Side 昴
正面から視線をぶつけ合う僕達だったが、その表情は正反対だ。
彼は獰猛な笑みを浮かべ、僕は怒りの籠った感情を彼にぶつけている。
そんな僕達の間に流れる雰囲気は今にも戦いが始まるのではないかと言う程緊迫していた。
この時の僕は大切な人達が頭を下げさせられている状況に怒りを感じていた。
今迄も・・・そしてこれからも僕を助けてくれると言ってくれた人達。
だからこそ僕も『神』や『神殺し』からの理不尽から彼等を護ろうと心に決めていた。
それが何だ!! こういう時に彼等を護ると決めたんじゃないのか!!
僕の心内はこの状況を作った彼に対する怒りと、それ以上の自分に対する不甲斐無さに怒っていた。
そんな僕の心を静めたのは肩に置かれた暖かな手と、同時に掛けられた優しい声だった。
「落ち着いて、昴君。」
「っ!!」
はっと我に返る僕。
狭まっていた視野が広がり、彼の後ろに控えて居たエリカさん達の表情が目に入る。
彼等は僕の事を心配そう見やり、そしてこの空気に緊張している様で表情を強張らせていた。
それを見た瞬間、すっと怒りが治まった。
漏れ出ていた『氣』も体の内に留め、彼に対する威圧を無くした。
それにより周囲に蔓延っていた張り詰めた緊張感は霧消した。
それと同時に安心からか深く息を吐く音が幾つか耳に届く。
緩まった空気が漂い出した時、対峙していた彼から残念そうな声が上がった。
「あ~あぁ、折角やる気になってくれたと思ったのに。」
彼に視線を戻すと、不満そうな彼の姿があった。
何処か楽しそうでもあった獰猛な笑みは為りを潜め、何処かおちゃらけた様子が窺える。
そんな彼に意識を向けながらも、彼の後ろに控えて居るエリカさんに視線を向けた。
それに気付いた彼女は頷くとすっと立ち上がり僕達の方へ歩み寄って来た。
エリカさんは僕の横(馨お姉ちゃんの反対側)に立つと口を開いた。
「御久し振りで御座います、サルバトーレ・ドニ様。」
「あれ、君は確か・・・何処かで会ったかな?」
「何度か御会いする機会が御座いました・・・エリカ・ブランデッリと申します。
現在は『赤銅黒十字』の大騎士であり、同時に彼の騎士をしております。」
「へぇ、そう・・・そんな事より、君がやっぱり新たな僕達の同族なんでしょ。
さっきの呪力といい、威圧といい、間違いないと思うんだよね。」
エリカさんの言葉何て何のその、サルバトーレ卿の視線は僕に釘付けだ。
僕も何か言った方がいいんだろうけど、さっきの事もあり口を開く勇気は無かった。
だからこそ、此処はエリカさんに任せる事にした。
「サルバトーレ卿が仰る様に、彼が新たに誕生した神殺しであります。」
「うんうん、やっと会えたね。
新しい仲間が誕生したって言うのに、同じ日本人の護堂は何も教えてくれないしさ。
仕方ないから傘下に入ったって言う『赤銅黒十字』を見張っていたんだ。
でもこんなに簡単に会えるんだったら隠れて見張る何て遠回りな事はせずに、最初から堂々と正面から聞きに来るんだったよ。」
1人頷くサルバトーレ卿。
色々と突っ込み所があったが、誰も何も言わない。
エリカさんですらどう返したらいいのか分からず、言葉が出ない状態だ。
サルバトーレ卿は一頻り頷くと、思い出した様に僕に向けて口を開いた。
「それでさ・・・君、僕と決闘しないかい?」
「はい?」
思わずそう言ってしまったのは仕方がない事だと思う。
今思い返せば最初に同じ事を言っていた様な気がする。
でも、普通『決闘しよう』何て初対面の人に言われないよ。
判断に困っていると、そんな僕を知ってか知らずか、続けて声を掛けて来るサルバトーレ卿。
「あっ、そう言えば君の名前って何だったっけ?」
「も、申し遅れました、神藤 昴といいます。」
思わず丁寧に返してしまった。
その事にサルバトーレ卿に仕えている男性が驚いていた。
しかしそんな小さな事を気にするサルバトーレ卿では無い。
「それじゃあ、昴・・・改めて、僕と決闘しよう。
同じ体質になった君にならわかるだろう。
もう僕達と対等に戦えるのは同じ『神殺し』か『まつろわぬ神』だけだ。」
ぶれない彼の言葉に『確かにその通りだ』と内心納得する。
こんな出鱈目な体質の奴と戦える奴は人間じゃない。
彼の話は確かに納得できる・・・でも、決闘となると話は別だ。
「あ、あの・・・。」
「さっきはあんなに凄い威圧をしてくれたんだ・・・昴も僕と戦いたいんだろう?」
「い、いえ、あ、あれは、その・・・そう言う訳では・・・。」
最初の態度もあってあまり強く出られない僕。
そんなはっきりしない僕に、先程の勇ましい姿は全く見られない。
頼りない僕の姿に違和感を持ったのか、彼は不思議そうに僕を見詰めていた。
「た、確かに僕も武術家の端くれです。
『剣の王』と呼ばれているサルバトーレ様と手合せしてみたい気持ちはあります。」
「何だ、君も同じ考えだったんじゃないか。
だったら話は早いよ、さっそく外に行って・・・。」
僕の言葉にサルバトーレ卿は僕の手を取る。
だけど僕はその手を振り払い、確固たる意志を込めて言い放った。
「で、ですが・・・僕達が戦えば2人共唯では済まない事もわかります。
僕は貴方と命御懸ける戦いをする事は出来ません。」
「・・・僕との決闘には命を掛ける価値は無いって言ってるのかな。」
僕の言葉に彼の雰囲気はがらりと変わり、彼から凄まじい『氣』が溢れ出す。
押し潰されそうな重圧に僕はしっかり体に力を入れ、彼から目を逸らさない。
「僕も貴方とは武を競ってみたい。
でも、僕には僕の生きる目的があります・・・こんな事に命を賭ける事は出来ません。」
ここは僕も引く事は出来ない。
両者睨み合い再び訪れた張り詰めた一触即発の空気の中、言葉を発したのはエリカさんだった。
「御2人共、落ち着いて下さい。」
「・・・エリカさん。」
彼女の声に振り返ると、エリカさんは「任せて」という様に頷いた。
エリカさんは一歩前に出ると、未だ神殺しとしての力を見せるサルバトーレ卿に進言した。
「サルバトーレ卿、私の方から提案が在ります。」
「・・・何かな。」
隠すつもりの無い苛立ちがエリカさんに向けられる。
思わず前に出ようとした所を馨お姉ちゃんに止められた。
本当はエリカさんに任せるのが一番いいと、頭では分かっているのに体が反応してしまったのだ。
不安を押し殺す様に拳を握り締め、エリカさんを見守る。
「何も命懸けの戦いだけが決闘ではありません。
それに我が王もサルバトーレ卿との手合せを望んでいる事も事実です。
其処で・・・何かしらのルールを設けて決闘というのは如何でしょうか。」
「・・・ルール?」
「そうです。
例えば・・・どちらかが相手に決定打を与えた時点で決着・・・というのは如何でしょう。
これならば多少の傷はあるでしょうが、死に至る程の怪我をする事は無いでしょう。
此れならば我が王も決闘に応じる事を了承する筈です。」
そう言うとエリカさんは僕に目を向けてくる。
僕は「やっぱりエリカさんは凄い」と心で感心しながら、頷いた。
「そういう事でしたら、喜んで御相手致します。
僕もサルバトーレ様と戦ってみたい気持ちに嘘はありませんから。」
しかし当のサルバトーレ卿は彼女の提案に悩んでいるみたいだ。
其処にエリカさんが更に言葉を付け加える。
「・・・でしたらこう致しましょう。
負けた方が勝った方の言う事を1つ聞くと言うのは如何でしょう。」
エリカさんの加えた最後の提案で彼の心は決まった。
悩んでいた様子から「かっ!!」と目を見開くと、何とも楽しそうな笑みを浮かべたのだ。
「よし、それで行こう。
ルール有の決闘って言うのも面白そうだしね。
早速・・・って言いたい所だけど、今日はもう時間も遅いね。
それに折角なら万全の状態で戦いたいから・・・そうだね、2日後にしよう。
場所はそっちに任せてもいいかな。」
「御任せ下さい。」
「うん、宜しくね。
決まったらアンドレアに連絡して・・・それじゃあ、2日後を楽しみにしてるから。」
そう言うと今迄の空気は何のその、サルバトーレ卿は踵を返し、何食わぬ顔でこの場を後にした。
それを僕達は呆然と見送るしかなかった。
嵐の様に去って行ったサルバトーレ卿が作り出した何とも言えない空気の中、最初に動いたのは彼だった。
彼は真っ直ぐ僕に歩み寄って来ると、謝罪と共に頭を下げた。
「先程は知らなかったとはいえ、大変失礼致しました。
私はサルバトーレ・ドニの騎士をしております『アンドレア・リベラ』と申します。
以後、お見知りおきを・・・。」
頭を下げてきたのはサルバトーレ卿の後ろに控えていたスーツ服の男性。
彼の完璧な所作に戸惑いながら、何とか言葉を返した。
「此方こそ宜しくお願いします。」
「うちのバ・・・我が王が申し訳ありません。」
今この人『馬鹿』って・・・。
彼等は案外心許せる関係なんだろうか?
「御気に為さらないで下さい。
僕の方こそ神殺しとしての先輩であるサルバトーレ様に失礼な事をしてしまいました。」
そう言った僕をアンドレアさんは珍しい物を見る様に見詰めて来た。
「・・・・・貴方は不思議な御方だ。」
「えっ??」
「いえ、何でも御座いません。
それでは2日後、神藤様のお力を拝見出来る事を楽しみにして居ります。」
そう言ってアンドレアさんもサルバトーレ卿の後を追って、この場から去って行った。
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彼等が去った後、僕達はパオロさんの執務室に集まっていた。
この場に居るのは僕とエリカさんと馨お姉ちゃん、それとパオロさんとエリカさんのご両親。
そして『赤銅黒十字』の大騎士であるジェンナーロさんとクラレンスさんである。
「大変な事になってしまった。
折角来てくれたのに本当に済まない。」
「僕の所為でもありますから、あまり気にしないで下さい。
それにいつかは逢わないといけない方でしたから。」
僕がそう言ってもパオロさんの顔は優れない。
というよりも、この場にいる全員の表情が何処か暗い。
まぁ、サルバトーレ卿と決闘をしなくちゃいけなくなったのだから、気分が沈むのも仕方がない。
そんな空気を払拭すべく、なるべく明るい声で口を開いた。
「でも命を懸けた戦いにならなくて良かったです。
エリカさんのお蔭です・・・本当にありがとうございました。」
「そんなに褒められる事では無いわ。
本当なら戦闘を回避する事が一番だったのだけれど・・・私ではあれが限界だった。
ごめんなさい、昴。」
落ち込むエリカさんだったが、僕は彼女を責める気なんて全くない。
逆に感謝している位なんだから。
この想いを伝えたいと思ったが、その前に真剣な顔付きでパオロさんが口を開いた。
「サルバトーレ卿がこの辺りに潜伏している事はアンドレア卿からの情報で事前に知っていたんだ。」
「だけど・・・結局昴君が到着するまでに見つける事が出来なかった。」
「僕達が到着した時に、皆さんが慌てていたのは・・・。」
「えぇ、皆が総出でサルバトーレ卿を探していたの。
サルバトーレ卿はアンドレア卿が別件で居ない事をいい事に昴君と接触する為に自由に動き回っていたのよ。」
今までの苦労を思い出したのか、パオロさん達は深く溜息をついた。
詳しく聞けば、この騒ぎは一週間ほど続いていたらしい。
・・・話に聞いていた通り傍迷惑な人だった。
「しかし、決闘ですか・・・昴様には勝算があるのですか?」
そう問い掛けて来たのはクラレンスさん。
彼はスキンヘッドの黒人で、以前はエリカさんを指導していた事もある優秀な騎士だ。
僕は彼の問い掛けに首を横に振った。
「・・・分かりません。
ある程度はエリカさん達からサルバトーレ様の事は聞きましたが、神殺しの方と戦うのは初めてです。
負けるつもりはありませんが、絶対に勝てると言いきる事も出来ません。」
そう答えた僕にパオロさんの優しい声が掛かる。
「昴君、本来であれば戦闘経験や情報を持っていた方が有利ではある。
でもね、神殺しの方々にそれは当て嵌まらない。」
「どういう事ですかい?」
聞き返したのはジェンナーロさん。
20代とは思えない程老けて見えるが、気さくでとてもいい人だ。
・・・エリカさんはあまり彼の事が好きではないみたい。
「簡単に言えば神殺しの方々はその程度の事で勝敗を左右されない。
考えても見ろ、彼等がその程度の不利で苦戦する事を想像出来るか?」
「確かに・・・護堂さんは彼との戦いに連勝中。
一度目は神殺しになったばかり、二度目は相手に手の内を知られている中での勝利。
言われて見れば、神殺しにとってその程度の事は些細な物なんですね。」
納得した様に発言したのは馨お姉ちゃん。
そう言えば草薙先輩は以前は普通の一般人だった。
そんな境遇で一年もの間、熾烈な戦いを勝ち残って来たんだ。
馨お姉ちゃんの言葉にパオロさんも頷いた。
「確かに今回の決闘は勝敗の予想が付かない。
でもそれはこれからの戦い全てに言える事だ。
だからこそ我々は出来る限りのサポートをと考えている・・・少しでも昴君の勝率が上がる様にね。」
「今回我々に出来る事といったら・・・精々サルバトーレ卿の情報を伝える事位ですね。」
「戦いも心配だけど、心配事はそれだけではないわ。」
いつものほんわかとした雰囲気は無く、真剣な面持ちで口を開いたのはサーシャさんだった。
それにわかっていると言う様にパオロさんが頷く。
「最後にエリカが提示した条件の事だろう。
もしサルバトーレ卿が勝てば、間違いなく全力の一戦を要求してくる筈だ。」
やっぱりそうですよね・・・どう見ても好戦的な感じでしたし・・・。
「それに昴が勝った場合の事も考えて置かなくてはいけないわ。」
「考える事は山積みですね。」
その後皆さんは僕の為に多くの時間を割いてくれた。
今迄の資料やパオロさん達の話からサルバトーレ卿の戦い方を予想し、対策を立てたり。
周囲に迷惑の掛からない決闘の場を考えたり。
僕が勝った時負けた時の事を考えたり。
そうして猶予だった2日間は、あっという間に過ぎて行ったのだった。
昴、怒りで我を忘れサルバトーレ卿に詰め寄る
サルバトーレ卿、彼が好戦的な性格だと思い込み、幸いと決闘を申し込む
馨のお蔭で我に返ったが、自分のしでかした事に昴は萎縮する
再びサルバトーレ卿に決闘を申し込まれたが、萎縮した昴は返答に困る
けれど自分の決意を貫く為、はっきりと決闘を断る
ぶれぶれな主人公でした。
あまり突っ込まないで下さい。