水音の乙女   作:RightWorld

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第159話「天音編(その4) ~マブゼの残滓 その2~」

 

 アンナン独立同盟の拠点に再びオラーシャの使節団が訪れた。ファム・アイ・クォックの執務室に通されると、彼らはまたハスの実にもてなされた。

 

「『党の子ら』は見事でした!」

 

 クォックはすっかり感心したようだった。第1報はその日のうちに得ていた。警察に忍び入れていた自分達の情報源から、フエの河畔でガリア人の銃殺死体が見つかったというのを受け取っていたのだ。

 

「気に入ってもらえましたか」

「ええ。連中の動揺はすぐに見て取れました。もうハノイの飛行場に例の輸送機はいませんよ。尻尾を巻いてガリアに逃げたようです」

「それはそれは。それで、アンナンは実地検証に参画しますか?」

「是非やらせてください」

 

 クォックは即答した。

 

「それで何を用意すればよいのです?」

 

 使節団の中で前回はいなかった、一人だけ肌の色が浅黒く、アッシュブラウンの髪色をした男が説明した。

 

「30人程度の子供(素材)を用意してほしい。差し当たって第1陣は10人でよいでしょう。年齢は9から10才限定です。それを我々が無償で育成(製造)します。育成(製造)期間は1ヶ月。完成した兵士を使って、我々が企画する試験的な組織的軍事作戦をやらせてもらえれば、その後の兵士はそちらで自由に使ってもらって構いません」

「追加の兵士の育成は?」

「ふむ。本来は結構高価なんですがね、のちのち各地の革命の時に、その兵士を供出してくれるならお安くしますよ」

 

 クォックは手を差し出した。

 

「いいでしょう」

 

 契約成立と2人は握手した。

 

「私はピエール・ステヴナン。ガリアの共産党員です。少女兵の育成(製造)は私がやります」

「あなたが。なんというか、地中海の匂いがしますな」

「なかなか鋭い。私はプロヴァンス地方の出身なんです」

「私やホーはガリア社会党に入党してガリアで活動していた時期がありますからな」

「私の先輩というわけだ」

 

 クォックやホーがガリアで活動していたのは第1次ネウロイ大戦が終わった頃である。2人は意気投合し肩をたたき合った。それが終わるのを待ってオラーシャ人が口を開いた。

 

子供(素材)の当てはあるのですか? それなりの数ですが。オラーシャやガリアは戦争孤児を利用できるのですが」

 

 クォックはまったく心配した様子はなかった。

 

「最初の子供(素材)はシンガポールで調達します。あそこにはちょうど手頃なアンナン人がいるのです」

「シンガポールですか。それは我々にもちょうどよい。ピエール君は洗脳に使う機材を受領しにシンガポールへ行く予定なのです」

「なかなかに幸先よろしい」

 

 クォックは満足気に笑った。

 

「向こうへ着いたら我々のエージェントに会ってください。グエン・フー・カイという者に対応させます」

 

 天音達が神川丸からアナンバス諸島のHK05船団へ救援に向かおうという日の事だった。

 

 

 

 

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 西洋人の男は懐中電灯で車の後部座席に縛られている二人の少女を交互に照らすと、ニヤァと笑みを浮かべた。

 

「暫くいじくり回すのだから見た目がいいに越した事はない。それに優れた容姿は仕事させるうえでも色々と有利に働く。お前の選択眼はなかなか良いじゃないか」

「恐れ入りやす」

「しかし……」

 

 西洋人はトゥはさっと確認し終えたが、天音にはライトを盛んに動かして念入りによーく観察した。

 

「しかしそっちの小さいのはいいが、こっちはだめだ。年齢が微妙に行き過ぎている。11才後半といったところだろう」

 

 天音が聞いたら怒り出していたに違いない。

 

「ピエールの旦那の好みはそんなに年齢低いんですかい? 少女じゃなくて幼女だ。いやいや人様の趣味にとやかく言うつもりはねえですよ」

「好みで選んでるのではない。年齢を重ねると過去の記憶が多くなり、上書きに失敗する率が高くなるからだ」

 

 すると、チンピラとは違う東洋人、きちっとしたグリーン基調のシャツを着た軍人風の男が、しかめっ面をさらに険しくして言った。

 

「王党派が使った子供はこっちの少女くらいだったではないか」

 

 南欧的な少し浅黒い肌をしたピエールは肩をすくめて答える。

 

「王党派が使ったのはマブゼオリジナルだからな。私達ではこの小さい方くらいでないと確実でない」

「助手と言ってたではないか!」

「勿論だ。ずっと助手をしてきたし、一部は任されていた。だが年齢が高くなる程難しいのだ。マブゼだって習得するまでに相当数の廃人を作っている。それともグエン同志、アンナン独立同盟は練習用に少し材料を多めにくれるのかい?」

「……その年齢なら失敗はないんだな?」

「個体差は如何ともしがたいが、技術的には確立している」

 

 『党の子ら』にする子供を集める責任者のグエン・フー・カイは苦々しい表情をピエールに向け頷いた。

 

「……分かった」

 

 このような役目を負ったカイだが、内心ではこんな事に子供を使うのを快くは思っていなかった。さらに人数を増やすなど冗談ではない。

 

「そんならもっと小せぇ子供にしたらどうです? 言ってくれりゃ連れてきますぜ」

 

 チンピラ風の男は幼女誘拐にもその後の扱いにも、全く罪悪感など湧かないようだった。

 

「若すぎると腕力・体力が足りなくなるので、遂行できる作戦の選択肢がさらに狭まってしまう。この辺で妥協しないとだろう」

 

 相変わらずカイは苦虫を噛み潰したような顔で、吐き捨てるように言った。

 

「クソっ。こっちもマブゼオリジナルが使えれば」

「マブゼが植民地人を使ったのは人種間の違いを見るためだけで、あの一例しか作っていないはずだ。今から探すかね? マブゼが死んだ今、数を揃えられるのは我々くらいなもんだ。少々年齢は低いがね」

「いいだろう、任せる。しかしそうすると、こっちの年上の方は用済みになってしまったな。そもそもこれはアンナン人か? 随分色が白いし、身なりも良い」

「トンキンの内陸の方やハノイ辺りなら昔の華僑人の血を引いたのがいるじゃねぇですか。旦那たち独立同盟拠点の辺りは多いんじゃねえですかい?」

「この顔は確かに華僑人系だが、それにしてもだ」

 

 ピエールは首を傾げた。

 

「ふむ。私には違いが全然分からないな。君達アンナン人とマレー人も区別つかん」

「俺達にゃあんたらガリア人も、ブリタニア人やカールスラント人も区別つかねぇ。それとおんなじっさね。なにか身元の分かるもの持ってねえかな」

 

 チンピラは天音が肩からかけているポーチを開けた。消しゴムや飴玉、ちり紙が出てくる中、財布を見つけて取り出した。

 

「おっほ、こんなに金持ってらあ。金持ちの家の娘だ」

 

 そう言ってその金を極当たり前のように自分のポケットへ入れた。カイは益々口をへの字にした。この調子ではコンテナを出る頃にはどこまで顔が歪むか心配である。

 しかし天音、不届き事に、この場合幸いに、扶桑軍の身分を証明するものなど何も入れてなかった。代わりに出てきたのは娘娘(ニャンニャン)のお店の名刺だった。

 

「香港の華僑料理店の名刺だ。ここの娘にちげぇねえ。どうりで金持ちな訳だ」

 

 ピエールはカイに両手を広げて肩をすくめて見せた。

 

「君の言う通りだったね。生粋の華僑人だったようだ。しかし私には違いが分からん。肌は確かに色白だね」

「香港人なら納得だ。しかし新たな問題がある。アンナン人でないうえ、華僑の金持ちの娘なら騒ぎになるぞ。とっとと捨ててこい」

「へぇへぇ、こいつは俺達で引き取りますよ」

「身代金要求などに使うなよ」

「ギクッ。まあ処分は任せてくだせえ」

「小さい方だけ移し変えろ」

「へぇへぇ」

 

 チンピラはトゥだけを担ぎ上げ、男達はコンテナを出て扉を閉めた。ピエールはカイに顔を寄せてボソボソと呟いた。

 

「ちゃんと処分するかね。足がつくんじゃないか?」

「子供を移送終えてもまだ片付けていないようなら、コイツら共々我々が始末する」

「おお、こわこわ」

 

 ガリア人の男はへらへらと笑った。

 

 

 

 

 一宮が橋の上で待つ頃にはそのようなやり取りも終わっており、誘拐犯の男達は、艀の舳先か前方スペースに張った天幕の下で、曳舟が立てる航跡を眺めながらタバコを蒸していた。

 一宮は姿を見られないよう曳船と艀の船首が橋の下を通過するまで欄干に隠れ、船首の天幕が見えなくなったところで立ち上がり、手摺を跨いだ。橋の下を艀がどんどん通過していく。身を乗り出し、2つあるコンテナのうち後ろのが通り過ぎるぎりぎりでコンテナの後端めがけ飛び降りた。

 

 

 





つまらない話なのでとっとと消化。
ドクトル・マブゼについてはノーブルウィッチーズを参照ください。
香港の華僑料理店『娘娘(ニャンニャン)』はマク□スFが元ネタの、427空ご用達のお店です。90話とか参照。


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