正義の魔王 [改稿版]   作:しらこつの

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第30話 会談に向けて

Side 昴

 

馨お姉ちゃん・・・いや、馨さんと心を通じ合わせてから数日が過ぎ、イタリアに来て1週間以上が経った。

パオロさんの言っていた会う予定だった方も忙しいらしく中々予定が合わない。

パオロさんは「神殺しとして命令すれば」と言ってくれたが、迷惑は掛けたく無いので断り、気長に待っている。

 

僕達は待っている間観光ばかりしているのも飽きて来るので、結社の修練場を借りて稽古をしていた。

今はその真っ最中だ。

 

「皆さんいい調子ですよ。

 そのままの状態をキープして下さい。」

 

僕は先日から此処の見習い騎士の子達に頼まれて氣の稽古をつけてあげている。

そして現在目の前には20人程の結社の人達が座り意識を集中させている。

 

 

 

初めてこの修練場に来た時は僕に気付いて出て行く人や、隅の方に下がってしまう人ばかりだった。

その事に申し訳なく思いながらも「仕方ない」と割り切って稽古をさせて貰っていた。

けど、何日か経って僕より少し年下位の男女が5人程来て、

 

「お、御初に御目に、か、掛かります。

 わ、私達は、しゃ、赤道黒十字の、み、見習い騎士です。

 し、神藤昴様、わ、私達に稽古をつけて、い、頂けないでしょうか。」

 

ひと息に噛みながらも捲し立てる様に先頭の少女が話すと全員が同時に頭を下げた。

周りからは息を呑む声が聞こえる。

 

神殺しは魔術師にとって畏怖される存在。

もし機嫌を損ねる事があれば、何をされても文句は言えない。

それに世間では僕は「魔王」でもあるのだから・・・彼等の反応も仕方がない。

 

まぁ、僕はそんな事しないけどね。

 

よく見ると全員震えている事がわかる。

何故恐怖を感じながらも僕に声を掛けて来たのか不思議だったが、彼女達をこのままにしておく訳にはいかない。

僕は彼等に歩み寄り先頭の子の肩に優しく手を置く。

その子は手を置いた瞬間びくっとし、恐々とした様子で顔をあげた。

真っ青な顔色の彼女に僕は優しく微笑みながら「いいですよ、一緒にやりましょう」と言ってあげた。

僕の言葉に残り全員も顔をあげる。

声を掛けられた彼女は目に涙を溜めながらも「宜しくお願いします」と勢い良く頭を下げ、つられる様に全員がもう一度頭を下げた。

 

そんな事があって彼女達に稽古を付けて上げた。

流石歴史ある結社なだけはある。

見習い騎士と言っていたが結構レベルが高く、覚えもいいので教えがいがある。

最初は恐々していた彼女達だったけど、優しく接していたら最後の方は笑顔が垣間見れる様になっていた。

 

そして次の日には少し人数が増えていた。

昨日の様子を見ていた人達が「自分達も」と頭を下げて来たのだ。

そんなこんなで日に日に人が増え、今では20人以上に稽古を付ける事になっていた。

 

全然後悔なんてしてないけどね。

 

彼女達が声を掛けて来た理由について・・・ミーシャさんが自分の指導している子に声を掛けたらしい。

僕に声を掛けてきた子がその子だ。

何でも僕が結社の人達と仲良くなる切っ掛けになれば・・・と思ったらしい。

その御蔭で僕が居る事により蔓延していた何処かぎこちなかった雰囲気は無くなった。

 

・・・ミーシャさんに感謝。

 

 

 

「っと、そろそろ時間ですね。

 今日はここまでにしましょう。」

 

僕がそう言うと全員が目を開け、深く息を吐いた。

座ってやる稽古だと言うのに全員がびっしり汗を掻いていた。

そして立ち上がった彼等は僕の前に整列する。

 

「お疲れ様でした。

 皆さんここ数日で凄く上達しています。」

 

僕が労いの言葉を掛けていると、修練場にエリカさんとパオロさんが揃って入ってきた。

今日は打ち合わせがあるといってエリカさんは稽古を欠席していたのだ。

馨さんは僕の隣にいて、指導を手伝ってくれていた。

急ぎの用じゃないのか、エリカさん達は僕の話が終わるのを待っている様で此方に向かってはこない。

それでも待たせては悪いと僕は早々に話を切り上げる事にした。

 

「それでは皆さん、今日もありがとうございました。」

「「「ありがとうございました。」」」

 

僕の言葉に彼等は解散し、早々に修練場を後にしていく。

恐らくパオロさん達に気付いて、邪魔をしない様に配慮したのだろう。

僕と馨さんはエリカさん達に近づいて行く。

 

「お待たせしました。」

「構わないよ、私の方こそお礼を言わなくてはいけない。

 結社の騎士達を指導してくれてありがとう。」

「僕も刺激になりますから気にしないで下さい。

 それよりもどうかされましたか?」

 

僕の問い掛けに表情を真剣な物に変えるパオロさん。

 

「漸く日程が纏まったよ。

 急で悪いが明日こちらに見えるそうだ。」

「わかりました、それじゃあ明日の稽古は中止ですね。」

「そちらについても私の方から連絡しておこう。」

「ありがとうございます・・・明日はどうすればいいですか?」

「午前中には見えられるという事だ。

 慌しくなるが朝の内から準備をしておいてくれ。

 それと・・・明日、私も同席するがくれぐれも気を付けてくれ。

 言葉は悪いが、腹黒い方だ・・・何を考えているのか古くからの仲だが私も想像できない。」

「ご挨拶するだけですから大丈夫ですよ。

 それに何かあったとしても、僕にはパオロさんやエリカさん・馨さんが居ますから。」

 

そう言って彼女達にも笑顔を向けると、二人も笑い返してくれた。

そんな僕達を見てパオロさんにも自然と笑みが零れる。

 

「はははっ、昴君の信頼を裏切らない様にしないとな。」

「私も全力で補佐させて頂きます。」

「自分も同じく。」

 

力強い返事をした2人にパオロさんも満足そうにしていた。

 

「それでは続きは食事の後にしようか。」

「そろそろ食事の用意も出来ている筈よ。」

「でしたら僕達は先に汗を流してきますね。」

「じゃあ、食堂で待っているわ。」

 

話を終えた僕達は揃って修練場を後にした。

 

 

 

 

 

次の日の朝。

今日は稽古を休み、朝食を食べ終えたら準備の為エリカさんの部屋に集合していた。

 

「今日お会いするのは昨日も話した様にとても高貴な方よ。

 そして神殺しである貴方に屈する様な方でもないわ。」

「昴君の前評判があるから警戒して来るだろうけど、一応王としての威厳を示して置かないね。

 うん・・・よく似合っているよ。」

 

僕はエリカさんと馨さんに見繕って貰ったスーツに身を包んでいる。

人生初のスーツ・・・着慣れてないからちょっと恥ずかしい。

これに決まるまでに何回も着替えさせられた。

まだ会談の前なのに少し疲れてしまった。

 

「とても格好いいわ。

 それじゃあ、私達も着替えましょうか。」

 

エリカさんがそう言うと、2人はまだ僕が室内にいるのに服を着替え始めてしまった。

「ぼ、僕は外で待ってますから。」

 

僕は慌てて扉に向かおうとしたが、それを遮る様に後ろから抱き付かれてしまった。

背中に柔らかい感触が感じられ、更にいい香りが鼻腔を擽る。

 

「私が用意している服、1人じゃ着られないの・・・だから手伝ってくれないかしら?」

 

抱きついてきたのはエリカさん。

絶対に理性が削られる事間違いない状況に何とか逃げ出そうとしたけど・・・。

 

「か、馨さんに手伝って貰えば・・・。」

「ごめんね昴君、僕も手伝って欲しいんだ。

 それに急いで着替えないと、あの方もいらっしゃるかもしれないし。」

 

・・・無理だった。

僕は逃げる事を諦めるしか無かった。

 

「・・・わ、わかりました、だから離れて下さい。」

「ありがと、何だったらこっち向いて着替える所を見てもいいのよ?」

「け、結構です、て、手伝う事があったら声を掛けてください。」

 

エリカさんの冗談だと分かる言葉にも思わず反応してしまい僕は更に顔を赤く染める。

そして僕は外に出る事も出来ず、そのまま扉を向いて待っている事となった。

服の擦れる音が気になって仕方がない。

 

「昴君、こっちに来てくれないかな?」

 

早く解放されたいと思っていると、ついにお呼びが掛かった。

馨さんの方に声を頼りに顔を下げたまま向う。

 

「・・・昴君、ちゃんとこっちを見てくれなきゃ。」

 

下を向いている僕の顔は強引に上げさせられた。

そこで目にしたのは、着物の帯を締めず前を肌蹴させた状態の馨さんの姿だった。

顔が熱くなっていくのがわかる。

目を背けたいけど、顔を固定されているから何処に目をやっても馨さんの肌が目に入ってしまう。

 

「着物の裾を抑えていてくれないかな?

 久方振りに女物の着物に袖を通したから上手くいかなくてね。」

「わ、わかりました・・・こ、これでいいですか?」

 

馨さんの正面に立ち、なるべく見ない様に視線を外しながら手を貸す。

 

「OKだよ・・・そのまま抑えていてね。」

 

僕が抑えている間に馨さんは器用に帯を巻いていく。

その間は気が気では無かった。

間近に馨さんの際どい姿があり、距離が近いから彼女の体温が僕の所まで感じられる。

 

「もう大丈夫だよ・・・ありがとう、助かったよ。」

 

その言葉と共にすぐさま離れ、ひと息つく事が出来た。

そしてこの時にやっと馨さんにちゃんと目を向けた。

馨さんは白を基調とした着物で、花の種類はわからないけど、青い花がきれいに着物を彩っている。

馨さんの中性的で綺麗な顔つきによく映えている。

 

「どうかな?」

「は、はい、よ、よくお似合いです。」

「そう言ってくれて僕も嬉しいよ。」

 

馨さんのどんな男でも見惚れてしまう様な笑顔に、赤くなっていた顔がもっと赤くなる。

そんな僕に馨さんが近付いて来て、止めを刺すかの様に耳元で囁いた。

 

「僕って着物を着るとき、下着は着けない主義なんだ。」

「ふぇ!!」

「上を着けて無いのは気付いたと思うけど・・・下も確かめてみる?」

 

馨さんは素っ頓狂な声を上げる僕の手を取って自分の大事な所に持って行こうとする。

突然の告白に動けなかった僕だったけど、救いの声が掛けられた。

 

「昴、こっちに来てくれないかしら?」

「は、はい! 今行きます。」

「残念・・・確認するのはまたの機会だね。」

 

とってもいい笑顔で言われた言葉を背にしてエリカさんの所へ向かった。

エリカさんは胸元を抑えながら、僕を待っていた。

 

「遅いわよ・・・何やらお楽しみだったみたいだし。」

「そ、そんな事ありませんよ。」

 

少し怒った表情でこっちを睨んでくる・・・けど本気で怒っている訳では無いのだろう。

どちらかといえば拗ねている様な感じに見える。

 

「まぁいいわ・・・それよりも背中のチャックをあげてくれないかしら?」

 

そう言って後ろを向き、髪を退かすエリカさん。

そこに現れたのは、傷一つない綺麗な白い肌だった。

腰から背中、肩にかけて大理石にも引けを取らない白く透明な肌。

しかもまだちゃんと締まっていないのか、一歩間違えればお尻の方も見えてしまいそうだ。

 

「じっくり見たいのなら2人きりの時に幾らでも見せてあげるわ。

 だから今は早くしてくれないかしら?」

 

はっと我に返り、エリカさんの方に手を伸ばす。

 

「す、すいません、今あげますね。」

 

肌を噛まない様に注意しながらゆっくりと上げていく。

その間も綺麗な肌が目の前にあるから、ドキドキが治まらなかった。

 

「ありがとう昴、後は腰にある紐を縛って・・・。」

 

チャックを上げてからは、エリカさんが自分で衣装を整えて行く。

そして全てを終えたエリカさんが僕の方に振り返った。

エリカさんは赤を基調としたドレスだ。

赤は赤銅黒十字の色でもあるから、こうした大切な時には赤色のドレスを選ぶそうだ。

肩は剥き出し、胸元も強調されていて、スタイルの良いエリカさんによく似合っている。

 

目のやり場には困るけど・・・。

 

「どうかしら?」

「・・・・・はっ、す、すみません。

 と、とても御似合いです、エリカさん。」

 

見惚れていて、少しぼーっとしてしまった。

エリカさんは全てを見透かしている様に微笑みを浮かべている。

 

「ありがとう、昴・・・貴方にそう言って貰える事が何よりも嬉しいわ。」

 

そう言ったエリカさんの笑顔はとても綺麗だった。

そんな彼女に再び見惚れている間に馨さんが僕の隣に立っていた。

 

「そろそろ時間じゃないかな?」

「それもそうね・・・行きましょうか。」

 

 

 

2人に促される形で部屋を出ると、部屋の前でパオロさんが待って居た。

 

「すみません、お待たせしました。」

「いや、気にする事は無い。

 ・・・女性の着替えというのは時間の掛かる物だからね。」

 

何かを達観する様に僕だけに聞こえる様に話すパオロさん。

・・・僕よりも沢山経験してきているんだろうな。

 

「それよりも、そろそろ到着すると連絡が来た。

 私は出迎えに行くが昴君はどうする?」

「勿論僕も行きます。」

「はははっ、昴君ならそう言うと思っていたよ。」

 

笑い出すパオロさんを横目にエリカさん達が話し掛けて来る。

 

「本当なら昴は魔王らしく部屋で踏ん反り返っているのが正しいのよ。」

「確かに自分から出迎える神殺し何てあまり居ないよね。」

「でもそこが昴君らしいじゃないか。」

 

等と言われながら僕達はエレベーターに乗り込み、エントランスを目指す。

その道中昨日の確認をしようと口を開いた。

 

「今日御会いする方は対魔王組織の偉い方でしたよね。」

「グリニッジ賢人議会の元議長様・・・今でも議会に強い発言力も持っている方よ。」

 

エリカさんの答えに昨日の話を思い出す。

 

グリニッジ賢人議会。

確か神殺しの暴挙に対抗する為に立ち上げられた組織だった筈。

賢人議会は神と神殺しの情報を集め、有事の際には率先して対応する事が主な活動だ。

そして集めた情報も希望者には提供している。

以前見せて貰ったサルバトーレ卿の資料もその情報を元に製作したらしい。

 

「昨日も話したが、彼女とは少し縁があってね。

 その縁があって今回の会談が実現したんだ。」

「今回の会談は本来なら実現不可能な物・・・叔父様の力があっての物なのよ。」

 

確かに対魔王組織の人が「魔王の再来」と呼ばれている僕と会談何て在り得ない事だ。

その組織の偉い方とこれから会うんだ・・・少しドキドキしてきた。

 

「体が弱い方だと言う話ですけど・・・その辺りはどうなんですか?」

「とある事件が切っ掛けで体調を崩してしまわれてね。

 今はあまり外に出られないと聞いているよ。」

「そんな方が態々会ってくれるなんて・・・。」

「彼女自身何か考えがあっての事かもしれない。

 何も起きないと思うが、一応慎重に行動してくれ。」

 

パオロさんの言葉に全員がしっかりと頷く。

そして丁度いいタイミングでエレベ-ターが到着し、僕達はエントランスに入る。

通常は多くの人で溢れ返っている時間なのだが、今日は誰もいない。

今日の為に人払いをしたとパオロさんが言っていた。

 

暫く待っていると、結社の前に車が止まったのが見えた。

車から降りてきたのはプラチナブロンドの髪が眩しい美しい女性。

その女性は此方に目をやると一瞬表情を固めたが、すぐに微笑みを浮かべ此方へ向かって来る。

彼女の後ろには2人の男性が付いて、僕の事を警戒する様に睨んでいる。

少し気が滅入るけど「気にしてもしょうがない」と割り切り、僕達の正面で立ち止まった彼女へと頭を下げた。

 

「本日は態々御越し頂きありがとうございます。

 初めまして・・・この度新しく神殺しとなりました『神藤 昴』と申します。」

 

昨日練習した通りの挨拶・・・ちゃんと出来た。

頭を上げると男性2人の訝しげな視線に気付く。

プラチナブロンドの女性も驚いていたが、すぐに先程の微笑みに戻り優雅に頭を下げた。

 

「此方こそ王自ら出迎え恐悦至極に御座います。

 申し遅れました、私グリニッジ賢人議会特別顧問のアリス・ルイーズ・オブ・ナヴァールと申します。

 ・・・以後お見知りおきを。」

 

これがプリンセス・アリスとの出会いだった。

 


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