水音の乙女   作:RightWorld

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第160話「天音編(その5) ~ラッキー王子参上~」

 一宮は橋の上からコンテナの後端めがけ飛び降りた。脚全体を柔らかく曲げ、上体も平伏すまで使って静かに着地、そのまま身を伏せる。多少音はしたろうが、波の音でかき消されて艀の船首まで届くことはなかったはずだ。前の方を窺うが、大丈夫、気付かれた様子はない。這いつくばったまま移動しコンテナの後ろを見降ろす。後部にも人はいない。

 コンテナの後ろから下に降りる。コンテナに耳を当て、中から音や声がしないか聴き耳を澄ます。

 なんの音もしない。

 ゆっくりと扉を少しだけ開け、中を覗き込んだ。車だ。

 

「あった。やっぱりだ」

 

 中は真っ暗で見張りがいる気配はなし。体が入るだけ開けると中へと滑り込ませ、すぐ扉を閉める。

 コンテナというのは、出発地で荷物を入れたら、船への積み下ろし、通関、陸上輸送といった間、途中で荷を解く必要がなく、船や列車、車の規格まで整合性を持たせて輸送コストを激減させた物流の大革命だが、このようなコンテナシステムが発明されたのは1950年代である。だからここでのコンテナは、荷物が風雨に晒されない、もしくは中身を見られないよう、大型の木製パレットに壁と屋根を付けただけの物である。なので作りもたいしたものではなく、細かい穴がところどころにあり、そこから僅かに光が漏れ入っている。暗闇に目が慣れてくると手探りでなくても動けるようになった。

 僅かな差し込み光を頼りに一宮は車の様子を調べる。後部座席に黒い塊があるようだ。後部ドアを開けると、それは後ろ手に縛られた人で、座席に転がされていた。その人がむくっと顔を上げて振り返ったので、一宮と目が合った。天音だった。その目が大きく開かれて一宮をくりくりと見つめた。一宮は眉をしかめて、慌てて口に人差し指を当てて「しーっ、しーっ」とした。天音は猿ぐつわを噛ませられていたが、興奮してどんな唸り声出すかわからない。

 

「声、出すなよ。分かってっか?」

 

 一宮が声に出さず囁く。天音はこくこくと頷いた。一宮は天音の猿ぐつわを下にずらした。天音はぷはっと呼吸すると、嬉しそうに笑顔を向けた。

 

「助けに来てくれたんだ。ありがとう~」

「護衛が攫われるってどういうことだよ」

「う、ごめん」

 

 天音は後ろ手に縛られ、両足も縛られている。

 

「あっさり縛られやがって。抵抗しなかったのか?」

「薬嗅がされて、すぐ意識なくしちゃって。気が付いたら真っ暗だった。ここどこ?」

「艀に載せられたコンテナの中だ。川を海の方に下ってる」

「誰かに連絡した?」

「んな暇ねえよ。見失わないよう追っかけるだけで精一杯だった。それに俺は連絡手段持ってねぇし。お前何かないのか?」

「魔導インカムがポケットの中に入ってる」

「どこだ? 失くしてないよな?」

「横の方にないかな。右のほう」

 

 一宮は天音の右の腰の辺りを弄る。

 

「ひゃっ」

「ポケットなんかねぇぞ」

「服ずれちゃってるのかな。あはん、くすぐったいよ」

「くそ、ひらひらしてて分かんねえ。だから女の服は。ほんとにあんのか? ポケット」

「あるよ。ふわあ! 一宮君、ヘンなところ触らないで」

「はあ? んなこと言ったって」

「え、えぇ!? そ、そこは……ちょっと、あぁん」

「しっ、声出すなって。あ、これか?」

 

 もぞもぞ、もみもみとその形状を確かめる。インカムに間違いなさそうだ。

 

「1個だけか?」

「あう、2個……あるはず……」

「ちっ、もっと奥か?」

「ま、まだ探すの!? やめっ、あ、あ、ちょ、うふん」

「あったあった」

 

 イヤホン状のものを2個見つけ、ご満悦の一宮。しかし……。

 天音の息遣いが妙に荒くなっていた。

 

「い、一宮……くん」

 

 天音の変な様子に、一宮は少し体をそらして小さい穴から差し込んでくる光にその場所を譲った。手のあるところはぷにぷにと柔らかく、熱く、やけに汗ばんで湿っぽく……。光に照らされたそこがどこであったか、いかに唐変木な一宮でもこれで悟った。

 

「げっ!!」

 

 インカムを見つけたところはちょうどお股のど真ん中なのであった。一宮、どうやら良からぬ属性持ちらしい。

 

「一宮くんの、えっち~」

 

 涙目になってる天音がいた。

 

「ち、違うんだ!」

 

 慌てて手を跳ね上げた。

 

「人が縛られて何もできないと思って~」

「ち、違う、マジわかんなかったんだ!」

「むー。ほんとにぃ?」

 

 物凄い勢いで首を縦に振る。

 

「……まあ今のはわざとじゃなかったと、わたしも思う事にする。それより縄解いてくれる?」

「あ、ああ」

 

 一宮は天音の縄を解きにかかる。なぜ君達は縄を解いてからインカムを探さなかったのだ?

 

「お前、魔法力発動すりゃ千切れたんじゃねぇの?」

「あ、そうだね。でもたぶんあの人達もウィッチだって分かってないよね。知ってたらこんなふうに捕まえないだろうし」

「何者なんだろう、あいつら。あと花売りの子はどうした?」

「薬嗅がされてすぐ意識失くしてた。それ見てわたしもまずいって思って保護魔法かけたんだけど間に合わなくて、すぐ眠っちゃって。その間にどこかに移されたのかな」

「一崎はいつ目覚めたんだ?」

「ついさっき。ドンって音がした気がして、そこから。そしたら暫くして一宮君が入ってきたの」

「俺が橋からコンテナの上に飛び降りた時の音かな」

「そんな事したの? かっこいい!」

「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねえ。誰のせいでそんな事する羽目になったと思ってんだ」

「はう、ごめんなさい」

「とにかく花売りの子は、別のとこに移されたか、もしかすると川に沈められたか……」

「ひいっ!?」

「あっ」

 

 天音はジワリと涙を浮かべブルブル震え出した。

 

「う、うそ、そんな……」

「だ、大丈夫だ。船の往来は結構あったし、人を川に投げ込んだりしたら誰かの目に止まるから、おいそれとは出来ねえよ」

「ホント?」

「あ、ああ」

「お、脅かさないでよ」

「わりい。とするとまだこの艀のどこかにいるってことになるが、どこだ? 隣のコンテナかな」

「見に行く?」

「その前に状況を知らせた方がよくねぇか?」

「そ、そっか」

 

 天音はインカムを耳に装着し、魔法力を発動する。ストライカーユニットで魔法力増強されていれば長距離通信ができるが、生身の状態では近距離にしか届かない。それでも基地くらいには届くだろう。

 

「こちらウミネコ。427空誰か聞こえますか? こちらウミネコ。緊急事態発生です」

 

 小声で呼びかける。暫くして応答があった。

 

≪ウミネコ、こちらカツオドリ≫

 

 天音が「届いた」と、ぱあっと嬉しそうな顔を一宮に向けた。

 

「カツオドリ? よかったぁ。わたし捕まっちゃったの。今閉じ込められてる。一宮君と一緒」

 

 少し間があって返信が来た。

 

≪……あの少年が好きなのは分かるが、まだ認められてない年齢なんだから、内容によっては補導されるのは当たり前。少なくとも15才まで我慢すべき。15なら法的に許される≫

 

「あ、あの、千里さん。何を言ってるの?」

 

≪いかがわしいことしてて補導されたんじゃなくて? 今留置場でしょ?≫

 

「ち、違うわよ!」

「何もめてんだ?」

 

 天音は急に顔が真っ赤になるし、なんか会話が噛み合ってなさそうな雰囲気に、一宮は疑問を投げかける。天音は一宮の顔を見るとさらに赤みを増して、

 

「ち、違うもん!」

 

と言って一宮を突き飛ばした。

 

「え!? なんだ? なんのことだ?」

「ちょっと黙ってて」

 

 自分が急に声を荒げたくせに、突き飛ばされたうえ黙ってろとはなんと理不尽なと、その扱いに不機嫌極まりない表情になる。天音はインカムへの語り掛けを続けた。

 

「カツオドリ、こちらウミネコ。そんな訳分かんないことじゃなくて、本当に緊急事態なんです。変な男の人達に車に押し込められて、薬嗅がされて眠らされてどっかに連れ去られて、追っかけてくれた一宮君が助けに来てくれたの。コンテナの中に車ごと閉じ込められて縛られてて。一宮君によるとコンテナは艀に載せられて川を下ってるそうです。どうやって逃げようかまだ分かんなくて、それに10才くらいの女の子も一緒に攫われたんだけど、今ここにいなくて、どこにいるか分からない。その子も助けなきゃなんです。大変な事伝わりました?」

 

≪……ウミネコと一宮整備兵と女の子を救出しなきゃいけないということが分かった。合ってる?≫

 

「合ってます合ってます。お願いします、カツオドリ」

 

≪居場所を突き止めたい。場所を特定できそうな情報があったら教えて。ただし無理はしなくていい≫

 

「分かりました。調べて何かわかったら連絡します」

 

≪一宮整備兵はいつでも隠れられるように。さっきの話だと犯人達は彼がいることを知らないはず≫

 

「そ、そうだね。了解」

 

≪何かあればいつでも連絡していいが、念を押しておくけど無理はしないで。こちらから連絡する時は呼び出しパターンCでする。以上≫

 

「ありがとう」

 

 通信を終えてホッとする天音。一宮は不機嫌な顔を近付けた。

 

「ちゃんと伝わったのかよ」

「うん。一宮君はいつでも隠れられるようにしとけって。どこに隠れる?」

「車の下にでも隠れるしかねえな」

「あとわたし達がどこにいるか居場所を突き止めたいって」

「外見て景色伝えるくらいしかできねえな。俺見てくるよ」

「待って、無理するなって言ってた。見つかったらどうなるか分かんないよ? コンテナの中からでも外見えないかな。光漏れてる穴広げるとか」

 

 一宮は右の鉄板の壁につぶつぶと光を漏らしてる小さな穴に目を当てる。

 

「視野狭いな。もうちっと大きくないと見えねえ。でも削ってたら音でばれちまうな」

「そうだ、いいのあるよ」

 

 天音はワンピースの胸元から首に下げてた小さな巾着を出した。

 

「そんなとこにも隠してたのか」

 

中をごそごそする。お守りと金属の板状のものが出てきた。

 

「肥後守じゃん」

 

 それは扶桑の子供がよく使っている簡易ナイフだった。ぱちっと刃を出すと、ボッと青白い焔がライターのように立ち上がった。

 

「何だそれ!」

「魔法力溜め込んであるの。これでこないだネウロイのコア壊したんだよ」

「はぁー?」

 

 天音は肥後守を壁に当てた。するとまるで障子紙を破るようにぷすりと貫通し、軽々と穴をあけた。物理化学を馬鹿にしているウィッチの所業に一宮は脱力した。

 

「お前、いつでも脱出できんじゃん。俺必要か?」

「何言ってるの、一宮君来なかったら怖くて動けなかったよ。一宮君来たおかげで勇気出たんだから。それにトゥちゃんを、あの子を助けなきゃ」

「その肥後守でここに出口作って出てって、シールド張って暴漢ども川に投げ込んでくりゃ解決じゃねえか?」

「トゥちゃんを安全に匿ってからじゃないとそんなことできないよ」

「じゃ、早いとこあの子探そうぜ。まず隣のコンテナだろ」

 

 天音はコンテナの前の壁にも一筋切り込みを入れると、そこに目を当てる。

 

「鉄板だ」

 

 見えるのは隣のコンテナの壁。一宮は飛び降りた橋の上からコンテナを見てるので、「そりゃそうだろうな」と頷く。

 

「外からは見えねえから、見つからないように外出て、中調べるしかねえ」

「外出るのは危ないって。それにこっちの面、扉ないよ。反対側かな」

「げ、反対側だとまずい。そっちには誘拐犯がいる」

 

 穴から目を外した天音は困った顔を向けたが、すぐキリッとなった。

 

「外出ないでここから探せないかやってみる」

「どうやって?」

「わたしは探信魔法が使えるのよ」

 

 そう言って天音は魔法力を発動し、ひょうっとワンピースの下から出てきた尻尾を顔の前に持ってきた。先端を種形に膨らますと両脇に丸い魔導針の輪が現れる。そしてゆっくり点滅を始めた。

 

「なるほど。前に零式水偵の内部構造見るのにやった“非破壊検査”とかいうアレか」

「うん。足元の艀を通して乗っかってるコンテナを見るのは複雑かもだけど、ちょっと工夫すれば見れると思うんだ」

 

 手をコンテナの床につけると、尻尾に魔法力をこめる。魔導針の輪がきいぃんと強く光るまで溜め込むと、パンッと弾いた。尻尾から天音の体、手、と青い波が伝わり、手からコンテナへと放たれた。

 

「それじゃそっちは任せた。俺は外の景色見てどの辺かの手掛かり探す」

 

 天音は見上げてニコッとすると「うん」と答えた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 一宮はさっき開けた穴に張り付いて外を(うかが)っていた。穴の大きさは10銭硬貨が投入できるくらいである。しかし先程からずっと横に船がおり、殆ど景色が見えない。反対側の壁にも穴を開けたいが、天音は隣のコンテナを一生懸命探信中である。

 

「どうだ?」

「コンテナの反響は分かった。今、中見るのにいろんな魔法波試してるとこ」

「がんばれ。終わったら反対側の壁にも穴開けてくれ」

「わかった」

 

 探信始める前に開けといてもらえばよかったと今更ながらに思う。魔法力を溜め込んだという肥後守だが、その魔法力を使えるのはやはりウィッチだけのようで、一宮が持っても普通の鉛筆削りと変わりなかった。

 壁にへばりついて艀の後ろの方をなんとか見ると、さっきから岸辺の景色が動いてないようだ。

 

「止まってるみたいだな」

 

 穴を開けてない壁側の方から、近付いてくる人の声のようなのが聞こえてきた。2人ともびくっとする。コンテナの扉の取っ手には車のジャッキの棒を突っ込んでおいたので、いきなり開けられて見つかるという恐れはないが、細工したことで中の様子が変わったことはバレてしまう。もうその時は逃げるか戦うしかない。

 一宮はバールを手に持って身構えた。するとその腕に手が重なった。天音の手だ。

 

「一宮君はわたしが守る」

 

 天音が小さく囁いた。

 

「へっ。女の背中に隠れるなんてまっぴらだ」

 

 一宮は強がってみたが、声も、バールを持つ手も震えていたのでバツが悪い。ちっと舌打ちした。天音の声は震えてなんかないのだ。ネウロイとタイマン張ってるんだからこれくらいじゃもうビビらないんだろう。半年前、神川丸に来たときには戦争に連れて行ってもいいんだろうかというような年相応の女学生だったのに、今は見かけこそ変わってないが、取る態度は古参兵顔負けだ。

 

「ちきちょう」

 

 情けなくなり悔しさが込み上げて思わず口から漏れてしまった。しかし天音はその言葉がなぜ出てしまったか分かっていた。

 

「一宮君、ありがと。ここに来てくれたんだから、わたしは一宮君の強さを知ってるよ」

 

 寄り添う天音の体は一宮にぴとっとくっついている。暗がりの中で天音の小さな体から発する温かみがじんわりと伝わる。するとどうだろう、先程の一宮の悔しさは少しずつ静まっていく。苛立ち、不安、焦り、そういったものがみんな薄らいでいく。これもウィッチの力なんだろうか。

 

 暫く凍ったように二人は寸分も動かず様子を窺っていたが、声は遠ざかっていった。

 ふーっと二人は緊張を解いた。一宮が顔を上げると天音がこっちを見ていた。

 

「わたしは男だから女だからっていうんじゃなくて、ウィッチだから守るの。人はみんな守るの」

 

 さっき一宮が女の背中に云々と言った事に対してのだろう。

 

「じゃあ、あの暴漢どもはどうすんだ」

「人だから、命は守るよ。ヘンだけど、ウィッチの気持ちってそういうのなの」

 

 怪異から人類を守る為に存在するウィッチ。人を殺める道具にはなれないのだ。どこか壊れない限り、ウィッチは守りたい衝動に逆らえないのだ。格好いいじゃねえか。

 

「ちんちくりんのくせに。ちきちょう」

 

 一宮の呟きを天音はもう聞いてはいなかった。探信魔法に再び集中してたのだ。そして少しして。

 

「……中、見えた」

 

 天音が床に目を落としながら言った。とうとうやったらしい。

 

「いたか?」

 

 顔を上げた天音はしかし、表情に怒りの色を見せていた。

 

「いる」

 

 怒りは現在進行形でどんどんこみ上げてきているようだった。その理由(わけ)は次の言葉で一宮にも伝わった。

 

「9人も、子供がいる」

 

 

 




ラッキーで片づける気かキサマ!

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