水音の乙女   作:RightWorld

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2019/6/9
司令塔と艦橋の区別間違いを修正しました。

2019/12/29
誤字修正しました。
報告感謝です。 >z11さん




第111話「ネウロイの食事の跡」

 

「穴?」

 

零式水偵の開けてある風防から顔を出して卜部が天音を覗き込む。見上げた天音が答えた。

 

「はい。そこだけ周りより10mくらい深くなってます。しかもその縁はほとんど直線で、穴の形は二等辺三角形してます」

「つまり……」

「自然な窪みじゃないってこと?」

 

葉山と勝田も天音に見いる。

 

≪その形の何かがここにはまってた可能性があります! ……てことは、やだ。全長500mくらいの何かってこと?≫

 

ジェシカの声が裏返った。

 

「そんな何かがあるとしたら……」

 

卜部が勝田を見つめる。

 

「ネウロイだよね~」

 

勝田が頷くと、間に挟まれた葉山が座席から立ち上がって叫んだ。

 

「そ、その大きさだと、ぼ、母艦級のネウロイか!」

 

探信波を発信し続けている天音が少し怪訝な顔をしながらインカムに問いかけた。

 

「窪みのまん中にがらくたみたいなのが積み上がってるけど、ジェシカちゃんなんだろう」

 

≪見に行きます≫

 

程なく答えが返ってきた。

 

≪……これは、木製の手すりとか、チーク材の床板、机や椅子、梁……。見た感じ船の艤装や調度品みたいです≫

 

「どういう事だ? ゴミ捨て場か?」

 

卜部の問いに天音は分からないと首を振る。

 

≪えっと先任少尉。私の想像を述べてもいいでしょうか?≫

 

「是非頼む。私は頭悪いんでな」

 

≪これは船の、沈没船の残骸です。それも、それも、金属製の物だけ食べられて残ったものに違いないです≫

 

「金属製の物だけ食べられた?」

 

≪はい。きっとここに何艘か大きな船が沈んでたんです。そこから金属の物だけ吸い取られたみたいな……≫

 

「はあ~。つーと、それもネウロイの仕業だねえ」

 

知っての通りネウロイは金属を取り込んだり同化したりする。体を作る素材になるのか、鉱山に居座って仲間を続々と生産することもある。

勝田のため息混じりの言を聞いて、卜部はジェシカ達がいる方の海を見つめた。

 

「500m級の母艦型ネウロイが泊地のすぐそばにいたってか」

「連中も補給したってことかねえ」

 

二人の会話を聞いた葉山はブルッと震えた。

 

「でもジェシカちゃんさすがだね。瞬時になんなのか分かるのは、目で見てるからだね。いいなあ」

 

≪やだ、何言ってるんですか天音先生。先生はそれを6マイルも先からできるんですよ?≫

 

「識別するには色んな魔法波を当てないとだから面倒なんだもん」

「それぞれ一長一短あるんだな」

「ボクら凡ウィッチの間ではなかった会話だねえ」

 

卜部と勝田は贅沢な悩みだねぇと互いに肩をすぼませる。なにしろ固有魔法を持つウィッチは全体の僅か5%くらいしかいないのだから。

 

 

 

 

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伊401はアナンバス諸島を覆っている真っ黒い雲の壁を目の前にしていた。

 

「艦長。現在位置アナンバス諸島の北35km」

「随分諸島に近付けたな。暗雲が南に寄ってるんじゃないか?」

「チャンスですね」

「暗雲に突入します」

 

艦橋の後ろの甲板にいて雲をずっと見ていた秋山は、次第に暗くなる海に恐怖を感じていた。

 

『対潜ウィッチの人達はこの中を飛んでいったの? 引き返すこともなく……。それより私もこの中を飛ばなきゃならないの?』

 

「無理でしょう」

 

秋山は首を横に振った。

 

「ほぇ? どうしたんですか?」

 

急に声を発した秋山に驚いたシィーニーが尋ねた。横で一緒に海を眺めていたシィーニーは、おやつにもらった炙ったスルメイカの干物を呑気にくわえてしゃぶっていた。

 

「こんな真っ暗な中を飛ぶってことです」

 

深刻な顔してるのを見て、シィーニーも状況を考え直した。

 

「ふうむ。確かに誘導もしてもらえないのにこの中を目的地まで飛べって言われたら無理っぽいですよねえ。わたしだって嫌ですよ。でもアヤマキ曹長は雲突き抜けてその上を飛ぶんでしょう?」

「アキヤマです。終わったらまた雲の中に降りてこないとじゃないですか。飛び立つのが飛行場だか空母だか知りませんが、戻ってこれる自信がありません」

「ネウロイやっつけたら雲も晴れるんじゃないですかねえ」

「うう、晴れなかったらどーすんですか。誰にも見つけてもらえずに遭難? 私、ここでもう殉職ですか? まだアジアも出られてないのに」

 

シィーニーはにんまりと笑った。

 

「植民地兵でなくても無茶ぶりされるんですねえ」

「無茶ぶりに慣れてるシィーニー軍曹が、こういうときはどう切り開くのか教えてあげたらどう?」

 

手摺にもたげているイオナが言う。

 

「軍曹ならどうする?」

「わたしですか? そりゃあ助かるように考えられることいろいろやっときますよ。たとえ上官の肩を揉もうが、賄賂を積もうが、生き残るためなら少々尊厳を捨てるのもやむなしです」

「自分の尊厳を捨てちゃうんですか?!」

「植民地兵に見栄や尊厳なんて元々ないですから」

「はぁ……」

「それで、軍曹なら具体的どうする?」

「え~? そうですねえ……わざわざなにも見えない雲の中に戻んなきゃいいんじゃないですか? 雲の外で待っててもらって、そこに帰れば? 一生懸命頭下げて、生きて帰ったら奉公しますから戻ってくるまでそこで待っててくださいって頼むんですよ。その時の表情はですねえ……」

 

シィーニーが哀れぐんで懇願する顔を作ろうとしたところを秋山が止めた。

 

「そ、その尊厳を捨てる部分はいいわ。それで誰に雲の外で待っててもらうの?」

「そりゃ一番はやっぱり空母じゃないですか?」

「空母が自由に動けるならわざわざ私達が助けに来ることはなかったはず」

 

イオナが指摘する。

 

「あ、そうか。それじゃ伊401でいいじゃないですか。何度も雲に入ったり出たりしてますし、千早艦長はウィッチに優しそうだから晩酌のお供くらいで引き受けてくれますよきっと」

 

イオナが嫌な顔をする。

 

「艦長はそんなたらしじゃない。それより君は体まで差し出してるの?」

「差し出したとしてもウィッチに手出したら死刑です。そこはたとえ植民地兵でも」

 

ある意味死線をかいくぐってきた植民地兵は歪んだ笑みを口元に浮かべる。思った以上に一癖持ってそうなシィーニーにイオナも少し顔をしかめた。

 

「雲の外って言っても、この暗雲は直径120kmもあるのよ? 伊401がいる方の反対側で空戦やってたら、蒼莱じゃ戻ってくるのに燃料が持たないかも……」

 

助かる方法を思案する秋山はシィーニー案を頭で検討するも、目にじわりと涙が溜まってきた。

 

「やっぱり私、ここで殉職?」

 

情けない顔を向けられたシィーニーは苦笑する。

 

「諦め早すぎですよー。それじゃそれじゃ、401の反対側にも誰かにいてもらいましょう。なんなら東西南北にいてもらって、どれか近いところに向かえばいいじゃないですか。雲の外は無線も通じるし、きっとなんとかなりますよ。救命胴衣と水と携行食は忘れずに持っていきましょう」

 

秋山がさらに深刻な顔になった。

 

「今気付いたんだけど……この場合、私どこに降りるのかしら」

「そりゃ飛行甲板……」

 

そこまで言ってシィーニーも気が付いた。

 

「空母はいないんでしたっけ。救命筏で救助を待ちましょう。不時着するまでに連絡付けとけば近くの人がすぐ助けにいきますよ」

 

どうやら不時着は確定のようだ。

 

「蒼莱捨てちゃうんですか?!」

「ストライカーユニットは海上回収装置がちゃんと作動すれば回収できる。無線発信もするし、より見つけやすくなる」

 

イオナが言った海上回収装置とは、圧縮空気で膨らむ丸いブイがロープでストライカーユニットと繋がったものだ。ユニットの先端部付近に格納されていて、ストライカーユニットが水の中に堕ちた時に作動し、炭酸ガスボンベの空気で膨らんだブイが水面に浮かぶので、それを手繰るとストライカーユニットを回収できるというものだ。同時にブイからビーコンが発信されるので、無線で場所を探しやすいようできている。ブイはウィッチが掴まって留まることも可能だ。墜落したウィッチの救命が第一の目的で、ストライカーユニットの回収は二の次だが、もしユニットも回収できれば、水に浸かってしまっているので修理は面倒なものの、最前線ではいつ来るか分からない補充を待つより遥かに確実に再戦力化が期待できるのだ。艦上脚には大概装備されていた。

 

「局地戦闘機の蒼莱に付いてたかしら……」

 

秋山が首を傾げていると航海科の士官がやってきた。

 

「本艦は間もなく潜航します。艦内にお入りください」

「わかった」

「「分かりました」」

 

≪格納庫水密扉閉鎖確認≫

≪後部上甲板ハッチ閉鎖完了≫

 

「潜航用ー意! ディーゼルエンジン停止。シュノーケル格納!」

 

≪ディーゼルエンジン停止≫

 

後ろで滑らかにシュノーケルが下りていく。

 

「バッテリー切り替え確認」

 

艦橋で千早艦長が最後に艦内へ入った。

 

「艦橋ハッチ閉鎖完了。潜航!」

「潜航ー!」

「深度20m」

 

伊401は波間へと消え、南へ向け水中を進んでいった。

 

 

 

 

401がいなくなった海上に、ぼうっと赤い光が灯る。それは水面に盛り上がったハニカム模様のある黒い瘤から発せられていた。瘤は白い航跡を引いて暫く進むと、南に針路を向けて海中へと沈んでいった。

 

 

 




感想投稿でシュノーケルは潜航中にディーゼルエンジンを動かすための空気取り入れ口で、洋上航行中には使わないとのご指摘をいただいていました。こんな特殊な使い方をしている訳について99話に加筆しましたので読んでいただけると幸いです。


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