Side 昴
「・・・っ!!」
卒業旅行の初日の夜。
疲れて深く眠っていた筈なのに突然感じた巨大な『氣』に当てられて目が覚めた。
・・・これはあの時と同じ位大きな『氣』。
僕の眠気は既に吹き飛んでいた。
このレベルの『氣』を感じた事が何度かある。
それは去年の事・・・。
中学三年生になったばかりの頃、夜に突然全ての明かりが消えた事があった。
その時に近くの公園で今回と質は違うがこれと同じ様な『氣』を感じた事がある。
・・・気になった確認しに行こうとしたらお爺ちゃんに怒られた。
次の日のニュースでその公園が壊れていたと報道があった。
その後も家の近くだったり、有名な観光地だったりと、場所は様々だったが何度か同じ様な事があった。
そしてその度に『氣』を感じた場所が破壊されていた。
お爺ちゃんに聞いて見た事があったが、はぐらかされて教えてくれなかった。
・・・でも、お爺ちゃんは嘘を吐くのが苦手だったから何か隠している事は一目見て分かった。
当時はお爺ちゃんに止められたが、今は僕を止める人はいない。
・・・僕はこの『氣』の正体がずっと知りたかったんだ。
そこからの動きは早かった。
ベッドから抜け出し物音を絶てず動き易い服装に着替える。
そして同室の子に気付かれない様に部屋を抜け出した。
誰にも見つからない様にホテルの外へ出ると、僕は一目散に『氣』を感じる方へ駈け出す。
『氣』を感じる方へ走っていると、その先の空が赤く光っていた。
・・・案外近いな。
近づくにつれ感じられる『氣』からの圧力が高まって行く事に、僕は気を引き締める。
日本で『氣』を感じた場所は例外なく破壊されている。
もしそれが偶然でなかったとしたら・・・それは危険な事が起こっているかもしれないと言う事だ。
・・・それが分かっていながらも僕は足を止める事をしない。
今まで知る事が出来なかった事を知るチャンスだから。
好奇心に突き動かされながら、僕は漸く目的の場所に到着した。
・・・そして、僕は現実を知る事となる。
「・・・な、何、これ。」
今、僕の目の前で街が炎に飲み込まれていた。
街の中からは多くの人の悲鳴。
全ての建物が炎に包まれ、その殆どが既に倒壊している。
辺りを見渡せば多くの人がこの状況を放心状態で見上げていた。
・・・まるで目の前で起こっている事が信じられない様に。
僕自身目の前で燃え盛る炎に、高ぶっていた心が一瞬の内に静まり返った。
・・・危険があるとは予想していた。
けど、こんな・・・こんな大災害の様な事態になっている何て考えもしなかった。
「-----!!-----!!」
周囲と同様に放心していた僕の耳に子供の声が届いた。
そちらに目を向けると小学生程の女の子が泣き崩れている姿が見えた。
女の子は涙を流し炎に焼かれている街を指差しながら周囲に向かって何かを叫んでいる。
イタリア語の為僕には何と言っているのか分からなかったが・・・大よその見当は付いた。
・・・まだこの街の中に大勢の人が取り残されてるんだ。
周りの人達は彼女を慰めたり、何処かに電話を掛けたりと様々だが、街に救出に行こうとする人は居なかった。
辺りが急に騒がしくなっていく中、僕はその様子をじっと眺めていた。
この状況で僕に出来る事は無い。
それに・・・僕はただ『氣』の正体が知りたくて此処に来ただけだ。
そう思っているのに僕は泣き叫ぶ女の子から目を離す事が出来ずにいた。
理由は分かっている。
あの子の姿が昔の・・・父と母を亡くした頃の僕に被って見えるから。
・・・ずっと泣いていたあの頃の僕に。
あの子の泣き叫ぶ姿を見てこのまま帰るなんて・・・既に家族を失っている僕に出来る筈も無かった。
けど・・・どうしても後一歩が踏み出せない。
あの炎の中に飛び込む勇気が・・・僕には無いのだ。
僕の心が葛藤に苛まれている時・・・お爺ちゃんの最後の言葉を思い出した。
『誰よりも優しく・・強く・・・生きるんじゃ・・ぞ。』
この言葉が僕の心を決めた。
僕は近くでバケツを手に消化活動を始め様としていた人達の所へ駈け出した。
その内の1人から水の入ったバケツを奪い取ると頭からそれを被る。
僕の行動を見ていた人達から何やら声が掛かる・・・多分これから僕のやろうとした事が分かったのだろう。
それでも僕は止まらない。
僕は周囲の制止を振り切って炎の中に飛び込んだ。
燃え盛る炎の中を突き進む僕は己の内にある『氣』を体の隅々まで行き渡らせ身体能力を強化していく。
以前にも話したと思うが『氣』には様々な力がある。
自分の『氣』を自由自在に操れる僕は『氣』を自身の身に纏わせ体を守る事も簡単に出来る。
そして炎の中に入った事で気付いた事がある。
炎に飲み込まれた街から放たれている巨大な『氣』で見落としていた。
・・・この炎からも街の中心から感じる『氣』と同じ物を感じる。
つまりこの事態を巻き起こしたのは、この巨大な『氣』の持ち主であるという事だ。
僕はこの事実に冷や汗を流しながら、周囲に人がいないか声を掛けながら走り回っていた。
人の声が聞こえれば其処へ駆け付け強化した身体能力を駆使して助ける。
ある時は瓦礫を退かし・・・ある時は炎を『氣』を使って掻き消し、取り残された人を助け出す。
・・・自分の行動が少しでも誰かの助けになる様に。
何人か助け出した辺りで僕は被害の一番大きい街の中心へと来ていた。
そしてその時には既に気付いていた。
・・・建物は全て崩壊してるし、人の姿も気配も感じられない。
これではもう・・・。
それでも諦める事無く、体中煤や泥だらけになりながらも炎の中を走り続けた。
この街に充満している『氣』が突然強くなったのはそんな時だった。
その中心に目を向けるとその上空には途轍もない『氣』の込められた幾つもの炎の塊が街中に向けて降り注ごうとしていた。
それを見た瞬間僕はそこに向かって走り出す。
今の僕にあの炎全て防ぐ事は出来ないけど・・・この事件の犯人を止める事は出来るかもしれないから。
この巨大な『氣』に立ち向かう事に恐怖を覚えながらも走る速度を緩める事無く目的の場所へ辿り着く。
目を向けると、そこには2人の人物がいた。
1人は体から炎を撒き散らす人間とは思えない程の『氣』を放っている者。
そしてもう1人は女性で、自分の向ってくる放たれた炎の塊を自身の手に持つ盾で防ごうとしていた。
・・・あれでは防げない。
炎に込められている『氣』の量からして、この街に放たれている炎とは比べ物にならない威力を持っている筈だ。
それを理解出来た僕はそのまま足を止めずにその人の前に躍り出る。
「はあぁっ!!」
何とか炎の塊との間に体を潜り込ませる事に成功。
僕はそのままの勢いで『氣』込めた拳を炎の塊目掛けて空へと殴り飛ばした。
あっつっ!!
炎の塊に触れた瞬間『氣』で拳を保護していたのにかなりの熱さを感じた。
炎の塊は何とか軌道を変える事に成功して空の彼方へと消えたが・・・僕は未だ熱を持つ右手を確認していた。
右手の拳は赤く熱を持っていて、一部火傷をしている所がある。
・・・結構本気で『氣』を込めてたのに。
想像以上の相手の実力・・・その本人に目を向けてみたが彼は僕の事を視界にすら捉えていない。
いや・・・視界には入っているんだろうけど、気にも留めて無いと言った方が正しい。
僕の事を周りの風景としか思っていない・・・そんな目をしている。
正面で凄まじい『氣』を纏っている人物に目を奪われていた僕だったが、後ろで盾を構えていた女性が動いた気配で我に返った。
その人の方に振り返ると、幾つか傷を負いながらも綺麗な美貌をした女性が盾から此方を見上げていた。
そして僕にはその女性に見覚えがあった・・・いや、忘れる筈もない。
・・・どうしてこの人がこんな所に居るんだ??
そう思ったのは彼女も同じらしく、僕の顔を見て驚愕の表情をしている。
彼女が此処に居るのは疑問だけど、今はそんな事考えている場合じゃない。
僕は座り込んでいる女性・・・今日1日を共に過ごしたエリカさんに優しい笑顔を向けて手を差し伸べた。
「・・・エリカさん、こんな所で何してるんですか。
ここは危険ですから早く避難しましょう、僕が安全な所まで案内します。」
エリカさんは昼間とは服装が違っている。
あの時は簡易なドレスみたいな服装だったけど、今は動き易そうな格好をしている。
でも所々焼け焦げていて、肌が見えている所がある。
彼女の白く綺麗な肌は泥や煤で汚れているが、彼女自身それを気にしている様子は無い。
エリカさんは暫く驚愕で止まってしまっていたが、すぐに緊迫した声色で話し掛けてきた。
「何で貴方がこんな所に居るの!!」
「エ、エリカさん、落ち着いて・・・・・っ!!」
大声を出す彼女を宥め様とした所に・・・急に後ろから『氣』の高まりを感じて、背筋が凍る。
後ろの様子が見えていたエリカさんは立ち上がろうと足掻きながら、僕に警戒の声を掛ける
「昴!!危ない!!」
僕はエリカさんの声の前からその存在に気付き『氣』を込めていた。
先程より強く『氣』を込めた右足を振り向きざまに蹴り抜いた。
「はあぁっ!!」
タイミングよく右足に当たった炎の塊は僕達の左側に飛んで行き激しい爆発を起こす。
今回は体に影響はない・・・あれを防ぐのにこれだけの『氣』が必要だなんて。
目の前で起こった事が信じられないのかエリカさんの先程とは違った驚愕の声が聞こえる。
「昴、あなたはいったい・・・。」
だが僕はそれに反応しなかった。
何故なら僕の視線は・・・既に僕達に向けて炎の塊を放って来た人物に向いているのだから。
僕は彼に向かって一歩前に出た。
そして・・・今まで溜め込んでいた感情を吐き出た。
「あなたは一体何をやっているんですか!!」
「ほぅ・・・先程私の余興を防いでいた様に見えたが、気のせいでは無かったか。」
「っ!!話を聞いているんですか!!
街をこんな事にして、どれだけの人に迷惑が掛かったと・・・どれだけの人が亡くなったと思ってるんですか!!」
僕の叫びがもう街とは呼べない瓦礫の山に木霊する。
しかし僕の言葉は相手を逆撫でする要素しかなかったみたいだ。
始めて彼は僕を視線に捕える・・・それだけの事なのに僕の体は硬直してしまった。
な、何だ、あいつのプレッシャーは・・・。
視線は彼から離す事が出来ず、体も動かす事が出来ない。
凄まじい威圧を放つ彼は僕に向けてゆっくりと口を開いた。
「高々私の遊びを防いだ程度で神である私に指図するとは・・・身の程を弁えろ!!」
彼の言葉と共に膨れ上がった重圧に為す術も無く膝をついた。
体が言う事を聞かないと言う初めての感覚・・・指先一本も動かせない。
それは後ろに居たエリカさんも同様だ。
座り込んでいた体が膝を付き、頭を下げる姿へと変わっている。
「そうだ、それでいい。」
僕達をこの姿勢にした彼は満足そうに頷いているのが分かる。
自らを神と名乗るこの男・・・いったい何者なんだ。
口に出してない僕の疑問に答えてくれたのは後ろに居るエリカさんだった。
「気をしっかり持ちなさい、昴。
神の言霊に屈してはダメよ!!」
「エ、エリカさん。」
エリカさんの声に我を取り戻し、少しだけ動く様になった口から声を絞り出す。
「貴方も理解したと思うけど・・・あれは『まつろわぬ神』、正真正銘の神様よ。」
「・・・『まつろわぬ神』??」
「あれは人が如何にか出来る存在じゃないわ。
私が時間を稼ぐから、貴方は神の言霊を破って逃げなさい。
貴方が何者かは知らないけど、神の攻撃を防げる貴方になら出来る筈よ!!」
後ろに居るエリカさんから彼に比べたら微々たる物だが人並み以上の『氣』が放たれた。
すると彼女はこの凄まじい重圧の中、少しずつだが体を起こし始めた。
暫くしたら完全に立ち上がり僕の横で神を睨み付けている。
・・・そしてその手には銀色に輝く細身の剣を握り締めていた。
「エ、エリカさん、逃げるなら一緒に・・・。」
「・・・私はここから逃げられない。
神を此処で暴れさせてしまった原因は・・・私にあるの。
自分の不始末は自分でつける・・・神殺しは無理でも何とか静まって貰わないと。」
彼に戦いを挑もうとしているエリカさんを止めようと口を開いたが彼女の決心は固かった。
・・・あんな化け物を相手に戦える筈がない!!
僕は再び口を開こうとして・・・やめてしまった。
・・・エリカさんの剣を持つ手が震えているのが見えたから。
エリカさんは相手との力量の差が絶望的に開いている事を承知で挑もうとしてるんだ。
僕は体が動かない事を歯痒く思いながら、男に向かって行くエリカさんを見送る事しか出来なかった。
しかし・・・エリカさんの決意が報われる事は無かった。
僕達の・・・いや、エリカさんを思案気な表情で見ていた男が小さく呟いた。
「ふむ、余興はこの辺でいいだろう。
少女よ、此方に来い・・・お前を生贄に新たな『神』を招来させる。」
「っ!!」
男がそう口にした瞬間エリカさんの歩みが早まった。
此処から見えるエリカさんは苦悶の表情を浮かべている・・・必死に抵抗してるんだ。
「ほぅ、抵抗するか・・・そうでなくては生贄になる資格も無いがな。」
「エリカさんに何をするつもりだ!!」
僕は思わず叫んでいた。
まだ体は動かせず、この状況を見ている事しかできないけれど・・・叫ばずにはいられなかった。
しかし、男は僕の言葉に答える素振りも見せず、1人言葉を紡いでいた。
「やはり生贄は美しい少女に限る。
勿論相応の力を持っていないといけないが・・・私は運がいい。」
くそっ!!あいつは一体何をしようとしてるんだ!!
エリカさんの様子からも彼女が危険な状況である事は間違いない。
あの男が言った『生贄』と言う言葉・・・あれが言葉通りの意味だったとすれば、エリカさんが危ない。
エリカさんも必死に抗っているが男との距離は後一歩という所まで来てしまっている。
「エリカさんっ!!」
何も出来ない苛立ちと焦りから彼女の名前を叫んでいた。
僕の声にエリカさんがぎこちなく此方を振り返る。
その表情は苦しそうではあった・・・それでも必死に笑顔を此方に向けていた。
優しさを含むエリカさんの瞳は僕に「私は大丈夫だから」「早くここから離れなさい」と言っている様に見えた。
その笑顔を見た瞬間・・・僕の『氣』が爆発した。
エリカさんは不安だった僕にとても優しくしてくれたんだ。
彼女と過ごした時間はとても楽しかったんだ。
そして・・・エリカさんの笑顔はとても暖かくて、何だか懐かしい感じがしたんだ。
エリカさんを生贄になんてさせない・・・絶対に助けるんだ。
僕の決心と共に体から『氣』が溢れだし、体に掛かっていた重圧も消えた。
それを認識した瞬間にはもう既に僕は男に向けて駆け出していた。
足に『氣』を込めて爆発的な脚力により人間とは思えない速度で男に飛び掛かる。
「はあああぁぁぁああああぁぁぁっ!!」
雄叫びと共にそのままの速度で男を殴り飛ばす。
この時手に伝わった感触は熱く熱した鋼を殴った様な感じがした。
意表を突いた事で簡単に殴る事が出来たが・・・あの感触では大した効果は無いだろう。
突然の事に驚いたのはエリカさんも同様だった。
「昴・・・本当にあなたは何者なの・・・。」
拘束を解かれたエリカさんは隣に立つ僕を驚愕の表情で見つめている。
でも僕はエリカさんを気にしている余裕はない。
殴り飛ばした男から今までの比では無い『氣』が感じられるからだ。
ゆっくりと立ち上がった男は・・・初めて真っ直ぐ僕を視界に捉えた。
先程彼の言霊を受けた時は僕の事を何とも思ってなかった筈だ。
しかし今は僕の事を興味深そうに・・・凄まじい『氣』と共に見つめている。
「意表を突かれたとはいえ我を殴り飛ばすとは・・・面白いな人間。」
男の興味が完全に僕に移っている。
玩具を見つけた様に笑顔を僕に向けているが、彼から放たれている重圧は先程の比ではない。
隣に居るエリカさんでさえ体を震わし、その震えが僕にも伝わってくる。
・・・だからこそ、僕はもう逃げる訳には行かない。
此処で僕が居なくなれば男の興味対象が再びエリカさんに戻ってしまうかもしれない。
この男の力があればこの街以外にも多くの被害が出る可能性がある。
そんな事になればもっと悲しい思いをする人が出て来てしまう。
・・・そんな事はさせない、この人は僕が止める!!
この思いが僕の体の震えを止め、体中から『氣』を湧き上がらせ力を漲らせていた。
湧き上がる『氣』を全身に行き渡らせ、僕は初めて臨戦態勢に入る。
今迄武術を習って来て初めての経験・・・しかし、今の僕には何の迷いも無かった。
・・・本能的にそうしなくてはいけない事を分かっているからなのか。
それとも極度の緊張で感覚が麻痺してしまっているのか・・・僕には判断出来ない。
「まだお主には名乗ってなかったな。
我が名は『アグニ』・・・火神『アグニ』だ!!」
「僕は『神藤』・・・『神藤 昴』。」
「神藤 昴・・・暫し私の遊び相手になって貰おうか!!」
「僕は貴方を止める・・・止めてみせる!!
もう街を・・・この街に住む人達を悲しませない為に。 そしてエリカさんを絶対に生贄に何てさせない・・・絶対に護って見せる!!」
僕は自然な動きでいつもの様に構え、そして腹に力を入れると気合と共に叫ぶ。
「神道流当主『神藤 昴』・・・いざ参る!!」
僕は火神『アグニ』に向かって全速力で駈け出した。