水音の乙女   作:RightWorld

137 / 193
第136話「待ちに待った出港」

 

 

「防潜網まであと200m」

「飛び越えろ!」

 

零式水偵に続いて天音の瑞雲、優奈の零式水偵脚が水上滑走から浮き上がると、防潜網と、それを開ける準備をしているタグボートを飛び越える。

飛び越えると天音はすぐ手を下に向けて振って合図した。

 

「キョクアジサシ、すぐ降りて! ここからでもわたしの水中探信なら見えるはず!」

「分かったわ、着水する! って波高いなあ」

 

うねりに加え白波が立っているので、魔法障壁着水法を使うしかない。優奈がシールドを海に向けて張ると、ブワアッと波を弾き飛ばして大きな穴が開いた。

 

「自分で開けた穴に落ちる気? 遊んでる暇ないよ、先降りてるよ!」

 

天音は進行方向にシールドを張って波を削り取り、道を切り開くようにして着水する。降りると尻尾を伸ばし、揺れる波の上で水中探信の準備をする。

 

≪ええー? なんでもうアンタ降りてるのよ!≫

 

「降りたり飛び上がったりする時は真下じゃなくて、斜め下っていうか、もっと横でもいい感じだよ。何て言うか、盾持って体当たりする感じ?」

 

≪なーる。やってみる!≫

 

優奈は降下すると、弾を避けるようにシールドを張り、その姿勢で大波に体当たりした。スピードもさして落としてないので、波を吹き飛ばしたり、トンネルを開けたりして突き抜ける。次の波も、その次の波も。

零式水偵から見下ろしていた葉山が半ば心配とともに焦り始めた。

 

「筑波は降りる気あるのか? 遊んでるんじゃないのか?」

 

しかし勝田は二ヒヒと笑った。

 

「優奈は今ああやって体で感覚を掴んでるんだよ。毎回シールドの位置を少し変えて試してる」

「ここで練習されてもなあ」

「たぶんそろそろ降りるよ。優奈の奴、うまくシールドの強弱を制御できないもんだから、角度とスピードで乗り切る気だね」

 

勝田のいう通り、シールドをまるでサーフボードのようにして、軽快に波乗りしながら着水した。

 

「でもあのままだと止まれないね」

 

勝田の言った通りだった。

 

≪ウミネコ、着水した! 今あんたの後ろ!≫

 

「オッケー。じゃあこっち来てわたしをシールドの中に入れて」

 

≪ご、ごめん。これ以上スピード落とせない。落とすと穴になっちゃう≫

 

「シールド弱めればいいんだよ」

 

≪うまく弱められないの! 強弱変えると不安定になって、波に負けたり、強すぎて大穴開けたりになっちゃうの。今これで安定してるんだから!≫

 

「えー? 不器用だな。それじゃわたしどうすればいいのさ」

 

≪ウミネコからあたしのシールドの中に来て!≫

 

「走りながら水中探信しろっていうの?!」

 

≪移動しながらいつもやってるじゃん。あれと同じよ≫

 

天音は種型に膨らんだ尻尾の先を持ってふぅとため息をつく。そして自分のシールドで道を切り開きながら瑞雲を水上滑走させた。

 

「ちゃんとベタ凪ぎにしてよねっ」

 

≪大丈夫よ。今あたしのシールドの中、凪ぎだから≫

 

スピードを上げて追いかけていき、優奈の後ろに付く。

 

「針路北にして欲しかったけど、波の向きからして無理ね。北東に向けて真っ直ぐでいいよ」

「了解! いつでも入っていいわよ」

「せーの!」

 

天音は優奈が張る2人分の大きさのシールドに飛び乗った。

 

「どお?!」

「お、思ったより凪いでるね。じゃ、わたしシールド止めちゃうよ」

「任せて!」

 

天音は自分のシールドを消す。大きなうねりには上下するが、優奈のシールドの上は静かな海を前に進むのと同じになった。スピードはかなり出てるが。

 

「優奈そのままでいてね! 横波くらったり、高い波に当たったり落ちたりしたら、もうわたし転んじゃうからね! 優奈に命預けてるんだよ!」

「了解! 天音の命はあたしが預かった!」

「ほ、本当にそうだからね! お願いだよ?!」

 

優奈はシールドを張るのとは逆の手で親指を突き出して答える。天音も友達を信じて尻尾を海に流し、水中探信に集中した。

 

「全方位広域水中探査開始します!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

≪ジェシカちゃん、こちらウミネコ! わたしのいる場所わかる?≫

 

「こちらジェシカ・ブッシュ。ちょっと待って下さい。上昇します。……えっと、キョクアジサシと一緒に勢いよく走ってるのがそうでしょうか?」

 

≪それそれ≫

 

「楽しそうですね」

 

≪優奈のシールドの中は恐いよぉ?≫

 

「先生、潜水型ネウロイ見えますか? 北水道出口正面に2隻いました。深くに潜られちゃって見失ったんです」

 

≪北水道正面820m、水深34m、着底状態で2隻≫

 

「え?! それじゃ元の位置と変わらない……」

 

≪その辺は水深40mくらいしかないよ。動いてないで見えなくなったってことは、もしかして擬態かな≫

 

「やだもう、そう言うこと?! 濁ってるの利用して騙されたわ。ジョディ!」

 

≪聞いたわ。ならあぶり出してあげる≫

 

ジョデルのアヴェジャーが4発の爆雷を続けざまに落とした。

海底ごと突き上げられると、海底から剥がされた潜水型ネウロイが浮き上がる。

 

「ジョディ、ばっちりよ! もう私でも見える!」

 

ジェシカが狙いを定めて爆雷を投下する。確実に潜水型ネウロイの船底で爆発させ、魔法力を伴ったバブルパルスはネウロイの体を真っ二つにかち割った。

 

「こちらジェシカ・ブッシュ。北水道出口正面にいた潜水型ネウロイ2隻を撃沈!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

≪ウミネコ、ミミズクだ。他に潜水型ネウロイはいないか?≫

 

「もうちょっと待って下さい。キョクアジサシ、東に寄り過ぎちゃった。西の方も見たい、針路変えられる?」

「こ、この波の中で針路を変えろと?! いや、できると思うけど、あたしにピッタリついて来れる?」

「ま、曲がる時教えてよね」

「わかった。いっせーのせでいくよ!」

 

波の間を前後に並んで高速で駆け抜ける2人。優奈がタイミングを計る。

 

「ウミネコ、用意! いっせーの」

「「せ!」」

 

優奈の零式水偵脚がシールドで波を突き破ってターンする。天音も離れないよう後ろに付いて行く。行く手を阻む波にはトンネルを作って道を開け、それでいて足元のシールドは波の力を上手く使って水の上を喧嘩せずに滑る。

 

「ゆ、優奈、うまいね。この滑るような感覚は何?」

「そう? 転ばないようにシールド動かしてるだけよ?」

「このスピードで、シールドの強弱変えないで傾きだけで制御してるの? 運動神経いい優奈じゃないとできないよ」

「向き変わったよ!」

「ありがとうキョクアジサシ。広域探査再開!」

 

探信魔法の波紋が再び天音から発信される。聞き耳を立てる事1分強。

 

「ミミズクへ、こちらウミネコ。北端の島まで見えてますが、潜水型ネウロイの姿はありません」

 

≪ご苦労ウミネコ、ミミズク了解した。護衛船団司令部、こちらミミズク。船団集結予定海域周囲に敵影なし≫

≪こちら護衛船団司令部、了解≫

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

空母サンガモンには哨戒部隊からの報告が次々と入ってきていた。

 

≪デラニーよりサンガモンコントロールへ。東側に潜水型ネウロイの影なし≫

≪サンガモンコントロール、こちらジェシカ・ブッシュ。西側に潜水型ネウロイの影なし≫

 

「スワニー、シェナンゴ、サンティのアヴェジャー隊も船団終結予定地に潜水型ネウロイの反応なしと報告来ています」

「司令」

 

参謀達が期待を込めて視線を送った。

暗雲は既になく、待ち伏せしていた潜水型ネウロイも排除した。船団の出港を妨げていたものはなくなったのだ。HK05船団司令のスプレイグ少将は1週間待ちに待った命令を下した。

 

「北水道水門開け! HK05船団出港する!」

 

それを受け、喜びに満ちた声で命令が次々と伝えられていく。

 

「護衛艦隊展開! 駆逐艦は所定の警戒配置へ着け!」

「アヴェンジャー哨戒機隊へ。集結予定海域の外へ哨戒範囲を広げよ」

「空母部隊、抜錨!」

「第1列商船隊は北水道へ向け移動開始!」

 

タグボートが北水道の防潜網を開けると、護衛駆逐艦達が次々に出港し、タンジャン島とペンジャリン島の間の船団集結海域の外周に散らばっていった。

そして駆逐艦が配置に着き、空母も外に出ると、いよいよ商船40隻が泊地から出ていく。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。