士官食堂の一角に衝立を立てたコーナーが作ってあり、人目を気にせずゆっくり食事が取れるようにしてあった。ウィッチ達は皆が揃うまで本格的な食事を控えていたとのことで、運ばれてくる食べ物を見て皆お腹が鳴り始める。士官食堂なので給士の水兵が上げ膳据え膳してくれた。
「先食べてればよかったのに」
「やだ、宮藤さんが働いてるのに先に食べるなんて出来ません!」
「どのみちレアの事が心配で喉を通らなかっただろうけどな」
ジェシカとウィラの説明に芳佳も納得した。
「ありがとうございます。じゃあ皆でいただきましょう」
運ばれてきたのはリベリオン名物のバーベキューだ。泊地を脱出し、巨大ネウロイに打ち勝ったという事で、戦勝祝の豪華メニューになったようだ。テキサス流で、オーブンに入り切る最大の大きさの塊牛肉にスパイスをすり込んで、甘辛いソースを塗って時間かけて焼き上げてある。それがワゴンに乗ってやって来て、目の前で切り分けられた。芳佳が目を丸くする。
「うわー、相変わらずリベリオンのご飯は凄いなあ。ん?」
その分厚く切られた肉が、スレンダーな少女の前の皿に何枚も重ねられていく。言わずと知れた千里だ。
「そ、そんなに? うわ、まだ乗せるの?」
だが皆の反応は真逆だった。
「控えめだな」
「控えめですね」
「今日はダイエットか何かですか?」
「あとは宮藤さんに譲る。お腹を空かした宮藤さんには私の分も食べてもらわないと」
私の分も差し引いてその量?! なんだーこの子はーっ
と芳佳の額に斜線が入る。
「私このひと皿で十分だよ」
「あんなに魔法力使ってるのに? それだけで足りる?」
「足りる足りる」
「一崎さんも1日中哨戒任務やると、2人分食べるときあるよ?」
「そうなの? それじゃ何年か後は成長が楽しみだねえ。優奈ちゃんみたいになるかな。えへへへ」
「わたしも優奈みたいになりますか?! それ魔法医としての間違いない見立てですか?!」
「え、え~? ど、どうかな」
「ちゃんと診察してみて下さい!」
無い胸を張って上着に手を掛けた。捲ろうとするのを慌てて芳佳が止める。
「ちょっと、あたしの何になるって?」
楽しい食事会が始まった。
「治癒魔法って凄いんだね。あのひどい火傷を治せちゃうなんて」
「ご実家もお医者さんですよね?」
勝田と優奈が芳佳を話題にする。
「うん。私もいずれ診療所を継ぐつもりだから、医学の勉強も続けてるよ」
「偉いなあ。501で戦いながらじゃ大変だろうに」
「宮藤診療所にはわたしもお世話になったんですよ」
天音が自分を指す。
「あれ? 天音ちゃんは鎌倉出身なの?」
「ううん、違うんです。わたし学生から半月で軍艦乗って出撃しなきゃいけなかったんで、横須賀教練隊の横川和美少佐に、3日間集中軍事教練とかいうのでしごかれまくって、終わった頃にはもうボロボロで立つのもやっとで、それで診療所に連れてかれたんです」
「お前は横川さんの教えを受けてたのか」
美緒が驚いた顔を天音に向けた。
「私の古い友人も横川さんの教えを受けて強くなった」
「西沢義子飛曹長ですね?!」
世界で活躍する扶桑ウィッチマニアの優奈が叫んだ。
「ああ。非常に自由人過ぎて、特定部隊に留まらず今だにほっつき歩いているが、空戦の強さは世界でもトップクラスだ。そうかあの横川さんの……」
「だから天音は強い子だよ。ときどきびっくりしちゃうよね」
勝田が言った。
「え? え? わたし戦闘殆どしたことないですよ? ネウロイに向かって撃ったの今回初めてじゃないかな」
「そんな天音がコア探すためにシィーニーさんとネウロイに飛び乗ったのには驚いたわ」
優奈が半ば冷やかし、半ば本気でそう言った。その時現場にいて間近で見ていた美緒と芳佳は笑った、
「中身の強さの事だ。いい人に鍛えてもらったな」
「超大型ネウロイの上で白兵戦した航空ウィッチは欧州でもいくらもいないよ。あっちでも尊敬されるよ。怪我本当にない? シィーニーちゃんも」
「うん。宮藤さんが守ってくれたから」
「わたしもせいぜい擦り傷ですね」
「それくらいなら私が出るまでもないね」
「こ、こんな傷も治せるんですか?」
秋山がおずおずと右袖を捲った。
「わっ、秋山さん痛そう!」
「魔法力を失って墜落した時、何かにぶつかったみたいです」
打撲と思われる青あざが肘を中心に上腕にも下腕にも広くついていた。
芳佳は箸を置くと、ピョコっと豆柴の耳と尻尾を出す。
「秋山さん、こっちおいで」
ニコニコ顔に釣られて喜んだ犬のようにやって来た秋山だが、芳佳の横に座ったところで、その青あざの腕をむんずと掴まれた。
「あ゛ゃああ!」
「秋山さ~ん? あのね、怪我は帰ったらすぐ、ちゃんと申告しないとだめだよ? これ普通のお医者さんでも治せるものでしょう? でも治療遅れたら戦力ダウン。いつか部隊の仲間に迷惑かけるよ?」
「分かりました! ごめんなさい! は、離してえ!」
うふふふっと芳佳は笑うと、手に魔法力を纏わせる。青白く温かい光が発せられると、両手で右腕を包んだ。みるみるあざが消えていく。見ていた皆が様々な感嘆の声を上げた。
「はい。おしまい」
「す、凄お!」
「一瞬?!」
「これは治癒魔法使いをどの部隊も欲しがるわけだ」
「いや、宮藤少尉のはレベルが違いすぎるだろう」
皆が眼の前で見せられた魔法治療に驚いている傍ら、卜部は美緒の方に横目を向けるとニヤけて言った。
「流石は坂本の弟子だな。飴と鞭の使い方が上手い」
「私というより醇子みたいだな。あいついつの間に醇子の影響受けたんだ?」
「今の竹井はあんな感じなのか?」
「あ、醇子さんて竹井大尉の事ですよね。お元気でいらっしゃいますか?」
天音が美緒の方に顔をのぞかせた。
「電話で話したのが最後だが、相変わらずのようだった。お前の活躍を聞いて会いたがっていたぞ」
「そうか、一崎は竹井から一番最初のウィッチ適性検査を受けたんだったな」
優奈は卜部が美緒だけならず、504JFWの竹井戦闘隊長まで呼び捨てするのに少々ひやひやする。
「あ、あの卜部さん、竹井大尉も知り合いなの? 坂本少佐に対しても階級も敬称もつけずで……」
ちらちらと美緒の方にも目を向け、あまりの無礼に怒り出しはしないか気になってしょうがない。だが卜部は涼しい顔で続ける。
「私は二人が泣きべそかいてる時から知ってるからな」
「こういう黒歴史を知っている奴は、早めに闇に葬っておくべきだったかな?」
美緒が腰に手を持っていって刀を探る様にして卜部と睨み合い始めたので、優奈は引き攣る。だがすぐに美緒はニヤッとするとはっはっはと高笑いした。
「冗談はそれくらいにして。卜部も本来なら大尉くらいになっててもおかしくないんだ。扶桑海軍は欧州に行くウィッチには外国軍との兼ね合いがあるから高い階級をくれるが、扶桑単独で活動できる本国周辺部隊の配属者へはどういう訳か滅多に昇進させない。ましてや戦闘部隊でない偵察部隊となると一層ひどい」
「え? もしかしてあたし一生一飛曹?! あれ、千里はどうして上飛兵に昇進できたの?」
優奈は千里に向いた。
「さあ。戦闘脚使いだからかもしれない」
「それだわ!」
「海軍省の人事局がウィッチ嫌いで牛耳ってるのかもな。だがこれだけ護衛戦闘で世界中にも知られるとなると、卜部の部隊は扱いが変わるかもしれないな」
美緒の言葉に、勝田がコーヒーを傾けながら言った。
「きっと天音だけ昇進するんだよ。諸外国の対潜ウィッチと並ぶことも多くなるからね」
卜部が腕を組んで頷いた。
「あり得るな」
「ずるいわ、天音ばっかり! 人事局関係なく有名人達とも関わり持つし。同じ漁村出身なのに何が違うんだろ」
優奈が頬を膨らましつつ、天音を支えたウィッチを指折り数えた。
「竹井大尉、横川少佐、坂本少佐、黒江大尉。そうそうたるメンバーだわ」
「あそっか。陸軍の黒江綾香さんを連れてきてくれたのは坂本少佐でしたね」
「ああ。役に立てたようで何よりだ」
「今わたしが瑞雲で飛べてるのも、坂本さんが魔法波を感じ取ってくれる……何でしたっけ?」
「魔法波検波回路だな」
「そうそうそれ。そこを調整するんだって突き止めて、黒江さんに連絡とってくれたからです。とっても感謝してます」
天音はぺこりとお辞儀をした。
「なに、気にするな。さっき筑波が名前を上げた様に、私は関わった内の一人にすぎない。お前が飛べるようになって、海のネウロイを倒して物資が届くことで恩恵を受けた人の方がはるかに多いんだぞ」
「荷物を欧州に届けるのは、わたし一人の力じゃないです。わたしは潜水型ネウロイを見つけることしかできません。後はここにいる皆、護衛艦の乗組員、貨物船の人達あってこそです」
美緒は大きく頷いた。
「はっはっは。そうだな。つまりそうやってみんなで支え合っているってことだ」
芳佳が身を乗り出した。
「私、補給物資が届く度に、皆さんの顔が浮かぶようになると思います。届いた物、大事に使うね」
優奈や天音、ジェシカ達に笑顔を向けると、元気な返事が返ってきた。
「補給は切らせません!」
「はい! 特に扶桑食は」
「だから欧州のネウロイ、やっつけてくださいね!」
芳佳はいっぱいの笑顔で敬礼をして答えた。
「了解!」
フォワードと裏方の心が、今ガッチリと繋がったのだ。
メインの食事もだいぶなくなり、リベリオンのデザートと言えばのアイスクリームがどっさりやってきた。
「うわ、これもハンパない量だね」
またまた芳佳が目を丸くする。
「リベリオンの兵站力には恐れ入るばかりだよな。坂本、洗面器で食うか? 旨いぞサンガモンのアイスは」
卜部はバケツのような容器で幾つも運ばれてきたアイスを一つ抱えて美緒の方に振り向く。
「いや、普通に小皿でいいよ。そんなに盛られても食えない」
見ると、メインディッシュの肉も3分の1くらいまだ残っている。粗末にしないよう一生懸命食べているが少し辛そうだ。
「具合でも悪いのか?」
卜部が心配して聞くが、坂本は笑った。
「違うんだ。ちょっとこう腹のあたりに鈍痛があってな、今あまり食欲が湧かない」
「お前、今まで馬鹿で病気とかなったことないんだろ。そういうのを具合が悪いって言うんだ。宮藤に見てもらったらどうだ? おい宮藤」
「お前、さらっと無礼な事言ってないか?」
芳佳はアイスクリームをほっぺたに付けて振り向いたが、あははと緩く苦笑した。
「それ病気とかじゃないから大丈夫です。後で軍医さんにアスピリンもらっときましょう」
「病気じゃないって、何だ? 古傷とかか?」
ふっと笑みをこぼして美緒は言った。
「私も魔法力が完全に切れてだいぶ経つからな。来るようになったんだ、面倒な奴が。周期はまだ不定期なんだがな」
みんながああ、と低く唸って察した。
美緒の体は魔女を完全に捨てて、普通の女性に戻りつつあるのだ。
ちなみに食べきれなかった肉は、当然のごとく千里に飲み込まれていった。
この最後の話題はのちに続きます。
次回はシャワーの会です。