水音の乙女   作:RightWorld

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第154話「シィーニー編(その3) ~シィーニーといえばジュース~」

 

 ブリタニアのレーダーはカールスラントを超えると言われている。その高性能レーダーはシンガポールのセレター空軍基地にも運び込まれており、電子の目が小さなウィッチとネウロイの戦闘を静かに、そして克明に映し出していた。

 

「最後のネウロイと共にシィーニー軍曹をロスト!」

「何? 墜とされたか? 相打ちだったか?」

「位置はネウロイと重なっていましたので、撃破したネウロイのコア爆発に巻き込まれたのかもしれません」

 

 アンウィン曹長は青ざめた。

 

 『ネウロイのコア爆発はウィッチ殺しの余罪でまみれている。コア爆発時に飛び散るネウロイの破片は鋭く、破裂の爆心地に近いほど殺傷力がある。だがその凶器たる破片はあっさりと消えてなくなり証拠を残さない。あとに残るのは無残に切り刻まれたかつての生き物の残骸だけだ。』

 

 そんなふうに新兵教育ではさんざん脅されて恐怖で枕を濡らしたアンウィンだが、1週間だけいた最初の配属部隊で、確かに怪我する者は後を絶たないが、死ぬほど切り刻まれるのはグラウンド・ゼロにいるアホだけだと実戦経験者から実態を聞かされ、高価な枕をダメにした元凶の教官を呪ってシンガポールに異動してきた。だがあの植民地兵は、HK05船団救援でまさにそのグラウンド・ゼロにいたことを武勇伝にし、これでネウロイ切るんですと腰に大なたをぶら下げる未開人だ。またやってしまったに違いないと思わせるに十分だった。

 アンウィンは覚悟して椅子から立ち上がった。

 

「捜索と救出に行きます」

 

 しかしバーン大尉はすぐに止める。

 

「いや。アンウィン曹長ではもったいない。捜索は地上部隊にやらせる。クアンタン基地でいいだろう」

「もったいないって、急がなくていいんですか!?」

「ジャングルはあいつの庭だ。あいつのサバイバルスキルがあれば救助が遅れたところで1週間くらいなんてことない」

 

 救出まで1週間もバッファ取られてるのあの娘は。なんて優先順位低い。でも植民地兵とは言え貴重なウィッチ。留守の間は私の負担が上がるのよ。一応私はまだ新兵なんですから。

 

「怪我してるかもしれないですよ?」

「悪運には恵まれた奴だから、よほどの怪我でない限り大丈夫だろう」

「空から落ちてるってのに、その余裕はどこからくるんですか」

「とくにかく地上部隊に任せとけ。ああ、連絡機は1機確保しといてくれ。飛べなくなった奴を連れてくるにしても、遺体になったのを運ぶにしても使えるからな」

 

 アンウィンはなんとも形容し難い顔をすると、連絡機の調整のため部屋を出ていった。

 

 

 

 

 しかし心配は杞憂に終わり、優雅に午後の紅茶を()てていると、シィーニーからペカン基地へ向かっているとの無線が入り無事な事が分かった。

 

「よかった。配属されてまだいくらもしないうちに同僚が戦死なんてごめんです」

「シィーニー軍曹はそう簡単には死にませんよ。疑うなら10日待ってからにしろってね」

 

 通信兵からもこの評価ですか。違うな、これは一目置かれてるのかもしれない。

 

「大怪我した子供を基地に運んでいるそうです」

「たいへん。地上に被害が出ちゃったのね。軍医はいるの?」

「軍医は常駐してないので、衛生兵に見てもらうそうです」

「応急手当くらいなら衛生兵でもいいけど、怪我の程度はどんななのかしら」

「聞いてみましょうか?」

 

 アンウィンは直接話をしてみようと思った。

 

「私が聞いてみるわ。繋いでくれる?」

 

 通信兵はアンウィンにマイクを渡すと、周波数を合わせる。

 

「こちらジェシカ・アンウィン曹長。シィーニー軍曹、子供の容態や処置の具合はどうですか?」

 

≪はわわ! アンウィン曹長、こちらシィーニー。わざわざご心配ありがとうございます! さすがはブリタニア淑女≫

 

 元気ね。1週間とか10日バッファがあるのは本当のようだわ。

 

「世辞はいいから、状況を簡潔に答えなさい」

 

≪は、はいい! ええとですね、と、頭部への裂傷があり現在衛生兵殿が縫合手術を実施しております。他に両腕に骨折が見られ、と、特に左腕は解放骨折寸前とのことで、より高度な治療が必要との診断が出ております!≫

 

 読み書き怪しい現地人を緊急採用して短い期間の教育を施しただけのはずなのに、よくもこう難しい言葉交えて言えるものだとアンウィンは感心した。頭いいんだろうなこの娘。たぶんテストの成績だけはいつもいいけど、他は難ありってタイプだわ。

 

「了解しました。支援できるか話してみます。そのまま待機を。ところであなたは怪我とかない?」

 

≪ご、ご心配、大変恐縮であります! わたしは全くもって無傷です。ストライカーユニットのエンジンが止まって墜落しましたが、落ちたところにたまたま扶桑海軍の整備兵殿が来てくれて、その場で修理してくれまして、こちらも現在問題ありません!≫

 

 え? エンジン停止で墜落? それでも無傷? んでもって墜落地点に待ってましたと整備兵? しかもどこから湧いたのか陸上なのに扶桑海軍の整備兵?

 

「ふ、扶桑海軍の整備兵? そ、それは随分とラッキーでしたね」

 

≪はいい。わたし運がとってもいいのです≫

 

 バーン大尉の言ってた悪運とはこのことかしら。それにしても相当な強運だわ。

 

≪ペカン基地にたまたま扶桑の整備部隊が寄ってたみたいです≫

 

「そ、そういうこと。本当に運がいいわね。名前とか確認しておいてくださいね。あとで正式にお礼しなきゃいけないかもしれません」

 

≪了解しました!≫

 

「また連絡します。以上です」

 

 状況を確認したアンウィンはバーン大尉のところへ報告に行った。

 

 

 

 

「……という状況です」

「ふっ、やはりな。だから心配いらんと言ったんだ」

「いつもあんななんですか。お守りに軍曹の服の切れ端でも貰おうかしら。それより大怪我の子供です。軍医を送るか、大きな病院へ連れていくとかできないでしょうか」

「現地人の子供一人のためにかね? 今こうしている間にも他のところで転んで大怪我している人が出ているかもしれんぞ。そいつからしたらその待遇差は不公平ではないか」

「そ、それはそうですが、だからって放っておくというのは……。居合わせた方にまず手を差し伸べるのは普通だと思います」

「我々にその支出に合うメリットはあるかね?」

「し、将来その子供が偉くなって、ブリタニアに恩返しする、かもしれません」

「そんなの千人に一人もないな」

「あう……。そ、そもそも、こういうのは見返りを求めるものではないかと……」

 

 アンウィンはうつむき加減にバーン大尉の様子を伺う。植民地人だろうがなんだろうが、子供を放っておくというのは理性に反する。胸の奥から湧き上がってくるこの気持ちはウィッチだからだ。通じないバーン大尉にもどかしさを感じてしまう。

 大尉は煙草に火をつけた。煙を深く肺の奥に行き渡らせると、灰皿の端に煙草を立てかけ煙混じりに言葉を続けた。

 

「しかし千回やれば、そいつが偉くならなくても、周りから1回くらいはブリタニアの役に立つことが起こるかもしれん」

 

 アンウィンは驚いた顔を上げる。

 

「『アンウィン曹長が強く進言したことでブリタニア軍が動いたのだ。たった一人の子供のために』。ふむ、いい新聞記事が書けそうではないか」

「助けを出してくれるんですか!?」

「今シンガポールから軍医見習いが一人くらい留守になったところで影響はないな。連絡機で送ってやりたまえ」

「ありがとうございます!」

「君は魔女の血に動かされているんだろうが……」

 

なんだ、大尉知ってんじゃん。

 

「私はこれは宣伝効果が高いと見ただけの事だ。それでシィーニーに伝言を頼む」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 ペカン基地の医務室で、シィーニーは悲しげな眼をして、眠っている男の子の頭を撫でていた。そばには男の子を助け出した少女も一緒だ。そして爆撃を受けた部落からも代表者が数名やってきて一緒に座っていた。一宮は自分の整備部隊に戻り、基地のどこかにいる。

 大怪我した男の子は頭の裂傷を縫った後、痛み止めと強力な鎮静剤の影響で眠っていた。骨折した腕は添え木しただけだ。衛生兵は脱臼くらいなら力ずくで矯正するのもできたが、この酷い骨折ではこれ以上の処置する術を持ってなかった。このまま帰しても、酷い方の腕は変形したまま骨がくっつき、農作業にも支障あるだろう。現地人の薬草や祈祷よりましとはいえ、部屋の雰囲気は良いとは言えなかった。

 

 そこへアンウィン曹長からの通信が来たと無線室から連絡があった。すぐに無線室へ飛んでいく。

 

≪シィーニー軍曹、アンウィンです。連絡機で軍医を送ります。診てもらってください≫

 

「アンウィン曹長、それは本当ですか!?」

 

≪嘘言ってどうするの≫

 

「わああ、ありがとうございます!!」

 

≪えー……それでシィーニー軍曹。バーン大尉からの伝言があります≫

 

 喜びはほんの、本当にほんの束の間だった。バーン大尉と聞いてシィーニーの背筋が脊髄反射の速度で跳ね上がった。

 

≪『お前の迎撃が遅れたことが事の起こりであると想像に難くない。連絡機の往復燃料費、軍医の出張手当など、この緊急オペレーションにブリタニア軍は想定してなかった費用を出さねばならない事は分かっているな?』とのことです≫

 

「ひゃいい、申し訳ありません! わたしの給料から差っ引いてください!」

 

アンウィン曹長からため息が漏れた。

 

≪はぁ~。えっと、肯定した場合の返答は……『よろしい。これからもブリタニアに忠誠を尽くせ』、です≫

 

「了解しました! ……ちなみに否定的な事言った場合は?」

 

≪『お前の給料から確実に捻出する』です≫

 

「うう、どのみち引かれるんですね」

 

≪シィーニー軍曹はペカン基地で燃料と弾薬を補給し、引き続きその場でスクランブル待機しててください。復唱を≫

 

「はい。シィーニーはペカン基地で燃料、弾薬を補給、この場でスクランブル待機します」

 

≪オーケーです。以上、通達終わり。……子供、助かるといいわね≫

 

アンウィン曹長の最後の一言は、バーン大尉から受けたダメージで凍ったテムズ川のようになってたシィーニーの心を溶かし、ぱあっと晴れた表情になった。

 

「はい!」

 

 

 

 

軍医が飛んでくると聞いて、部落の人達は大喜びした。

 

「シィーニーさん、ありがとう、ありがとう」

「いえ、お礼言われるような立場じゃないです。軍医さんの派遣はわたしがやったことではないですし、村が焼かれたのはわたしがネウロイをなかなか墜とせなかったからですし」

「そんなことありません。ペカン川には普段からネウロイがよく現れる。たいていは飛び去るんだが、機嫌悪いともう手が付けられない。今日みたいに機嫌悪かったときにたまたまシィーニーさんがいたおかげで俺達はこうして生きてられたんです」

「そうです。シィーニーさんがいなかったら皆家の中で死んでました。あんな家ですから人さえ無事ならすぐ建て直せますし」

「それにあの子がこんなすぐに治療を受けられたのもシィーニーさんがいたからだ。軍医さんに診てもらうのだって、我々じゃできないんだから」

 

 うーん、とそれでもやっぱり納得いかない感じのシィーニー。普段からネウロイに遭遇してるってことは、今の出撃回数でも手が回ってないってことだろうし。まだまだ守れてないんだな、と自覚する。

 ひとまず病室を後にし、命令されてた補給を行うため格納庫へ行くことにした。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 ペカン基地は正規の飛行場を持つ基地ではないけれど、広く平らなところが作られてあって、被弾機が緊急着陸したりできるようにしてある。多少の補給品も備蓄していた。携行していたM1919機関銃の7.7mm弾を受け取り、グラディエーターに自ら燃料を補給する。

 

 他に誰もいない格納庫で、カラコンカラコンと燃料を送る手動ポンプの音だけが寂しく響いていた。グラディエーターはプスプスと小さな穴があちこち開いている。爆発直後のネウロイの破片の中を飛んだせいだ。中は大丈夫なんだろうか? エンジン止まったんだから他にもどこか損傷があってもおかしくない。墜落して軟着陸したので土もこびり付いてる。ペカン基地まで飛ぶのに支障はなかったが、また戦闘をやるとなったら不安でもある。

 

 いい加減手動ポンプを回すのに疲れてきたシィーニーは、手を止めてふうと一息ついた。ちょうどそこへ一宮が入ってきた。男の子を助けた少女も後ろから付いてきていた。

 

「まだ俺の部隊しばらくいるみたいだから来てみた」

「あ、整備兵のお兄さん!」

 

シィーニーは機嫌がV字回復し、一宮にコロコロと笑顔を振るった。

 

「いろいろありがとうございました。そういえばお名前もう1回お聞きしてもいいですか? フルネームで。えへへへ、ナンパじゃないですよ、任務です」

「名前? ああ、ショウヘイ・イチミヤだ。二等整備兵」

「ショーへーさんですね! ショーヘー……イチミーヤ……二等整備兵さんっと」

 

 使い捨てられたのを拾ってきたような短い鉛筆でメモ帳に書き込む。指の関節一個分しかないのだ。植民地支配とは……と、見ていていたたまれない。書き終わるとメモ帳をポケットにしまい、そんな境遇など気にもせずニコニコ顔で手を差し出してきた。

 

「改めましてよろしくお願いします。シィーニー・タム・ワン軍曹です」

 

 手を差し出されたが、ウィッチとの接触は最小限、しかも他国と思って、いいんだろうかと固まってしまった。

 

「ショーへーさん?」

 

 名前で呼ばれて、下から見上げてくるシィーニーと目が合うと、一宮はまた顔を赤らめた。

 なんでウィッチって顔だけはいいんだろうな、素行は様々だけど。それでも軍曹だからやっぱ上官だしな。上官が求めてきてるんだから、し、仕方ないよな。

 そう思ってそろっと手を出すと、シィーニーがその手をひったくるように両手でさらって、ぶんぶんと勢いよく揺すった。

 

「あなたは?」

 

 今度は、一宮がさらに顔を赤らめてるのをじーっと観察している少女に向かって聞いた。シィーニーに負けず劣らずの栄養足りてなさそうな少女は、棒立ちのまま首だけシィーニーに向き直ると、少しの間無言で思案して、ぽそっと答えた。

 

「アクーラ」

「アクーラちゃん! よろしくね」

 

シィーニーはアクーラの手も取ると、またもぶんぶんと振る。そこでハッと気付いた。

 

「あ、すいません! お二人とも、手ガソリン臭くなったかも。燃料入れてたんです」

 

 焦った顔を向けられると、一宮は照れ隠しに帽子を少し深く被り、少し顔をそらした。アクーラはくんくんと手のニオイを嗅いでいる。

 

「な、なんだ自分で燃料補給してたのか。整備兵とかいねぇのか?」

「ここは航空基地ではないですし、小さな地方駐屯地ですから」

「それで航路標識設置には加わらなくていいから、こっちへ行けって言われたのか」

 

 頭を掻きながら一宮は独り言のように言った。

 一宮の整備部隊は、ペカン川に水上機の離着水ができそうなところを見つけて、そこに航路標識を設置していた。

 

「なんですか?」

「いや。上官にこっち手伝えって言われたんだ。ストライカーユニットの整備やってやるよ」

「ホントですか!? 応急修理だけでなく、前線の臨時基地で整備までしてもらえるんですか!?」

「あっちは力仕事だから、俺としてもこっちの方がありがてぇ」

「ショーへーさん、ありがとうございます!」

 

 シィーニーはガバッと一宮に抱きついた。吊り橋効果を更に積み重ね、一介の整備兵に何か違うものを見ているらしい。

 一宮に至っては背中に回った両腕でぎゅうっと身体を押し付けられ、ちょうど鼻の辺りでフワッと舞った黒髪が、ガソリン臭を押しのけて十代の女の子の髪の香りを漂わせ、あの神川丸の搭乗員控室(ウィッチの溜まり場)に間違って入ってしまった時の、整備兵のタコ部屋とは別世界だと感じた感覚とかぶさった。

 

「わわ!?」

 

 あの部屋の事では死にかけている。ということはこれもまずい! そうでなくてもウィッチとの接触は必要最小限、違反したら極刑! この場合さらに国際問題!

 

 一瞬にしてレッドアラームが頭の中に鳴り響いた。

 シィーニーはそんなことも知らずスリスリしてたが、しかし急になにか思いついたらしくがばっと抱擁を解き、

 

「そうです、お仕事頑張る人は労ってあげないとです。わたしちょっと飲み物用意してきます」

 

と言って、すたたたたと外へ向かって走っていった。出口の辺りで腰の後ろにぶら下げてた革の鞘から超物騒な大なたを引き出し、それをギラつかせてヤシ林へと消えていった。

 あんなでっけえ刃物振りかざして、ナニ用意する気なんだ? 何かの首はねてブラッディ・栄養ドリンクだろうか。

 一宮は頭から湯気を立てシィーニーの走り去るのを目で追っていたが、ぶんぶんと首を振って気を取り戻した。ウィッチは何においても非常識だ。同じ生き物と思っちゃいけねえ。

 ふと抱きつかれてた胸の辺りから芳香が漂ってきた。それはシィーニーの残り香だったのだが……

 

「このいい匂い、まさか三途の川の向こうの花畑の匂いか?」

 

 やっぱり死にかけたのかと背筋を震わせる。残念ながらロマンチックとは程遠い男子中学生の脳ミソであった。

 まだ向こう岸に呼ばれてたまるかと腕や肩を回して寒気を退散させると、早速整備に取り掛かる。工具を引っ張ってきてストライカーユニットの点検口をあちこち開くと、手を突っ込んでいじくり始めた。するとどこからか視線を感じる。と思ったらアクーラだった。側にいたんだからそりゃそうだが、完全に忘れてた。気配を感じさせない娘である。アクーラは木にとまっている虫でも観察してたかのように一宮の顔をじーっと見ていた。

 

「顔がずいぶん赤いが、病気か? 軍医とやらがいるうちにキミも診てもらったらどうだ?」

「ぶるるるる、赤くなんかなってるはずねえ!」

「シィーニーと手を握ったり、抱きつかれたりするたびに色濃くなってたが」

「ん、んなはずねえ!」

 

 アクーラは手を伸ばすと一宮の手を握った。

 

「!?」

 

 そしてじぃっと一宮の顔を見る。また顔が赤くなってきた。手をなでなでされる。さらに顔が……

 

「うがあ!」

 

 両手を振り上げて振り払った。

 

「なんだんだ!」

「……人間は面白い」

「人をおもちゃにすんじゃねえ! だいいちお前こんなところまで入ってきていいのか? 民間人が立ち入っていいところじゃねえぞ、ここ」

「気にしなくていい。キミ達の基地でもない。キミの管轄外」

「そりゃそうだが」

 

 そうこうしてるうちにシィーニーがトレーに飲み物を乗せて戻ってきた。

 

「はいー、一服してください。ヤシの実ジュースでーす」

 

 格納庫の端にテーブルと椅子を引き出すと、コップを並べて「どうぞー」と促した。ちゃんと3個用意してある。つまりアクーラの分も作ったということだ。

 

「これが、ヤシの実ジュース……」

 

真っ先に反応したのはアクーラだった。感慨深げにコップの液体を見入る。

 

「おい、いいのか? こいつ民間人だろ。ここにいさせていいのか?」

「えー? いいんじゃないですかぁ? グラディエーターなんて古くて機密になるようなモンないでしょうし」

「ストライカーユニットだけが機密じゃねえと思うけど。ん! 旨いなこれ」

「でしょう?」

「古くて見る価値ないのか?」

 

アクーラがグラディエーターを指さす。

 

「今では世界広しといえど、ここでしか飛んでないような機体ですからねえ」

「……見て損した」

 

 そうは言うも特段表情を変えることもなく。

 興味の矛先をジュースに切り替えると、コップを一つとった。ストローで液体を吸い上げている一宮をじっと見入る。見つめられて一宮はまた顔が赤くなってきた。

 

「触れてないのに……」

「し、しらん!」

 

 そんなやり取りを飲み込めないでいるシィーニーをよそに、アクーラは視線をコップに戻すと、ぱくっとストローを咥えた。5秒ほどそのまま停滞し、ようやくつーっと吸い上げると口に含み、もごもごと口の中で転がして、ごくんと飲み込んだ。

 

「どうです?」

 

 表情が変わらないのでシィーニーは不安になる。口に合わなかったのかな。

 

「キミは旨いと言ったな?」

 

 少女はまた一宮に向く。一宮はまだ赤み冷めやらぬ顔でチューチューと飲んでたが、口を外すと、

 

「は、初めて飲んだけど、旨いじゃん」

 

と答えた。

 

「そうか」

 

 コップの中身を改めてしげしげと見降ろし、再びストローを口にした。こくこくと静かに音を立てて飲むと、シィーニーに向かって顔を上げた。

 

「おいしい」

「よかったあ」

 

ほっと胸をなでおろすシィーニー。

 

「これで心置きなく帰れる」

「?」

 

ぼそりと呟いたアクーラにシィーニーは首を傾げた。

 

 

 





吊り橋効果発動中のシィーニーちゃんとステルス少女アクーラちゃんの誘惑に勝てるか一宮少年。帰れば本妻が待ってるんだろ?
次回でシィーニー編は完結です。


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