水音の乙女   作:RightWorld

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第132話「一人として欠けることなく」 その1

 

伊401は荒れる海を水上航行で泊地へ向け急いでいた。今、伊401は後ろからハリケーンに追われる形となっている。

気象制御ネウロイが作っていた高気圧帯が消滅し、邪魔なものがなくなったハリケーンは北へと針路を変更。その結果、護衛艦隊の気象予報官は船団泊地が直撃コースとなったとの予報を出した。それを受けて司令部は船団全船舶に荒天に備え準備させるとともに、航空隊に急ぎ戻るよう指示を出していた。

しかし伊401の護衛のジェシカ、ジョデルと427空は、まだ伊401と行動を共にしている。まだ戦いは終わってない。伊401が戻るまでは。

 

 

 

 

いつもの船団護衛の要領で5km先の海上では天音が水中探信で見張っていた。襲ってくる大波を魔法障壁着水法の要領でシールドを張って凌ぐ天音。

 

「くぅ、海が荒れちゃって、シールド張ってるのが精一杯になってきちゃった。卜部さん!」

 

嵐の海で、さしもの天音も水中探信をするゆとりがなくなってきていた。

 

≪卜部さん、まだ訓練途上の天音には、この大きさの波をシールドで押さえるのはもう無理だよ≫

≪そうだな。台風の波はちょっと天気が悪いって時のとはパワーが違うからな。という事だからウミネコ、無理するな。頑張ればもう少し留まれるかもしれないが、頑張り過ぎると飛び上がれなくなるぞ≫

 

「で、でも潜水型ネウロイが! さっきそれっぽい反応があったんです! これを放って伊401を進ませるわけには!」

 

伊401には負傷したレアさんが乗っている。それだけじゃない。先に収容された優奈も秋山さんもイオナさんも、乗組員だって百数十名も乗っている!

それをこんな危ない海を通すわけには!

わたしが、わたしが道を開けなきゃ!

で、でも、もう海上にとどまっているのが……

 

その時、優しいけど凛とした声がインカムに入ってきた。

 

≪アマネ先生。水中の哨戒は私とジョディがやります。私達の水中透視眼なら飛べる限り見張ることができますから、もう少しねばれます≫

 

ジェシカちゃん?

 

≪そういうことだウミネコ。ここはブッシュ少尉に任せよう≫

≪ウミネコ、キョクアジサシよ。今はあんただけじゃないでしょ、水中を見れる人。千早艦長、伊401だって水中探信できるんでしょ?!≫

≪天音君ほどじゃないが、僕の耳よりは遥かに使える聴音機や探信儀があるよ≫

≪そういう事! あたし達みんなチームでしょ。一人で戦っちゃダメ。皆無事帰って勝利なの! あんたが欠けてどうすんの≫

 

横殴りの波にシールドを傾けて強く押し返すと、天音は口元を少し上げた。

 

そうだった。ここには魔法は違うけど、わたしとは見え方も使い方も違うみたいだけど、潜水型ネウロイにすっごい強い仲間がいたんだった。

 

口角ががさらに持ち上がって微笑む。

 

『遠くに飛ぶだけがピカイチのわたしの友人は、いつもひん曲がりそうなわたしを元に直してくれる……』

 

「優奈はもう伊401の船の上の人で何にもできないのに、偉そうに」

 

≪あ゛~?! 聞こえたわよ!≫

 

「了解。ウミネコは広域探査を中止して離水します。ジェシカちゃん、あと頼むね」

 

≪お任せあれ、先生。ジョディ、先生が探知した11時方向を重点的に調べるわよ!≫

≪ジョデル了解≫

 

天音の左の方から低空で追い越していくジェシカとジョデルのアヴェンジャー。それを見届けると、離水するため改めて海を見渡した。

 

砕ける波の大山。

そして灰色の谷。

 

水中探信をやめて注意を海に戻すと、それは恐ろしい光景だった。浜育ちで海の怖さを良く知ってるだけによけいだ。急に天音は恐怖心で一杯になった。

 

「こ、こんな大荒れの日に泳ぎになんて行ったことないよお! ひっくり返ったら絶対溺れて死んじゃう!」

 

い、今更ながらに手遅れ感が一杯なんだけど!

 

「も、もっと早く飛び立っとくんだったぁ」

 

泣きが入りそうになる。

 

≪ウミネコ、トビだ。風上方向の波に向けて助走しろ。シールドで自分の位置と進行方向に広めに道を作っていくんだ。波が小さければ高度差は付けず水平に突っ切るんだが、この波高じゃもう無理だから波の表面をトレースしていい。波と波の幅が広くて高さのある波を使って飛び上がるぞ。波のてっぺんに登ったときよく見渡して、どの波使うか見定めるんだ≫

 

「か、風上? ……こっちだ」

 

瑞雲がゆっくりスタートする。上空を卜部の零式水偵が通過した。

 

≪そう、それでいい。いい波を見つけたら、その1つ手前の波の頂から下りで加速をつけて、目標の波のてっぺんでジャンプして離水するって手順だ。もっとしっかりシールド張って、波を削っていいぞ≫

 

「了解」

 

波の表面をトレースするとは言っていたけど、もう少し大胆にシールドを張る。身体が不安定になるような水面の凸凹は全部シールドで削り取った。すると整地された道を進むように瑞雲は波の表面を滑走していく。俄然走りやすくなった。

 

「よ、よぉし。あの波でいいかな。そろそろ行きます」

 

≪いや待て≫

 

零式水偵が旋回してまた戻ってくる。

 

≪もっといいのが来る。タイミングはこっちから教えよう≫

 

「は、はい」

 

≪ひぃ、ふぅ、みぃ……6つ目の波で飛ぶぞ。5つ目の波の頂点から加速開始≫

 

「5つ目から加速、了解」

 

≪一発で決めろよ。失敗して着水すると、この波だとストライカーユニット壊すぞ≫

 

「ええー?!」

 

脅されて不安になった天音だが、卜部が示した波は間隔が広くなだらかで、助走をつけるのに十分な距離が稼げた。

 

「成る程、こういう波が理想的なのか。覚えとこう」

 

現代のSTOVL空母のスキージャンプのように上へ向かって加速し、空中に飛び出た。それにタイミングを合わせて卜部の零式水偵がフォローの為真上に現れた。勝田が首を出して下を覗く。

 

「いいよー天音! 掴まらなくても大丈夫?」

 

風で煽られてぐらぐらするものの、失速する気配はない。揺れもコントロール範囲内だ。

 

「だ、大丈夫そうです!」

 

高度が上がり、波の上のかき乱された気流帯から抜けると、少し飛びやすくなった。

 

「安定したね。上等上等」

「……勝田さん、扶桑海の戦いの時はもっと荒れた海で飛んでたんですか?」

「そうだねぇ。波の高さはこの倍ってこともあったかな」

「倍?! ふわぁ、大ベテランとの差はまだまだだなあ」

 

さらに上空に上がると、海は灰色で波頭が白く砕け、まさに地元で高台から嵐の日に海を見てるような光景が広がっていた。

 

「わぁ、完全に時化だ。ジェシカちゃんはこんなごっしょんごっしょんの海から水の中が見えるの?」

 

≪はい。泡立つ空気は邪魔ですが、固有魔法を発動すると水は全く無いみたいになります≫

 

「そうなんだ。凄いや」

 

≪やだ、アマネ先生みたいに10キロも遠くは見えないし、暗くてもだめなんですよ。あっ! いた、ネウロイ!≫

 

左前方のアヴェンジャーが急加速して旋回するのが見えた。

 

≪ジョディ、こっちよ! 私が攻撃する! フォローお願い!≫

≪了解。こっちも捉えた≫

≪深度132フィート。爆雷、投下!≫

 

緩降下から爆雷を投下するジェシカのアヴェンジャー。程なくズンと海が白く泡立ち、ドバーッと水柱が上がった。

 

≪どお?≫

≪ちょっとずれたわ。損傷したけど完全じゃない。次、あたし行きます≫

≪やだごめん、頼むね≫

 

続けてジョデルのアヴェンジャーが爆雷を投下する。次に上がった水柱はキラキラする破片が一緒に吹き上がった。ネウロイが吹き飛んだ証拠だ。

 

≪ジョディお見事! こちらジェシカ・ブッシュ、伊401へ。潜水型ネウロイ撃沈しました。安心してお進みください≫

≪こちら伊401。感謝する≫

 

自分が加わらずにネウロイが狩りたてられるのを見て、天音は感動して盛大に拍手を送った。

 

「凄い凄いジェシカちゃん、ジョデルさん! 見えないネウロイを沈められるなんて凄いよぉ!」

 

≪やだ、何言ってるんですか。それ先生が言いますぅ?≫

≪あたし達だって対潜ウィッチ。これが本来の仕事だもの。少しは役に立って見せないと≫

 

「お二人とも十分立派だよお」

 

≪2人じゃなくて、あたし達3人のチームの手柄よ。まずずっと遠くからネウロイの気配を見つけた天音さん≫

≪そして近くで捕捉して止めを刺したジョディと私ね。やだもう完璧!≫

 

「そうだね。チーム3人でやっつけたんだね。でもわたしが見えなくなった潜水型ネウロイが沈められるなんて、なんか新鮮!」

「一崎も私らと同じ気持ちになるときが来るとはなあ」

「ボクらノーセンスから見れば、君らがやる事はもう雲の上の出来事だよ。って、雲の上からなんか降りて来るよ!」

 

零式水偵の対空電探が上から降りてくる大きな機影を捉えた。

 

「飛行型のネウロイだ! 前方900m!」

 

勝田が叫び終わったとたん、気象制御ネウロイ1機が雨雲を突き破って前方に現れた。ビームをパパッと放ち、狙われたジェシカ達が回避する。

 

≪きゃああー、やだ飛行型の生き残り?!≫

 

潜水型ネウロイには天敵のジェシカ達も、空戦にはめっぽう弱い。水上偵察機もさもありなんだ。

 

「こりゃいくら大ベテランでも零式水偵が出来ることはないね」

「逃げる以外はな。一崎も逃げるぞ!」

「は、はい!」

「カツオドリ!」

 

≪わかってる≫

 

頭上を千里が爆音を響かせて通過した。水上脚は水上脚でも二式水上戦闘脚。こちらは空戦なら望むところという機体だ。千里はジェシカ達を蹴散らした気象制御ネウロイに真っ向から向かっていく。尻尾撒いて逃げるだけの天音には信じがたい行為だ。

千里は派手な切りもみを3回ほどやりながらビームをかわし、20mm機関砲の射程に入るとネウロイに向けて射撃する。注意を自分に向けさせないとなので、とにかく射撃する。

千里が装備している扶桑の99式1号2型機関砲の射程は短い。加えて弾道性能が悪いので狙ったところに当てるには更に接近しないといけない。だが大型ネウロイ相手なら射程に入った時点で敵に向かって撃てばどこかには当たるくらい接近し終えている。

風を起こすファンの回転部分からビームを撃つパネルにまで、散弾銃のようにあちこちに命中したのは感心しないこの機関砲の弾道特性のせいだが、ネウロイにとってはたまったものではない。甲高い悲鳴のような音を発する。

本来ならすぐに自己修復が始まるのだが、ウィッチから受けた傷である上に、横殴りの大雨に曝されているネウロイは修復が始まらなかった。それどころか傷付いたところから周囲にヒビ割れが広がっていく。水だ。ネウロイは水に弱いのだ。叩きつける雨、体表を流れる滝のような水は、まるで水中にいるかのようだ 。堪らずネウロイは上昇していった。

 

「気象制御ネウロイが逃げていく!」

「よくやった、カツオドリ!」

 

 

 


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