マカレル号の船橋では船長以下の乗組員が目を血ばらせていた。
「駆逐艦ハドソンが煙幕を張っている。その中へ逃げ込んで北水道を出ろとのことだ」
「その北水道が煙幕の中だぞ。出口がどこだか見えない。防潜網に突っ込んじまったらどうするんだ」
「ハドソンが誘導してくれるそうだ」
「できるのかそんなこと?!」
「ではどっちへ逃げますか? Uターンして南水道へ?」
「……くそう、ハドソンに命預けるぞ! 煙幕へ突っ込め!」
「了解! 取り舵15度!」
煙幕へ向け船がゆっくり左へ曲がり始めると、見張り員の悲鳴が伝声管から伝わってきた。
≪右舷後方、魚雷です!≫
「何?!」
「今更回避操作など間に合わないぞ!」
「いや、いまのままでいい! 速度上げろ!」
「もうこれ以上は無理です!」
左へ回頭したマカレル号の右舷舷側ギリギリを魚雷3本が白い航跡を引いて抜き去っていった。
「躱した!」
「針路変更してなかったらヤバかったぞ!」
「舵戻せ、このまま煙幕の中へ!」
3隻の潜水型ネウロイは瘤のところにある赤い目のようなのを光らせ、煙幕へ向かって進むマカレル号を視認すると、向きを変えて追ってきた。煙幕に入る前に仕留めようと魚雷発射管を開ける。発射管中で黒い塊が次第に細長い形に整形されていき、ハニカム模様の入った魚雷になる。
狙いをマカレル号に定めた時、上から高鳴るエンジン音が響いてきた。
赤い目が上に向け光る。
ウィッチだ!
「瑞雲の急降下爆撃を味わいな!」
西條の瑞雲だ。
ネウロイへ向け急降下してきた瑞雲から2発の爆雷が切り離された。西條は瑞雲を引き起こし、爆雷は瑞雲が急降下してきた軌跡をたどりネウロイへと真っ直ぐ落ちていく。すぐ横の海面に落下し、少し潜ってネウロイの船底で爆発。突き上げるバブルパルスの破壊力はコアのある瘤も含めて吹き飛ばし、船体全体が瞬時に白い破片となって吹き飛んだ。
隣の潜水型ネウロイが赤い目を周囲に向けた時、そこに映ったのは千里の二式水戦脚が緩降下爆撃で落とした2発の爆雷だった。このネウロイも同じ運命をたどった。
千里は引き起こしを行わず、緩降下から水平飛行に移り、フロートを展開して水面直上をカーブしながら舐めるように白い線を引いて滑ると、20mm機関砲を構えて残る1隻の瘤を目がけて射撃する。20mm弾の威力では潜水型ネウロイの装甲を簡単には抜けられないが、魔法力の込められた弾丸は装甲を少しずつ削っていくので、ネウロイは水中に没して逃げた。
千里と西條が潜水型ネウロイを攻撃している間に、貨物船マカレル号は煙幕帯に到達した。
「こちらカツオドリ。潜水型ネウロイ2隻を撃沈。もう1隻は潜航して逃げた」
≪こちらミミズク。上出来だカツオドリ、西條中尉。まもなくデラニー少尉も到着する≫
煙幕に入ったマカレル号はまったく視界が効かなくなった。
「ハドソン、誘導してくれ! 全く見えない!」
≪マカレル号、こちらハドソン。しばらくは北西に針路を取れ。水道出口に近付いたら細かく指示を出す≫
「マカレル号了解」
北水道の入り口上空にジョデルが到着した。西條の横にジョデルが並ぶ。
「待たせたわ。2隻はやってくれたみたいですね、さすが427空です」
「敵は水上にいたからね。ボク達でもなんとかなった。残り1隻は潜られちゃった。貨物船を追っていったみたいだけど、濁ってるから上から船体が見えないんだ。最後に見たところにカツオドリがいる」
「分かりました。捜索します」
ジョデルの目が固有魔法の水中透視眼で赤紫に輝く。海上に浮かぶ千里のところに飛んで行くと、千里がネウロイの進んでいった方を腕で指し示した。
「潜航して見えなくなったのはこの辺り。潜水型ネウロイは貨物船の後ろを真っ直ぐ追っていった」
「了解」
千里の指す方向には煙幕が横切っている。煙幕帯を飛び越えて向こう側に行き、くるりと振り返ると、潜水型ネウロイが煙幕帯の下から出てくるところだった。
「いたわね、覚悟なさい!」
潜水型ネウロイは瘤の部分を水上に出し、赤い光を輝かせて周囲を見回す。が、目標の貨物船がいない。代わりに接近するウィッチを発見し、急いで潜航した。そして煙幕の下へ逃げる。
「投下用意。……くっ、濁って水中視界が悪いうえに煙幕の方へ! しかたない、見切りで!」
ジョデルはアヴェンジャーの爆弾倉を開き、煙幕に消えていく影に向かって急行する。潜水型ネウロイを完全には捕捉できなかったが、ジェシカは爆雷2発を深度15mに調定して影へ向かって投下した。煙幕を突き破って爆発の水柱が立ち昇る。しかしそれにネウロイの破片は含まれてなかった。
「こちらジョデル・デラニー。攻撃したが効果確認できず。潜水型ネウロイは煙幕の下の海中に逃げた。追跡できない!」
西條と千里も飛んでくる。
「煙幕の横にまた出てくるかもしれない。みんなで北水道方向に向かって見張ろう」
「分かりました」
潜水型ネウロイはなかなか姿を見せない。向こうも煙幕の下に隠れて出てくるつもりはないようだ。だが音響ソナーのような能力も持っている潜水型ネウロイの事だ。貨物船を追跡しているのは間違いない。
風向きが変わり始め、煙幕は北水道の出口付近に広く停滞して漂ってしまい、さらに北水道を出た北側にも広がってきていた。
「まずいわね。こちらジョデル・デラニー。ハドソンへ、煙幕中止できませんか? 北水道の外まで見えなくなってきています。このままでは上空からの対潜捜索に支障があります」
≪こちらハドソン。ネウロイの照準視界を遮ったつもりだったが、止めてしまって大丈夫か?≫
「ネウロイは潜航しました。潜望鏡みたいな目ので目視攻撃の阻止はできてますが、あいつらはソナーのようなのを使った音響攻撃もできます」
≪分かった。煙幕を止める≫
ハドソンは煙幕の展開を止めた。だが風が弱まってきて煙幕は北水道の出口付近を広く覆ったままだった。
「さ、最悪!」
◇◇◇
一方、マカレル号は北水道出口付近に近付き、操船が大変なことになっていた。
≪マカレル、こちらハドソン。面舵5度変針せよ≫
「お、面舵5度!」
≪行き過ぎだ。取り舵2度戻せ。先日沈んだ貨物船の残骸に当たるぞ≫
「取り舵だ! 2度戻せ!」
「こ、こんなもんですか?」
≪いいぞ、その調子だ≫
だが船底の方からゴオンと何かが当たる音がした。
「こんな誘導で本当に大丈夫なのか?!」
≪沈んでる駆逐艦の右舷側をすり抜ける。取り舵12度≫
「大丈夫か?! さっきの貨物船の横抜ける時は船底に何か当たったぞ! 沈船の正確な位置は分かってるか?!」
≪座標は報告受けて把握している。大丈夫だ≫
「ハリケーンで動いたかもしれないぞ。報告とやらはいつの情報だ?!」
≪……レーダーで見えている。任せろ≫
「は、はったりだ! 海上に船はもう突き出てねえって他の船から聞いたぞ!」
「何?! ハドソンは沈船の完璧な位置を把握してないのか?!」
「目隠しで迷路の中を操船するなんて、もう御免だ!」