水音の乙女   作:RightWorld

159 / 193
外伝-水音の乙女 零~扶桑海決戦~
第1話「第22航空隊」


 

 

 まだ夜明け前の扶桑海海上。そこには2隻の貨物船のような船が駆逐艦に護られて進んでいた。しかし見ればすぐに普通の貨物船とは違うことがわかる。

 前後に設けられた砲座と黒光りする12cm単装砲。船体中央の船橋を挟んだフラットな前後甲板。その木板が張られた甲板の上にはフロートを付けた水上偵察機。輸送されているわけではないのも一目瞭然だ。なぜなら水上機のエンジンは今にも飛び立たんと回っているからだ。そう、この船は水上機母艦だ。

 1隻は昨年の大陸領での怪異勃発により海軍へ徴用され、水上機母艦に改装された特設水上機母艦『香久丸(かぐまる)』。香久丸は扶桑海軍4番目の水上機母艦にして、特設艦船としては初の水上機母艦である。もう1隻は1924年に給油艦から改造されたベテランの『野登呂』。この水上機母艦を中核とするのが、第3艦隊に所属する第3航空戦隊(3航戦)だ。

 3航戦にはもう1隻、特設水上機母艦『神川丸』がいたが、最近野登呂と入れ替わる形で解かれて第3艦隊附となっている。

 

 香久丸の搭乗員控室には、二種軍装の士官服と水兵服(セーラー服)を纏った少女達が、そのあどけない顔立ちには似合わない緊張感ある目つきで整列していた。張りつめた空気はいかにも背水の陣といった感じで、失敗は許されない、引き返せない、という状況を無言で語っているようだ。実際そうであった。

 

≪接触中のウミツバメより定時入電。“山”は想定時刻に予想海域へ到達する見込み≫

 

「分かりました。総司令部へ連絡して下さい」

 

 伝令にそう言うと、妙齢の女性である22空司令の宗雪新葉(わかば)中佐は振り返った。元ウィッチの彼女は24歳。市中ならもう婚期を逃したなどと言われる年齢だが、扶桑に迫る脅威を前に見合いの話など全て振り払って、水偵ウィッチを率いて扶桑海の監視に身を投じてきた。そんな熱い人とは思えない穏やかな声色で話を続ける。

 

「これで隼作戦決行は確実になりました。各員準備して下さい。挺身隊は扶桑陸海軍選りすぐりの戦闘脚使いが揃っていますが、激戦が予想されます。被害も免れないでしょう。我々の仕事は彼女らに余計な気を使わせることなく継戦できるようサポートすることです。特に負傷者の救助は、水偵ウィッチの名にかけて、己の身に替えてでも連れて帰る事。健闘を祈ります」

 

 司令の敬礼に一同は一糸乱れず答礼する。いよいよ来たのだと、皆の額に緊張の汗が流れる。

 続いて飛行隊長のウミワシこと田山平和(のどか)大尉が進み出る。こちらは名前とは裏腹に、威圧感を持った貫録を感じさせる態度と声で、コールサインにぴったりはまる。

 

「我々は挺身隊に先んじて戦闘予定海域に向け展開する。戦闘脚は速いからすぐ現れるだろう」

 

 田山大尉の前にずらりと並ぶ十数名のウィッチ達は、第22航空隊。全員水上ストライカーユニットを専門で扱う、水上偵察に特化したウィッチだ。彼女らは扶桑海軍屈指の水上偵察ウィッチを結集した部隊だった。

 

「装備は、要救助者を輸送するためのハーネス2セット、圧縮救命具1セット、医療セット、防衛用の機銃。一部の者には予備弾倉、工具類。

 1航戦空母は後方120海里にあり、挺身隊のウィッチが自力で退去するときはそこを目指す。しかし我々が救助した場合は、後方50海里で待機する予定の3航戦の水上機母艦で収容する」

「そんなに近くて大丈夫なのでしょうか」

「負傷者の負担を減らせるよう危険を冒して出張ってくれるのだ。それに特設水母なら損害が出ても軍令部はあまり惜しくはないから、止めに入ってこない。それをいいことに艦長達は無茶してきている」

 

 頼もしいというか呆れたというか、ウィッチ達はそれぞれにニヤッと笑みをこぼした。

 

「我々も負けてはいられない。裏方の仕事、信念を持って当たれ。以上!」

「「「「「了解」」」」」

 

 駆け出そうとしたその時、通信員が叫んだ。

 

「司令、ウミツバメよりさらに入電! 『ワレ、戦闘機型ノ追撃ヲ受ク。コレヨリ交戦ニ入ル』」

 

 全員が息を飲んだ。部屋の空気が氷のように冷たくなった。宗雪中佐が通信機のところに駆け寄る。

 

「近付き過ぎてしまったの?! あれほど言ったのに。ユリカモメに連絡。至急“山”が見えるところまで移動、状況を確認せよ。……状況を判断し、必要なら引き継ぎせよ」

「り、了解」

 

 ユリカモメはウミツバメのバックアップだ。状況を判断とは、ウミツバメが撃墜されたら、ユリカモメが接触の任務を引き継げということだ。

 ウィッチ達は固唾を飲んで続報を待とうとするが、田山大尉がはっぱをかけた。

 

「何をしている。想定外のことは起きてないぞ。予定通り行動しろ、発進準備急げ!」

「「「「はい!」」」」

 

 ウィッチ達は駆け出した。走りながら何人かは涙ぐんでいた。

 複葉の94式水偵脚は最高時速260km程度しか出ない。戦闘機型怪異に攻撃されたら一たまりもない。追撃を受けるだけならまだしも、交戦に入ったという事は、既に銃撃を受けるところまで接近されたという事だ。結果は聞くまでもなかった。

 

「くそっ、仇取ってやる!」

「勝田一飛曹、自分から怪異に喧嘩売るんじゃねーぞ、任務忘れんな!」

「半径1キロ以内に入りゃあっちから攻撃してくる。そうなりゃ堂々と迎撃戦だ」

 

 勝田はセーラー服の襟首をぐいと掴まれて引っ張られた。

 

「自分から近付くのは挑発、喧嘩ふっかけてるのと同じだろ。それは迎撃じゃねえ」

「卜部上飛曹、顔近いよ」

 

 ぱっと掴んでいた手が放された。

 

「見張ってっからな」

 

 最近身長が伸びた卜部は上から勝田をギロッと見下ろす。勝田は目を合わせる事なく鼻息を吹き出す。

 

「フン =3」

 

 ウィッチ達がいなくなった作戦室で、宗雪中佐は机に手を置いて首をもたげ、天板を見つめた。

 

「……あなたの犠牲は決して無駄じゃない。あなたの報告がなければ、戦艦部隊も、挺進ウィッチ隊も、動き出すことはできないのだから。あなたは立派に皇国防衛戦の幕を上げてくれたわ」

 

 宗雪中佐はまだ幼かったウミツバメの顔を思い浮かべ、点々と天板に涙を落とした。

 

 

 

 

 扶桑大陸領の奥地に発生した怪異は、当初は大陸の奥で押したり引いたりの膠着した戦いを続けていたが、1938年春から始まった攻勢で守備する扶桑陸軍をじわじわと押し返し、続く夏攻勢によってとうとう民間人の本土避難が行われるまでに追い込まれた。抵抗する扶桑皇国軍は潰走し、本土との玄関口である浦塩は怪異に飲み込まれてしまった。

 大陸領を失ったことで、皇国民は負け戦の惨めさと悔しさで世界恐慌のように落ち込んだが、一方でこれ以上被害が出なくて済むという安堵感にホッとしてもいた。軍部に至っては次こそは必ずや一矢報いると、今更ながら犬の遠吠えの如く息巻いていた。実際腰を据えて戦力を回復させるつもりであった。時間は十分にある。扶桑海という大きな防波堤が、大陸と扶桑本土の間を隔てているからだ。

 だが怪異はその期待をあっさり裏切ったのである。

 怪異の本体である『山』と呼称された四角錘型の巨大な怪異が、浮遊したまま扶桑海上を渡り始めたのだ。

 

 大陸の浦塩から海上に出て扶桑海を南下する『山』の偵察と監視は海軍の仕事だった。何の目標物もない海上を飛ぶことは陸軍ではできないからだ。日中は98式陸上偵察機(陸軍の97式司令部偵察機の海軍版)が高空から監視するが、夜間は『山』が黒色で闇に紛れてしまう為、接近しないと見えない。そこで小さくて目立たないウィッチに夜間偵察が任された。その任についたのが水上偵察ウィッチ隊だった。彼女らがいなければ、時折夜中に針路を変えた『山』を見失って、昼担当の98陸偵が大慌したことは間違いない。時間をかけて反撃準備をする事もできなかったかもしれないのだ。

 

 

 

 

 そして1938年8月31日。

 接触を保ち続けた水上偵察ウィッチ隊の地味な活躍により、満を持して扶桑陸海連合軍は、決戦日の暁の時刻を迎えた。

 22空の連絡を受けた大本営は、舞鶴近海に展開していた第1艦隊第1戦隊と第1、第2航空戦隊に『山』へ向け進軍を命じた。

 陸軍加藤武子少尉をウィッチ隊総司令官とする、作戦暗号名『隼』が開始されたのだ。

 

後に扶桑海事変として刻まれるこの戦いの最終幕。それがこの物語の舞台である。

 

 

 





 ご無沙汰しております。
 これは前に書きたいと言っていた、卜部さん勝田さんの現役時代の話です。
 ストライクウィッチーズRtB放送も秒読みに入ったこの時期、読む人いるだろうかと、どうしようか悩んだんですが、RtBに坂本さんも出ることだし、若き日の坂本さんが主役のストライクウィッチーズ零と絡めたこの話も応援になるだろうかと、掲載を決めました。
 零のオリジナル話をなるべく崩さないようにして、あの裏での卜部さん勝田さんの活躍を書き添えられたらと思います。よかったらストライクウィッチーズ零もお目通しの上で読んでみてください。(む、カドカ○の宣伝?)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。