Side 昴
再開したトールとの戦い。
その戦いは最初と違い遠距離からの打ち合いになっていた。
「はあぁぁぁぁあぁぁ!!」
「おぉぉぉぉおぉぉ!!」
僕は幾つもの『炎玉』をトールに向けて打ち出す。
そしてトールは上空に広がる雷雲から雷を落とす。
僕は避ける事の難しい雷に『炎壁』で対抗する。
トールがミョルニルを振るう事で雷を落としている事に気付いて本当に良かった。
それまではいつ落ちて来るか分からない雷に常時『炎壁』を展開するしかなかったからだ。
でも今はそのタイミングに合わせて『炎壁』を展開する事で『炎』と『氣』の消費を押さえられた。
だから万全とは言えない状況だけど戦って来られた。
逆にトールは僕の攻撃を真正面からミョルニルで撃ち落とす。
その動きにはかなりの余裕があり、幾つか撃ち漏らす事はあったが全く答えている様子は無い。
今はまだ戦況は拮抗している。
どちらも攻めきれないこの状況に時間と労力だけが流れていた。
その中で僕は焦燥に駆られていた。
トールの雷は当たれば間違いなく決着の付く一撃だ。
それに比べ僕の『炎玉』には決定的に威力が足りないのだ。
『炎』や『氣』の量を増やすが全く効果が見られない。
今でこそ『炎』と『氣』に余裕があるが、このまま何もしなければ間違いなく僕が先に隙を見せてしまう。
くそっ!!このままじゃだめだ!!
長期戦になれば早々に僕の敗北は必至。
それにトールは明らかに調子を上げて来ていて、徐々にだが間違いなく体の動きが鋭くなってきている。
「如何した!! 貴様の力はこんなものか!!」
トールは大声を張り上げ、僕を煽りながら更なる雷撃を放つ。
振り下ろされたミョルニルに合わせ、雷光と轟音が頭上から落ちてくる。
それに『炎壁』を張って防ぐが、その圧力が増していた。
「ぐっ!!」
ギリギリの所で破られる事は無かったが、その威力は今迄で最大だった。
防げた事に安堵しつつも、全身に冷汗が伝う。
やり返す様に『炎玉』を飛ばすも、容易く防ぐトールの様子に歯噛みする。
このままじゃ本当に不味い!! 早くこの状況を打破しなくちゃ!!
そう思った僕は前々から考えていた事を実行する事にした。
今迄一度に10程しか放っていなかった『炎玉』を倍以上の30以上を一斉にトールに向かって放った。
ダメージを与えられるとは思わないけど、少し位の時間稼ぎは出来る筈。
僕はその間に意識を集中させた。
『火神アグニ』は世界に存在する様々な『火』を司った神だ。
天上では『太陽』、中空では『稲妻』、地では『祭火』。
自然は勿論、怒り等の感情の『火』も『アグニ』の力とされている。
以前エリカさん達に聞いた事がある。
「炎の権能の可能性についてか。」
「確かに『アグニ』は様々な面を持っている神ね。」
「僕も簡単にですが調べました。
唯の『火』だけでなく、それこそ『太陽』や『稲妻』まで沢山の『火』を司っていたみたいです。」
僕の言葉にエリカさん達も頷く。
「けどその全部を使えるとは考え難いな。」
「それは私も賛成ね。」
「どうしてですか？」
「簡単な事よ、昴。
例え神々に対抗しうる肉体を得たとしても、その全てをその身に宿す事は不可能。」
「だから神殺しの権能には色々と制約が付いたり、限定的な力だったりする事が多いんだ。」
「じゃあ、僕が『太陽』とかの力を使う事は無理なんでしょうか。」
ちょっと期待していた僕は少し落ち込んでしまうが、エリカさんは首を横に振った。
「いいえ、希望を捨てるのは早いと思うわ。」
「そうだね、昴君はまだ神殺しになったばかり。
これからもっと神殺しとして成長していく。」
「その段階でまた新たな力を身に着けて行く筈よ。
だから今みたいに自分の殺めた神の事を調べるのは絶対に無駄にはならないわ。」
「僕達も教えられる事は教えるから、もしわからない事があったら聞いてね。」
「はい、ありがとうございます。」
その後も自分なりに調べ続けた。
けど試す機会が無かったから、今の僕にそんな力があるのか分からない。
だけど……今はそんな事を言っている場合じゃない!!
僕は高めた集中力で体内の『炎』に意識を向け、強く『太陽』を思い浮かべる。
すると僕の意識は徐々に自身の炎に飲み込まれていく。
燃え盛る炎の中……そこで僕はついに見つけた。
炎の遥か上空で存在感を示す2つの力を･････。
黒雲の中で時折轟音と共に光を走らせる『稲妻』。
そしてその更に上空。
黒雲に遮られ直接見る事は出来ないが、より強い力が確かにそこにはあった。
『太陽』
今僕が求めている力が間違いなくそこにある。
一身に手を伸ばすと真っ直ぐに上へと向かって行く。
ピシャ!!
立ちはだかったのは『稲妻』。
光の柱が拒む様に次々と襲い掛かり僕の進行の邪魔をする。
僕にはまだ早いと言われているかの様･････だけどそんな事は関係ない。
邪魔するなぁ!!
僕の想いに呼応する様に地上で燃え盛る『炎』から火柱が立ち上り強引に黒雲を退ける。
そしてその切れ間から僅かに覗く『太陽』目掛けて一気に通り抜ける。
だが更なる壁が僕の行く手を塞ぐ。
真っ直ぐ天へと昇っていたが『太陽』に近付くにつれて全身が焼かれる様な痛みに苛まれ始めたのだ。
そのプレッシャーは『稲妻』の時の比じゃない。
だけど『稲妻』の時とは違い拒まれている訳じゃ無い。
『太陽』の圧倒的な力の前に僕の体がついて行けていないのだ。
地上の『炎』も此処まで届かない。
身を護る術も無く、遂には『太陽』の高熱で体の至る所が発火し始めた。
全身が悲鳴を上げている･････それでも僕は一身に手を伸ばす。
此れしかないんだ!!
この力が今必要なんだ!!
神殺しとしての直感が何としても『太陽』を掴めと訴えて来る。
そして武術家として、男としての意地がある。
こんな所で･････負けて堪るかぁ!!
灼熱の業火に身を焼かれながらも･････遂にその手が『太陽』に届いた。
『太陽』に手が触れた瞬間、意識は現実へ引き戻され、それと同時に口から言霊が零れていた。
「大地に豊穣を与え、地上に光を示す。
天上より与えられし神の力、此処に開放する。」
唱えた言霊によって背負っていた炎が白く輝き出す。
そしてその輝きは留まる事を知らず、雷雲立ち込め暗闇に包まれていた周囲を真昼の様に明るく照らし出した。
それは正に『太陽』の如く。
光量は先程に比べたら落ち着いたが、それでも周囲は僕を中心に日中の様な明るさを取り戻した。
そして僕自身の姿だが、凄まじい熱量を周囲に放ち、神々しく輝く『真の日輪』を背負い立っていた。
しかし今はそんな事に意識を裂いている余裕が僕には無かった。
何故なら現在進行形で体を中から焼かれている様な痛みに苛まれ続けているからだ。
それは意識の中で感じて痛みと同等･････いや、それ以上。
あの時と違い現実で起きているこの痛みは意識時以上の苦痛だ。
苦悶の表情を浮かべながら、それでも正面のトールから視線をきらなかったのは神殺しとしての本能。
そのトールはというと僕が変化を始めた辺りに、放っていた『炎玉』を潰し終えていた。
そして彼はこの力の正体に気付いた様で、危機感を持ったのかミョルニルを振り被っていた。
しかしその動きは止まり、トールの意識は僕から外れた。
彼の視線の先は彼の目指していた場所･････そして僕が行かせまいとしていた場所。
僕の背後の山中が突如崩落したのだ。
原因は間違いなくアレクさん。
彼の大きな『氣』と共に対峙していたであろう者の『氣』が消滅した。
トールが戦闘前に言っていた『蛇』が倒された事に思う所があったから意識が逸れたんだと思う。
まぁその御蔭で僕はこうして戦える体制を作る事が出来たんだからアレクさんに感謝しなくちゃ。
凄まじい速さで海岸に飛び出して来たアレクさんはじっと僕達を見ている事に気付いたけど、今は気にしない。
目の前の彼との決着を付ける事が先決だ。
「ふんっ、あの蛇は他の者に倒されてしまったか･････まぁいい。」
そう言って再び僕に鋭い視線を向ける。
その瞳には苛立ちと怒りが見て取れた。
「お主を倒し、次は其奴を倒せばいいだけの事だからなぁ!!」
トールは更に闘志を漲らせミョルニルを構えたが、同時に僕を観察していた。
「それにしても･････『太陽』か。
確かに強大な力を感じるが･････その使う本人がその状態ではな。」
思ったよりも冷静な事に舌打ちしつつトールに指摘された事を考える。
言われなくても分かってる。
多少駆けの部分はあったけどデメリットよりもメリットの方が多いと踏んだのだから仕方ない。
誤算は今も続くこの痛み･････流石にこれに長時間耐えられる自信は無い。
やるなら短期決戦･････それしかない。
僕は激しい痛みに苛まれながらも、それでも関係あるかと不敵な笑みを作る。
それと同時に『炎玉』と同じ様に『太陽玉』を作成する。
「っ!!･････確かに、厳しい状況ですが貴方を倒す力は手に入れました。
ここから一気に決めさせて貰いますっ!!」
作った『太陽玉』は3つ。
白く輝くその一つ一つが小さな太陽であり『炎玉』の比じゃない威力がある。
本当はもっと作って勝負を決めに行きたかったがそういう訳には行かなかった。
何故なら少し『太陽』の力を使っただけで今以上の痛みに襲われたからだ。
全身が沸騰する様な痛みに一瞬体が硬直してしまった程。
『太陽』の力がこんなに負担が大きいなんてっ!!
分かっていた事だけど思わず心内で愚痴ってしまう。
でもそんな事を言っている余裕が無いのも事実。
僕は作った『太陽玉』をトール目掛けて放った。
速度は『炎玉』と変わらない･････でもその圧力は比べ物にならない。
凄まじい熱量を周囲に放ちながら一直線にトールに向かって行く。
「太陽なんぞ我の敵では無いわ!!」
そう言うとトールはミョルニルを振り下ろし、同時に『太陽玉』に極大の雷が襲い掛かる。
激しい爆発が起こったが、その中で1つだけ消される事無く、灼熱の光球が存在感を示していた。
『太陽玉』は健在。
自然と口角が上がる。
そして驚愕したのはトールだった。
「何っ!! ぐぁああっ!!」
全て消したつもりでいたトールは反応する事が出来ず『太陽玉』の直撃を喰らう。
腹に直撃した『太陽玉』は激しい爆発と爆風を撒き散らし、周囲は爆煙に包まれる。
流石にあの攻撃だけで倒せたと思っていないから、警戒を弱める事無く煙の先を注視する。
けど煙が晴れるよりも先に、その中から不穏な気配を感じて咄嗟に『氣』を練り上げた。
僕を中心に太陽の炎が球状に広がり全身を包む。
その直後･････凄まじい轟雷が降り注いできた。
「ぐぅううう!!」
途轍もない衝撃と『太陽』を使う代償に苦悶の声が零れる。
体感的に途轍もなく長く感じた衝撃が漸く収まると、その疲労から思わず片膝を付いてしまった。
「はぁはぁはぁ･････。」
周囲には黒焦げのクレーターが至る所に出来ていて、まるで爆撃でもあった様な有様。
僕の周りだけが綺麗に残っている･････そんな状況だ。
「あの雷を耐え切ったか･････。」
声の先に視線を向ければ僕を見据えるトールと視線がぶつかった。
不遜な表情を浮かべているトールだったが、その腹には大きく焼け焦げた跡が見えた。
太陽による攻撃は間違いなく効いている!!
膝を付いている場合ではないと、震える足に力を入れ何とか立ち上がる。
これで漸くトールを倒す算段が立てられる。
でも状況が悪いのは間違いなく僕の方。
収まる気配の無い痛みに耐えながらも再び『太陽玉』を作り放つ。
するとトールがここに来て変化を見せた。
「些か厄介なその太陽･････これ以上喰らわぬわ!!」
そう言い放つとミョルニルを空へ掲げ自身に雷を落としたのだ。
雷はトールへと帯電し、彼の『氣』と合わさり凄まじい力となって、彼から発せられるプレッシャーが高まった。
そして先程よりも多く放った5つの『太陽玉』全てを容易く打ち払ったのだ。
「なっ!!」
簡単に対応された事にも驚いたが、それ以上に驚いたのはミョルニルだけでなく帯電している左腕も使った事だ。
能力が向上している事は予想していたけど･････これは相当やばい。
折角の太陽の力が効かなくなるなんて･････予想外もいい所だ。
まだまだ余裕がありそうだし、これ以上の手札が無いとも限らない。
･････早く決着を付けなくちゃ駄目だ。
改めてそう確信した僕は覚悟を決めた。
さっきの攻撃と防御で『太陽』の残りも少なく、氣・体力共に限界が近い。
それにこれ以上先の事を気にしていても勝機は無い。
トールの勝ち誇った笑みを睨み返すと同時に三度『太陽玉』を作る。
「芸の無い男だ･････その攻撃はもう効かぬわぁ!!」
そう言うと今度はミョルニルを振り上げ、雷による攻撃を再開させるつもりみたいだった。
でもそれそりも早く僕は駆け出した。
僕の行動は予想外だったのか数瞬後に後ろに雷が落ちる。
結局僕にはこれしかないんだ。
腕がもう使えない？
いや、まだこの腕は動く。
『太陽』の代償がきつい？
そんなの我慢すればいいだけの話だ。
僕は誰だ？
僕は･････僕は神殺しだ!!
僕は拳を握り締め、それだけで激痛が走るけどもう止まらない。
太陽の炎を拳に宿し、全力でトールに肉迫する。
トールは接近する僕に対してミョルニルを構え迎え撃つ態勢に入った。
進攻を止めて来るかと思ったけど、彼も分かり易い戦いを望んでいたみたいだ。
嬉々とした顔で僕を待って居る。
そんな彼に僕は先程作った『太陽玉』を放つ。
後数歩でトールの間合いに入ろうかというタイミングで放たれた『太陽玉』にトールの意識が僕から逸れる。
目の前で放たれた筈なのに凄まじい反応を見せるトール。
そんな彼の懐に飛び込んだ僕は『太陽』を宿した拳を叩き込もうとしていた。
しかしそれはトールの左腕に防がれる。
そして次の瞬間には僕を叩き潰そうとミョルニルが迫っていた。
この時幾つかの選択肢があった。
防ぐか、避けるか、迎撃するか･････。
僕が選択したのは･････真っ向から受け止める事。
全身に力を入れ、その凄まじいであろう衝撃に備える。
手と足には太陽の炎が灯っているが、吹き飛ばされた時以上の威力のある攻撃に耐えられるか分からない。
それでも･････勝つためには耐えるしかないんだ!!
次の瞬間襲い掛かる凄まじい衝撃。
意識が飛びそうになるし、衝撃の瞬間から腕の感覚が無い。
それでも吹き飛ばされまいと全ての力を振り絞り耐える。
ミョルニルから伝わる雷の力に体の内外全てが焼き切られ、凄まじい痛みに声すらも上げられない。
それでも･････僕の全力を賭けた行動はトールの攻撃を押し留める事に成功した。
受け止められた事に流石のトールも驚いたのか称賛の声が漏れていた。
「我の一撃に耐えるとは流石だ･････だが、これで終わりだっ!!」
「終わるのは･････貴方だぁ!!」
もうこの場を一歩も動けない。
次の瞬間には倒れてしまいそうな程だ。
でも･････この瞬間を待っていた。
この絶対にトールが避ける事が出来ない、ミョルニルを使って防ぐ事が出来ない･････この瞬間を。
僕は感覚の無い両腕でミョルニルを抱え込む様に全身で掴む。
雷からの攻撃はさっき以上に来たが、まだ耐えられる。
そして僕は･････残った全ての『太陽』の力を解放した。
太陽は僕を中心にその膨大な熱を放出し、僕とトールを飲み込む。
雷で強化されたトールには、この程度じゃ全然効いて無いと思う。
でもこれでいい･････彼への雷の供給は遮断した。
此処からは時間と体力勝負。
そしてトールに反撃する暇を与えない。
「この程度の事で我を倒せると･････なっ!!」
僕の体から全て離れた『太陽』の力だけど、制御は出来る。
意識的に動かす度に今度は体じゃ無く頭の中が焼ける痛みに苛まれるけど関係ない。
僕達を包む『太陽』を操り、今度は球体では無く棒状に変化させる。
それは言うならば『槍』の様に･････。
それを作る事5本。
それ等の内4本をトールの地面に縫い合わせる様に打ち込んだ。
『太陽槍』は『太陽玉』と違いその体に弾かれる事無くトールの体を貫通する。
「ぐああぁぁぁ!! っ嘗めるなぁ!!」
「くはっ!!」
ミョルニルを持つ手の『太陽槍』を強引に破ったトールはその勢いのまま僕を吹き飛ばす。
もう力の残っていなかった僕は簡単に吹き飛ばされる。
でも･････それでいい。
僕は消し飛びそうな意識の中、憤怒の表情で僕を睨み付けるトールに視線を向ける。
そして最後に無意識に口角を上げ言った。
「･････これで本当に最後です。」
最後に残った『太陽槍』･････それに残った全ての太陽の力を注ぎ込んだ。
それは全長2mにもなる『太陽長槍』･････正真正銘これが全て。
それに螺旋回転を加えトール目掛けて撃ち放った。
トールはミョルニルを使い迎え撃つも『太陽長槍』はそれすらも打ち破り･････遂に届いた。
「ぐぅおおぉぉぉぉ･････ぐぅああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
鼻に肉の焼焦げた匂い、耳にはトールの叫び声が届く。
それを最後に僕の意識は落ちていった。
色々と言いたい事はあるかと思いますが･････ご容赦ください。