水音の乙女   作:RightWorld

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第100話「泊地包囲網」 その1

 

船団泊地から多数のゴムボートやカッターが、泊地を囲む島々に向けて一斉に漕ぎ出した。それらの小舟は、あらかじめ地図でマークされたポイントへと向かう。大概は島の突端の海岸付近で、そこに上陸すると、見渡しの良いところに灯油を詰めたオイル缶で作った簡易な焚火台を設置して火を灯す。周囲と上方をガラス板で覆ってあり、風で簡単に消えないようにしてある。それはまさしく原始的な灯台であった。灯台守として1つにつき2名の海兵隊員が、食料や水を携えて火の番に付いた。

この簡易な灯台が泊地を作っている周囲の島々の岬などを中心に約50ヶ所設けられ、船だけでなく泊地の上空を飛ぶ飛行機にとっても有効な位置情報となるのだ。

 

設置が終わったところで、護衛空母スワニーのウィッチ、ウィラ・ホワイト中尉が試験飛行をする。高度5、6百メートルで泊地外周を1周してくるだけだったが、戻って来たウィラが親指を突き立てた腕を何度も突き出しながら飛行甲板の上をパスしたように、その効果は絶大だった。

ライトで照らされたスワニーの飛行甲板に着艦したウィラは、制止と同時にもう一度親指を突き出した腕を高く上げた。

 

「ホワイト中尉、だいぶ良かったようですね」

「格段の進歩だ。これで島の上空なら安心して飛べる。西の小島群にも設置すれば、隣のジェマジャ島までも飛んで行けるだろうよ」

 

続いてジェシカとジョデルによる上空の調査が開始された。

ジョデルのアヴェンジャーにも、ジェシカのと同じ海上照射用の大型サーチライトが取り付けられていた。

 

「魔法力大食いのサーチライトだが、ここを出るまで長距離偵察飛行もないだろうし、それも問題にならんだろう」

「了解です。というか、この条件下ではこれがないと仕事になりません」

 

カタパルトへ移動させられていると、前方の護衛空母サンガモンからジェシカが発艦するのが見えた。

 

「それじゃあたしも行きます」

「よろしく頼む」

 

ジョデルもスワニーから飛び立つと、上空に向けてサーチライトを照らしている駆逐艦の上でジェシカと合流し、サーチライトが放つ白い帯に沿って上昇する。今回は暗雲の上に出る事が目標だ。その次に暗雲の横方向への広がりを調べるための前段偵察だった。

船団上空高度4000mまで昇ると、駆逐艦のサーチライトもおぼろげな頼りない点となり、ジョデルはそこに留まった。そして仰向け(飛行機で言うなら背面飛行)になると、取り付けたばかりのサーチライトを上に向けて照らす。今度はそれを目印にジェシカがさらに高空を目指す。

だがジェシカは高度2万7千フィート(約8250m)まで昇ったが、暗雲は切れる様子がなかった。既にジョデルの照らすライトも見えず、これ以上は危険なので引き返すしかなかった。

降りてきてジョデルと合流したジェシカは、両手を広げて残念な気持を表した。

 

「どうだった?」

「だめ、雲の上に出られなかったわ。2万7千フィートまで昇ったんだけど」

「そんなに上にも広がっているの?」

「やっと太陽が拝められるって、けっこう期待してたんだけどな」

 

ジェシカはさも残念そうに言った。もう何日も太陽を見ていないのだ。人間太陽の光を浴びてないと気分も落ち込んでくるもので、このところ食欲もなくなってきている。白夜で何ヵ月も暗い中生活をする極地方の人達は、どうやって気持ちを維持しているんだろう。

 

ともかく、暗雲がどこまで広がっているかの調査は別の手を考えなければならなかった。

ジェシカ達の報告を聞いた護衛艦隊司令部は、アナンバス諸島の地図を広げてあれこれと考え込む。

 

「島伝いに広げていくしかない」

「そうすると西ですか。島や岩礁が点在しているのは西側です」

「ただ隣の島まで5km以上離れているのがほとんどです。つまり隣の島の明かりは見えない」

「灯台守をする海兵隊員は通信手段が全くないという事だ。辛いぞ、耐えられるか?」

 

海兵隊の司令はそれでも頷いた。

 

「やりますよ。ひと月分の食糧持たせてでもやるしかないでしょう」

 

 

 

 

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翌日、また沢山のボートが泊地を出発した。西側の浅くて狭い水路は小舟しか通れないので防潜網も敷設していない。その狭い水路を抜けて西の海へ出ていき、岩礁や小島に上陸しては簡易灯台を設置していった。ジェシカとジョデルのアヴェンジャーはサーチライトで照らして上陸を支援する。

 

海兵隊員が簡易灯台を設置している間、ジェシカは次の小島を先に偵察しておこうとその場から離れた。そして向かっている最中、サーチライトの光が届いた浅い海中に、何かがひしめき合っているのが見えた。固有魔法の水中透視眼を発動して、旋回してもう一度覗いた時、ジェシカは真っ青になった。

そこには潜水型ネウロイがうようよ集まっていたのだ。

 

「ひいいい!!」

 

まるで産卵に集まってきた魚の群れ、あるいは次第に狭められていく定置網にかかった魚を見るようだった。

 

「や、や、やだあ! サンガモンコントロール! ……違う、ここからじゃ届かない!」

 

引き返すと、小島に上陸している海兵隊員に急いで警告した。

 

「こちらジェシカ・ブッシュ少尉です! この先に潜水型ネウロイの集団がいました! 海に下りないでください! そして岸から離れて待機を!」

 

≪ネウロイだって?! わ、わかった! 後で迎えに来てくれよな!≫

 

「了解です!」

 

そして別の海面で支援しているジョデルの方へ行く。

 

「ジョディ、ど、どうしよ! ネウロイが、ネウロイが!」

「ネウロイですって?!」

「そ、そうなの、凄い数いたの! どうしよ!」

「どうしよって……どうせどうしたいか、もう決まってるんでしょ?」

「えっとね、わたしはサンガモンに連絡してくる! ジョディは海兵隊の人達に島に留まるよう言って。海に出てるのがいたら急いで島に誘導して! わたしもすぐ戻って来るからー!」

 

言うだけ言うとジェシカは船団泊地の方へすっ飛んでいった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

ジェシカとジョデルは旗艦の空母サンガモンに降りていた。

 

「それで、その後ネウロイの群れは見てないんだな?」

「……はい」

「デラニー少尉は見たか?」

「いいえ。海兵隊を誘導した後、ブッシュ少尉の担当海面を見に行きましたが、発見できませんでした」

「それでブッシュ少尉、ネウロイは何隻いたんだ?」

「それが……驚いちゃって、早く報告しなくちゃって事もあって、ちゃんと数えてなくて……30隻くらい?」

 

ジョデルが口を挟む。

 

「この暗闇でサーチライトの光が水面下5ヤードまで届く範囲はだいたい100ヤード。いたのが300フィート級だとして、幅約50フィートならせいぜい6から7隻。縦方向は2隻見るのがやっとだから、照らした範囲に隙間なくいたとしても14隻ってところでしょう」

「とてもそんなもんじゃなかったわよ、あれは」

「あたしのは客観的、論理的に考えて出した結果よ。頭の回転早いジェシカだったら、そういった計算もすぐできるでしょ」

「あの時の様子見てたら、ジョディもそんな数字じゃ納得できなかったと思うよ?」

「感覚で言われても説得力ないわ。それにあたしが行った頃には全部散っちゃうくらい素早く動けた程度の数よ」

 

スプレイグ少将が口喧嘩の仲裁をするように入り込んだ。

 

「まあ分かった。数はともかくネウロイが集結しつつある可能性ありということだな。一旦簡易灯台の設置は中断する。西側の島々は少し距離が離れているので、何かあったら海兵隊員を救出できないからな」

 

ジェシカはネウロイがいたことについては否定されなかったので、少しだけ安堵した。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

泊地西側の海に散らばった海兵隊員を引き揚げさせていると、反対側の南東でドドンと激しく水が岩礁に当たって砕けるような音がして、特大の水飛沫が立ち上がった。

その音に船団の全ての人が振り向いた。近くにいた護衛艦が何事かとサーチライトをサッと向ける。おかげで船団の多くの人がはっきりとそれを目撃することになった。

 

「何だあれは!!」

 

巨大な魚かクジラが暴れているように黒いものが防潜網のところでのたうち回っているではないか。見間違いようがなかった。

 

「ネ、ネウロイだ!!」

 

紛れもなく潜水型ネウロイだった。だが凶悪な違和感がある。艦首のところにギザギザの付いたブレードが装備されていた事だ。その形状はUボートなど主要海軍の潜水艦が着けている防潜網切断用のカッターに似ており、どこかで模倣されたとしか思えない。それが倍の大きさに拡大され3列並んでいるのだ。

凶悪さを醸し出しているのはそれだけではない。使いっぷりが豪快すぎる。黒い巨体を激しくくねらせてブレードの付いた艦首を上下左右に振り、文字通り防潜網をズタズタに切り裂いて、切れ端が空中にも飛び散っている。鎖の束が甲板上に降ってきた貨物船では、様子を見ていた兵隊が悲鳴を上げて逃げ回っていた。

島と島の間の浅い水道に張られていた防潜網が細切れになると、ネウロイがバックを始めた。

 

「逃げるぞ、砲撃急げ! 何やってやがる!」

 

まさかそんな至近にネウロイが現れるとは思わず、主砲の準備で慌てていると、見張りがサーチライトに照らされた先を見て叫ぶ。

 

「浮上中のネウロイ2隻が接近してきます!」

 

バックしたネウロイの後ろにもう2隻が控えていたのだ。

 

「魚雷撃ってきましたー!」

 

そのネウロイから合計8本の白い筋がこちらへ向かって伸びてきた。防潜網を断ち切って、開けた隙間に魚雷を撃ち込もうというのだ。ものを考えないネウロイがこんな連携プレーをできるだろうか。

 

「か、回避ー!」

 

艦長が叫ぶが、誰もが青い顔をして艦長の方を向いた。泊地内ではほとんどの船が動くことができなかったので、多くの護衛艦も航行用のボイラーは圧力を落としていたのだ。回避どころか1mだって動けなかった。

だが魚雷は防潜網があったところより沖で爆発して水柱を上げた。泊地の東や南側は浅いところがばかりで、水深が浅すぎて海底のサンゴ礁に当たってしまったのだ。

 

「た、助かった」

「命拾いしたぞ」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「東側の2番、3番水道にネウロイ!」

「南2番水道にもネウロイ! 防潜網切られます!」

 

旗艦のサンガモンに次々とネウロイ襲撃の報が入る。東と南の小さな島々を繋いで張られた防潜網のあちこちにネウロイが突入してきていた。浅いのでネウロイも潜ることができないのだが、姿をさらすことも構わず突っ込んできて、次々と防潜網が切られていった。そしてその後方から別のネウロイが魚雷を放ってくる。ただそれもことごとく浅瀬にぶつかって泊地に入る前に爆発し、艦船に被害はまだ出ていなかった。

護衛部隊も黙って見てる訳はなく、駆逐艦を始め、輸送船でさえも装備している機銃を撃ちまくってネウロイを攻撃し、暗い中に飛び交う無数の曳光弾の筋と海底にぶつかって弾ける魚雷の爆発とで、泊地は大混乱の様相だった。

 

 

 


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