水音の乙女   作:RightWorld

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2019/6/9
司令塔と艦橋の区別間違いを修正しました。




第110話「スターデストロイヤーでもいたのか?」

 

 

翌朝、早々に飛び立った秋山と整備兵を乗せた零式水偵と零式観測機は、無線誘導によって指定された会合点で無事『伊401』と落ち合った。

 

巨大な潜水艦の横に着水すると、ゴムボートが下ろされて水上機の近くにやって来る。うねる外洋で水上機もゴムボートも大きく揺れまくり、濡れずに乗り移ろうなどというのは諦めるしかなさそうだった。零式水観に乗っていた整備兵は潔くボートのそばに飛び込んで引き上げられた。

 

「うわぁ。私、神川丸でもらった朝食のお弁当、まだ手つけてないんですけど……」

 

木の葉のように翻弄されるゴムボートを見下ろして嘆く秋山に、ここまで連れてきた428空1番機操縦の荒又少尉が後ろへ振り返った。

 

「なんで食わなかった? 時間はたっぷりあったのに」

「この作戦の事考えると食欲も湧かなくて……」

「そんな肝っ玉の小せえ事で欧州で戦えんのか?」

「いえ、無理だと思います……」

 

荒又は呆れ顔になった。

 

「どんな状況下でも食える、寝られる、それが生き残る秘訣だぜ。ほら、ゲロ袋。使ったことねえからキレイだ。これに入れとけ」

 

突き出された袋にくしゃくしゃの顔をする秋山。

 

「うう、単にビニール袋と言ってくれればいいのに。なんか入れるのに躊躇いが……」

「がー! かせ、俺が入れてやる!」

「ああ! ねえ、本当に未使用ですよねえ! 一度も使ったことないですよねえ?!」

「再利用なんかするか、バカ!」

「うう……横須賀航空隊の人は怖いよぉ」

「少尉、女子供にはもっと優しく接しないと」

 

後席の磁気探知機操作員である、東《あずま》が傍若無人な飛行長を嗜めるが、

 

「同じ軍人だ、バーロー」

 

と聞く耳持たない。その荒又によって、半世紀前の大砲の弾のような丸くて大きな神川丸オニギリは、乱暴にゲロ袋へ突っ込まれて秋山の荷物に入れられた。

 

「ほら! 戦果期待してるぜ。黒いヤロウをぶっ飛ばしてこいよ!」

「あ、ありがとうございます」

 

フロートまで秋山が降りたのを確認すると、荒又は巧みに零式水偵を操ってゴムボートに寄せ、秋山は片足を海に落としただけで無事ボートに乗り移ることができた。秋山は荒又の心遣いにちゃんと気付いて、ボートの上から笑顔で大きく手を振った。

 

「荒又少尉、ありがとうー!」

 

離水した零式水偵と零式水観は、伊401の上で翼を振ると神川丸目指して帰っていった。

伊401に乗艦した秋山と整備兵は、イオナに出迎えられた。

 

「358空、秋山典子上飛曹および整備兵1名、乗艦許可願います!」

「私は霧間伊緒菜少尉。ようこそ伊401へ。艦長の所に案内する」

 

見上げれば艦橋に白い軍帽を被った人が見下ろしている。艦長に違いない。

 

≪客人の乗艦を確認。ボート収容次第、本艦は全速で船団泊地へ向かう。作業後上甲板ハッチは閉鎖≫

 

艦内アナウンスが流れ、水兵がてきぱきと作業を進める中、イオナに案内されて秋山は艦橋の方に歩いていった。

 

「こんな大きな艦が水中に潜るなんて……」

 

ぐるりと見回した秋山は思わず呟いてしまった。海軍に在籍しているとは言っても、ずっと陸上基地で勤務していた秋山には伊401が潜水艦だとは信じられなかった。

 

 

 

 

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アナンバス諸島シアンタン諸島群の船団泊地では、空母サンガモンの飛行甲板でユニットケージに収められた水上ストライカーユニットが並んでいた。ケージの前には427空の面々が整列していた。

 

「おはようございます!」

 

元気のいい優奈の号令で朝の挨拶をする。朝とは言ってもネウロイが作った暗雲で周囲は真っ暗。空母の飛行甲板も作業してるところにだけ明りが灯っている。

 

「「「おはようございます!」」」

「おっは~」

 

右手をヒラヒラさせて一番しまりのない挨拶をするのは隊長の卜部。皆の正面に立つと演説を始める。

 

「えーさて。427空はHK05船団を取り囲む潜水型ネウロイを排除し、船団の脱出を支援すること。これが私達が受けている命令だ。補給はリベリオンから受けるが、指揮権は譲らない。よって通信が回復するか、連絡の潜水艦が来るとかして新しい命令が来ない限り、私達は引き続きこの命令を遂行する」

「昨日リベリオンの司令から西側の海を調べてほしいって言われたけど、あっちに指揮命令権はないからそれは無視するってこと?」

「あっちの要望は一応聞くが、それをどう対処するか決めるのは私達だ。要望に応えると結果的に船団がここを脱出できるならそれをやってもいいし、極端な話目的が果たせられればネウロイと闘わなくてもいい」

 

優奈は早々に考えるのを諦めた。

 

「はい、全然分かりません! それじゃ私達は今日何をすればいいんでしょうか?!」

「おまえな~」

「スプレイグ司令の要望に応え、シアンタン島西側を調べる」

 

葉山少尉がピシッと言い切った。

 

「ブッシュ少尉が何十隻もの潜水型ネウロイをこの海域で見かけたが、10分もしないうちにデラニー少尉と再度見に行った時はいなくなってたらしい」

「あ、ジェシカちゃんからちろっと聞いたよそれ」

「ジェシカちゃん……」

「天音、あんたリベリオンの少尉さんになんてことを……」

「だって年下だし呼び捨てしろって言われたけど、流石に会って間もない人を呼び捨てはあんまりだし、お友達になるんだったらせめてちゃん付けにさせてって言ったんだ」

「リベリオンの上官をお友達……」

「天音、あんたねえ、あっちは士官だよ? しかも外国の」

「だっていいって言ったもん。それと引き換えでわたしの事師匠って呼ぶのやめてもらったんだから。ブッシュ少尉って呼んだら、天音師匠って返ってくるよ?」

 

みんな一様に口を開けて呆れてしまった。西條だけがけたけたと笑ってた。

 

「さっすが天音君だねえー」

 

卜部が話を続ける。

 

「それで、昨日一崎によって擬態するネウロイの存在が分かった訳だが、ブッシュ少尉が見たネウロイも……」

「擬態して隠れたかもしれないんですね?!」

 

優奈が理解できたとばかりにここぞと発言する。

 

「まあそうだ。もうそこにはいないかもしれないが、それだけの数がそこに集まった訳があるかもしれんし」

「分かりました。どんな布陣でやりますか?」

 

入れ替わって葉山少尉が説明する。

 

「シアンタン島に近い位置から一崎は水中探信する。卜部少尉の零式水偵が横につく。該当海域上空にはブッシュ少尉が来ることになってるが、筑波と下妻も同行してくれ。ネウロイがいたら攻撃する。西條中尉はすみませんがリベリオンとの連絡のためサンガモンに残ってください」

「残念だけど仕方ないね」

「それじゃ、出撃準備にかかれ!」

「「「はい!」」」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

まずは水上機チームがクレーンで海上に下ろされる。サーチライトを点けた卜部の零式水偵に引率されて、天音達は水上滑走で小さい島々の間を抜けて、マタク島とシアンタン島に挟まれた水道を抜けていった。シアンタン島側の入り江の奥の方に地元民の集落があるらしく、複数の灯りが見える。海兵隊員が守っている簡易灯台を通り越すと西側の海に出た。

一方、空母サンガモンでは飛行甲板がスッキリしたところでジェシカのアヴェンジャーがカタパルトで撃ち出された。零式水偵のところまで飛んでいくと、優奈と千里も離水してジェシカに合流し、ネウロイが大量にいたという海域へ向けて飛んでいった。

 

「一崎、どうだ? ネウロイはいるか?」

 

尻尾を泳がせながらゆっくり水上を進む天音の瑞雲の下からは、光る魔法波の波紋が闇の彼方へと広がっている。

 

「北西約9kmに小島が1つ。南西方向約10kmに小島が4つ。15km以内の海中にネウロイの姿ありません。海底に着底したり砂被って隠れたりしてないか、海の底を詳しく見ていきます」

 

≪天音先生、ネウロイがうようよいたのは北西の島へ向かう途中です。水道出口から6kmくらいの辺りです。変わったところないですか?≫

 

「ジェシカちゃん、天音だけでいいよ」

 

≪やだ、とんでもございません! 何の敬称も付けずに呼べましょうか≫

 

「せいぜい扶桑語の『さん』付けでいいって言ったのに」

 

≪扶桑語は詳しくないので、その『さん』を付けるとどれくらい敬っているのか感覚が分からなくて……≫

 

「目上の人全般に使って大丈夫だよ」

 

≪扶桑のエンペラーファミリーの方でも大丈夫ですか?≫

 

「エンペラーファミリー?! こ、皇室の方々には流石に……『様』かなあ」

 

≪ダメじゃないですか!≫

 

 

 

 

天音崇拝がエスカレートするジェシカを優奈が仲裁に入る。

 

「ブッシュ少尉は何を求めているんですか。軍人なんだから階級で呼べばいいじゃないですか。正当な肩書きだし、失礼にもならないし」

「えー? やだぁ、だって天音先生は軍曹でしょ? それじゃウィッチでは一番下だし、ヘンです。扶桑の階級は全然わかんないわ」

「あたしも軍曹よ。ヘンよね」

 

優奈は自分を指さす。

 

「いえ? 筑波軍曹は特に違和感なく……相応ですね」

「あんですって~?! このままシンガポールまで行って帰ってこれるか勝負しません?」

 

≪こちらトビ。キョクアジサシ、ブッシュ少尉、無断口は終わり。そろそろじゃないのか?≫

 

「やだ。し、失礼しました先任少尉。海底捜索開始します」

 

ジェシカはアヴェンジャーのサーチライトを点けると、周囲をゆっくりと旋回した。

 

「……あぁ、やっぱり誰もいませんねえ。ネウロイは移動しちゃったんだな。……あれ、ここってこんなに深いっけ≫

 

≪ジェシカちゃん。深くなる縁に沿って飛んでごらん。これって……なんだろう≫

 

「縁ですか? ……あ、ここから急に深くなってるんだ。これに沿って飛ぶと?」

 

ジェシカが海底の地形を追いながら飛ぶ。水中が見えない優奈と千里はジェシカにくっついて飛ぶが、それでもそこが異様なことが分かった。3回にわたって急角度に変針し、ぐるっと回って元の位置に戻ってきたからだ。

 

「ブッシュ少尉、1周したけど?」

「……三角形だった」

 

優奈と千里がそれぞれジェシカの方に顔を向ける。ジェシカも頷いた。

 

「天音先生、一辺が500mくらいの三角形の穴です! 穴が開いてます!」

 

 

 




そろそろ更新しないと忘れられそうなので……


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