水音の乙女   作:RightWorld

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第162話「天音編(その7) ~特攻野郎~」

 

 427空は有間艦長から航空偵察“訓練”の命令を受けとった。隊員達はやっと来たとユニットケージに向かって駆けていった。

 

「回せーっ!」

 

 ユニットケージに駆け上がるとストライカーユニットに足を通す。発進促進装置から電力が供給されフライホイールが回転し、魔法力を注ぎ込むと魔法陣が展開、エンジンが始動する。整備兵が機銃を担いできてウィッチに持たせた。

 

「スロープへ降ろせ!」

 

 既にトラクターに繋がれたユニットケージはトラクターに押されてハンガーを出、海へ下りる坂道を下っていく。拘束装置が外れユニットケージが沈んでいくと水上ストライカーは水面に浮かんだ。零式水偵も同じ要領で海上に降ろされる。

 

「お気を付けて!」

 

 整備兵が一列に並んでザッと敬礼する。ウィッチ達は答礼し、沖へ向けて水上滑走していった。

 

 

 

 

≪ミミズクよりトビへ≫

 

 神川丸対潜指揮官の葉山少尉から卜部に通信が来た。彼女は朝から別行動でドックの神川丸に行っていた。

 

「こちらトビ」

 

≪話は聞いた。シンガポール当局が動き出すまでまだ時間かかるだろうから、我々の権限でできる範囲で先に始めるというのが艦長の方針だ。ブリタニア空軍にはまだ話がいってないから市街地を飛ぶのは避けてくれ。海上を回ってジョホール海峡に入ってくれ≫

 

「了解した。ミミズクはどこにいるんだ? なんかすげー聞き取りにくいんだが」

 

≪神川丸だ。さっきちょうどアンテナの交換が終わったところだ。通信試験も兼ねてる。艦長も神川丸に入った≫

 

「うーん信号強度は強いんだが、それよりトンカントンカンと声に被さる音が邪魔だ」

 

≪ああ、我慢してくれ。艦は工事真っ最中なんだ≫

 

「そりゃそっちも落ち着かないな」

 

≪まずは航空偵察で、一崎が伝えてきた景色の場所の捜索をしてくれ≫

 

「了解」

 

 千里の二式水戦脚を先頭に、零式水偵、優奈の零式水偵脚と単縦陣で水上機基地を離れ、離着水指定海域へ移動する。チャンギ沖一帯は浅瀬が続いており、大型船は入ってこれない。水面に浮いているだけの水上機には問題ないので使いたい放題だが、喫水の浅い小型船も入って来るので一応注意が必要である。

 

「右前方1千に小型船。港の警備艇かなんかと思われる。針路北東」

 

 先頭の千里が船舶を見つけ、卜部に報告する。

 

「邪魔にはならんな。まあ放っとけ。全機北北東へ変針。カツオドリ、針路クリアなら離水していいぞ」

「了解、北北東へ変針。針路クリア。離水する」

 

 エンジンが回転を上げ、吹き上がる水飛沫で機体周囲が霧に包まれたようになる。そこから飛び出るように二式水戦脚が加速し、速度に乗ったところでふわっと浮いた。後を追って零式水偵と優奈も離水する。

 3機は空中で北へ変針し、ジョホール海峡へと飛んで行った。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 シンガポール島の南岸からチャンギ沖をゆっくりと北東へ航行するのは、先程千里が視認した船である。5,60トン程度の木造船で、ブリタニア海軍の警備艇だった。警備艇などと大層な肩書を付けているが、灰色に塗られていることと、後部に少々武装が乗っかっている事を除けば運河を行き来している連絡船などとさして変わらない形である。

 乗員も操舵士を兼ねた艇長と、機関士、武装を操作する水兵がいるだけで、その他に露天の後部デッキには乗客らしい2人の女性が乗っているのが見える。一応軍服を着ているが、寛いだ様相でのんびりと凪いだ海を眺めていた。一人はブリタニア空軍のジャケットに銀髪を、もう一人は短い赤い袴の巫女服でさらさらの黒髪を海風にたなびかせている。

 

「いい天気。これなら夕日もばっちり見えそうね。うーん、この潮の香りが郷愁を誘うわ」

 

 黒髪の女性が両手を上げて伸びをすると、銀髪の女性がもわもわと煙草の煙を吐いた。

 

「潮の香で気持ちが動かされるとは、陸軍らしからぬ情緒だな」

「私の国は島国なの。長く陸での仕事を終えてこの潮の香りを嗅ぐと、ああ私は今、本当に帰国の途に着いているんだわって想いが感じられてくるのよ」

「私の国も島国だ。長らく陸での仕事を終えてこの匂いを嗅ぐと、また本国の事務所でカビを生やしている上官から小言を聞かなきゃならんのかと憂鬱な気になるか、また地中海の変な作戦の手助けに行かされるのかと気が滅入るかだ」

「せっかく赤道近くまで来てるんだから、トロピカルな太陽光線でその陰気くさいロンドンの霧みたいな気持ちを霧散させて、新しい印象に塗り替えた方がいいわよ」

「それより向こうから飛行機が水上を走ってやってくるぞ。小さな人見たいのも見えないか?」

「え? ……水上スキーかしら」

「艇長、もっとあっちに寄れないか?」

「あそこは水上機基地ですよ。我々が行く飛行艇基地の隣になります。あまり近寄ったら飛ぶのに邪魔だって怒られちまいますよ」

「ほう。じゃ、あれは水上偵察機か何かか。お、向きを変えたな」

 

 銀髪の女性は手でひさしを作ると、水上機の前後にいる人のようなのに注意を向ける。そして面白そうに目を見開いた。

 

「智子、あの前後にいるのは私達の仲間だ」

「びっくり。ビューリングに仲間がいるとは知らなかったわ。っていうか私もシンガポールに知り合いなんかいないけど?」

 

 それは507JFW(統合戦闘航空団)にいた大戦初期からの英雄、穴拭智子とエリザベス・F・ビューリングだった。とうに二十歳を超えた彼女らは、今は最前線からは退き、それぞれの原隊でアドバイスや後方支援活動、広報などをしている大ベテランである。

 

「つまり私達と同じウィッチだって言ってるんだ」

「え、ウィッチ!?」

 

 ウィッチと聞いたとたんに智子はそっちを見るのをやめた。

 

「艇長、もっと沖に行きましょう。まだ飛行艇が飛ぶまでかなり時間があるわ。この辺遊覧してくれるんでしょ? 向こうの島まで行ってみたいわ」

「何慌ててるんだ。いいじゃないかもうちょっと見てみようぜ。あれは、もしかして水上ストライカーというやつか? 艇長、双眼鏡貸してくれ」

「ビューリング、私は休暇中なのよ。休暇を利用して国に帰るの。ずっと止まってた扶桑との往来がようやく再開して、やっとこ取れた席なんだから。戦争だのストライカーだののことはきっぱり忘れるの!」

 

 ビューリングは双眼鏡を水上機の方へ向ける。

 

「おい、あの水上機、扶桑の国籍マークつけてるぞ。お前の国のじゃないか」

「あっそ。水上機じゃ海軍のね、興味ないわ」

「見てみろスピード上げた。ほう、もう飛び上がったぞ。意外と滑走距離短いんだな。ウィッチの水上ストライカーってのは初めて見た。あんなふうになってるのか」

「艇長、もういいわ。行きましょ行きましょ」

「まあ待てよ。お、あの水上ストライカー、爆弾ぶら下げてるぞ。演習用じゃない。実弾だ」

「はいはい、任務なんでしょ。フツーじゃない」

「北へ飛んでったな。あっちは海じゃない、大陸だ。水上機なのに変じゃないか?」

「ねえ、いつもは興味なんて持たないくせに、なんで今日に限ってそんなに熱心になってるのよ」

「智子が嫌がってるからだ。嫌がらせってやつだな。人が嫌がることをするのは胸がすくな」

「艇長、私が操縦するわ! 全速急速転舵、偏屈ブリタニア人を振り落とすわよ!」

「いいぞ、もっと憤れ! ははは、今日はいい夜を迎えられそうだ。お、ありゃ珍しい。ブリタニアの夜間戦闘脚だ。ボーファイターだったっけかな」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 ジョホール海峡に入った427空は、海峡の方から飛んでくるウィッチを視認した。翼を振って友軍だと合図している。

 

≪こちらブリタニア空軍のジェシカ・アンウィン曹長です。扶桑ウィッチ誘拐の知らせが入ったのでスクランブルしました≫

 

「アンウィン曹長か。私は扶桑海軍427空隊長の卜部ともえ少尉だ。勲章授与式で顔合わせしたよな。誘拐されたのはうちの一崎天音軍曹だ。どうやらジョホール海峡に出る川を船で運ばれてるらしい。シンガポールの当局が動くのは時間かかりそうだったから、即応機動力に勝る我が隊で場所だけでも見つけようと思ってな」

 

 ヒューとターンして零式水偵の横に並ぶと、アンウィンは敬礼した。

 

「聞いてます。私もお供します。もし物騒な事になっても、私がいればブリタニア軍の元で動いたとの言い訳がしやすくなりますから」

「随分な計らいだな」

「スミス司令から直接言い渡されました。某大尉通さず」

「あのおっさん、話しわかるねえ」

 

 嬉しそうに親指を立てる卜部に優奈がジト目を向けた。

 

「外国の司令官をおっさん呼ばわり? 外交問題になるわよ」

「なんの、もはや旧知の仲だ」

「おほっ、じゃあ卜部さん、発砲してもブリタニア軍のお墨付きってことだね!」

 

 後部座席の勝田が旋回機銃をジャキッと構えた。アンウィンは青ざめた。

 

「あの、万が一、万が一の備えですから。進んでやらないで下さいよ」

「きっと有間艦長がブリタニアに話をつけてくれたんだと思う」

 

 千里に言われてようやくの事427空は根回ししてくれてたんだと気付いて「ああ」と唸った。部下の兵が如何に動きやすく、如何に戦いを有利にできるか、事前にお膳立てするのは指揮官の仕事といつも見せてくれる。有間艦長とスミス司令は先日のパーティーで盃を交わしてゲラゲラと笑い合っていたが、単なる飲み友達ではなかったというわけだ。

 

「……その前にあの、そこの翼の下にぶら下げてるものは?」

 

 一方でアンウィンは千里の2式水戦脚、優奈の零式水偵脚とも、左右の翼に1個ずつ黒光りしたものを吊る下げているのに目が止まった。

 

「黄色くない……ですね」

 

 先ほど警備艇上のビューリングが指摘した通りの疑問をアンウィンも呈した。演習用なら爆弾は普通黄色く塗られている。機関銃もオレンジ色のはずだ。

 

「30kg対潜爆雷よ」

「実弾」

 

 優奈と千里が事もなげに言う。

 

 誘拐された仲間の場所を探すとかって言ってたけど、実弾の対潜爆雷は何の役に立つんだろう。あの大佐、分かってて私を差し向けたのね。どうりでバーン大尉を通さなかった訳だわ。

 

 巻き込まれたと遅まきながら気付いたアンウィン。

 

「私の経歴に変なのつけないで下さいね。まだ将来のある新兵なんです。お願いしますよ」

「大丈夫! 曹長とはもうお友達だから」

 

 風防を開けて親指を突き出す勝田。アンウィンはかえって心配で顔を曇らせた。

 

「ところで今日シィーニー軍曹は?」

 

 優奈がこんな時いつも出てるく顔馴染みの事を聞いた。

 

「軍曹は朝からクアラルンプール方面に出現した飛行型ネウロイ追っかけて留守です。どっちが出撃するか決めるカード勝負に負けて。……今となってはどっちが負けだか分からなくなりました」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「車にちょっと手加えるぞ」

 

 艀の上のコンテナの中。BGMにとあるAチームのテーマ曲が流れ始め、一宮と天音による車の改造が始まった。一宮は自分の腰巻を解く。中からはドライバー、モンキーレンチとペンチ、ハンマーが出てきた。

 

「わ。工具だ」

「俺にとっての魔法力ってところかな。でも切る道具がないから、そこは一崎、お前の魔法力纏った肥後守で切ってくれ」

「う、うん。どこ切るの?」

「そうだな……車の天井を切り取る。ここからここまで」

 

 段ボールをカッターナイフで切るように難なく切断する。

 

「穴もあけられるか?」

 

 突き刺してぐりぐりすると穴も簡単に開いた。音も極めて静かだ。

 

「なんか、普段から欲しいな、その肥後守」

「一宮君に魔法力があればねー」

 

 切り取って鉄板となった天井板を車の前の下に入れると、車体下の適当なボルト位置に合わせて穴を開け、そこに一度外したボルトを通して締め直し、鉄板を固定した。大きなアンダーガードのような感じになった。しかし車の前側に余った板が突き出ている。

 

「魔法力発動して、出っ張ってる鉄板を上に折り曲げてくれ。バンパーに当てながら……よし上手いぞ」

 

 バンパーをてこにして出っ張っている部分を斜め上を向くよう折り曲げた。

 

「これ何なの?」

「船の船首みたいなもんだ。次、タイヤだ」

 

 二人は後輪に移動した。

 

「ドア取っちまってくれ。そしたらドアの鉄板を短冊状に切る。ここに穴も開けてくれ」

 

 一宮は短冊状になった鉄板をホイールのボルトを使って留め、ペンチで折り曲げる。後輪は一見外輪船の外輪のように出来上がった。

 

「これで漕いで進むんだね」

「そうだ。じゃ次、ボンネット切ってくれ」

 

 ボンネットは根本から切り取られエンジンルームが剥き出しになった。一宮はその真ん中辺りにある円盤状の機械を指差し、その円盤の直径に合わせてボンネットの板を丸めろと言った。魔法力の馬鹿力で折り紙のように丸めて筒にすると、それを円盤に被せた。シートからむしり取った布などを使って隙間を埋め、本来持ち上げたボンネットを支える為の支持棒を使って、その筒の倒立状態を保つ。

 

「蒸気機関車みたい」

「これは煙突じゃなくてその逆、エアクリーナーとキャブレターっていってエンジンに空気入れるところだ。これで少しは水吸い込みにくくなるだろ。さあ最後の仕上げするぞ。軽量化だ。いらないとこ切って取っちまうぞ」

 

 外板は殆ど剥ぎ取り、後部座席も取り去る。肥後守でとめてある所ごと切り取るので作業は速い。車はもうバギーのようだ。作業をしつつ一宮は何を目論んでるか説明した。

 

「スピード上げて池とかに突っ込むと、車でも沈まないで水面走るんだよ。その為の細工をしたんだ。下に取り付けた板は浮力と波切りの為。タイヤはオールだ。波被ってもエンジン止まらないようキャブレターにシュノーケルも付けた」

「へぇ~、一宮君そんなとこにやった事あるんだ。へぇ~」

「模型でだけどな」

「は?」

「コンテナの前の壁、四隅残して切ってくれ。体当たりしたら倒れるように」

「ねえ、今なんて言った? 模型?」

 

 壁切りながら振り返り振り返り聞いてくる天音。

 

「エンジンかけたらもう後戻りできねえぞ。さあ乗った乗った」

 

 当惑顔を崩せない天音を助手席に押し込む。

 

「ねえねえ、これホントに水の上走るの? 大丈夫なの?」

「親父と本物でも出来るって設計したことある。今ある材料でできる限りのことはした。1mでも早く陸に近づく、これが今俺が出来る最善だ」

 

 ハンドルを握ってニッと笑って返す一宮。魔法力もない普通の人が、それでも彼の持つ技能で今できる限りの事をやり、それに賭けたのだ。天音はしばしその悪ガキの笑顔を見つめて、彼の努力と決意を受け止めた。

 

「分かった。足りないのがあったらそこはウィッチの奇跡で補う」

「なんだそれ。奇跡って欲しい時に起こせるもんなのか?」

「一宮君、魔法障壁着水法ってこれでも使えるもんかな」

「あれって波抑えたりするものじゃねえの?」

「優奈のシールドに乗ったとき、波乗りみたいな感覚があったんだ」

「へー。じゃあ効くかもな」

 

 天音も力強く微笑んだ。

 

「分かった。やってみるね」

 

 一宮はクラッチを踏んでギヤをガコッと入れる。そしてゆっくり深呼吸を一つした。緊張で強ばる横顔を見て、天音はギヤレバーを握る一宮の手に、自分の手を重ねた。

 

「二人三脚だね」

「よく思いつくな、そんな言葉」

 

 覚悟を決めた一宮はふーっと大きく息を吐き、コンテナの前の壁を凝視した。

 

「いくぞ!」

「うん!」

 

 セルフスターターのスイッチを入れた。

 

 

 




 
特攻野郎Aチーム、大昔の米国のTVドラマですが毎度痛快でDIY要素がまた面白くて、こんなのやってみたいと作った話でした。

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