水音の乙女   作:RightWorld

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2021/01/04
誤字修正しました。報告感謝です。>ひだりみぎさん





第5話「颱風の目」

 挺身隊は暴風雨の中でも機敏に動く怪異に手を焼いていた。

 

 怪異の本体『山』に一向に近付けないどころか、この気象下では『山』に辿り着いたところで『山』を攻撃できるのか。戦いが長引いていることにも心配を募らせた陸軍の加東圭子少尉は、指揮官の加藤武子少尉に心配をぶつける。

 もちろん武子も気にしていないわけはなかった。ずっと打開策を考えていたのだ。

 

「怪異を……颱風の目へ、誘導できたら……」

「颱風の目?!」

 

 武子の呟きに圭子がびっくりする。

 

「確かにあそこなら雲も乱気流もないって理屈は判るけど……でも、どうやって?!」

 

 武子の案は、囮となっている第1戦隊の針路を変えさせ『山』に接近し、『山』を引き付け、もろとも颱風の目へ突入させるというものだった。それは第1戦隊も『山』の前に晒されるという事であり、艦隊の危険度は飛躍的に上がる。

 

「我々を…地獄の釜の底まで連れて行く気か…!」

 

 その案に第1戦隊司令官が怒りを滲ませて嘆いたのも無理はない。だが第1戦隊は挺身隊の進言を受け入れた。『山』を倒せるのがウィッチ達だけという現状、彼らもどんな事があってもここで方を付けるしかないととっくに腹をくくっていたからだ。

 

 

 

 

「22空各機、北郷少佐からだ。挺身隊は一時この空域を離脱。その間、第1戦隊が怪異を誘導し、颱風の目に誘いこむ。挺身隊は第1戦隊とタイミングを合わせて颱風の目に突入する、とのことだ」

 

 田山大尉の説明に、水偵隊の皆は感嘆の声を上げる。

 

「颱風の目だって?!」

「はーん、考えたね。あそこなら確かに暴風雨とは無縁。この辺で一番近い穏やかな空だ」

 

 そこへ2機の水偵脚が田山大尉のところに上がってきた。

 

「ウミワシー」

「トビ、K2。戻ってきたか」

「聞きましたよ。挺身隊が台風の目に向かうって」

「ボク達も勿論行くんですよね? 決戦の場に支援部隊がいないわけいかないもんね」

 

 田山は残ったメンバーを見回した。そして今一度注意を促す。

 

「颱風の目に入れば視界は晴れ、戦闘はしやすくなる。だがそれは怪異にとっても同じだ。今まで雨雲に隠れながら救助活動をしてきたが、我々も発見されやすくなる。付いていくには覚悟がいるぞ」

 

 だが卜部は平然とした顔で笑った。卜部だけじゃない。全員がそうだ。

 

「もともと颱風の雲に隠れながらなんて予定なかったじゃないっすか。視界良かろうが悪かろうが、空戦下の海上から援護する。そういう任務でしょ?」

「そうそう。覚悟は一昨日くらいにとっくに付けてるよ」

 

 勝田がニッと笑う。

 みんなの笑顔に田山もふっと力が抜け、目を閉じた。

 

「そうだったな……」

 

 そしてキリッと顔を引き締めると、命令を下す。

 

「稼働全機、颱風の目に向け移動する! 遅れるな!」

「「「「了解!」」」」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 一足先に颱風の目に突入した挺身隊は、怪異の親玉『山』を目のあたりにして、その大きさに驚いていた。殆どの者が見るのは初めてだ。

 

「で、でかい」

 

 少し遅れて22空と第1戦隊も、晴れ渡る大きな檻のような空間に到達する。

 

「何だあれは!」

 

 第1戦隊の将兵も、上空に浮かぶ巨大な黒い四角錐に度肝を抜かれた。だがそれも序の口。直後、第1戦隊、挺身隊、そして22空は、『山』の恐ろしい火力を目のあたりにすることになった。4角錐の各面に1つずつある発射部位から出る強力な光線兵器“ビーム”だ。近寄る脅威へ向け、近くに味方がいようとお構いなくぶっ放すそれは、初撃で味方のはずの中型怪異をあっさり撃墜し、そこにいる者全員を凍りつかせた。

 

「なんだあの攻撃は?!」

「あ、あんなのに当たったらチリも残らないわ」

「怪我なんて中途半端な状態はないぞ。何事もないか、蒸発するか……だ」

 

 勝田は冷や汗をたらし、色を失った顔で呟いた。

 

「あんなのと闘うのかよ……」

 

 どうやって倒しゃいいんだ? まったく対抗する術が見つかんないぞ。

 

 元戦闘脚隊にいた勝田は、ともすればあそこにいたかもしれないのだ。

 だが、挺身隊はすぐに驚きから回復し、攻撃を再開した。

 

 マジか。

 

 信じられんという顔をしている勝田に、卜部が近寄る。

 

「わが海軍の魔眼持ちには、あいつの弱点が見えるんだろ?」

「そ、そうか。あいつにも弱点があるんだ」

「少なくともそうでも言ってもらわなきゃ、アレに向かって行くなんてできねえ。私らも行くか!」

「弱点、教えてくれっかな」

 

 竹内飛曹長が二人の間に割り込んだ。

 

「馬鹿なこと言わないで。水偵脚じゃ小型怪異の群れでさえ突破できないわよ」

 

 不満そうな二人を睨んで釘を刺す。

 

「要救助者の発生をここで監視。わかった? 返事は?」

「「ふぁ~い」」

 

 竹内がこんな口調で言うのは出撃中だけだ。地上では見ることのない上官らしい竹内に、卜部と勝田は仕方なしに返事する。

 

 

 

 

 挺身隊の総攻撃は2回目となった。

 

「挺身隊も手こずってるじゃない」

「あっ、被弾した!」

「こっちに落ちてくる! ユリカモメ救助に行きます! ウミガラス、援護を!」

「了解!」

 

94式と95式のペアが直ちに離水する。

 

「もう1機、弾き飛ばされたぞ!」

「ヤバい、遠い! 海上に落ちるぞ!」

「ミヤコドリだ、あたいの方だから任せて!」

「待ってミヤコドリ、そっちは危ない! 小型怪異が降りてきてる!」

 

 ホシハジロが警告したが、ミヤコドリは加速して離水する。

 被弾してくるくると落ちていく陸軍のウィッチを、別の怪異2機がトドメを刺そうと追いかけて来ていたが、ミヤコドリが向かって来るのを見つけると、怪異は目標を変えた。

 

「ホシハジロも行きます!」

 

 そしてカツオドリもすぐさま反応する。

 

「援護する! っち、その怪異普通のより速いぞ!」

 

 暴風圏でないからなのか新型なのか、今までのよりスピードがある。

 怪異2機では腕の立つカツオドリでも手に余ると思ったK2とトビもすぐに追った。

 

「トビ、94式じゃ危ないって!」

「獲物増やして目を逸らしてやるってんだ!」

「無茶だよ!」

 

 カツオドリは怪異とミヤコドリの間に入り、怪異に向け射撃する。機銃を撃ちながら突っ込んで来る怪異の弾を巧みに避けながら牽制射撃をするが、針路を変えたのは1機だけだ。もう1機がカツオドリの横を通過する。そしてミヤコドリへ真っ直ぐ向かっていった。

 

「ミヤコドリ、1機行ったぞ!」

 

 と、別の方角からその怪異へ向け機銃弾が撃ち上がった。トビとK2だ。

 

「オラオラこっちにもいるぞ!」

「ボクが相手してやる、こっちこい!」

 

 だが怪異はトビ達には興味を示さなかった。なおもミヤコドリへ突っ込む。ミヤコドリも迫ってくる怪異に顔を青ざめながらもシールドを展開した。怪異の翼のあたりが光り、大量の機銃弾が発射される。

 94式水偵脚のシールドは弱い。だから凝縮して硬度を上げ、当たるところをピンポイントでカバーしなければならない。ミヤコドリはそうしたシールド操作が得意だったが、その怪異の機銃門数はやたら多かった。片翼4門、合計8門もあった。

 

「お、多い?!!」

 

 ミヤコドリはシールドで飛来する機銃弾の圧力を感じ取り、その数の多さが凝縮したシールドでカバーできる範囲を越えて来る事を察した。

 

 防ぎきれない、当たる!

 

 その時、機銃弾と自分の間に黒い影が入った。青白いシールドが展開し、機銃弾を弾いて黄色い火花が散った。同時に赤いものも沢山散りばめられた。

 

「ホシハジロ!」

 

 ミヤコドリの目が見開かられる。

 シルエットとなったホシハジロの右のストライカーユニットのプロペラ呪符が吹き飛び、下3分の2が砕け散っていく。左のストライカーユニットの翼が次々に撃ち抜かれて形を失っていく。反撃していた機関銃が右上の宙に舞った。引き金を握りしめたままのくの字状のものをぶら下げていた。

 怪異の機銃弾はミヤコドリには届かなかった。ホシハジロで全て阻止されたのだ。怪異はホシハジロの前で旋回した。

 

「よくもホシハジロを!」

 

 旋回した怪異の正面にトビが立ち塞がった。ブワッと通常より大きくシールドが張られる。94式のシールドは弱いので、これはハッタリだ。だがシールドの大きさに驚いたのか、怪異は下へ回避した。

 

「K2、逃すなあ!」

「もらったあ!」

 

 トビの後ろからK2が現れると、上面を晒した怪異に向け機銃弾が雨あられと降り注がられた。片翼がもげ、怪異は錐揉み状態になって落ちていった。

 

「ホシハジロ!」

 

 堕ちていく怪異には目もくれず、被弾したホシハジロのところに駆け寄ろうとしたミヤコドリだが、ホシハジロがそれを制した。

 

≪もう1機いる……気を抜かないで。あたしのことは……構わないで。挺身隊を連れて帰るのが優先……よ≫

 

 推力を失った体は、仰向けになって落下を始めた。

 

「ホシハジロー!」

 

 途中で発火して、黒煙を吹いて落ちていく。そして海上に達する前にストライカーユニットが爆発を起こし、バラバラに散った黒煙は霧のように空中に霧散して消えていった。機体も、ホシハジロも。

 

「そんな……ホシハジロ……」

 

≪ミヤコドリ、救助活動を続けろ! 挺身隊のウィッチが着水したぞ!≫

≪うわあ、怪異が私に目ぇ付けたぞ! 来る、来る!≫

≪ボクが相手だ、んなろー!≫

 

 残り1機の怪異はカツオドリ、トビ、K2と三つ巴の空戦になっていた。

 

「ごめん、みんな!」

 

 ミヤコドリはぬぐってもなくならない涙を引いて、海上に落ちた陸軍のウィッチのところへ降りていった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 挺身隊は突撃を繰り返していたが、まだ『山』に取り付けない。ウィッチ隊総指揮官の加藤武子は、ウィッチの消耗、第1戦隊の被害状況から、もう長くは持たないと考えていた。疲弊したウィッチ達は肩で息をしている状態。辛うじて浮いてるだけというのも何人かいる。隊を再編しても、組織立った突入はあと1,2回できるかどうかだ。

 

「どうする、武子!」

 

 穴吹智子少尉が思うように行かない攻撃に苛ついて問うてくる。

 

「負傷者、消耗の激しいものを下がらせます。突入はあと1回が限度。元気のいいのだけで最後の勝負かけるわよ。竹井一飛曹 は負傷者を連れ、後方の支援艦隊まで退避!」

 

 

 

 

 下の海上付近にいる水偵隊もこの指令を傍受した。

 

「挺身隊が一部引き下がらせるようだぞ。退避する者をこちらでも引き受ける。全機集合点まで上昇。残ってるのは……」

 

 ウミワシは海上付近から上がって来る22空メンバーを見渡した。

 先程の空戦からカツオドリ、トビ、K2はしぶとく生き残っていた。ただ3人共ストライカーユニットに数発の被弾が見られた。先程救助した二人のウィッチは、ウミガラスとミヤコドリがそれぞれ搬送し、護衛にアジサシを付けて後方に下がらせたので、あと残っているのはユリカモメだけだ。

 

「トビ、K2。予備弾倉はまだ手放してないな?」

「勿論です! 私らで使ってもいいんですよ!」

「突入?! もしかしてボクらも挺身隊と突入?!」

 

 二人は空戦でアドレナリンが回って興奮気味だ。血気盛んで戦意を失ってないのは良いことだが、しかし分不相応の戦いだけはさせてはいけない。ウミワシの威厳のある声は、そんな若者を冷静にさせるのには役立った。

 

「馬鹿か。足手まといなだけだ。お前達は予備弾倉を挺身隊に渡し、引き上げる負傷者を受け取って後方へ搬送しろ。多少被弾したようだが、負傷者連れて暴風圏飛ぶくらいできるな?」

「り、了解」

「あーあ、空戦もここまでかあ」

「カツオドリ、ユリカモメ。ベテラン組はもう少し付き合ってもらうぞ」

「当然だ」

「ふふ、了解です」

 

 

 

 

 挺身隊が再編しているところに、穴吹智子少尉に案内されて水偵隊が上がってきた。

 

「武子、水偵隊が退避を手伝ってくれるそうよ」

「本当? ありがたいわ。竹井さん、何人か任せられるわよ」

 

 負傷者二人を両脇に抱えていた竹井醇子一飛曹がパッと晴れた顔になった。

 

「ありがとうございます、助かります!」

「海軍の人に限られるけど、20mmの予備弾倉があるよ」

 

 勝田がドラム式の弾倉をカバンから取り出して見せた。

 

「ほんとか?! こっちにくれ!」

 

 即座に反応したのは若本徹子一飛曹。横にいた坂本美緒一飛曹にも手招きすると、急反転して勝田のところへ降りていった。

 

「徹子、さっきもらったのに、もう使っちゃったの?」

「本陣目の前にして、ここで使わずにいつ使うんだ。美緒もいるだろ」

 

 勝田から受け取りながら後ろを振り返る。右目に眼帯をした少女が、呆れつつも少しはにかんで頷いた。

 

「うん」

(コア)まで何としても辿り着かなきゃよ」

 

 若本が話し掛けてるウィッチに、卜部は顔を向けた。

 

「お前さんが魔眼持ちのウィッチか?」

 

 眼帯の少女、坂本がこくっと頷く。

 

「そうか! そんじゃこれやる。こいつは休憩中に私が魔法力を込めたやつだ」

 

 卜部が出した弾倉は、魔法力を帯びて青紫に鈍く光っていた。ふつう弾丸に魔力を込めると青白く輝くものだが、これは様子が違う。穴吹と加東圭子が覗き込んで関心を寄せる。

 

「へー、あなたやるわね」

「これって古い魔法じゃない?」

 

 卜部はニヤッと笑った。

 

「その通り! 魔法力だけじゃなくて念も込めたやつだ。水偵隊の数々の恨みつらみがこもった怨念を……」

 

 すかさず高橋中尉が卜部から予備弾倉を取り上げた。

 

「そんな気味の悪いの渡せるか。お前の念の入れ方はいつも怪しい。そもそも古式魔法は刀とかに使うものだろう」

「そ、そんな副隊長~」

「あ、いえ! それもらいます!」

 

 坂本は高橋が取り上げた弾倉に手を伸ばした。

 

「水偵隊の皆さんの救助、何度も見ました。……犠牲が出てるのも」

 

 魔法力で鈍く光る弾倉に触れる。その瞬間、美緒の体に熱いものが流れ込んできたように感じた。怨念なんて気味の悪いものではない。それは、やってやる、やり遂げるという意志のようだった。

 

「皆さんの思いの詰まったこれが、必要です」

「……そうか」

 

 高橋は弾倉を渡した。

 

「よし! 各機再突入準備、位置につけ!」

 

 ウィッチ達が散開するのを見渡していた田山大尉は、ふと気付いてウィッチ隊総指揮官の加藤武子に聞いた。

 

「そう言えば北郷少佐がいないが? 陸軍の江藤中佐も見当たらない」

 

 加藤はびくっとした。

 少し逡巡した後、小声になって伝えた。

 

「挺身隊の皆には言わないでください。じ、実は……」

 

 

 

 

「そうか、そういうことだったのか。それでうちの隊の魔導無線を……。第2戦隊の場所を探っていたんだ」

「江藤中佐は双方を止めに行ったんです」

「ふん、あの化石頭どもが話など聴くものか。己等の目的の為に最新鋭戦艦を差し向けるような奴らだ。カツオドリ!」

 

 卜部達を見送ってきた高橋が戻ってきた。

 

「さっきウミネコが遭遇した第2戦隊は、ウィッチの作戦を無視して『山』を直接砲撃する為の別動隊だ。きっと宗雪司令が筑波試験場で試射に立ち会ったという試製特殊榴散弾を使うつもりだろう」

「榴散……! 撃ち込まれたらウィッチにも被害が出るぞ! まったく、怪異とやってる事が変わらん」

「北郷少佐は阻止しに行ったんだ。私も向かう。ここはカツオドリに任せた」

「っく、私も行きたいが、榴散弾を撃ち込んでくるつもりなら、こっちにも控えてないとだな。分かった」

「頼むぞ副隊長」

 

 田山は翻ると、全速で暴風雨の中へ突っ込んで行った。

 

 

 




台風の目の中の戦闘は原作の通り進み、その陰での救助活動と、醇子が負傷者を連れて退避しようとする場面と繋がる話です。そこで卜部と勝田は、後の陸海三羽烏と直接顔を合わせたのです。海軍側の三羽烏とはすぐまた会うのですが。

ところでワールドウィッチーズ ユナフロに、若本徹子がラインナップされましたね。竹井醇子より先とは。
二次小説では取り上げてくれる方もたまにいますが、徹子が士官になって以降の詳しい公式な話はほとんど聞かないので、嬉しい登場です。
そうだ、いらん子リブートも読まなきゃ。


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