水音の乙女   作:RightWorld

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2019/12/30
誤字修正しました。
報告感謝です。 >ATECSさん
ストライカー版の発動機はハではなくマなんですね。勉強不足でした。





第123話「蒼莱が舞う」

 

その空の色は濃いにもかかわらず海のような深さを感じさせる碧ではなく、どこまでも透き通るような(あお)だった。

 

そこは神々しいほどに美しかったが、生身の人間がいられるような生易しい世界ではない。しかしウィッチはこの世界で髪をたなびかせ素肌をさらして飛んでいる。そしてそれに何の違和感をも覚えない。確かに保護魔法を使い、ストライカーユニットという技術と魔法の粋を結集した機械の箒を纏ってはいる。だが、いかついヘルメットや宇宙服のような不格好な姿でようやくのこといられる普通の人間とは明らかに異なる存在だ。

 

過酷な環境にも拘らず優雅さを失わないウィッチの飛ぶ姿は渡り鳥と共通するものがある。時には大洋をも越えて長大な距離を移動する渡り鳥は、何か一つ欠けただけでも簡単に死に至る。体力、気力、病気や怪我、天敵。要因は様々だが、問題を抱えたものは確実に落後する。だがVの字の編隊を組んで悠々と飛ぶ姿からはその過酷さはうかがえない。窺わせない。

そうでなくてはいけないのだ。ここは神の世界なのだから。

 

ウィッチの優雅さは正に渡り鳥のそれと同じ次元のものだ。余計な装飾のない生身の姿、美しさと勇気を持った(まこと)の姿を見せなければ神に認められない。ここはそういうところなのだ。

 

だがこの神の領域にネウロイもまた存在を許されている。人類に敵対するという一点に全てを注ぐ無駄な思念のない研ぎ澄まされた殺りく者。それもまた(まこと)の姿であり、機能美として認められたのかもしれない。

 

そしてここにいることを許された者達に神は奉納の儀を課すのだ。

さあ見せてもらおう、お前達の舞を。

さあ舞え、この大空を存分に使って舞え。

死の舞を奉納するのだ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

蒼莱と秋山は蒼い空に溶け込んでいた。

高度13800m。

水平飛行に移った秋山は、左上の太陽、右下に気象制御ネウロイを見る。位置関係を確かめながら攻撃のタイミングを計った。

 

「コアの位置は、ファンが付いてる側の4つある赤いパネルのうち、中央左側の左上付近」

 

それはラドガ湖近辺に現れた気象制御ネウロイと戦闘した経験のある502JFWからもたらされた情報だ。しかも戦闘詳報には2人の扶桑人ウィッチの名が載っていた。そのうちの一人は『H.KARIBUCHI』。そう、戦闘を行ったのは同級生の雁淵ひかりだったのだ。姉の孝美じゃない。

 

今でこそひかりが502JFWにいることは公表されているが、秋山達も見送った3航戦の欧州遠征では孝美が502JFWへ行き、ひかりはカウハバに行ったはずだった。孝美の活躍は逐一報道されると言われていたのに、結局届いたのはフレイアー作戦のみ。ひかりは音信不通、行方不明である。孝美には負傷説の噂が絶えなかったが、この日付の時にひかりがペテルブルグにいたということは、案外噂は本当だったのかもしれない。

 

秋山はひかりが無事でいる事、そしてこうしてひかりと繋がりを持てた事が、今ネウロイと戦う原動力にもなっていた。この高空で戦う勇気に繋がっていた。

 

「ひかりのおかげで勝てたんだって報告したいもの」

 

一番端のネウロイのコアがあると思われるところをじっと見据える。

 

「さっきみたいに炸裂弾で装甲を削って、徹甲弾で撃ち抜くのがよさそうね。弾は交互に入ってるから3発連続で命中させれば必ずその組み合わせになる」

 

大きく息を吸って、それを大きく吐き出すと、キッと目を見開いた。

 

「行くよ! 3、2、1、突撃!」

 

太陽を背にひらりと降下を開始した。高度と速度を生かした一撃離脱戦法が蒼莱の基本戦術だ。

ネウロイは殆ど静止状態で気圧コントロールに集中していた。騒ぎも北側の列で起こっているので、蒼莱の接近には全く気付いていなかった。

 

「てやああああ!」

 

照準器に赤いパネルを捉えて機関砲を撃ちながら突撃する。射距離十分に接近しての射撃と、ネウロイの反撃がなかったことから初弾から命中し、炸裂弾と徹甲弾のペアが次々と赤いパネルの周辺を破壊する。離脱寸前、パリンと割れるように装甲がはがれた奥から赤紫のコアの光が漏れた。左へ捻ってネウロイの横を掠めて下へ蒼莱が通り抜けた直後、中央から光輝き、パンと巨躯が破裂した。コアを撃ち砕いたのだ。

高空に真っ白い光の粉の花がパッと咲く。

秋山は次の攻撃に移るべく急上昇しながら砕け散っていく白銀の破片を見やって叫んだ。

 

「まず1機!」

 

ブリーフィングでは最低1機墜とせと言われていたが、秋山は確実にするため最低2機を撃墜すると心で決めていた。

1機がやられてネウロイは慌てだし、整然と並んでいた南側のネウロイが隊形を崩し始めた。気象制御を続けるため欠けた穴を塞ぐように間隔を広く取って並び直している。身体を左右に振っているのは、敵を探してきょろきょろしているからのようだ。そしてたまにどこかへ向かってビームを放つ。

秋山は再び太陽の中に入ると、今現在最も端にいるネウロイを目標に定める。

 

「さっきと同じ要領で……突撃!」

 

ひらりと翻ると目標目がけ急降下する。ぐんぐん加速し気象ネウロイが眼前でどんどん大きくなっていく。その時、遠くから赤い光が真っ直ぐこっちへ伸びてくるのが視界の端に見えた。それは自分の進行方向に向かってくる。これは……危ない!!

とっさにシールドを張った。

バシィッとシールドにビームが直撃し、秋山は衝撃で横に弾かれた。

 

「きゃあああ!」

 

真横に張ったシールドに直角に命中したので、ビームは防いだが圧力をまともに受けてしまった。シールドを伝って届く衝撃が全身に響く。

 

「くうっ」

 

頭を振っているとビームが次々と襲ってきた。

 

「わああああ!」

 

≪ノリコ動け!≫

 

レアの叫び声がインカムから届く。留まっていては的になるだけだと思い出し、秋山は急いでネウロイとの距離を取った。撃ってきたのは目標にしてた端のネウロイではなく、中央付近にいる1機のネウロイで、遠距離から狙撃してきたものだった。それで端のネウロイもウィッチに気付き攻撃に加わる。秋山は2機から集中攻撃を受ける事になった。

 

「奇襲に失敗した! ど、どうやって近寄れば」

 

≪待ってろ、こいつ倒してすぐそっち向かう!≫

 

ウィラとレアはまだ北側のネウロイに手こずっていた。

 

 

 

 

「ナドー少尉、秋山曹長の援護に行け! こいつは私がなんとかする!」

「すみません中尉! ノリコ、今行くぞ!」

 

レアは急旋回して南側のネウロイへ向かった。遠方から撃ってくるネウロイは、今度はレアに向かって狙撃してきた。だがレアは秋山のように慌てたりはせず、当たるか当たらないかを見て的確に回避する。遠いから到達するまで間があり、見極める時間が十分にあるのだ。

 

「そんなへっぽこ玉当たるかよ!」

 

ひらりひらりとロールを切りながらビームを回避しつつ秋山がいる方のネウロイを目指す。

 

「狙撃してくる奴は5番目のネウロイだけだ。あいつはこの集団の護衛役かなんかか?」

 

端から2番目のネウロイがマイティラットの射程に入ったところで、レアは叫んだ。

 

「ノリコ、オレが引っ掻き回す。ノリコはその隙に高度を取って一撃離脱をやり直せ!」

 

≪わかりました、レアさん!≫

 

マイティラットを構えると2発連続発射した。2番目のネウロイのファンの部分に命中し、ファンが消し飛んだ。ネウロイは悲鳴を上げると、振り向いてレアに向けてビームを撃つ。レアは高度的に上昇する余力がないので、下の暗雲の中に逃げるように降下して回避した。そこへ強風が吹き、下方の暗雲が吹き飛ばされた。ネウロイがファンを失ったことで気象制御できなくなり、外の嵐の風が入り込んできたのだ。だがそれはレアにとっては不利である。

 

「あ、くそっ、隠れるところが無くなってく!」

 

ネウロイは追いながらビームを撃ってきたが、自己修復でファンが直ってくると追うのをやめた。気象制御を優先するようだ。その隙にレアは急降下で速度をつけ、その勢いで上昇に転じ再び高度的優位に立とうとする。

 

「ふう、何とかやり過ごしたぜ。ノリコは? 上がれたか?」

 

見上げると、はるか高空に秋山の蒼莱がキラリと光るのが見えた。

 

「あんな高く……すげえ。よーしノリコ、やっちまえ!」

 

 

 

 

秋山は1万4千メートルから再び突っ込みをかける。

チラッとレアにファンをやられた2番目のネウロイの方に目をやると、2番目のネウロイは気象制御を再開し、壊れかけた暗雲を修復しようとしていた。そこにレアが再び攻撃を掛けようと上空に上がってきたので、5番目のネウロイはレアを阻止しようと遠距離から狙撃している。なので今秋山を撃ってくるのは目の前の一番端のネウロイだけだ。

 

「これだけに集中できる。レアさん、ありがとう!」

 

照準器にネウロイを捉えると、30mm機関砲をぶっ放した。

上空から被せるように巨弾の雨を降らして襲ってくる蒼莱の攻撃は凄まじいものがあった。炸裂弾と徹甲弾の雨はネウロイを上から削り取り、蒼莱が横を通過する時には上半分が穴だらけになった。本来蒼莱は集団で攻撃するので、この巨弾の雨が2波、3波と降り注がれることになる。1機でも大型ネウロイがこの有様なのだから、この勢いで続けざまに襲ってくるのかと考えると、蒼莱隊の襲撃はネウロイにとっても大いに脅威だろう。蒼莱隊を待つ欧州の期待も頷ける。

だが秋山1機での攻撃は僅かにコアに届かなかった。

 

「コア撃ち漏らした!」

 

振り向いた秋山はネウロイ中央付近で輝く赤いコアの光を認める。

 

「もう一度上からやるのは時間がかかり過ぎてコアの周りの装甲が修復されてしまう。なら!」

 

秋山は多めに降下を継続し、急降下で得た速度を使って上昇に転じると、今度は下から狙いをつける。排気管から青い炎を吹き出し、高高度用にチューンされたマ-43の強大なパワーは9千メートル付近からも上昇で加速を続けた。

 

「てやあああああ!」

 

ドカンドカンドカンドカンドカン

 

1発ごとに速度を鈍らせるように感じられる程の大口径機関砲の物凄い反動。命中する毎にごっそりえぐり取られるネウロイの身体。コアが露わになった近辺に炸裂弾が命中し、飛び散った自らの破片でコアが割れた。程なくコアは内部から破裂し、秋山が頭上へ抜けた直後にネウロイが粉々になって吹き飛んだ。

 

「2機目撃墜!」

 

 

 

 

北側のネウロイと戦っていたウィラは、F4U(コルセア)では上がれない高度に逃げるネウロイに手を焼いていたが、秋山が2機目を撃墜したのを見たネウロイが急に怒り出したようにビームを撃ちながら降下してきて、さらにファンから冷気を吐き出した。

 

「なに?!」

 

冷気を受けたストライカーユニットに霜が降りる。とたんに呪符のプロペラが出たり消えたりと不安定になった。

 

「まずい!」

 

咄嗟にシールドを張る。続けざまにビームがシールドに命中した。シールドが赤く発熱していく。

 

「まずい、このままビームを受け続けたらシールドが持たない!」

 

かといって逃げ回るにはエンジンが思うように回らない。

だがこのネウロイの戦術はまずかった。それまで高い気圧を保って維持していた暗雲の中は高い気温と湿度を保っていた。そこに冷気を吹き付けたものだから急激な温度差によって雲が発生し、さらに風も起こった。暗雲が消し飛び、代わりに周囲は水蒸気で霧状になる。霧は雲へと成長し、ウィラは自然と雲の中に隠れるようになり、ネウロイもウィラも互いに相手を見失った。

だがこれはウィラには逆に有利に働いた。暗雲と違い、普通の雲であればレーダーが使えるのだ。目視では見えなくても、ウィラのF4U(コルセア)が持つ電子の目はネウロイを捉えていた。

冷気の影響がなくなりエンジンが復活すると、ウィラはレーダーを使ってネウロイの至近距離へ雲の中から接近した。

 

「残念だったな。これで最後だ!」

 

雲から飛び出ると、真正面の目と鼻の先に現れたネウロイの中央部に向けマイティラットを2発叩き込んだ。マイティラットの威力ならコアのある位置に命中すれば1発で十分である。そこに2発だから、過剰なまでの爆発でネウロイは火の玉になって跡形もなく消し飛んだ。

 

「みんな無事か?!」

 

ウィラが周囲を巡る。

 

『秋山、無事です!』

『ナドー、そっちへ逃げてるところだ!』

 

レアは5番目のネウロイに執拗に狙われ続けていた。

周囲の状況は急激に変わり始めていた。ネウロイは3機を失い、しかも北側の1機が自ら気象条件を壊したことで強風があちこちで吹き荒れ、雲が急激に発生していた。南側からはハリケーン外周の雲も侵入している。もはや気象制御などできない。吹き荒れる強風で暗雲も崩壊を始めていた。

 

「十分目的は達成した。逃げるぞ!」

 

 

 


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