水音の乙女   作:RightWorld

161 / 193
第3話「嵐の中の救助」

 

 水偵隊は海上からでは戦闘の様子が見えないので、状況が確認できるところまで上昇してきていた。当然戦闘している所に近付くことになり、水偵隊も狙われたり巻き込まれたりする可能性が高くなる。

 

「各機、周囲警戒を怠るな! 94式の者は被弾者の発生に注意を向けろ。95式は周辺の敵に注意を向け、94式を援護せよ」

「「「了解」」」

「この中を飛び続けるのは大変だなあ」

「でも思ったより言うこと聞く」

「複葉だからだね。思いがけない効果だ」

 

 

 

 

 一方で『山』へ向かう挺身隊は、暴風圏内で怪異との激しい空中戦を繰り広げていた。自機のポジション確保だけでも大変だというのに、怪異はあまり動きを鈍らせる様子なく飛び回っており、次第に疲労も溜まって損害も出始めていた。

 暴風で思うように舵を取れない中、激しい空中戦の末にウィッチが一人、背後を取られ被弾した。

 

「きゃあ!」

 

 バランスを失ったウィッチは、途端に強風に持って行かれて、制御不能になった。

 

「ああーっ」

「一人飛ばされた! 誰かいける?!」

「だめだ、飛ぶのと怪異の相手だけで手一杯だ!」

 

 近くにいたウィッチ達も、ねずみ色の雲の彼方へ飛ばされていく被弾した仲間を目の端で捉えるのが精一杯だった。

 

「くそーっ! この嵐の中で落ちたらもう助からないわよ!」

 

 そこへ墜落するウィッチをゆっくりした機動で追っていく複葉ストライカーのウィッチが見えた。

 

「水偵脚部隊のウィッチだ!」

「こんな暴風の中まで付いて来てたのか」

「まずい!」

 

 水偵ウィッチを追って飛行型怪異が2機向かって行った。

 

「逃げろー!」

 

 だが絶叫も虚しく、複葉の水上ストライカーはネウロイ2機の波状攻撃でなすすべもなく爆散した。

 

 

 

 

「シラサギがやられた!」

「トビが引き継ぐ!」

 

 卜部が上昇する。ウミワシが直ちに指示を飛ばす。

 

「怪異が飛び回ってる、単機では危険だ! 95式の誰か援護に付け!」

「K2援護します!」

 

 卜部は暴風で飛ばされるウィッチの方へ行こうとするが、渦巻いている気流に阻まれ、なかなか向かうことが出来ない。

 

「チキショウ、接近できねえぞ!」

 

≪トビ、カツオドリだ。風上へ少し向かいつつ上昇しろ。そして吹いてくる風を選べ。連れて行ってくれる風が必ずある≫

 

「風?」

 

≪K2手伝ってやってくれ≫

 

「了解」

 

 カツオドリに言われた通り頑張って上昇し、風の中に留まったところで、95式水偵脚の勝田が傍に寄ってきた。

 

「ふははは。さあボクの言う通りにしたまえ」

「お前に手助けされることになるなんて、最悪だ」

「勝田サーカスの奥義の一つだぞ。もっと有難がれよ」

「カツオドリに教えてもらったくせに」

「へへへっ。カツオドリの自然を味方につける飛行術は戦闘脚隊でもお目にかかれなかった凄技だったよ。さあその奥義だけど、こういう環境下では自然と喧嘩しちゃダメ。翻弄されるだけだよ」

「ごたく言ってねえで早くしろ。見失うぞ」

「慌てなさんな」

 

 勝田は卜部の肩を持つと、目標の被弾したウィッチを正面になるように体を向ける。

 

「ここでは敵も味方も“風”だ。その中から味方の風を掴まえるんだ」

「あそこへ連れて行ってくれる風に乗って行けって事か。おっ、K2この風どうだ?!」

「おしい! これは若干左へ逸れる」

 

 吹き荒れる突風に背中を煽られつつ、その中から真正面へ向かう風を見定める。

 

「これだ!」

 

 (ふた)呼吸ほど待って吹いてきた突風がピッタリと真後ろから押してきた。それに合わせエンジンを全開にした。卜部と勝田は突風の勢いに乗ってあっという間に落下するウィッチに辿り着いた。

 

「ふーっ、ここまで的確とは恐れ入ったぜ」

「まあね!」

 

 卜部は直ちに負傷者の体を確保した。

 

「こちらトビ、要救助者を確保!」

 

 そこへ怪異が1機向かってくるのに気付いた。

 

「K2、あれの相手頼む!」

「はいよ、鬼さんこちら!」

 

 機銃を撃ちながら卜部から離れていくと、勝田を脅威と見た怪異は勝田を追っていった。

 

「大丈夫か?!」

 

 卜部は被弾したウィッチに声を掛ける。海軍のウィッチだ。同じ上飛曹だった。

 

「う……あ……あなたは?」

「第22航空隊の卜部ともえ上飛曹だ。飛べるか?」

「痛っ!」

 

 そのウィッチは頭から血を流し顔の半分が赤く染まっていた。ストライカーユニットの片方も被弾して止まっている。足にも破片がいくつも突き刺さって裂傷があった。

 

「戦闘は無理だな。後方に下がる。ベルトを通すぞ。これで私と繋いで支える」

 

 だがそのウィッチは急に凄い形相になると持っていた機銃を構えた。

 

「怪異よ、下がって!」

 

 ダダダダと機銃がけたたましい音を立てて吠える。だが放たれた機銃弾は怪異にかすりもしない。距離感も方向も狂ってる。流れる血で片方の目が見えない状態なのだ。怪異は避けることもなく突っ込んでくる。

 

「クッ、よく見えない!」

 

 すかさず卜部がシールドを張った。だが94式水偵脚のひ弱な魔導エンジンでは魔法力の強化が大したことなく、シールドの威力はたかが知れている。

 

「そのシールドじゃ防げない! 私を放して逃げて!」

 

 引き剥がそうとするが、もう卜部はベルトでそのウィッチとガッチリ繋ぎ終えていた。

 

「な、なんてことを!」

「ちょっと気ぃ散らすな!」

 

 暴れる戦闘脚のウィッチを卜部が怒鳴りつけた。そこへ怪異が撃ってきた。

 卜部はシールドに迫る圧力で弾の当たる位置を感じ取ると、シールドをぎゅうっと凝縮させた。体全体を覆っていたシールドが小さくなり輝きを増す。そしてそれを少し傾けて構えた。直後、ガンガンガンと怪異の機銃弾がシールドに掠るように当たり、機銃弾は左へ飛んでいった。

 

「パーフェクト! こんなうまくいったの初めてじゃね?!」

 

 戦闘脚のウィッチは目を見張った。シールドを凝縮して硬度を増し、更に傾けて被弾経路を浅くして逸したのだ。

 撃ってきた怪異は卜部達の横を通過する。

 やり過ごせた! と思ったがすぐ後ろにもう1機いた。

 

「いっちょ前に編隊組んでやがった!」

 

 シールドを張り直すが今度は制御する暇がない。このまま撃たれたらシールドを貫通されてしまう。

 

「やべえやべえやべえ!」

 

 その時、怪異の左斜め上からぐるぐる側転しながら突風に乗ってウィッチが飛ばされてきた。そのウィッチが回転しながら機銃を発射する。弾は怪異の翼や尾翼にバシバシと当たって弾け、エルロンやラダーに当たる部分が吹っ飛んで普通に飛べなくなり、あらぬ方向に飛ばされていった。

 撃つのを止めて横についたのは95式水偵脚の勝田だ。

 

「こんな時にサーカスしてる場合か?!」

「風に逆らわずに飛んで来ただけだよ。つーか、助けてやったのに第一声がそれ?!」

 

 勝田が言い終わる前に頭上でドカーンと爆発音がした。見るとまたウィッチが被弾して落ちていく。くるくる螺旋を描いて厚い雲の中に落ちていくと見えなくなった。

 

「K2護衛してくれ、あれを追う! ウミワシ、こちらトビ。今被弾したウィッチの救助に向かう!」

 

≪トビ、ウミワシだ。まださっき怪異が飛び回ってるぞ、気を付けろ!≫

 

「K2に護衛してもらいます!」

 

 勝田が了解したのを確認すると、卜部はウィッチの落ちていった雲に向かうのではなく上を見る。

 

「被弾したのはあの辺か?」

 

 卜部が上昇を始め、勝田も周囲を警戒しながらそれを追う。2人はウィッチが被弾したところでまで昇りホバリングした。

 今度はさっきのように目標のウィッチが見えないので、目標に向かって吹く風を待つような方法は取れない。先程とは違い、今度は卜部が周囲を見回しながら風を観測する。

 

「トビは風の奔流に流されるのは得意だよね。それを風任せじゃなくて、使える風に乗り移っていけるようになればサーカスの仲間入りできるんだけどなあ」

「お前の選んでる風はおかしい。あんな目の回る風使う奴があるか」

「ふふん、ボクは最強の水偵ウィッチだからね。選り好みはしないんだ」

 

 上昇する二人に、抱えられているウィッチは何がなんだか解らない。なぜすぐ追わないの?

 怪異から逃げているのかと思いや、上昇することでむしろ近付いている。

 

「ちきしょー、怪異の視線を感じるぜ。K2、さっさと片付けてくれ!」

「7.7ミリあんま効かないんだよ」

「最強の水偵ウィッチなんだろ!」

「ま、その通りだ!」

 

 勝田は旋回してやって来る怪異を捉えると機銃を発射した。命中するがダメージが少ないようでグングン迫って来る。

 

「にゃろ当たってるのに!」

 

 卜部に抱えられたウィッチも機銃を振り上げ射撃に参加する。曳光弾の光を追って勝田の射線に合わせていくと、戦闘脚ウィッチの強力な魔法弾が当たり怪異は砕けていった。

 

「さっすが本職!」

「お、お安い御用です」

 

 一方卜部は空戦には目もくれず風を読んでいた。顔を向けることなく負傷したウィッチに話しかける。

 

「すまんがちょっとの間だけ耐えてくれ。多分急降下になる」

「急降下?」

「K2いくぞ、離れんな!」

「うほっ、了解」

 

 すぐさま勝田が卜部に寄り添う。会話についていけない戦闘脚のウィッチが疑問の表情を浮かべた次の瞬間、後ろから来た突風に押されて3人は急降下した。突然の挙動に戦闘脚使いにもかかわらず悲鳴を上げた。

 

「きゃああー」

「痛むか?」

「はっ、私怪我してるんだった! 痛あーー!」

 

 急降下なのか錐揉みなのか、振り回されまくり、戦闘脚のウィッチは涙目になる。

 

「制御できてる?! もしかして墜落してる?!」

「墜落してる奴を追ってるんだから、こっちもほぼ墜落状態だ」

「何それ!」

「そうしないと落ちてる奴がどこに流されてるかわかんないじゃないか」

「それでさっき流されるぞって言ったの?!」

「K2、高度注意! そろそろ海面だ」

「ホントに? よく計器見てんな」

 

 バク転宙返りすると、下から突き上げる風に乗ってふわりと減速し、ゆっくりとした降下になった。

 

「少し南へ修正する」

 

 卜部は墜落したウィッチとの時間差で変わった風向きの分の位置補正を加えるため、少し水平移動した。

 程なく雲を抜けて猛烈に荒れ狂う海が眼下に広がった。

 

 巨大な灰色の波。

 崩れる波頭。

 吹き荒ぶ水飛沫。

 

 目の前の光景に戦闘脚のウィッチは絶句した。海上に降りてもこれじゃ溺れて助からない。自分は落ちなくてよかったと心底思った。

 

「救難信号出てないか?」

「こっちは捉えてない。爆発してたからね。発信機なんか吹っ飛んじゃったんじゃないの?」

「こ、この辺に落ちたのは、確かなの?」

 

 戦闘脚のウィッチが恐怖に震えながら聞く。

 

「どうかな。同じ風が吹いてたとは限らないし、颱風(たいふう)だから風向きはくるくる変わるからな」

「意味あるの、これ?!」

「一応偏差を読んで補正は入れてるんだ。推測救助法って言って、水偵隊で色々研究してるんだが、当たる確率は3割ってとこだ」

「殆ど外れるって事じゃない! 全然駄目じゃん!」

「3割当たるのは馬鹿になんない数字だぞ。野球の強打者と同じだぞ?」

 

 強風に煽られながら2機は海上を低空で飛ぶ。戦闘脚のウィッチは高度よりも速度が気になってしょうがない。時折がくんと落とされるとヒヤヒヤする。

 

「こ、こんな速度で失速しないの?」

「性能のいい戦闘脚ばっか使ってるから忘れてんな。複葉脚は簡単には失速しないんだ」

「そ、そうだったっけか……」

 

 その時、勝田が手を振った。

 

「ガソリンのニオイがする。卜部さんがやる推測救助法は何でか一番ヒット率高いな」

 

 卜部もクンクンとかいだ。

 

「勝田の使い魔は甲斐犬だから鼻がいい。私も狸だから良い方だが、あっちの方が上手(うわて)かな。あ、分かった!」

「におい……」

「偵察ウィッチは五感全て使って探るんだ」

 

 

 

 

 その頃、海上に落ちた陸軍のウィッチは、次々に降り掛かってくる大波にパニックになっていた。

 必死に滑空を試みながら海まで降り、派手な不時着水をしたが何とか意識を失わずに済んだまではよかった。陸軍だが川で遊んで泳ぎも知っていたので何とかなるかと思ったが、掻き回される洗面器の中に落とされた虫のように何もできない。海水を何度も飲み、咳き込み、上から飛沫と波が次々と襲い掛かり、呼吸をする暇がない。

 暫くもがいていたが、いよいよ意識が遠のいて行く。あんなに苦しかった体が、呼吸が、とあるところからふっと楽になってきた。同時に視界も暗くなっていく。

 

 ああ、もう私は力尽きるんだ。あっけないもんだなあ。

 声が聞こえる。向こう岸からの迎えかな……

 

 不意にパーンと火花が飛んだ。

 

 何だ?花火?

 

 また連続して飛んだ。パチンパチンと近くで次々と破裂する。

 

 うるさい!

 

 カッと目を開く。

 

 

 

 

「戻って来い、曹長ー!」

 

 相変わらず顔に飛沫が降りかかっていた。だがそれは潮のものではなかった。大口を開けてどなっている、目の前の女の口から飛んできている。

 

「汚っ!!」

「見ろ、帰って来た!」

「本当だ。帰還おめでとうございます」

 

 吠える女の横には半分血糊で真っ赤な顔にずぶ濡れの髪が張り付いた女。やっぱあの世だ。

 

「お化けえ!!」

「がーん!」

 

 見渡すと、自分はどなっていた女から吊るされるように持ち上げられている。周囲は荒れ狂う海だが、ガラスのコップの中にいるように、ある一線を境に自分達のいる場所だけ静かだった。

 女はウィッチだった。その証拠に頭には犬に似た耳が生え、下で魔法陣がゆっくり回っている。見下ろすとその女は船のようなのを付けた妙なストライカーユニットを履いて水上に立っている。お化けも船に足を乗せて女に寄りかかりながら立っている。

 

 お化けに足?

 

 どうやら救助されたようだ。しかし……

 

「なんでここ静かなんですか?」

 

 その女の答えを聞く前に、背後を飛行機のようなものが横切った。

 

「怪異!!」

 

 裏返った声で叫んだら、二人も後ろを振り返った。怪異のくぐもるようなエンジン音がゴオオオっと響いてくる。旋回してこっちに頭を向けようとしていた。

 

「こいつら、この嵐でも機動が鈍らないのか?! K2、追い払えてないぞ!」

 

≪スピードが落ちないだけで思う様には飛べてないさ。次で決める!≫

 

 怪異が撃ってきた。水上にいる94式水偵脚の周りに小さな水柱が幾つも立つ。しかし急に来た横風にぶわっと怪異は煽られる。横に流され狙いがずれた。力任せに修正しようとしている怪異の背後を、流れる強風に乗りながら銃口をピタリと怪異に向ける複葉のストライカーが横っ飛びに現れた。機関銃からマズルフラッシュが瞬く。発射された弾丸が怪異に次々と当たり、ゴウッと火を噴いてバラバラになった。

 

「やれやれ、やっと撃墜したか」

 

≪ありがとうとか、K2天才、とかって言えよ! 95式水偵脚で頑張ったんだぞ≫

 

 感心しまくったのは戦闘脚のウィッチの方だ。

 

「す、凄いわ。複葉の水偵脚で、しかもこの嵐の中で」

「なんであんな人が戦闘脚隊じゃないんだ?」

「まぐれまぐれ、大したことないって。K2降りてこい。さっきの攻撃でハーネスを1個もってかれた」

 

 見ると、手に持っていたハーネスが千切れて30cm程しか残ってない。

 卜部に言われて勝田が魔法陣を下に張って荒れる海へ降りてくる。魔法陣を皿のようにして海面を押さえつけ、平らに均された海上へと着水した。

 

「シールドでこんなことができるなんて……」

「さっきもシールドを圧縮して硬度上げて弾を躱したり、す、凄い技術です」

「うちらの司令や隊長が考案したんだ。これができなきゃ一人前の水偵ウィッチとして使ってもらえないから、みんな必死で覚えるんだ」

「お待た~」

 

 勝田が寄って来る。

 

「K2は陸軍さんを頼む。シールドは私が受け持とう」

 

 勝田は自分のシールドを閉じて、卜部の張るシールドの上に飛び乗った。

 

「オッケー。ストライカーユニットはもう脱いでるね。フロートに足乗せて。ボクが支えてるから。そしたらベルト繋げるよ」

 

 勝田が準備をする間、周囲を警戒する卜部。海はますます荒れるが、卜部の張るシールドの中は庭の池のように静かだ。

 

「接続完了」

「怪異もいない。今のうち飛び上がろう。K2先行け」

「んじゃ離水するぞ。掴まってて」

 

 勝田は降りた時と同じ様にシールドで海面を均しながら水上滑走する。大きな波を登ったり下りたりしてタイミングを計る。

 

「と、飛べるの? スピードも出ないし、足元は揺れてるし」

 

 シールドで海面を押さえていても、水に浮いてる状態だから地面とはやはり感覚が違う。硬く動かない滑走路から飛ぶのが当たり前の陸軍のウィッチからしたら飛べる要素が見つからない。

 

「ボクも普通には飛べそうな気がしないから、ちょっと乱暴にいくよ。しっかり掴まって」

 

 左から来る大波に急加速すると斜めに駆け上がった。そして波の頂点で踏み切って空中に躍り出た。

 

「ひいっ!!」

 

 足が、いやフロートが海面から離れた瞬間の姿勢は、なんと右を下にした横倒し。

 まさか捻りながら飛び上がるとは思わなかった陸軍のウィッチは思わず目を閉じて悲鳴を上げた。勝田はその勢いで飛び出したまま錐揉み1回転すると、ふらつきながらも上昇する風を捉え、水平飛行になった。

 

「ふえ~何とか飛べた飛べた。大丈夫?」

 

 陸軍のウィッチと顔を見合わせると、そのウィッチは急に手で口を塞ぎ頬を膨らませた。次の瞬間、ゲボッっと口から大量のものを吐瀉した。当然勝田の体にもかかる。

 

「わあ!」

 

 ゼエゼエしながら陸軍のウィッチがか細い声で謝る。

 

「ごめんなさい……遠心力に耐えられなくて……」

 

 吐いたのは水だ。溺れかけたときに大量に飲んだものだ。肺も海水をかなり吸い込んでいるので呼吸も苦しそうだ。

 

「ボクの方もゴメン。もう少し気を使えばよかった」

 

 下では卜部が魔法陣を大きく広げて針路前方をブルドーザーのように波を押し開けて水路を作り、速度を上げている。正面の盛り上がる波に乗ると、空へ舞い上がった。

 

「馬鹿かK2! 負傷者背負ってアクロバットする奴があるか!」

「ごめんよお。本物の颱風は初めてでさあ」

「謝るなら抱えてる人に言え」

「いえ、いいんです……。こんな海の中から助けてくれただけで……」

「喋らないで。すぐ船まで連れていくから」

 

 右左から殴られるように雨風が叩きつける中を、2機の水偵脚はそれぞれ負傷者を抱えて嵐の外へと急いだ。

 

 

 





連休なので3話目も公開。
水音の乙女本編で、美緒と再会した時などに軽く触れられていた救助の話でした。
天音の時代には失われつつある水偵ウィッチの技となっていた、魔法障壁着水法や推測救助法がバリバリ使われてます。とはいえ魔法障壁着水法は天音、優奈も後半だいぶできるようになってましたけど。
勝田さんの派手な飛行は、千里のスピードを伴った暴走行為的なものとはちょっと違って、より捉えどころない曲芸師的なものだったようです。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。