正義の魔王 [改稿版]   作:しらこつの

35 / 41
第35話 激戦

Side 昴

 

「我が『ミョルニル』の力味わうと良い。」

 

戦闘開始直後そう言うと大きくて見持つ槌を振り上げ、それを僕目掛けて投げつけて来た。

凄まじい速さと、風切音と共に迫ってくる槌。

その迫力に思わず全力で回避する事を選択した。

 

すぐさま横に飛び込めば、直後に今まで僕が居た所を槌が通過する。

トール自身が大男である事もあり、彼の持つミョルニルも人1人よりも普通に大きい。

 

……あんなの喰らったら一溜まりもない。

 

開始早々冷や汗を流しながら、ブーメランの如くトールの手に戻って行くミョルニルを見詰める。

トールの持つ『ミョルニル』はとても有名の物で、僕も少しだけど知識がある。

 

壊れる事の無い強度を持ち、自在に大きさを変える事が出来る。

そして一度投げても、今の様に再びその手に舞い戻る力を持っている。

 

真っ赤に熱を発している『ミョルニル』に思わず舌を打つ。

 

北欧神話最強の戦神はだてでは無く、手に持つ武器も反則級の神具。

戦神である事から近接戦闘も楽々やってのけるだろう。

更に雷の神でもある。

それに最初に落としたあの雷……あれの対処法が全く思いつかない。

 

 

思考を巡らせながら再び構えを取る。

 

 

恐らく今回はウプウアウトから簒奪した権能は使えない。

傷を負う事で相手を知り経験を得て行くあの能力では、トールに対して相性が悪すぎる。

トールの一撃は全て、受ければ小さくないダメージを負う威力を持っている。

そんな物を一々受けていたら体が幾つあっても持たない。

それにあの権能で得られる経験だけでは間違いなく雷は避けられないだろう。

 

ならば今の僕が使える権能は唯1つ。

1番厄介である雷を使われる前に最大火力で決着を着ける。

幸いにして余裕を見せている今なら付け入る隙は確実にある筈だ。

 

方針を決めた僕は早速権能行使の準備に入る。

 

『炎の権能』は最初の『氣』の量で使える炎の量が決まる。

だから聖句を唱えた後からトールに接近するギリギリ限界まで『氣』を溜め続ける必要がある。

それもトールに気付かれない様に……。

今の僕にそれが出来るのか分からないが、それが出来る事がこの方針の最低条件である。

気付かれれば警戒され、間違いなく雷を使って来るだろう。

 

失敗は許されない、と覚悟を決めて小さく聖句を唱える。

 

「天上にあっては太陽、中空にあっては稲妻、地にあっては祭火。

 世界に遍在する火、惑わしの罪を取り除き、善き路によって富を導く者為り。」

 

聖句を唱えると共に体内を流れる『氣』が炎へ変わる準備を始めた。

それと同時に溢れ出ようとする『氣』を内に留める。

戦闘中という事もあり尋常でない量だが、表情を変える事無く抑え込む。

 

……これで後は気付かれずにトールに近付くだけだ。

 

最速で決着を付けるプランを練り終えた所にトールの第2投が襲い掛かる。

思考中の隙を付いた攻撃に反応が遅れた。

だが高い集中力を発揮していた事が功を奏し、間一髪の所で回避に成功する。

熱風を振り撒きながら横を通過したミョルニルに改めて気を引き締める。

 

「隙を付いたと思ったが、やはり神殺しだな。」

 

舞い戻るミョルニルを手に収め、好戦的に笑うトール。

僕は体を起こし、その立居姿だけで覇気を纏わせる彼を真っ直ぐ睨み返す。

 

「流石は北欧神話最強の戦神……一瞬も気を抜けない。」

「ほう、我を相手にその様な気概で勝てると思っていたのか。

 その程度で我を止められると思うなよ。」

 

そして再び振り被られるミョルニルに内心笑みを浮かべ、気合を入れる。

慣れない挑発に……挑発になっていたか微妙な所だけど上手く行って良かった。

僕の言葉に反射的に反応してしまうあたり、トールは伝承通り単純で激しやすいみたいだ。

そんなトールの性格を思い出しての咄嗟の思い付き。

雷を使われる可能性もあったけど、今回は運が味方した。

 

三度放たれた『ミョルニル』は猛烈な勢いで僕目掛けて一直線に向かって来る。

予想通りの攻撃方に気合を入れて僕も駆け出した。

狙うのはミョルニルと地面に開いている僅かな隙間。

タイミングを見てその隙間の下をスライディングの要領で滑り込んだ。

頭上ギリギリをミョルニルが通過していくのを感じるが僕はもうトールだけを見据えていた。

ミョルニルによって視界から消えていた僕が突然近くに現れた事でトールは多少なりとも驚いている筈。

 

……ここしかない。

 

僕はすぐさま起き上がると溜め続けていた『氣』を解放した。

全身から放たれた『炎』はすぐさま集束して僕の背に日輪を作る。

そして勢いそのままに僕は両足に『氣』を込めて地面を蹴る。

『神道流移動術・瞬』

炎の軌跡を残しながら一瞬の間にトールの懐へ飛び込んだ。

 

「何っ!!」

 

移動術の速さに驚きを隠せないトールの声が漏れる。

僕も間近に感じられる強大な神力と完璧な肉体に圧倒された。

でも臆する事無くここで勝負を決めるつもりで拳を握り締めた。

『神道流攻式壱ノ型・針・焔』

燃え上がらせた拳をトールへと叩き付ける。

 

「ぐおぉぉぉ。」

 

分厚い筋肉の壁を火神の炎で焼き焦がす。

『針』を使った事で目に見えない体内にも炎が突き抜ける感触があった。

僕はこの機を逃さず連撃に繋げ様とした時だった。

 

「ぐぅぅ……嘗めるなぁ!!」

 

怒号と共にトールは拳を振り上げ、それと同時に神殺しの本能が警笛を鳴らす。

僕はそれに従いとっさに腕をクロスさせ頭を護り、同時に『氣』を頭上に集中させた。

権能の力によって『氣』は『炎』へと変換され、頭上には『炎壁』が出来上がる。

 

その直後閃光と爆音と共に凄まじい衝撃が襲い掛かった。

 

恐らくトールによる雷の攻撃。

その一撃は『炎壁』を突き抜ける事は無かったが、衝撃で僕は動く事すらままならない。

 

そしてその硬直が致命的な隙となった。

 

先程投擲したミョルニルがトールの手に戻っていたのだ。

もう既にトールは怒りに表情を染めながらミョルニルを振り被っている。

僕は凄まじい一撃に思考すらも硬直していて反応が遅れていた。

それでも神殺しの神がかった反射の御蔭で瞬時に前方にも『炎壁』を展開する。

 

「そんな物で防げると思うなぁ!!」

「っぐぅぅぅ!!」

 

ミョルニルによる衝撃は雷の比では無かった。

瞬く間に『炎壁』を突き破ってくるその威力……尋常じゃない。

 

そして一瞬にして『炎壁』は破られる。

 

全身が粉々になるんじゃないかとすら思う衝撃に僕は為す術も無く吹き飛ばされた。

飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、砂浜の上を転がりながら耐える。

漸く止まった時には30mもの距離を吹き飛ばされていた。

そして全身に襲い来る痛み……特に両腕には激痛が走っていた。

何とか体を起こすも、体を動かす度に全身を痛みが駆け巡り、両腕に至っては真っ赤に腫れ上がっている。

 

でもまだ体は動く。

 

トラックに惹かれた程度の全身の打ち身と間違いなく粉々に折れているだろう両腕。

あの一撃を受けてこの程度で済んだのは『炎壁』と咄嗟に後ろに跳べた御蔭だ。

反応は遅れたが、それでも体はしっかり回避の為に動いていた……流石は神殺しと言った所だろう。

 

だが両腕が使えなくなったのは厳しい。

 

僕的にはあそこで勝負を決めるつもりだったし、そうでなくとも一発で終わる予定じゃなかった。

予想外だったのは、思った以上に頑丈だった肉体と彼の精神力。

『針』を使ったから間違いなくダメージは受けた筈だ。

それでもたった一発で反撃を喰らってしまったのだから、戦神である彼を甘く見ていたという事だろう。

 

「ふんっ、痛み分けと言った所か。」

 

その言葉に距離の離れたトールに視線をやると、彼は不満そうに表情を歪めながら口元の血を拭っていた。

そして視線を下にやると、僕の一撃が入った箇所には真っ赤に焼けた跡が残っていた。

トールの仕草と言葉からすると、少なくないダメージが入っているという事。

 

「確かにそうみたいですね。」

 

全力で動けるとは言い難い僕の方が不利だとは思ったけど、痩せ我慢で笑みを浮かべる。

そして再び構えを取るが、それだけで腕に痛みが走る。

けど、これが僕の基本形……どんな状態であろうとこれだけは譲れない。

 

……でもこれ以上拳を握る事は不可能か。

 

自分の体を客観的に分析して心の中で零す。

拳を握る事すらままならないこの状況で武術を元に戦闘をする事はもう出来ない。

幸いにも『氣』はまだ十分に残っているし、『炎』の使える量も余裕がある。

 

……この状況で勝つ方法を考えないと。

 

現状使えるのは背中で燃え続けている『炎』だけ。

決定力に掛けるこの状況でどうやって勝利を捥ぎ取るのか。

激しくなるだろう第2ラウンドに一層気を引き締めた。

 

 

 

 

 

Side トール

 

蛇に誘われる形で訪れた現世。

蛇との決着をつけようと奴の気配のする方角へ向かおうとした所、進行方向に我が仇敵が姿を現した。

 

……神殺しだ。

 

真っ先に蛇との決着を付けたかったが、邪魔立てするのなら無視は出来まい。

戦神らしく顕現して早々『神藤 昴』と名乗った神殺しと戦う事になった。

 

ハハハっ、やはり戦いという物は血が滾る。

 

手始めに我が神器『ミョルニル』を使い攻撃する。

だが流石は神殺し……この程度では簡単に避けられてしまう。

一瞬の隙を見て再度投擲したが反応良く避けられた。

その後だ……奴の零した言葉に我は反射的に体が動いていた。

 

このトール相手に気を抜く余裕があると思ったか!!

 

そう思えば既に再度ミョルニルを振り上げていた。

だが今思えばそれが奴の策だったのかもしれない。

 

我が槌の攻撃を正面から躱し、あろう事か我の動揺を付いて一瞬の内に懐まで潜り込んできた。

直後に来た火神から簒奪したであろう『炎の拳』による一撃。

喰らった腹部から一直線に体内を焼かれた程の貫通力を持った威力に思わず苦悶の声が漏れた。

 

しかし「やられたままではいられまい」と我が雷神としての力を解き放った。

上空より雷を招来し奴の頭上に落とす。

受け止められはしたが、その隙に舞い戻ったミョルニルを叩き込んでやった。

 

吹き飛ぶ奴の姿を見詰めながら、上手く衝撃を逃がされた事に訝しむ。

あの状況でミョルニルの一撃に対して炎で壁を作り、自分はとっさに後ろへ飛んでいた。

その反応の良さは些か厄介だと思わざるを得ない。

口元を伝う血を拭い、絶えず鋭い視線を向けて来る神殺しに我も睨み返す。

 

この攻防は痛み分けと言った所か。

 

双方万全とは言えなくなった体……だが我は勿論、奴にもそんな事は関係ないだろう。

我はこの戦いに勝ち、蛇との決着を果たすのだ。

湧き上がる隠しきれない高揚感に口角を上げ、再び神力を滾らせミョルニルを握り締めるのだった。

 

 

 

 

 

Side アレクサンドル

 

封印の要だった石が壊れたのを確認した俺はすぐさま迷宮を作り出す権能『大迷宮』を行使した。

ここに封印されているのは間違いなく『毒蛇・ヨルムンガンド』。

こんな閉鎖的な場所で毒蛇を相手にする訳には行かない。

実際石が壊れた直後からそこから神気と共に毒霧らしき物も出て来ている。

 

『迷宮』を作り出した俺は一先ずヨルムンガンドの居る場所から離れた所へ移動した。

速攻で倒してしまう事は簡単だが、『大迷宮』を解いてしまえばこの洞窟が崩れてしまうのは必至。

 

その前に調べられる事は調べておこう。

 

ヨルムンガンドはまだ今の場所から動く気配はない。

権能を行使したおかげで気付いたが、あの封印があった場所には壁画があったみたいだ。

俺とした事が封印石から発せられていた神気に気を取られて全く気付けなかった。

だが幸運な事に迷宮の中であればその全てを把握する事はできる。

俺は自分自身に苛立ちながらも洞窟内を把握する為に意識を集中させるのだった。

 

 

 

調べてわかった事はあの壁画は全て唯の落書きだという事だ。

ヨルムンガンドに関する事は一切なく、学術的価値も何も無い。

いったい誰が何の為にこんなくだらない事をしたのか……苛立ちが更に募る。

 

……どうするか。

 

一旦感情を押さえて、これからの事を考える。

幸いにしてあれだけの毒霧を出していたにも拘らずヨルムンガンドは未だその場から動いていない。

奴をこのまま放って置いても良いだろうが……俺が目覚めさせた手前このままというのも外聞が悪い。

 

相手はヨルムンガンドとは言え、たかが神獣。

神が相手ならいざ知れず、神獣程度ならどうにでもなるだろう。

それに直接壁画を調査出来たら、何か違う発見があるかもしれない。

そんな淡い期待を持ってヨルムンガンドの所へ移動する事に決めた。

 

 

 

そして……。

 

 

 

「くっ!!」

 

襲い掛かる巨大な蛇の尻尾。

それを俺の持つ権能の1つ『電光石火』を使い、神速で見切り避ける。

 

結局ヨルムンガンドのいる場所に入った途端、奴は突如として周囲に毒を振り撒きながら襲い掛かって来た。

俺の持つ呪力に反応したのだろう……神獣の癖に鋭敏な奴だ。

毒の方は魔術的意味合いが強いらしく、呪力を高め続けていれば大した影響はない。

問題はその強靭な鱗だ……隙を付いて電撃を食らわせてみたが焦げ跡一つ付かない。

 

何て強靭な体だ!!

 

たかが神獣だと甘く見ていた。

電撃が効かないと言うのはかなり厄介だ。

 

今はとりあえず避け続けているが問題がある……この部屋にある壁画だ。

確かに価値の無い物だと分かっていたが、それでも直接調べてみたいと思っていた。

しかし奴が暴れまわる度に壁に体をぶつけ、貴重な資料が破壊されていく。

何とか防ぎたいがどうする事も出来ない。

 

「シャャャーーーー!!」

 

大声を上げながら再び襲い掛かって来るヨルムンガンド。

今度は正面から牙を剥き出し噛み付くつもりの様だ……更に毒の特殊効果付き。

 

……もうここまで来たら諦めるしかないのか。

この状況ではもう調査など出来る筈もない。

遺憾だが……かなり遺憾だが、諦めるしかないか。

 

そしてある権能を行使する事を決めた。

こうなったら完膚なきまで叩き潰してやる。

 

正面から迫る蛇を神速で躱しそのスピードのまま蛇の胴体まで移動する。

そこで準備していた権能を行使する。

すると俺の目の前に暗黒の球体が現れた。

暗黒の球体が現れた瞬間この部屋……いやこの迷宮全体が悲鳴を上げた。

 

行使したのは『さまよう貪欲』と呼ばれている権能。

出現した球体はブラックホールの様に全てを飲み込む吸引と重圧を兼ね備えた物。

『さまよう貪欲』は凄まじい勢いで周囲にある物を吸い込んでいく。

そして吸い込まれた物はその重圧によって跡形もなく押し潰される。

 

そしてそれはヨルムンガンドも例外ではない。

 

「キシャャャァアャァァァーーーーーー。」

 

悲鳴とも聞こえる叫び声を上げながら体の中心から『さまよう貪欲』に飲み込まれていくヨルムンガンド。

その勢いは次第に強まっていき迷宮をも飲み込んでいく。

いやもう既に『大迷宮』の権能は使っていない、使う必要が無くなった為行使を止めたのだ。

『さまよう貪欲』はこの辺り一帯を吸い込むまで止まる事は無いだろう。

予想の付いていた俺は出口目掛けて神速で移動する。

 

自分の権能に巻き込まれるのはごめんだ。

ヨルムンガンドの悲鳴は聞こえなくなった……もう既にその命を落としたのだろう。

 

出口を目指す目的はもう1つある。

迷宮の権能を解除した時から感じているこの気配。

これ事実であるなら外は厄介な事になっている筈だ。

 

嫌な予感に突き動かされながら急ぐ。

 

外に近付くにつれて感じ取れる気配が確かな物になってくる。

出口が見えたが俺は神速を弱める事なく外に飛び出し、そのまま海の上から周囲を見渡す。

そしてそこからの景色に驚愕した。

洞穴のある海岸では火傷の様な痕を負いながら手に持つ槌を振り回す大男の姿。

そしてその背に日輪を背負い、全身に怪我を負いながらも、襲い掛かる雷に炎で対抗する少年。

……先程別れた筈の『神殺し・神藤 昴』が戦っていたのだから。

 




戦闘描写はいつまでたっても上手に書けません。
突っ込み処はあるかと思いますが、スルーして下さい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。