左舷側へ着水させた。

 アンウィンが高度をゆっくり下げ前甲板に降りていく。その時である。

 いきなり貨物船の右舷前方で爆発と巨大な水柱が上がった。

 

「きゃあああ!」

 

 爆風でアンウィンは左舷の方に吹き飛ばされた。

 

「アンウィン曹長!」

 

 優奈が急降下して追い付き、抱きとめた。勢いそのまま水面へ向かって落ちるが、フロートとシールドを展開すると強引に落下着水した。水上をポンポンと跳ねながら減速する。

 

「ありがとう、キョ、キョケ、キョケ」

「扶桑語難しいよね。名前の優奈でいいわ」

「ではユーナ軍曹。改めてありがとう」

 

 アンウィンは貨物船を見上げた。船は前部から黒煙が上がって前のめりに傾いている。

 

「いったい何があったの?」

 

 爆発した時あそこにいたのかと思うと、アンウィンはぞっとした。

 

「水柱が上がってたわね。船倉の積み荷の爆発かしら?」

 

 天音の慌てた声が入ってきた。

 

≪優奈、船が爆発した! コンテナは!?≫

 

「そ、そうだ! 子供が入ってたコンテナ!」

 

 優奈はアンウィンを抱えたまま水上滑走する。

 

「あれずいぶん重いわ、ボーファイターが重いのかしら。助走長くしないと」

「待って、私もエンジンかけるわ!」

 

 アンウィンも一度止まったボーファイターのエンジンを再起動する。

 

「曹長、離水します!」

 

 ゆっくりと離水、少し高度を上げるとアンウィンは優奈の腕から出て自力飛行に戻った。

 

「水上ストライカーいいわね」

「いつでも機種変換歓迎よ」

「でもソードフィッシュじゃ嫌だわ。ユーナ軍曹、船から火が出てる、接近には気を付けて!」

「了解!」

 

 コンテナは煙の中に辛うじて見え隠れしていた。爆発の衝撃で変形してるように見えた。上甲板は火と煙で気流が乱れ、前部デリックの切れたワイヤーもぶらぶらと垂れ下がっている。

 

「姿勢が安定しない!」

「乱気流もだけど障害物が多すぎるわ! ユーナ軍曹、近寄るのは危険よ!」

「でも、ここからじゃ状態が分からない!」

 

≪確認はボクに任せて!≫

 

 左舷に寄せた零式水偵からタラップに飛び移って駆け上がっていくのは勝田。船内に入り通路を前部へ走る、残り少ない魔法力を発動すると、通路から前甲板に出るドアを蹴破った。船首の方にいた乗組員が逃げてくるのを捕まえると襟首を掴んで詰問した。

 

「積み荷は!? 前甲板に載せたコンテナどうした!?」

「爆発で固定具が外れて動いてるとこまで見ました!」

「中身は!?」

「し、知りません! 俺は固定しただけです! 中の事はぜんぜん」

 

 ブンブンと横に首を振る船員。

 

「本当に?」

 

 右手を上に挙げ魔法陣を展開する。それを見た船員は顔を蒼白にして、首が折れそうなほど縦に振った。

 

「は、はい! はい!」

「ここで載せたのはあのコンテナだけ?」

「そうです!」

「ありがと、早く脱出しな!」

 

 そう言って海に向かって男を放り投げた。わあーっと遠ざかる悲鳴とジャボーンという音を後ろに、コンテナのあった方へ向かって走る。

 

「優奈、コンテナはどこだ!?」

 

≪船が傾いて右前方に動いちゃったみたい。K2の右45度!≫

 

 シールドを発生させると黒煙に突っ込んだ。破壊された物が散乱し、甲板も捲れ上がってる。ゴウッと横から火が吹いてきた。

 

「あちゃちゃちゃ! シールド効かないよもう!」

 

≪勝田、もう歳なんだから無茶もほどほどにな!≫

 

「いよいよになったら卜部さんも呼ぶから!」

 

≪うは、マジか≫

 

 炎を抜けるとコンテナが見えた。大きく凹んでいる。

 

「こりゃ生きててもただじゃ済まないぞ」

 

 衝撃の大きさ、その後の火炎と煙に晒されたならば無傷ではいられまい。コンテナに取り付くと扉を引っぺがした。

 

「あちーっ! 扉熱持っちゃってるよ!」

 

 中から出てくる熱風にかろうじて薄目を開けた勝田は、コンテナの中が地獄絵図だったにも関わらず、ぱあっと笑顔になった。

 

「こちらK2、コンテナは空だ!」

 

 そう叫んだ途端、船がさらに右前に傾いた。

 

「うわわわ!」

 

≪ご苦労K2、脱出しろ!≫

 

「言われるまでもないよ!」

 

 登り坂となった甲板を左舷に向けて犬掻きのようにして這いずり、息を切らして手摺まで辿り着いた。

 

「きゅ、休暇の延長……」

 

 手摺を乗り越えるとダイブした。

 

「申請しまーす!」

 

 ドボーンと左舷側の海に飛び込む。すぐに零式水偵と2式水戦脚が水上滑走で近寄ってきた。ぷかっと浮いてきた勝田を千里がすくい上げた。

 

「勝田さん、髪焦げてる」

「ギャーッ、女の命の髪が!」

「美容院予約しとく」

 

≪K2大丈夫!?≫

 

 心配する天音の声が届いた。

 

「ウミネコか? コンテナは空だったよ」

 

≪空!?≫

 

「あのコンテナに間違いないの?」

 

≪直接見る事はできなかったけど、状況からしてそれしかか考えられません≫

 

「ここでコンテナ載せたって言ってたし、載せたのあれだけって船員も言ってたもんな」

 

 千里に連れてこられ、零式水偵のフロートに乗り移ってきた勝田に、卜部が翼の上から手を貸す。

 

「あと積み荷と行き先が聞けりゃ臨検の目的は殆ど果たせたんだがな」

 

 翼の上に引き上げられる勝田。

 

「ぶーっ。あの状態でここまで事情聴取したボクをもっと褒めてほしいな」

「後継者の千里に評価は任せる」

 

 翼の下にいる千里に目線を移す。

 

「勝田さん凄い。見習う。私尊敬してる」

 

 棒読みだが、千里はいつもそんな感じだ。それでもずっと一緒にいると何考えてるかはちゃんと伝わってくるのである。今日の千里の評価は言葉通りなのだ。

 

「気分良くなった」

「ん。よかったな」

 

 貨物船は船首から沈み始めた。

 

「しかしこの爆発はなんだ? それとコンテナの中にいた子供達は外へ出されたってことか?」

「うへ、それじゃあの船の中にまだ?」

 

 千里が腕まくりした。

 

「勝田さんの後継者として、次私が突入する」

「頼もしいが、船は沈没中だぞ」

「人を助け守るのがウィッチ。それにここは浅いから、すぐ底について沈まないと思う」

「いい覚悟だ。その前に、ウミネコ、キョクアジサシ」

 

≪はい!≫

≪なあに?≫

 

「私は左舷側の水上にいたので右舷の様子は見えなかった。どんな爆発だった?」

 

 優奈がまず答えた。

 

≪上空のやや左舷寄りから見たところでは、右舷の船底で爆発した感じね。甲板も突き上げられて少し捲れてたし、水中にも爆圧がいってたから水柱が上がってたわ≫

 

「ふむ。ウミネコからは見えてたか?」

 

≪はい。わたしは右斜め前からの角度で見てました。一言で言えば、魚雷命中です!≫

≪魚雷って、誰が撃ったのよ。魚雷艇みたいのいた? 雷撃機は少なくとも飛んでなかったわ≫

≪なら潜水艦です!≫

 

 皆一瞬言葉が出なかった。ツッコミどころはいくつも思い付く。だから反論してもよかったのだが、できなかった。可能性はゼロではない。どこか引っかかるのだ。しかも……

 

「私のカンも最初から魚雷攻撃を疑ってたんだ。だが撃ちそうな奴はここに来るまでに確認できなかった。ならば水中、というのはあり得る」

 

 卜部のカンは天音に一致したのだ。

 

≪それじゃはっきりさせようよ≫

 

 優奈は言った。

 

「そうだな。私達はそれの専門集団だ」

 

 卜部が相槌を打つと同時に零式水偵のエンジンが唸り、海岸へ向けて滑走を始めた。

 

「カツオドリは貨物船内を捜索。船員捕まえて聞き出せ。船長なんか特にいい」

「了解」

「ウミネコ、収容するぞ。そして水中探信だ!」

 

≪了解!≫

 

 

 


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