水音の乙女   作:RightWorld

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2018/10/8
誤字修正しました。
報告感謝です。 >朝区洋邦さん、LIAさん



第108話「気象制御」

霧間イオナ少尉は水上攻撃脚『晴嵐』の限界、およそ9600mまで高度を上げた。

 

「確認した。飛行型ネウロイ3機。機体形状は円形、いや突起が出ている。八角形かもしれない。L字に腕が出ていてラケットのようなのが下を向いて着いている。

奥の方にももう1機見える。……なんだろう、耳が痛い。急に気圧が高くなったようだ」

 

≪気圧? 大気圧ですか?≫

 

双眼鏡で暗雲の上縁に沿って眺めるシィーニーの横で、千早艦長が手摺に寄りかかって腕を組んでいた。思案を終えると無線電話のマイクを取った。

 

「イオナ。そのラケットのようなのをもう少し詳しく観察してしてくれ」

 

≪了解した≫

 

限界高度をフラフラして何とか頑張るイオナ。静止するのは危険だが、識別を優先してホバリング状態になり、双眼鏡の痕がつきそうな程にじいっと観察する。向こうも気付いてると思うが、ネウロイはせわしなく行き来するばかりで、襲ってくる気配なかった。

 

≪ラケットの中は空洞……。いや何かが高速で回転しているかもしれない≫

 

「ファンのようになってるとか?」

 

≪……そうだ。腕の部分含め扇風機のような感じだ。ただ腕の部分も細かくうねるように動いている≫

 

「そうか。戻ったら照合してみたい。よく形を覚えておいてくれ」

 

≪了解≫

 

「扇風機が着いてるネウロイですか?」

「シィーニー軍曹は何だと思う?」

「さぁ……暑いからとか」

 

千早艦長は、はははと笑った。

 

「あ、そうか。高度1万メートルじゃ気温はマイナスですね」

「ははは。いや、目の付け所は悪くないよ」

 

 

 

 

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その日の夜。地球の半周先(こっちはお昼時)に南西方面艦隊を経由して千早艦長からの緊急電が届けられた。通信内容が書かれた紙が置かれたのは、502JFW司令グンドュラ・ラル少佐の執務机の上だった。

 

「下原少尉、ルマール少尉、雁淵軍曹入ります」

「うむ、ご苦労」

 

ペテルブルグの502JFW基地隊長室に3人が入室した。

 

「下原。扶桑海軍から至急の問合せだ。お前が回答してやってくれ」

 

隊長のラルが届いた1枚の文書をぺらりと垂らした。

 

「私は東南アジアの事に興味はないが、お前達の原隊、扶桑海軍からの問合せだし、恩を売っておけばいつか役に立つかもしれん」

「あの、私は扶桑の者ではないですが……」

 

ジョゼがそろりと右手を上げて恐る恐る聞いた。

 

「問合せの対象はルマール少尉も知っているからだ。手伝ってやってくれ」

「え?」

「何を聞いてきたんですか?」

 

下原の質問に答える代わりにラルが手渡した書類をひかりも覗き込む。

 

「ラドガ湖を凍らせたネウロイだわ。3人で力を合わせてどうにかやっつけた……」

「あ、あのさっむーい奴ですね。懐かしいなあ」

「気温以外に気圧もコントロールできるのか。弱点、攻撃の方法、コアの位置は……」

「昔報告したと思いますけどねえ」

「ひかりさん。気象をコントロールするタイプのネウロイはその後現れてないからじゃないかな。私達以外に実戦経験したウィッチがいないのよ」

 

ジョゼの言葉にひかりががばっと顔を上げた。

 

「へえ! それじゃもしかして私達凄い貴重なウィッチ?! わあ、これ特別手当てものかなあ!」

「ひかりちゃん。部隊間交流で変な影響受けちゃってない? その、506の黒田さん辺りから……」

 

真面目に心配顔をする下原。部隊間交流とは、統合戦闘航空団内で物資の調整をする会合と合わせて行われているものだ。

12航戦が頑張ってるとはえ、潜水型ネウロイのせいで欧州に届く扶桑物資はかつてのおよそ半分。そのため西アフリカ沖を船団が通過した辺りから補給物資の割り当てや融通の調整を統合戦闘航空団内で話し合う会合が不定期に行われていて、502JFWからは調整役に付き添ってひかりが行くことが多かった。扶桑物資の調整なので扶桑人が多く集まるからだ。ちなみに502JFWの調整役はサーシャか下原が行っている。

第1回会合から場所はずっと506JFWのセダン基地で行われていた。位置的に欧州各JFWの中間であることと、やはり貴族様の基地なので出てくるお菓子や食べものが贅沢だからだ。小遣い稼ぎにもてなし係を買って出ている黒田邦佳と、501JFWの付き添いで来てた宮藤芳佳、そして同じく付き添いの雁淵ひかりとで能天気3人組を結成し、坂本美緒に怒鳴られてたのは第42話の通り。各JFWの主人公だからかこの3人は気も合って仲が良く、良くも悪くも影響を与えあっていた。

そんな訳で純真なひかりが悪い方にそそのかされてないか、目の前で見てきただけに心配しているのである。

 

「え? やだなあ、冗談ですよ冗談。あははははは」

 

額に汗を垂らすひかりはどこまで冗談だったのか。

コーヒーを自分で淹れたラルがソファーに座り、シュガーポットを手にするとひかりに言った。

 

「雁淵。しっかり恩を売っておけよ。もしそれでがっつり見返りを貰える時がやってきたら、そのときはその特別手当てとやらを考えてやる」

「ええ?! ど、どういう事ですか?」

「それ、例の扶桑の水中探信ウィッチが絡んでるんだろう?」

「隊長、そのウィッチは水上脚乗りだそうですよ。無理やりスカウトしたとしても502の戦い方には向いてないんじゃ……」

 

下原が(たしな)めるように聞く。

 

「無理やりとは何だ。まるでいつもやってるみたいじゃないか」

 

白々しい、と3人は一様に疲れた目を細めた。ラルはコーヒーの海を埋め立てようとしてるかのように砂糖を入れ始める。

 

「それに我々の補給ルートを考えてもみろ。オラーシャからは陸路で来るが、カールスラント、ブリタニア、リベリオン、勿論扶桑も全てムルマンスクへの海上路で陸揚げされる。スオムスの軍需物資の輸入ルートも同じだ。ここを水中の敵に脅かされる事態になったら、本気で呼ぶ事を考えねばならん」

「補給が来なくなったら、またひもじい生活が……」

 

ジョゼが涙目になった。

 

「定ちゃん、頑張ろう!」

「う、うん。ジョゼはなんでこんな万年物資不足の部隊に入っちゃったんだろうね?」

 

 

 

 

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そして返信を受け取った伊401。

下原の返信文をイオナが読み上げていた。

 

「北大西洋航路が脅かされる事態に陥った暁には対潜ウィッチ使用の優先権を我部隊に与える事を了承するものとしてこの機密情報を提供するものである」

 

後部甲板で涼む千早艦長がくすくすと笑った。

 

「下原少尉はこんな高圧的な人ではなかったと思ったが……」

 

イオナは首を傾げる。

 

「隊長の噂とは一致してるけどねえ。その前に427空の一崎君はうちの指揮下ではないんだがなあ」

 

千早艦長は同じく涼んでいるウィッチ達に目をやる。

するとしゅぱっとシィーニーが手を挙げる。

 

「はい!世界初の潜水型ネウロイ撃沈ウィッチのシィーニー・タム・ワンが喜んで欧州に向かいます!」

 

千早艦長はさらに笑顔になった。

 

「それはいい。返信しとくよ」

「艦長、シィーニー軍曹も我々の指揮下ではない。その前にシー・グラディエーターやソードフィッシュでペテルブルグへ?」

 

イオナがシィーニーをじとりと見る。

 

「到着する前に撃墜確実」

「そんなあ」

 

そこに航海士官がやって来た。

 

「艦長。まもなく北緯2度9分、東経106度02分です」

 

報告を聞くと千早艦長は立ち上がって帽子を被り直した。

 

「そうか。つまり……」

「1周したということです」

「これで暗雲の大きさが分かりましたね」

「そうだね。周辺の気象は?」

「東南東350キロに勢力拡大中の熱帯性低気圧があり接近してるとのことです」

「台風になるかな?」

「どうですかね」

「502JFWのくれた情報を元に作戦を練る。低気圧が100キロまで接近した時が仕掛け時だ」

「でも飛行型ネウロイは10機くらいいましたよ。広く散らばってるかもしれないし」

 

シィーニーが懸念を伝える。が千早艦長はその事は全く心配してなさそうだった。

 

「低気圧の側に寄ってくるさ。それに1、2機撃墜しただけでも破堤すると思うよ。自然の力はネウロイの比ではないだろうからね」

 

楽観できない点はイオナが質問した。

 

「高高度のネウロイをどう攻撃する? 私達の機体では高度1万メートルは無理だ」

「問題はそこだね。知恵ものの有間大佐に相談してみるよ」

 

 

 

 

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HK06船団と護衛の神川丸はカムラン湾にいて夜をやり過ごしていた。

千早艦長からの相談を受けた神川丸の有間艦長は、当直に立っていた副長の三田村中佐に問いかけた。

 

「特設航空機運搬艦の名古屋丸はルダン島基地設営隊ともう1隊乗せてたな」

「欧州に行く航空隊ですね」

「局地戦闘機の部隊だったよな?」

「よく覚えてますね」

「局地戦闘機って大概迎撃機だよな」

「艦上機でないのは大概そうですね」

 

有間艦長はまたもニヤリと不敵な笑みを浮かべた。それを見た三田村副長が聞く。

 

「艦長、また悪知恵が閃きましたか?」

「ピカッとな。使えるかもしれん。神川丸に呼んでくれるか?」

 

 

 

 

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『ひかりさん、三隅さん。ずっと欧州に行きっぱなしだけど、元気にしてる? 私とうとう欧州に行くことになったよ。……向こう行ったら会えるのかなあ』

 

他の兵隊が3段、4段といった窮屈な蚕棚に寝ているところ、2段というゆとりあるスペースを貰ってるウィッチの部屋で、秋山典子は簡易ベッドに横たわって佐世保航空予備学校時代の集合写真を額の上に掲げ、懐かしい顔ぶれを眺めていた。

 

『二人だけだよ、ずっと会ってないの……』

 

船は停泊中で、湾の静かな波にゆっくり揺れる船体はまるで揺りかごのようで、いつしか彼女は意識を失って夢の彼方に入っていった……。

と思いきや。夢の世界に入ろうとしたまさにその時。

 

「秋山上飛曹、起きろ」

 

無情にも睡眠はぶち壊された。

 

 

 


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