Side 昴
パオロさん達との話し合いの後は彼等の言葉に甘えてゆっくり休ませて貰った。
まだ疲れが抜けきっていなかったのか、朝までぐっすりだった。
そして翌朝。
僕はエリカさん達と朝食を食べながら、これからどうするのかを話し合っていた。
「折角貰えた休暇・・・存分に楽しませて貰いましょう。」
「でも、どうするんですか?」
僕の言葉にエリカさんは少し考えてから口を開いた。
「そうね・・・二人は初日にミラノの主要観光地を見て回ったのよね。」
「途中でハプニングはあったけど、殆ど見て回れたんじゃないかな。」
「だったら今日は私の買い物に付き合ってくれないかしら?」
「僕はそれでもいいですよ。
言葉に困る事は無いですし、普通に街を歩くのも楽しそうです。」
「ショッピングか・・・僕も色々見てみたいと思っていたんだ。」
「なら決まりね、朝食を食べ終わったら早速出掛けましょう。」
朝食の間エリカさん達は何処に向かうか話していて、とても楽しそうだった。
そんな二人以上に、僕自身も心が躍っていた。
朝食を食べ終わった僕達は早速街へと繰り出した。
「まずは何処に行きましょうか?」
「そうだな・・・僕は少し服を見たいかな。」
「いいわね、最近忙しくてファッションの気を配る余裕がなかったから。」
という事で、エリカさんお勧めの服屋に行く事になった。
そしてついて行った事に後悔する事になる。
服屋に入ったのはいいけど、この店には女性物の服しか扱っておらず、僕には用の無い店だった。
そして当たり前だけど女性の姿しかない。
1人になるのは得策ではないと判断した僕は黙ってエリカさん達の後ろをついて歩いていた。
そんな僕の思いを知ってか知らずか、2人は楽しそうに服を物色している。
「いい店だね・・・うん、凄く良い。」
「気に入ってくれたのなら私も嬉しいわ。
馨さんはこういうのも似合うんじゃないかしら。」
「う~ん・・・僕はあまりスカートを穿いた事が無いからなぁ。」
「だからいいんじゃない。
偶には女性らしい格好もしなくちゃ。
・・・それに昴も喜ぶと思うわよ。」
急に馨お姉ちゃんが僕の顔を見詰めて来た。
僕は話を聞いていなかったから突然見詰められて反応に困ってしまう。
そんな僕を余所に馨お姉ちゃんは頷くとエリカさんから服を受け取った。
「そうだね・・・ちょっと試着してきてもいいかな?」
「ええ、構わないわ・・・ちょっとそこのあなた。」
馨お姉ちゃんはエリカさんの呼んだ店員に連れられて離れていった。
「エリカさん、馨お姉ちゃんは?」
「少し試着してくるそうよ、昴も後で感想を言ってあげなさい。」
「え~っと・・・わかりました。」
頷いた僕に満足気のエリカさんは不意に僕の手を取った。
「私も少し見ておきたい物があるの。
昴の意見も参考にしたいから、一緒に来て貰ってもいいかしら。」
そうして連れられて来た所は・・・下着売り場だった。
「エ、エ、エ、エリカさん、こ、ここって・・・。」
「ほら昴、これなんてどうかしら?」
エリカさんは顔を真っ赤にしている僕なんて気にせず、意見を聞いて来ている。
僕は女性の下着を直視出来ず、下を向いて顔をあげる事が出来ない。
「やっぱり着けてみないとわからないわね。
私も少し試着してくるからそこで待っていて頂戴。」
「えっ、あの、エ、エリカさん。」
慌てて声を掛けるもエリカさんは何着かの下着を持って試着室に行ってしまった。
そして女性下着売り場に1人取り残された僕。
周りからの視線が辛い。
エリカさん・・・お願いだから早く出てきて下さい。
少し前まで早く出て来てと願っていた僕はどうかしていた。
だって試着室から出て来るエリカさんの姿は容易に想像できたのだから・・・。
「昴、これなんてどうかしら?」
ホントはすぐに目を背けなくちゃいけない筈なのに、視線を外す事が出来ない。
透き通るような白い肌。
豊満な胸に、くびれた腰からお尻に向けたライン。
女の人でも見惚れる様なプロポーションを前に一瞬で顔が赤くなる。
「昴、見惚れるのは嬉しいけれど、そんなに見詰められたら流石に恥ずかしいわ。」
視線を外せずにいたら、エリカさんは身を捩りながら少し恥ずかしそうに体を隠そうとする。
そんな仕草も男心を擽る要因にしかならない。
本能が暴走しそうになるのを何とか抑え付け視線を外す。
「ご、ごめんなさい。」
「いいわよ、それよりこの下着どうかしら?」
「いや・・・あの・・。」
視線を向ける訳にも行かず、何と答えたらいいのか分からず、あたふたしていた所に後ろから声が掛かった。
「とても楽しそうな事をしているね、2人共。」
少し声に怒気が含まれていた様な気がするけど、この際気にしない。
助けが来たと思って振り向いたらそこには・・・。
「・・・・・馨・・お姉ちゃん?」
「そうだよ・・・どうかな、昴君? その・・・似合っているかな?
もし良かったら君の意見を聞きたいんだけど・・・。」
そこに立っていたのは何処のお嬢様かと見間違える程の女性だった。
勿論馨お姉ちゃんなのはわかっている。
でも再開してから来ていた服はいつも男物だったので思わず確認してしまった。
白色の丈の長いワンピースの上から水色のカーディガンを羽織っている。
頭には白いつばの広い帽子を被っていて、馨お姉ちゃんの綺麗な顔を際立たせている。
今までとの印象ががらりと変わって、とても女性らしくなっている。
「す、すごく綺麗だよ、思わず見とれちゃった。」
「そ、そうかい? そう言ってくれたのなら試着してみた甲斐があったかな。」
僕は見惚れて、馨お姉ちゃんは恥ずかしそうに、2人で顔を赤くしているといつの間にか着替えていたエリカさんが試着室から出て来ていた。
「馨さん、とてもよく似合っているわ。
それに、昴も喜んでくれたでしょ?」
「こんな恰好をしたのは子供の時以来でね・・・流石の僕もちょっと恥ずかしいんだ。」
「恥ずかしがる事ないわ、昴だってそう思うでしょ?」
「は、はい、とても似合ってます。
いつもの服装は格好良いけど、今は凄く綺麗です。」
僕がそう言うと馨お姉ちゃんは更に顔を赤くしてしまった。
そんな馨お姉ちゃんを見て、エリカさんは呆れた様に言う。
「今日はそのままの格好でいたらどう?」
「い、いや、流石にそれは・・・。」
「そうだよ、馨お姉ちゃん。
似合ってるんだから、今日はそのままでいた方がいいよ。」
「決まりね・・・彼女の服、そのまま買い取らせて貰うからお願い出来るかしら。」
エリカさんが店員さんにそう告げてしまい、馨お姉ちゃんは戸惑いながらも嬉しそうにしていた。
僕達は服屋を後にし、色々な所を見て回った。
日本では見た事の無い変わった物が置いてある雑貨屋さんだったり・・・。
お昼には日本の大衆食堂の様な所で、地元の人に囲まれながら食事をしたり・・・。
そして今僕達は三日前にも来たドゥオモ大聖堂のある広場まで来ていた。
この前も思ったけど、凄く存在感がある建築物だなぁ。
「もう日も暮れる時間ね、そろそろ結社に向かいましょうか。」
「その前に話があるんだけどいいかな?」
「・・・どうしたの?」
訝し気に馨お姉ちゃんを見るエリカさん。
それを無視する形で馨お姉ちゃんは僕を真っ直ぐに見詰めてくる。
「昴君・・・以前僕の気持ち伝えた事を覚えているかな?」
「う、うん。」
「そうか・・・でも、もう一度ちゃんと伝えて置きたいんだ。」
「・・・馨お姉ちゃん。」
真剣な表情の馨お姉ちゃん。
そんな彼女の表情に心臓が高鳴る。
「僕は君の事を子供の頃は弟の様に思っていた。
でも武術であっという間に追い抜かれ、すぐに差をつけられて・・・。
少し寂しい気持ちや悔しい気持ちもあったけど、それ以上に強くなっていく君がとても格好良かったんだ。」
馨お姉ちゃんは話し続ける。
初めて聞くあの時以上の馨お姉ちゃんの僕への想い。
「道場を辞めなくちゃいけないと知らされた時、始めて僕は君に対する気持ちに気付いた。
僕は昴君の事が大好きだ。
勿論エリカさんが居る事もわかってるし、例えどんな返事でも君に協力する事は変わらない。
昴君・・・君の正直な気持ちを教えてくれないかな。」
僕の正直な気持ち。
僕は・・・。
「僕にとって馨お姉ちゃんは憧れの存在だった。
いつも僕を気遣ってくれて、優しくて・・・一緒にいて安心できる、家族以外でそう思える唯一の人だった。
再会した時はとっても綺麗になっててドキドキした。
婚約者だって知った時、驚いたけど凄く嬉しかった。
約束通り、ずっと傍にいて馨お姉ちゃんを守れるって・・・・・でも。」
言わなくちゃいけない。
例え傷つける事になったとしても。
僕が口を開こうとした時、今まで口を閉ざして見守っていたエリカさんが声を上げた。
「昴!」
「っ!」
驚いてエリカさんの方を振り向くとそこには優しく微笑んでいるエリカさんが居た。
「昴、私の事を気にしなくてもいいのよ。
自分の気持ちを正直に言いなさい。」
「えっ!!」
エリカさんはそう言うと黙って頷いてくれた。
自分の気持ちに正直に・・・。
そう思うとずっと抱えていた想いが言葉になって溢れだした。
「馨お姉ちゃん・・・ううん、馨さん。
僕は神殺しだ。
これから先、普通の生活なんて出来ないと思うし、沢山危険な目に合わせる事になるかもしれない。
それに・・・既にエリカさんを愛し、護り抜くと心に誓っています。
・・・それでも・・・・それでも僕は・・・。」
「・・・昴君。」
「・・・それでも僕は、馨さんとずっと一緒にいたい。
貴女を護るのは他の誰でもない僕の役目だ、それは誰にも譲りたくない。
世界を敵に回したとしても貴方の事は必ず護ります。
だから・・・僕とこれからの未来ずっと一緒にいてくれませんか?」
僕は彼女に右手を差し出す。
彼女の目には次第に涙が溜まってくる。
そして彼女は僕の手を取るのではなく、僕に飛び込む様に抱き着いてきた。
「ありがとう、昴君・・・大好きだよ。」
「はい、僕も大好きです。」
瞳を潤ませながら僕を見つめて来る馨さん。
そんな彼女に吸い込まれる様に顔を寄せ・・・僕から始めて彼女にキスをした。
彼女の頬に涙の雫が伝っていくのが分かり、彼女を抱き締める腕に力が籠る。
この人も絶対に僕が護るんだ。
僕の中に何者にも譲る事の出来ない想いがまた1つ心に灯った。
暫く抱きしめあっていたら「ん、うん」とエリカさんの咳払いが聞こえ事に慌てて体を離した。
「とってもいい所邪魔して悪いけど、もういいかしら?」
「す、すみません、エリカさん。」
「ああ、悪かったね。」
少し機嫌が悪そうだし、呆れている様にも見える。
・・・そりゃそうだよね。
恥ずかしさと申し訳無さが心を占める。
「エ、エリカさん、あ、あの・・・。」
「いいの、前々から分かっていた事よ。
最初から神殺しである貴方の寵愛を私一人が独占出来る何て思っていなかったわ。
それに・・・。」
そう言ってエリカさんは馨さんに視線を移す。
「彼女とならいい関係で居られそうだしね。」
「僕もそう思うよ。
エリカさんこれからも宜しく頼むね。」
「こちらこそ。」
二人は固く握手をする。
元々友好的な雰囲気だった2人だけど、こうして改めて握手する姿は何処か嬉しかった。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。
もう叔父様達も戻っているでしょうし。」
そう言って僕に腕を絡めて来るエリカさん。
同時に柔らかな胸の感触も伝わって来る。
「エ、エリカさん?」
「あら、いいじゃない・・・散々私の前で見せつけてくれたんだから、これ位。」
顔を赤くする僕に悪戯めいた笑みを向かるエリカさん。
そしてそれに対抗する様に馨さんも反対の腕に抱き付いて来た。
「2人で狡いじゃないか、僕も混ぜて欲しいな。」
「あら、今位譲ってくれてもいいんじゃない?」
「それを言うなら、エリカさんこそ空気を読んで欲しいな。」
「あ、あの~2人共・・・?」
さっきまでもいい雰囲気は何処へ行ったのか。
急に僕を挿んで火花を散らし始めた2人。
しかしそれも束の間・・・次は同時に笑みを浮かべあう。
「やっぱり私達は・・・仲間であり、友であり・・・。」
「同じ人を愛した者同士であり・・・。」
最後は2人の声が重なり合う。
「「そして・・・ライバル!!」」
視線をぶつけ合う2人だったけど、その口元は楽しそうに笑っていた。
そんな2人の様子に心配していた自分が馬鹿らしくなった。
彼女達となら何処へだって進んで行ける。
そんな事を頭の隅で考えながら、2人の手を引いて歩き出す。
その時の僕の顔にも間違いなく笑みが浮かんでいたと思う。
なんか自分でも微妙に思います。
もしかしたらまた直すかもしれません。