水音の乙女   作:RightWorld

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第137話「裏口からの侵入者」

 

 

北水道の防潜網の開閉を担当しているタグボートの前をまた商船1隻が通過した。商船は掃海艇に導かれて船団隊列最後尾の端へ向かう。

 

「防潜網内に残ってるのはあと何隻だ?」

「貨物船が2隻です」

 

タグボートの船橋で船長は泊地の方へ双眼鏡を向ける。残りの2隻は遅れており、まだ泊地の奥にいた。

 

「何のろのろしてやがる。早くこっち来やがれ」

 

 

 

 

泊地内には軍需物資を満載した貨物船2隻が北水道に向け急いでいた。

その時、後ろを行くサンマルク号が、船の進行方向とは反対側の南水道から大きな水飛沫と水をかき回す凄い音を聞いた。

 

「なんだ?!」

 

見張りが振り返ると、空中に紐のようなのが舞っている。それがひゅんひゅんと音を立てて海上に落下し、長い大きな水飛沫が上がった。それは防潜網の鎖だった。

 

「これはもしかして!」

 

ついこの間も見たような光景に、背筋に悪寒が走った。

はたして、恐れていたものが水飛沫の中から姿を現した。凶悪な防潜網カッターを3列着け、頭を振り回して突き進んでくる潜水型ネウロイだ。しかも防潜網カッターはグレードアップされてチェーンソーのように歯が回転するようになってるではないか。

 

「護衛司令部へ急いで連絡! 南水道から防潜網を突き破って潜水型ネウロイが泊地内に侵入した!」

 

護衛艦は全て泊地の外に出ている。対潜ウィッチや対潜哨戒機も、北水道の沖で隊列を組む船団を守るように全て北側にいた。天音も船団の隊列の中央付近にいて全周囲を見張っているが、泊地を囲む島や環礁を越えて泊地の中を見ることは流石に出来ない。南水道に至ってはさらに遠すぎて探信波も届かない。

 

空母サンガモンのスプレイグ司令が、何が起こっているのかを把握したときには、既に泊地の中から黒煙と火柱が上がっていた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

≪こちらサンガモンコントロール! ブッシュ少尉、デラニー少尉、至急船団泊地へ向かえ!≫

 

「何どうしたの?」

 

サンガモンからの緊迫した通信に、対潜哨戒中のジェシカがインカムに手を当てて聞き返した。

 

≪泊地南水道から潜水型ネウロイが侵入した。最後尾の貨物船が攻撃を受けたようだ。直ちに泊地へ向かえ。泊地にはもう1隻貨物船が残っている!≫

 

「南水道?! やだ、裏口から入られちゃったのね」

 

≪デラニー了解しました。至急向かいます≫

 

「ブッシュです。私は今、船団外周哨戒で最も北にいます。泊地から一番遠い位置です≫

 

≪なんだと? なんてタイミング悪い。だが仕方ない、急いでくれ!≫

 

「ブッシュ了解!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「今の聞いた?!」

 

優奈が血相を変えて天音の方へ振り向く。

 

「ど、どうしよう。わたし達も行った方がいいのかな」

「ミミズク、今の聞きました?! どうしますか?!」

 

≪ミミズクだ。ウミネコは現在位置で水中探信を続行せよ。慌てるな。隙をついて他からやって来る奴がいないか広範囲に見張るのがお前達の役目だ≫

 

「ウミネコからミミズクへ。でもわたしも泊地の中は殆ど見えません。南水道は全然……」

 

≪北水道から潜水型ネウロイが出てくるかどうかさえ捉えられればいい。それならできるな?≫

 

「泊地から船が出てくるのはずっと見てましたから、それなら大丈夫です」

 

≪よし、引き続き頼んだぞ。カツオドリ、西條中尉! 船団泊地に侵入した潜水型ネウロイを攻撃し、残っている貨物船の出港を援護せよ!≫

 

≪西條、カツオドリ、了解!≫

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

タンジャン島の静かな入り江で待機していた西條と千里は、ただちにエンジンをかけた。

 

「ボク達2機で50ポンド爆雷4発しかないから3隻はやれないかもしれないね」

「リベリオンの対潜ウィッチも来る。きっと大丈夫」

「そうだね。よーし、ボク達で2隻は確実に沈めるよ」

「了解」

 

2人はエンジンを全開にし、短い水上滑走で千里の二式水戦脚から離水、続いて西條の瑞雲が離水すると、単縦陣で泊地へ向かった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「機関前進一杯!」

 

泊地内に残る2隻のうち先頭のマカレル号から赤い火の粉混じりの黒煙がもうもうと上がる。煙が吐き上がっているのは煙突だ。エンジンテレグラフは全速を指し、ネウロイから逃げるため蒸気タービンがフル回転している。

一方、後方のサンマルク号からも黒煙が吐き出されているが、こっちは船体のあちこちから吹き上がっていた。火災も見られる。潜水型ネウロイから雷撃を受けたのだ。ひと際大きな爆炎が上がると、貨物船は力尽きたように船首から海中へ沈み始めた。

 

「後方のサンマルク号が沈みます!」

「何てことだ。魚雷に注意しろ! 航海長、ジグザグ針路とれ!」

「アイアイサー、面舵!」

「助けは?!」

「ウィッチが向かってるそうです!」

「わかった! 来るまで何としても逃げ切るぞ!」

「ネウロイ視認しました! 3匹いやがる!」

 

潜水型ネウロイは横一列になってやってくる。うち1隻はまだ沈み切ってないサンマルク号に真っ直ぐ突進して船腹に激突した。ガリガリ、ギャリギャリと凄まじい音と黄色い火花を散らし、とうとうサンマルク号の真ん中をごつい防潜網カッターで引き裂いて突き破って出てきた。

 

「サンマルク号が!」

「ひでえ!!」

「ネウロイ真っ直ぐこちらへ向かって来ます!」

「逃げろ! 取舵一杯!」

 

追われるのを嫌って向きを変えるが、ネウロイも一緒になって曲がる。

 

「ネウロイ追ってきます!」

「か、完全に狙われているぞ!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

北水道を出てすぐ左のタンジャン島の浅瀬にはバックレイ級護衛駆逐艦『ハドソン』が座礁したままになっていた。泊地を潜水型ネウロイが襲ってきた初日に雷撃を受け、浅瀬に乗り上げて沈没を免れていたものだ。乗員も大部分が艦に残り、復旧作業を続けつつ、いざという時は砲台になって戦う気満々でいた。ハリケーンで一時陸に避難していた乗員達も戻ってきて、復旧作業が再開されていたところだった。

ハドソンは泊地内の惨劇を全て目撃していた。

 

「サンマルク号が真っ二つにされました! マカレル号が狙われてます!」

「主砲、射程に入ったらあのギザギザ頭のネウロイを撃て! 風向きは?!」

「南東へ11ノットです」

「オーケー、いい風だ。機関室、煙幕だ!」

 

ボイラーの重油バーナーのうちの1本は煙幕専用になっていて、煙幕を張るのに最適な配合で重油が噴射されるようになっている。噴射された重油は熱せられて気化し、真っ白な煙となって煙突から排出される。ハドソンの煙突から、貨物船が出してる黒煙とは比較にならない量の煙が吐き出された。煙は風に乗って南東へたなびき、泊地に白い帯を引いた。

 

「USSハドソンからマカレル号へ。北水道出口から煙幕を展開中だ。煙幕の中へ逃げ込め!」

 

≪出口付近が煙幕に隠れてまるで見えないぞ≫

 

「我々が誘導する。レーダー、マカレル号の位置を正確に把握しろ! 航海士、出口へ誘導するんだ! 出口付近には貨物船と駆逐艦が沈んでる。ぶつけんなよ」

「艦長、それはかなり難しい注文ですぞ!」

「どのみちそれくらい無茶しなけりゃネウロイの餌食は確実だ。俺も手伝う!」

 

 

 


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