第152話「シィーニー編(その1) ~お休みは?~」
マレー半島の中央、タマンネガラのジャングルからは、今日もネウロイが飛んでくる。
だからわたしは相変わらず忙しい。
お休みは、どうなったんだろう。
HK05船団と一緒にシンガポールへ帰ってきたのは1週間前。扶桑の水上偵察ウィッチの皆さんは休暇中。リベリオンの護衛空母のウィッチさん達も次の船団護衛まで休養中だ。
わたしは原隊に帰ると、格納庫へ行くよう言われた。
あ、これまで読んでくださった読者の皆さまならもうわかってると思いますが、わたしはブリタニア連邦の植民地兵、マレー人ウィッチのシィーニー・タム・ワン軍曹です。
さて格納庫へ行くと、脇には留守の間に小さなスペースが作られてあった。何用の小部屋だろうと覗いてみると、ふあっ! 真新しいテーブルとデッキチェアが置かれてます! こ、これは前から滑走路の横で寛ぐのに欲しいなぁと要望してたやつじゃないですか! え、もしかして買ってくれたんですか!?
するとあの怖ぁ~いバーン大尉が、これはお前にくれてやる自由に使え、しばらくここに座っていろ、ここから動くな、とおっしゃった。ここに座って何してればいいんですか? と聞くと、好きに遊んでいていいと言われた。ただしスクランブルには対応しろとも言われた。怪訝な顔をしているわたしにバーン大尉は、
「遠征して戻ったばかりなのだから休養だ」
と説明した。でもスクランブルには対応するんですよね? と聞くと、
「ネウロイさえ現れなければ飛ぶ必要もなく休んでいられるのだから
と言いなさる。フライトスケジュールを見ると確かに定期哨戒任務もないし、訓練飛行もしなくていい事になってる。おお、もしかして入隊以来初めての長期休暇ですか!?
ところがタマンネガラのネウロイは働き者で、2日と間を空けることなく何かしらを飛ばしてくる。夜は大人しくしてるけど、昼間はどんな時間帯にでも現れるし、お昼ご飯を中断させられたのも1度や2度じゃない。
食事を途中で止めさせられるって、全然休まらないんですけど。
ただ大概は小型の飛行型が数機で飛んでくるだけで、そんなに難しい相手じゃないのが救いといえば救いかも。スタッキングネウロイも現れなくなったし。潜水型ネウロイは大きくて頑丈なだけに、作るのが面倒になったのかもしれない。
いずれにしてもジャングルのどこかに巣か拠点があるんだろうな。害虫もネウロイも元から絶たなきゃだめ。早く元を絶ってほしいと思う。あ、その元を断つ役目はわたし達ウィッチか。じゃ、巣の場所を早く見つけて下さい。
その巣をシンガポールのブリタニア軍司令スミス大佐はずっと探している。大佐がしょっちゅう基地を留守にしているのは、その巣だか拠点だかを探しに行ってるかららしい。偵察機を飛ばしても撃ち落とされてしまうので、陸軍の偵察隊をぞろぞろ引き連れて出かけてくけど、進展がないところを見るとどうも芳しくないみたい。
大佐は今日もいなかった。
そして今日も基地のレーダーはネウロイを探知する。
わたしの寝そべってるデッキチェアの頭上で鳴り響くサイレン。耳元の横を走る整備の人達の靴音。出撃命令を告げる放送。ウトウトする暇もない。
お休みは、どうなったんだろう。
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≪ネウロイは3機編隊。パハン川に沿って南下中。いつもの通りなら目標はクアンタンかパハンに向かっていると思われる。針路そのまま北西へ。会敵地点はテルメロー≫
ブリタニア本国から正規の航空ウィッチのジェシカ・アンウィン曹長が来てからというもの、シンガポール空軍は以前より補給がよくなり、ウィッチ2人体制ということもあって、シンガポール以外の町へ飛来するネウロイへの迎撃にも出られるようになった。今まではシンガポールから半径200km以内に入ったネウロイ、かつシンガポールに向かってくるものしか迎撃させてもらえなかったので、マレー全体を守りたいわたしにとっては、やっと入隊以来の願いが叶えられたという感じだ。
だけどバーン大尉は少し気に食わないらしい。
≪いや待て。できるだけ市街地から離れたところで迎撃させろ。テルメローを過ぎてからがいい≫
≪成程。市街への被害を最小限にするためですね? しかしアンウィン曹長は市街地のそばで迎撃させましたが≫
≪ふっ≫
無線越しでもバーン大尉の口角が意地悪に釣り上がったのが見えた。
≪市街地近辺では戦闘の様子を見ようとする住民もいるだろう。そんなのが目に入ったら軍曹の気が散ってしまう。だから住民の目に入らぬ所で戦闘させるのだ。というのが建前だ≫
≪あっ。軍曹が戦ってるという事を住民に知られないよう、つまりシィーニー軍曹を応援する市民や、軍曹が戦果を上げるのを市民が見ることがないよう、市街地を避けるということですね?≫
≪はっはっは。次回からは指摘されないよう最初から正しく誘導するのだぞ≫
「むがっ!」
空中迎撃任務につくとき、わたしの愛機は慣れ親しんだ複葉戦闘脚のグラディエーターだ。といっても、いつも同じ機体というわけじゃない。
聞いて驚くなかれ。今や基地には12機もの稼働可能なグラディエーターがあるのよ。しかもこれには整備中の機体はカウントされてないんだから。他にも梱包を解いてないのが何機かあったりする。あちこちから届けられるんだ。
今日履いているグラディエーターは『J8A』というバルトランド空軍向けに輸出されたものなんだって聞いた。後に隣のスオムスに転売されて、そこで長いこと使われていたらしい。うちに来た時はまだ雪原滑走用のスキーを着けて、白と灰色の冬季迷彩をしていた。雪って見たことないけど、こんな色なのかな。
スオムスはヨーロッパの国としては小さくて、他の国では捨てられちゃうようなものでも直したり改造したりして使い続けるくらい貧乏だと聞いた。とはいえ同じ貧乏でもわたしの母国マレーは、もらったところで直したり整備したりする技術がないので、それができるスオムスはわたしから見れば遥か前を行く先進国。
そんなスオムスからも、グラディエーターはもういらないって言われてしまったんだ。それが行きついたところが
敵は爆撃型1機と護衛の戦闘機型が2機だった。
爆撃型には近寄らせまいと、わたしを見るなり襲って来た戦闘機型は、マレー半島ではよく見る銀色のタイプ。ヨーロッパではもう飛んでないらしい。得意の格闘戦で迎え撃ち、けっこうすんなり撃ち落とせた。護衛のなくなった爆撃型は大きな町の爆撃を諦めたようで、森の方へ針路を変えた。帰れ帰れー。
「ん?」
巣へ戻るのかと思ったら、森の中に見えた小さな集落へ向かってるじゃないですか。どうやらその集落を爆撃することで今日は満足しようというつもりらしい。
「いやいや、だからって小さい部落ならいいって事にはならないよ! おとなしく巣に戻ればいいのに!」
親戚しかいない部落だとしても20人はいるに違いない。爆弾一つあれば一族全滅もわけない。
速度を上げてネウロイの前に出ると、針路を遮るようにして銃撃を開始する。命中してるけど、硬いうえに自己修復もするので、堪えてるように見えない。
「これ、小さいけどコア持ちじゃない!?」
コアを持つタイプは被弾しても自己修復する能力を持ってるのがいる。翼をもぎ取れば墜落するような古いタイプのネウロイじゃない。しかも小型のくせに銃座がやたらとあって、弾幕が激しくて簡単には近寄らせてくれない。
「これまずいかも! 集落の人達、戦闘に気付いて逃げて!」
「銃声が聞こえるぞ」
「見てあれ! 空でウィッチが戦ってる!」
「あのネウロイ、こっちに来るぞ! ここを狙ってるんじゃないか!?」
「みんな逃げろ! 森へ逃げ込め!」
家々から人がわらわらと出てきて、森へ向かって走るのが見えた。
「気付いた! 早く逃げて!」
ネウロイの下腹の扉が開いた。爆弾倉だ。
「わああー、爆弾落としちゃダメー! 落ちろこのー!」
コアを探す銃弾がネウロイの表面を舐める。だけどコアはなかなか見つからない。この分だと集落の上に着くまでに撃墜は間に合わないかも!
チラッと集落を見る。逃げる人達の塊はもう森の入り口だった。
「どうやら逃げる時間だけは稼げたみたい」
いよいよ人気のなくなった集落への爆撃が始まった。みんな逃げられたとはいえ、家と家財道具は燃えてしまう。悔しい、ごめんなさい……
「えっ!?」
目を疑った。一人の子供が走ってきて、1軒の家に入っていくのが目に飛び込んできたからだ。
「な、なんで!?」
爆弾が次々に落ち、草でできた家は文字通り吹き飛んだ。当たってなくても周りの家も爆風で倒壊する。子供が入っていった家も子供もろとも派手に吹っ飛ばされた。
「ああー!」
助けに行きたいけど、このネウロイをどうにかしないとそれもできない。下へ回り込むと、空になった爆弾倉の奥に光るコアが見えた。
「そんなところに隠してたのね! くらえー!」
銃弾が爆弾倉に吸い込まれ、コアにピシバシと命中。ついにコアが砕け、パンとネウロイは破裂した。
「もう手こずらせて!」
喜んでる暇なんてない。急いで集落へ行かなきゃ!
最短コースで向かおうとネウロイの破片がまだ舞ってる中をシールド張って突っ切ろうとしたら、急にエンジンがバボッと咳込んで止まった。
「うわあ!?」
グラディエーターは推力を失って、わたしは真っ逆さまにジャングルへ向かって落ちていった。
おひさしぶりです。
お気に入り、感想投稿、誤字報告してくれた方々本当にありがとうございます。
新しい話の需要はあまりないとは思いますが一時的に舞い戻ってまいりました。
ストライクウィッチーズRtBも、発進しますも終わってしまい、次のルミナスが始まるのを待ち焦がれている間にだんだん膨らんできた、まあ無駄話です。
これは時系列的には3章の続き、HK05、HK06船団護衛を終えてからいくらもたたない頃の話になります。
4章は将来もし欧州へ行くことがあったときのため取ってあるので、横道という事で3.5章という扱い。
お題の通り、一宮君がマレーやシンガポールにいる時の出来事ですが、おおよそ彼が男性読者を敵に回すような話になるかと思います。大きく2つのエピソードを予定。まだ最後まで書けてないですが、煮詰まってしまったら投稿が鈍るかも。