2020/9/20 後書き追加してます。
海上を低空で飛ぶウィッチ達の一団。
各々のストライカーユニットは一見すると水上機のフロートのような形をしている。横には短い複葉の羽が付いていた。ウィッチは速度を落として体を起こすと、フロートの船底の部分がパクンと開き、水上スキーを履いているかのような態勢になる。さらに高度を下げると、やがて船底の部分が海面に接触する。ザァッと水を掻き分けると、ウィッチは船のように白波を立てて滑らかに航行する。大柄なストライカーが降りると、続いて一回り小さい小回りの効くストライカーが降りてくる。大柄な方が94式水偵脚、小さい方が95式水偵脚だ。
これが空中と水上の両方を活動領域とする水上ストライカーユニット。そしてこれを扱うのが水上偵察ウィッチなのである。
『山』の針路上から少し離れた海上に、水偵ウィッチ隊は広く展開した。着水状態の各ウィッチは接近してくる『山』を双眼鏡で観察していた。
「第一戦隊に警告は届いたか?」
隊長のウミワシこと田山
「はい。旗艦長門からの受領を受信しました」
田山は頷いた。
「戦艦の装甲はどれだけ怪異の攻撃に耐えられるかな」
「長門型は水平防御も充実してます。簡単にはやられません」
「そうだな」
「それよりユリカモメは魔法力大丈夫? 『山』の夜間監視ずっとやってたのに。補給にちょっと寄っただけでまた飛ぶなんて……」
ウミガラスこと奥田
「ずっと監視してたのはウミツバメよ。私は離れたところからついて行っただけ。彼女の分も最後まで働かなきゃ」
地上では頼り無げな彼女だが、海上に出れば長時間の任務をさらりとこなす偵察ウィッチの見本のように頼もしくなる。こういうのを変容と言うのだろう。
「……無理しないでね」
その時、トビこと卜部ともえ上飛曹が双眼鏡に目を当てたまま声を上げた。
「山の周囲に中型怪異10、小型怪異無数。先程かなりの数が囮艦隊に向かったというのに、まだ数え切れない程が残ってます」
『隼』作戦は、第1戦隊の戦艦群を囮に使って飛行型怪異をおびき寄せ、手薄になった『山』を挺身隊が攻撃するという手筈になっていた。戦艦群へ相当数が向かっていったにもかかわらずこの残数では、とても手薄になったとは言えない。
「あれだけいると目移りしてこっちにも来る奴いるんじゃないの?」
ミヤコドリこと中村
「怪異はより驚異の高い方へ向かってくる性質がある。多分挺身隊が暴れれば暴れるほど敵を吸い寄せることになるだろう」
「くわばらくわばら」
「それより中尉、うねりがちょっと大きくないですか?」
アジサシこと中野
「うん。だが総司令部からは特に何も連絡は来てない」
「南方より機影多数。ウィッチ隊です!」
ウミネコこと
「来たか。全機、空戦予想空域の下へ移動する。前進!」
ウミワシの号令で散開している水上ストライカーユニットが白い航跡を引いて動き始めた。
上空ではウンカの如く『山』の周りに群がっていた小型怪異が、接近するウィッチの方へ霞の腕を伸ばしていった。先端の方からパッパと黄色い線や白い閃光が発生し始める。
ウィッチの黒点が霞を突き崩すように一直線に突っ込んでいき、霞は左右に分断される。すると後方に回ってウィッチを包み込むように追いかけていく。やがてウィッチは速度が鈍くなり、ぐるりと囲まれた霞から集中砲火を浴びせられ始めた。
「やばいっすよ~。包囲されてるじゃないですか~」
だが霞は広がっていき、そこかしこから白い閃光がピカッピカッと発せられ、みるみる霞は薄くなっていく。ウィッチの集団は再び進みだした。
「凄えー。蹴散らして進んでいきますよ」
「やれやれー、もっとやれー!」
その時、パパパッとオレンジの光と共に黒煙が発生した。濃い灰色の煙の筋が集団から外へ伸びていく。
「やられた!」
「こちらミヤコドリ、あたいの上だ。救助に向かう」
奥の方の94式水偵脚が落ちてくる煙に向かって海上から飛び上がる。
やられたウィッチは、逆さまに落ちてくるところを、駆け付けた仲間の陸軍ウィッチによって空中で抱きとめられた。
「小隊長、しっかりして! 目を開けてー!」
必死に呼びかける陸軍のウィッチ。すると、下から複葉のストライカーユニットを履いたウィッチがノロノロと場違いなスピードで上がってきたのを見て思わず叫んだ。
「何やってるの?! ここは戦闘空域よ、逃げなさい!」
上がってきたウィッチは敬礼すると、自分の役目を伝えてきた。
「こちらは海軍水偵隊、中村上飛曹です。負傷者は我々が運びます。貴官は戦闘にお戻りください。仲間が海上で待機してますから救助はお任せ下さい」
訳を知った陸軍のウィッチは険しかった顔を緩めた。
「あ、ありがとう!」
水偵ウィッチは彼女から負傷者を受け取る。
「必ず後方へお届けします」
「頼みます! 私は戻ります」
後を託すことができ心配のなくなった陸軍のウィッチは、復習心に燃えて目を吊り上げると叫びながら急上昇していった。
「こんちくしょうー!!」
中村上飛曹は敬礼して見送ると94式水偵脚をUターンさせた。降下しながら引き取ったウィッチに目をやる。陸軍の戦闘脚『キ27』は被弾と爆発で穴だらけ。腕の中でその持ち主はぐったりと力なく手足を垂らしている。脇腹を見ると、半分近くがなくなっていた。息をしている様子もない。涙が溢れ視界が滲んでいく。しかし命は助けられなくても皇国に尽くしたその御身をご遺族に還すことはできる。何も残らないことが多い海上での空戦ではこれでも幸いなことだ。
「こちらミヤコドリ。皇国と大空に身を捧げた陸軍少尉殿をお預かりしました。後方に搬送します」
通信を聞いた水偵ウィッチ達が固まった。既に絶命していると皆が理解したのだ。
水偵隊隊長の田山大尉はきつく目を閉じて手を震わせ返信する。
「ウミワシ了解。3航戦が待機しているところまで、丁重にお送りされたし」
≪ミヤコドリ了解≫
飛び去るミヤコドリの方へ、海上に待機する水偵ウィッチ達は敬礼して見送った。
すすり泣く声が染み込むように海に沈んでいった。
◇◇◇
空戦は続く。挺身隊はさすが選りすぐりを集めただけあって、そう易易とはやられなかった。海上で待機する水偵ウィッチ達もあまり出番はない。だが別の問題が迫ってきた。先程から雲量が多くなってるのみならず、海上のうねりがただならぬ状態になってきていたのだ。
「ウミワシ、こちらカツオドリ。嵐の気配というにはちょっとおかしい。上に行って見てきたい」
「わかったカツオドリ。怪異に見つからないよう十分注意しろ」
「カツオドリ了解」
大きめの波頭にタイミングを合わせて高橋中尉の95式水偵脚が飛び立ち、上昇していった。
「ウミワシより各機。時化てきている。適宜魔法障壁を使って位置の確保に努めよ」
「ウミワシ、こちらトビ。海上で待機するにしても、そろそろ空戦の模様もここからでは見えにくくなってきてます。上空待機した方がよくないですか?」
「こちらウミガラス。でも上空待機だと空戦に巻き込まれたり、怪異に見つかるかもしれません」
「K2だ。雲量が増えれば見つかる確率も低くなる。だから戦闘部隊の近くまで上がろうよ」
「お前、怪異とやり合いたいだけだろう」
「トビ、ボクは制空担当でもあるんだぞ。んなこと言うと怪異が襲ってきてもボクは助けてやんないからね!」
「無駄口を叩くな。いずれにしろこの気象では、海上待機では仕事ができなくなる時が来る。その時は私が指示を出す。それまでは現在地で大人しくしてろ」
「「了解~」」
そこへ上空の観測に行った高橋中尉から焦った声の無線が入った。
≪水偵隊各機、こちらカツオドリ。大変だ、低気圧なんてもんじゃない。来てるのは
高橋中尉の報告に皆は驚いた。
「
どうりでうねりに厚みがあって力強いと思った。波の間隔が大きいからなんとか留まっていられるが、颱風の暴風圏に入ったら、この大きさのまま波頭が崩れてくる事になる。いや、波高はもっと高くなる。
「総司令部からは颱風の接近など一言も言ってこなかったぞ」
≪ウミワシ、カツオドリだ。すぐそばまで来てるのに、今になってもまだ言ってこないってのはちょっと悪意を感じる≫
「同感だ。挺身隊はどうする気だ? まさか嵐の中で戦うつもりか?」
低気圧の中で飛ぶのがいかに大変かは航空歩兵なら少なからず身をもって体験している。ましてや低気圧の王様、颱風である。
「隊長、もし挺身隊が戦闘を続けるって言ったら、私達はどうするんですか?」
水偵ウィッチの中でも若く経験の浅い中野一飛曹、矢内一飛曹が不安を隠せない様子で聞いてくる。二人は13歳と12歳。実戦配備されてまだ半年だった。
田山大尉は一瞬押し黙る。
決戦なのだ。全軍が動いている。天気が悪いからと途中で止めるなど考えられない。悪意があったとしても、戦艦群を予定通り動かしている事を考えると、総司令部は荒天も織り込み済みで作戦を立てていた可能性が高い。ウィッチがいてもいなくても遂行できると考えているのだ。
それが何にしろ、当然挺進隊も引かないだろう。暴風内での戦闘になる。救助もその中でやる事になる。
田山は中野と矢内にチラリと目をやった。
若手にも荒天時航法訓練をさせてはいるが、颱風となると不安が残る。ただの積乱雲とは訳が違うのだ。この後、上空待機に切り替えざる得なくなるだろうが、飛ぶこと自体が困難だし、まして要救助者が海上に不時着したら、荒れ狂う海に降りなければならない。
隊長はこれらを瞬時に勘案し決断した。
「若手は引き上げさせる。アジサシ、ウミネコ、K2」
「待って下さい!」
最も若い矢内が叫んだ。
「わたしだって飛べます! ふ、負傷者も、一人だけだったら、抱えてたって落ちません!」
年下の矢内が意地を見せたので、中野も負けじと声を張り上げる。
「あ、あたしだって、強風下での遭難船や行方不明船の捜索を経験してます!」
だが田山大尉は首を横に振る。
「お前達は経験が足りない」
「今経験しなくていつやるんですか!」
勝田一飛曹が二人を遮って前へ出た。
「ウミネコとアジサシには無理でも、ボクならこれくらいの暴風でも飛べる。勝田サーカスの技量は隊長も認めてるでしょ?!」
勝田サーカスとは、彼女が時おり見せる派手な飛行の事だ。もともと勝田は戦闘脚戦隊にいたのだ。だがそこで曲芸飛行のような空中機動をしょっちゅうやって、とうとう墜落して、暫く入院していたのだった。
治って退院しても、もう貴重な機材を壊されてはたまらんと戦闘脚隊は受け入れを拒否したので、空戦できる者を探していた水偵脚部隊がオファーを出し、引き取られたという経緯がある。
勝田も水偵隊で与えられた95式水偵脚の高い機動力と、海にも降りられるという水上脚特有の特性が気に入り、いよいよ勝田サーカスは空中と水上を股にかけて、以前以上に磨きをかけることになったのであった。
なお95式水偵脚を履いているのは勝田の他、副隊長の高橋中尉、奥田上飛曹、中野一飛曹である。
95式水偵脚は当時のストライカーユニットの中でも上昇性能、安定性に優れ、特に運動性能が抜群で、水上脚の割に速度もあり、偵察だけでなく爆撃、果ては艦上戦闘脚に引けを取らないほどの空戦性能を見せて大活躍した。それ故、後に水上戦闘脚という他国に類を見ないジャンルを扶桑海軍で発展させる元となったのだ。
ちなみに水上戦闘機の役を担った旧日本海軍の九五式水偵、零式水観、二式水戦、強風はいずれも、胴体下に主フロート、翼下に補助フロートという3本フロートを採用している。
そんな訳で、勝田は事故と入院のせいで昇進が遅れていたのだが、水偵脚の経験は浅くてもアジサシ、ウミネコより航空歩兵歴は長く、齢も上の14歳だ。
「K2の飛ぶ技量は認めるが、海上に降りられるか? 墜落した要救助者をこの海から引き上げねばならない。K2も含めお前達の魔法障壁着水ではまだ無理だ」
これには中野も矢内も言い返せない。荒れた海でも着水を可能にする魔法障壁着水法を完璧にマスターしてこそ一人前の水偵ウィッチとして認められる。これには欧州のエリートウィッチにも引けを取らないシールド制御技術が必要で、彼女らはまだ習得の最中だった。
だが勝田はまだ諦めない。
「隊長、ボク練習したんだ。前の時と違う。卜部上飛曹に特訓してもらったんだ。あいつ殆どいじめってくらい難題吹っかけやがって、それでもボク最後にはクリアしたんだ!」
「トビ、本当か?」
「……帰れ! お前にゃ本物の颱風は無理だ!」
「テメェ、認めたじゃんかよう! 津波サイズを波打ち際でやったんだぞ、海上にゴミまで浮かべやがって!!」
「佳奈子ちゃん、それで毎日廃材まみれのたんこぶだらけで帰ってきてたんだ」
中野は、毎晩頭から昆布やワカメを垂らし、背中に材木を生やし、たんこぶや青あざを作って帰ってきていた勝田を思い起こした。
田山大尉は苦笑を通り越して、本気で笑った。
「よろしい。今は一人でも多いと心強い。K2の努力を借りることにする」
「あ、ありがとうございます!」
「マジか隊長!」
「トビ、お前には後でたっぷり言うことがある」
「えー、戦力化してやったのに、何そのヤバそうな雰囲気!」
「アジサシ、ウミネコ。海からの引き揚げは私達がやるから、お前達には後方への搬送をやってもらう。空中収容の用意をして一緒に待機するんだ」
中野と矢内は笑顔になってお互いの顔を見合わせると、元気に返事した。
「「了解!」」
田山大尉の予想通り、挺身隊は颱風の暴風の中に突入していった。水偵隊もそれを追う。
「こちらウミワシ。全機離水!」
22空のメンバーが紹介されてます。他にもいるんですが主要メンバーということで。
水偵隊のコールサインは使い回されてたようです。天音や千里が引き継いだウミネコ、カツオドリ。優奈は単なるアジサシでは物足りなかったようで。先代はどのような人達だったのかは読み進めていってもらえれば。。
ストライクウィッチーズ零の美緒たち挺身隊が見える、つかず離れずなところから、卜部さん、勝田さんも『山』へと近付いて行きます。