正義の魔王 [改稿版]   作:しらこつの

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お待たせしました。

少々突っ込み処のある内容かもしれませんが、あまり気にしないで頂けるとありがたいです。



第33話 胸騒ぎ

Side 昴

 

あの後僕は引き摺られながら目的地も教えて貰えず、飛行機に乗せられた。

後で聞いた話だと、アレクサンドル様……アレクさんの自家用ジェットだったらしい。

重苦しい空気を何とか和らげ様と頻りに話し掛けてみたけど、全て空振り。

唯一の進展と言えば、今までアレクサンドル様と呼んでいたのを、長いからアレクと呼べと言われた事位。

僕は目的地すら知らされず、ヒシヒシと感じられるアレクさんからのプレッシャーに耐える事しか出来なかった。

 

飛行機を降りたら車に乗せられ現在とある海辺に1人立っている。

アレクさんに待っていろと言われ、その本人は何処かに行ってしまったからだ。

 

それにしても此処は何処だろうか?

あの石版が関係している所なのは間違いないから、北欧の何処かだと思うんだけど……。

それにここに来てからというもの胸騒ぎが収まらない。

 

暫く1人で待っていたら、漸くアレクさんが戻って来た。

何処に行っていたかは分からないけど、機嫌が悪くなっている様に見える。

……何かあったんだろうか?

 

「……行くぞ。」

 

ただ一言そう言うと、僕を待たずに歩き出してしまうアレクさん。

そんな彼に急いで追い付いたけど、眉間に皺を寄せている彼に言葉を掛けられない。

でもそんな事を言っている場合でも無いのも確かで……意を決して声を掛けた。

 

「アレクさん、ここ何処なんでしょうか?」

「・・・・・ここはこの石版が見つかった場所だ。

 この近くの海岸に打ち上げられていた所をこの辺りを拠点としている魔術結社が回収した。」

 

それはある程度予想していた答えだった。

……僕は具体的な場所を知りたいんです。

けれど、漸く得られた情報ではあった。

しかしその後は会話が続かず、黙々とアレクさんに付いて歩くしかなかった。

 

暫くして到着したのは綺麗な海岸。

そしてここに来て漸くアレクさんが僕に視線を向けた。

 

「此処が石板を発見した海岸だ。

 さっき石板を見つけた結社に聞いて来たから間違いない。

 ……それにお前も気が付いているだろう、辺りに漂う呪力に。」

「はい。」

 

ここに来る前から感じていた胸騒ぎの正体も、この辺りから感じる『氣』である事は歩いている途中で気付いた。

この近くに何かあるのは間違いないだろう。

 

「お前はこの呪力の発信源が分かるか?」

「……力の強い方角は何となくですが分かります。」

 

意識を集中させる事で、より強く『氣』を感じ取れた。

そんな僕をアレクさんは意味深に頷きながら、指示を出す。

 

「やはりそうだったか……そこまで案内しろ。」

「は、はい、わかりました。」

 

早く行け、と言わんばかりに僕に視線を向けて来るのできびきびとした動きで歩き出す。

後ろからのプレッシャーをひしひしと感じながら海岸を歩く事数分、等々海岸地帯が終わってしまった。

僕は再び周囲に意識を張り巡らせる……そして漸く見つけた。

其処に視線を向けると、一ヶ所だけぎりぎり人一人通れる位の穴が開いている所があった。

其処から肌を刺す様な濃密な『氣』が漏れ出ていた。

 

僕の視線に気が付いたのか、アレクさんもその穴を鋭い視線で凝視する。

 

「……確かに、あの穴が発信源で間違い無さそうだな。」

 

そう呟いたアレクさんの表情は笑っていた。

そして僕を追い抜いて穴に向かって歩いて行く。

 

「よくやった、此処まででいい……後は好きにしろ。」

 

アレクさんはそう告げると『氣』を発し、その瞬間光と共に消え去った。

 

「えっ、ち、ちょっと!」

 

声を掛ける暇も無くその場から居なくなったアレクさん。

何かしらの権能を発動させた移動に全く反応も出来ず、僕は一人取り残された。

 

これからどうしよう。

 

恐らく今までの感じから彼の中には僕の事は頭の隅にも残っていないと思う。

エリカさん達と連絡取りたいけど携帯の充電は切れている。

アレクさんの言っていた結社に助けを求めるのも手だけど場所も名前もわからない。

それ以前にここが何処かもわかっていない。

もう日も暮れ始めていて、海外は日本と違って夜遅くまでやっている店も少ない。

周囲を見渡す限り何もない場所では人を見つける事も難しいだろう。

 

本当にどうしよう。

 

よし!何時までも此処に居ても仕方がないから移動しよう。

取り敢えず言葉の心配はないから、近くに誰かいないか探そう。

そこで電話を借りればいいし、もしかしたら泊めてくれるかもしれない。

 

機動的観測は多分に含まれているけど、今は他に何も思いつかない。

僕は辺りに何かないか取り敢えず歩き始めた。

 

 

 

 

 

Side アレクサンドル

 

今までずっと探し続けていた最後の王の謎も解き明かした。

俺だけの力じゃないのが心残りだが……。

 

一番興味は失ってしまったが、世界には未だ俺の興味を引く物は多く存在する。

次の調査に向かおうとしている時、ある報告が入った。

何でも新たな神殺しが誕生したらしい。

場所は日本……よりにもよっていけ好かない奴のいる土地だ。

当時は俺には関係のないと気に留めていなかったが、次々に入ってくる情報に無視出来なくなっていった。

 

魔王デヤンスタール・ヴォバンの再来。

 

パオロ率いる赤銅黒十字に対して無茶な命令。

日本の神殺し草薙 護堂の獲物の横取り。

数日前に行われたサルバトーレ・ドニとの決闘。

 

まだ誕生して数ヶ月という短い期間にこれだけの事を仕出かした。

あの戦いで死んだヴォバンの再来というのも頷ける。

 

そして昨日……あの女から厄介な、そして一方的な電話が掛かって来た。

その内容は今でも聞かなかった事にしたい。

 

『明日かの噂の王を連れて行きます。

 楽しみに待っていてくださいね。』

 

たったそれだけの馬鹿げた内容。

無視しようかと思ったが、噂通りの男ならば無視してこの辺りに被害を出す訳にはいかない。

俺は幹部連中に住民を含めて全員避難させた。

 

そして今日……俺の目の前にいるのは、噂とは懸け離れた見た目の優男。

この容姿で魔王の再来かと思ったものだ。

しかし見た目で判断できないと、実体験で知っている俺は警戒を怠らない。

 

「御初に御目に掛かります。

 この度新たに神殺しとなりました、神藤 昴と申します。

 先達に当たるアレクサンドル様にご挨拶に伺いました。」

 

予想外にも丁寧に挨拶をしてきた。

神殺しという者は決まって何処か可笑しいものだ。

容姿は良く見えても、あの中華女の様に振る舞いが自分勝手等よくある話である。

 

「挨拶だと?

 俺にも勝負を挑みに来たという訳か……生憎俺は忙しい、他を当たれ。」

 

大方の内容を予想した俺は即座に突き放し、無駄な時間を終わらせようとした。

それで奴が牙を剥くなら仕方がない、少々面倒だが受けてたとう。

そこの待ったをかけたのは……今回の首謀者の女だった。

 

「だから少し待ちなさい、アレクサンドル。

 先日資料をお渡しした際、自身の目で噂の真意を確かめて欲しいと言った筈です。

 貴方ともあろう御方がたかが噂話を真に受けて、その真実から目を背けるのですか?」

 

普段なら聞き流す程度の挑発だった。

確かに電話の直後に送られてきた資料には目を通したが、全く信憑性の無い内容。

だが何故か今回は心の何処かで見極めなくては、という気持ちが湧き上がっていた。

あの女に言われたという所が気に食わなかったが……仕方がない。

 

 

 

俺は噂話に踊らされていた事に気付かされた。

奴を……神藤 昴を見誤った。

恐らく噂の殆どが出鱈目……奴から受け取った資料が真実なのだろう。

そう判断できるだけの意思がこの少年には感じられた。

 

真っ直ぐな視線。

目上に対する気配り。

少年らしからぬ対応。

まぁ、偶に少年らしい所も見受けられたが……。

 

今までに会った事の無い神殺しだ。

興味を引かれた……だから俺らしからぬ事をしてしまったのだろう。

もう少し話してみたくなり昼食に誘ってしまった。

あの女の顔にイラついてしまい話す事は無かったが……。

 

そして今の俺の状況を決める出来事が起こった。

 

食事を終わらせた神藤 昴が、我が結社の収集品を見たいと言い出したのだ。

ここにあるのは俺の集めた物ばかりで、そして此奴に見せている物は一般公開している物だけだ。

俺は離れて観察していたが、その時の様子は何処から見ても年相応の少年にしか見えない。

 

しかし突然立ち止まると、此処に来てから見た事の無い鋭い視線である展示物を睨んでいた。

俺にもあの感覚がわかる。

恐らく神殺しとして何か感じ取ったのだろう。

気になって近付くと、そこに展示してあったのは北欧神話の毒蛇ヨルムンガンドが書かれた石版だった。

……確か放置されていたスウェーデンの結社から拝借した物だったか。

興味を引かれ、後ろから声を掛けると驚かれたがすぐに気付いた事を話してくれた。

 

この石版が力を放っている……という事だった。

その指摘に俺もすぐさま確認する。

……確かに他の物より微弱だが力が強く感じる。

いや、今現在にも徐々にその力が強くなっている様に感じ取れた。

 

一流と呼ばれる魔術師連中でも気付くかどうかの本当に微弱な変化を感じ取ったこの男に興味が湧いた。

 

大した話は聞く事が出来なかったが、神殺しに理論的に話せと言うのも無理な話か。

だが大まかな推論は立てた。

 

「個人の力量にもよるが、神殺しの殆どが神と相対した時のみその力を発揮する。

 だがこの場には少なからず神力を宿している物が多くあった。

 微量だが石板からは確かに他と比べると強い力を放っていた。

 いや、そうだとしても……まさか此奴の感覚は俺よりも鋭いと言うのか。」

 

此奴の事も気になるが、今はこの石版の方が先か。

推論を証明し様が無い事は後にして、現在進行形で強くなりつつある石板に目を落とす。

石板から力の反応が出始めたという事は、現地でも何かしらの変化が起こっている可能性がある。

 

しばし考えを纏めた後、隣で俺を見る男に視線を向ける。

 

いつもなら一人で行く所だが、此奴の鋭い感覚が役に立つかもしれない。

俺の立てた推論を検証する事も出来る。

それに此奴なら俺の邪魔をする事は無いだろう。

そう判断して此奴を連れて俺はスウェーデンに飛んだ。

 

 

 

石板の発見場所・・・スウェーデンのとある海辺。

予想通りかなりの力が感じ取れる。

俺でも此処まで感じているのだ……此奴ならもっと強く感じている事だろう。

 

そして漸く見つけた。

海岸の終わり、岩場の見え辛い所に人一人通れる程の穴を。

肌を刺す濃密な呪力がその穴から溢れ出ていた。

俺一人でも見つける事は出来ただろうが、此処まで早く探し当てる事は不可能だった。

 

そう思い俺の前で洞穴を睨む少年に視線を向ける。

此奴の感覚は神殺しの中で間違いなくトップだ。

この周囲に漂う呪力の中で迷わずその源を探し当てたのだから。

 

……推論は正しかったという事か。

 

此奴がどうしてこれほどの感覚を持っているかは分からないが、それはまた後でもいい。

俺は再び呪力湧き出す洞穴へ視線を戻し、歩き出す。

 

此処まで連れて来てくれた事には感謝するが、これ以上は調査の邪魔だと判断した。

権能を使い一瞬で奴を置き去りにして穴に飛び込む。

穴の中は思った以上に暗く深い。

しかも下に向けて穴は進んでいる為、海水が浸水して来ている。

この状況で長時間の調査は厳しいと判断した俺は早速調査を開始する。

 

この洞穴は真っ直ぐに続く一本道。

石板が出て来ていた事から遺跡かと予想していたがどうやら違った様だ。

遺跡であるならばもっと道が複雑なはずである。

壁も何かが彫られている訳ではない。

だがこの洞窟全体に魔術が掛けられている……恐らくこの呪力が外に漏れ出ない様にする為の術が。

その魔術が緩んだ所為で石板も呼応する様に力を発し、この辺りも呪力が充満する事になったのだろう。

 

少し違和感を覚えながら更に先を進む。

この先から神に準ずる力が感じられる為、間違っている訳ではないだろう。

洞窟が深くなるにつれて通路の幅は広くなる。

そして道は一本道だが、この洞窟は起伏がとても激しい。

初めは下に向かっていて、全身が海水に浸かってしまった箇所もあったほどだ。

そして今は急な上り坂。

御蔭で冷たい海水とはおさらば出来たが、代わりに呪力の正体がすぐ近くで感じられる。

 

少しして漸く最奥部らしき場所に辿り着いた。

そこはちょっとした広間になっていてかなり広い。

注目すべきはその中央。

不自然に大きな石が置かれ、その石がこの力の発信源となっていた。

周囲に視線を走らせたが他には何も見当たらない。

 

呪力石を前にして暫し考えを纏める。

この規模の魔術を唯人が行ったとは考え辛い……ならばいったい誰が、何の為に。

 

いくつか考えはあるが、どれも決定性に欠ける。

手っ取り早いのはこの石を破壊してこの力の正体を拝んでみる事だが、神獣は一部を除いて言葉を発さない。

神であれば何かしらの情報を手に入れる事は出来るのだが……。

それに此処に居るのが本当にヨルムンガンドであれば相手は毒蛇の化物だ。

この状況を考えたら此処での戦闘は避けたい。

そう判断して今回はここまでにして外に出る事にした。

 

その時だった。

 

しっかりと持っていた筈の石板が俺の手から離れ地面に落下したのだ。

まるで何かに吸い寄せられるかの様に……。

地面に落ちた石板はあっけなく割れ、その瞬間嫌な予感が全身を駆け巡った。

そしてすぐさま視線を石に向ける。

するとどうした事だろう……石に大きく罅が入っていた。

この石版が石を壊す条件だったのか、石板によって封印されていたのかはわからない。

 

だがまずい、どうしてこうなった。

 

次の瞬間石は砕け散り、広間に凄まじい力の奔流が流れ込んできた。

俺はすぐさま意識を切り替え、最善を尽くす為次の行動に移るのだった。

 

 

 

 

 

Side 昴

 

海辺を後にした僕は、人または家を探して道に出ていた。

だがしかし……この辺りは街灯も疎らにしか無く、周囲には何も見当たらない。

こんな所では人に会う事なんて出来るのだろうか。

 

途方に暮れていた時、道の向こうに一筋の光が見えた。

それはだんだん近づいてくる。

 

……車だ!!

 

今日は色んな事(災難)があったけど、天はまだ僕を見捨てていなかった。

こんな所を車が通る何て……僕はついているかもしれない。

僕は急いで道に出て、相手が気付く様に大きく手を振った。

近づいて来る車はそれに気付いたのか、僕の手前2m程で止まってくれた。

 

乗っていたのは4人。

まずは厳つい顔付きの40代位のおじさん。

2人の背の高いイケメン。

最後に僕と年の同じ位の藍色に輝く綺麗な髪をした女の子。

 

「あ、あの……えっ?」

 

一番に降りて来たのは女の子。

勢い良く僕に向かって来たかと思うと、何処からともなく剣を取り出し僕の喉元に突き付けて来た。

そして無意識に体が反応してしまった。

 

喉元目掛けて放たれた突き。

それが届く前に足を振り上げ、真ん中辺りから圧し折る。

そしてその光景に呆然としている彼女の腕を掴み地面に組み伏せる。

 

此処までの動きを完全に無意識の内に一瞬で行なっていた。

はっと我に返って自分の下で呻いている彼女を認識し、更に剣を構え今にも襲い掛かって来そうな彼等に気付く。

 

「貴様何者だ!!」

「今すぐジークルーネを離せ!!」

 

激しい怒声が浴びせられ、すぐに彼女を解放し彼等からも距離を取った。

ジークルーネと呼ばれた彼女も僕が離れたらすぐさま起き上がり、折れた剣を手に仲間の下へ駆け戻る。

振り返った彼女の瞳は激しい怒りで満ちていた。

 

其処に最後に車を降りた目付きの鋭いおじさんが彼等を宥めながら前に出た。

表情には出していないが、僕を警戒している事は感じ取れる。

 

「全員落ち着きなさい。

 君もいきなり済まなかったね。」

 

彼の言葉に今にも襲い掛かって来そうな感じはなくなったけど、全員が全員僕を睨んでいる状況は変わらない。

その視線は僕が不審な動きを見せればすぐにでも襲い掛かると言っている様に見えた。

彼等が下がった事を確認した男性は警戒しながらも、少しばかり表情を和らげて話し掛けてきた。

 

「君は誰だい?どうして此処に居るのかな?」

 

その問い掛けに僕はどう返すか迷った。

 

本当の事を言っていいのか。

少し様子を見た方がいいのか。

彼等がどういった人物なのか。

 

返事に困っていると、彼が更に言葉を続ける。

 

「この辺りはある御方の指示で我々が封鎖しているんだ。

 それにこの辺りには誰も住んでいない。」

 

あぁ、そう言う事か。

彼の言葉に彼等の正体が何となくわかった。

恐らく彼等はあの石版を発見した結社の人達だと思う。

さっき話を聞きに行ったって言っていたし、多分指示した人はアレクさんだ。

少々過激だったけどカンピオーネの指示だし、そりゃ必死にもなるか。

 

彼等を魔術師だと判断して僕は名前を名乗る事にした。

 

「……僕は『神藤 昴』といいます。」

 

これだけ言えばわかるだろう……今の僕は色んな意味で有名だし。

若い彼等は気付いていない様子だったが彼は気付いたみたいだ。

そんな彼は恐る恐るといった感じに聞いてきた。

 

「も、もしかして…あなた様は……。」

「えぇ、あなたの想像している通りの人間だと思います。

 僕はあなた達に指示した人に連れられて此処に来ました。

 あぁ、そのままで構いませんからね。」

 

話の途中で跪こうとしたから慌てて付け加える。

今までの雰囲気は何処へ行ったのか、彼からは恐怖しか感じない。

……ここでも僕は魔王の再来と思われているのか。

少し落ち込んだが気を取り直して話を続ける。

 

「僕のやる事はもう済んだみたいなので、もう勝手にしてくれと言われました。

 だけど、周りに人の姿が無くて困っていたんです。」

「貴様はいったい何を言っている!!」

 

等々彼女が吠えた。

名前だけ言って話を続ける僕は確かに不信だろうしね。

……でも、自分から神殺しだって名乗るのは少しね。

その彼女だが僕を警戒する事だけに気を向けていたからか、彼の様子に気付いていない。

彼は彼女が声を上げた瞬間その顔が真っ青になったのだ。

 

「も、申し訳ありません、どうかこの者の命だけは!」

「大丈夫ですよ、別に気にする様な事ではありませんから。」

 

すぐさま謝って来る彼にそう諭すと、驚いた表情をした。

そしてすぐに感激に表情を染めて膝を付き、深く頭を下げた。

そんな彼の姿に後ろに控えていた人達は困惑する。

 

「ヨ、ヨルダン様、どうしてこの様な何所の馬の骨とも知れない輩に頭を上げるのですか!!」

「馬鹿者!!この御方は新たに誕生されたカンピオーネ・神藤 昴様だぞ。」

 

流石の彼女も僕が誰だか漸くわかったみたいだ。

その表情を一気に青くした。

 

「こ、この方が、カ、カ、カ、カンピオーネ。」

 

残った二人もその表情を恐怖に染めた。

うん、ショックだ。

 

彼女達は止める間もなく僕の前に揃って膝をつく。

 

「し、し、知らなかったとはいえ、も、申し訳ありませんでした。」

「えっと・・・ジークルーネさんでしたっけ?」

「は、はい。」

 

あぁ・・・とても怯えさせてしまった。

 

「別に気にしていませんから。

 皆さんもそんな所に膝を付いたら服が汚れますよ。

 そんな畏まらなくてもいいですから、立ってください。」

 

しかし誰も動いてくれない。

どうしようかと悩んでいた時ふとヨルダンさんと目が合った。

僕は期待を込めて頷いてみると、彼も何とか頷き返してくれた。

 

「皆立つんだ、神藤様が言う事を聞かない訳にはいくまい。」

 

そう促し、自分から率先して立つ。

ありがたい……あの状態じゃあやり辛くってしょうがないから。

残った人達も恐る恐る立ってくれた……その表情は恐怖に染まったままだけど。

 

「先程は申し訳ありませんでした、神藤様。」

「も、申し訳ありませんでした。」

 

再び謝って来るヨルダンさんとジークルーネさん。

残りの二人も一緒に頭を下げる。

 

「さっきも言いましたが、別に気にしていませんよ。

 それよりも皆さんはどうしてここに?」

 

このままじゃ、話が前に進まないと思い話題を変える。

 

「我々は数時間前に突然いらっしゃったアレクサンドル様の指示でこの辺りの封鎖の為に動いておりました。

 私達は最終点検の為に車で見回っていたのです。」

 

うん、予想通りだ。

 

「その時アレクさんが持ち出した石板の事も聞かれましたよね?」

「はい、その通りです。

 突如として数時間前から発し始めたこの呪力にどうした物かと思案しておりました。

 其処にアレクサンドル様のお話を聞く事で私達は原因が分かったのです。

 ですが、どう考えても私達には手に余る事案。

 だからアレクサンドル様が来て下さって本当に渡りに船でした。」

 

彼らにとってはそうだろう。

エリカさん達に聞いたけど、普通神獣と戦うのだって一般的な魔術師にとったら命懸け。

それが神をも殺した逸話がある奴だったら尚更だ。

 

「神藤様はどうして此処へ?」

「さっきも言った様に僕は今回の調査にアレクさんに連れてこられたんですよ。

 詳しい理由は教えてくれなかったから僕も分かりませんけれど……。」

 

そう言って僕は苦笑いを浮かべ、彼等も同様に困った様な表情をしていた。

 

ある程度両者の事情が分かった所で僕は頼みを聞いて貰おうとした時だった。

突如地面が揺れたと思ったら、海とは反対側に聳え立つ山の中腹から巨大な『氣』が吹き出した。

僕はその山を注視しながら倒れない様に踏ん張る。

暫く経っても揺れは治まらず、それ所か徐々に揺れが酷くなってくる。

 

この揺れの正体はいったい何なのか。

原因を考えるならば、アレクさんだけど……彼が調査に向かったのは海岸にあった洞窟の筈だ。

それがどうして反対側の山が異変を起こしているのか。

しかし感じられる『氣』は間違いなくあの洞窟から感じ取れた物で間違いない。

 

……幾ら考えてもわからない。

 

揺れが大きくなる中、不安が心を支配していく。

しかし不意に揺れが止まった。

それと同時に崖から放たれていた『氣』以上のアレクさんの『氣』が此処まで感じられた。

 

これは……アレクさんが権能を使った?

 

何の権能かはわからないが、アレクさんは無事みたいだ。

当たり前か……神殺しになった人がそう簡単に死ぬ訳ないな。

 

揺れも収まった事だし、改めて状況を確認する。

ここにいる人達は全員無事だが、その表情は優れない。

突然の地震に山中からの巨大な『氣』。

魔術に関わる人なら何が起きたか分かっただろう。

 

恐らくこの地に眠っていた神話に纏わる何かが目覚めたのだ。

 

僕も何かあった時の為に準備をしておいた方がいいのかもしれない。

そう判断して、未だ放心状態の彼等に声を掛ける。

 

「すみません、頼みたい事があるんですけど……。」

「は、はい、何でしょうか。」

「赤銅黒十字と連絡を取りたいのですが、電話を貸していただけませんか?」

「それでしたら……。」

 

それに反応してくれたのはヨルダンさん。

自分の携帯電話を取り出し僕に渡そうとした、その時……。

 

ピシャヤヤヤァァァン!!・・・ドゴォォーーン!!

 

今まで経験した事の無い規模の落雷が落ちた。

それと共に先程の比ではない『氣』が辺り一帯を包み込んだ。

 




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