正義の魔王 [改稿版]   作:しらこつの

19 / 41
第19話 監視

Side 護堂

 

結局清秋院の持ってきた発掘品は万里谷の霊視の結果、神に纏わる代物だとわかった。

封印をするにしても、今からでは時間が掛かり過ぎる。

恐らく準備の段階で発掘品を狙う『まつろわぬ神』が現れる可能性が高い。

そこで俺達は封印を諦め、神を迎え撃つ事に決めたのだ。

 

現在、俺達は『まつろわぬ神』との戦闘に備えて周囲に何もない場所に移動していた。

本当はこんな命が幾つあっても足りない事したくは無い。

けど、封印する時間もないみたいだから仕方がないと俺は既に割り切った。

 

 

 

この場には俺の大切な仲間達であるリリアナ、万里谷、清秋院の他にエリカが居る。

今回はリリアナ達に加えてエリカにも協力して貰う事になったのだ。

彼女の参加を薦めて来たのはリリアナだ。

そのリリアナ曰く「近くに使える人材があるのですから活用しない手は無いでしょう」との事だった。

危険な事に巻き込む事は申し訳ないと思わないでもない。

でもリリアナの強い推薦もあり、頼んでみたら二つ返事で承諾してくれたので甘える事にした。

 

神の顕現を待つ間、俺達は特に緊張する事も無くリラックスしている。

・・・今までの経験上常時張り詰めていても良い事は無いと経験で知っているからだ。

エリカは俺達に遠慮してか、少し遠くに控えている。

そんな彼女に清秋院が歩み寄り声を掛けていた。

 

「・・・貴女がエリカ・ブランデッリさん?」

「貴女は確か・・・清秋院 恵那さんであっていたかしら?」

 

清秋院はにっこり笑い掛けると不躾にエリカを観察し始めた。

しかし、一通り見渡すと落胆したかの様に溜息を吐く。

 

「はぁ、リリアナさんから貴女の話を聞いて少しは期待してたんだけどなぁ・・・期待外れだったよ。」

「・・・どういう意味かしら?」

 

正面切ってそんな事を言われれば気分を害してもおかしくない。

しかしエリカは少々眉を顰めただけだった。

 

「そのままの意味だよ・・・貴女からはそんなに強さを感じない。」

 

それだけ言うとエリカに興味を無くしたのか清秋院は俺達の方に戻って来た。

だがエリカは大して反応を示す事無く、そのまま黙って目を閉じた。

何とも言えないこの場の空気を変えようと俺はリリアナに声を掛けた。

 

「・・・エ、エリカって言う程弱いのか?」

「いえ、そんな事は無かった筈です。

 私が貴方と出会う前は彼奴との実力に対して差は無かった筈です。

 この一年の経験で差が出ているとしても、清秋院 恵那があそこまで言う程弱くは無い筈です。」

 

それを戻って来た清秋院が聞くと訝しさを表情に浮かべる。

まぁ清秋院はその性質上感覚の鋭い所があるから、リリアナの言っている事が信じられないんだろう。

 

「リリアナさん、それ本当?

 恵那にはあの人にそんな実力があるとは思わなかったんだけどな・・・。」

「いや、最近彼奴と手合せする機会も無かったからな。

 この一年で私が思っているよりも実力が離れたのか・・・あるいはエリカが何かを隠しているのか。」

「ふ~~ん・・・ねぇ、祐理はどう思う?」

 

清秋院が今まで話に加わってなかった万里谷に声を掛けた。

 

「私ですか?・・・私は後者ですね。

 エリカさんから内に力を溜めている・・・そんな感じがします。」

「へぇ、祐理はそう思うんだ・・・それが本当だったら、楽しみだなぁ。」

 

獲物を見つけたかの様に再び視線をエリカに向ける清秋院。

そんな彼女を万里谷が窘めた。

 

「駄目ですよ恵那さん。

 これから戦いになると言うのに、不謹慎です。」

「ごめんごめん、冗談だからそんなに怒らないでよ。」

 

2人らしいやり取りによって和やかな空気が流れる。

 

 

 

しかし、そんな時間は瞬く間に掻き消された。

 

 

 

「・・・っ、護堂さん!!」

「ああ、来たみたいだな・・・。」

 

万里谷の警告の次の瞬間、体に力が漲って来た。

 

・・・まつろわぬ神が近くに来ている。

 

この場に居る全員が警戒を最大限に高める中、それは突如として現れた。

俺達が警戒する姿を嘲笑うかの様に暗闇より現れたのは犬・・・犬種に例えるならジャッカルに近い。

しかしその大きさは普通じゃない、通常の犬よりも遥かに大きい。

見上げる程の大きさがある訳ではないが、人と同じ位の大きさはある。

 

その犬は・・・いや、『まつろわぬ神』は俺達に・・・正確には俺だけに視線を向ける。

犬らしからぬ知性ある視線に違和感を覚えるが、俺をその眼を逸らす事無く睨み返す。

 

「我が力の欠片を辿りここまで来たが・・・貴様、神殺しだな。

 よもやこの様な異邦の地で巡り合うとは・・・これもまた運命か・・・。」

「お前が此処に来た目的は・・・これだろ?」

 

俺はそう言うとポケットに入れていた発掘品・・・獣の形をした置物を取り出す。

『まつろわぬ神』はそれを視線に捕えると牙を剥き出しにした。

 

「それは我が物・・・我の力だ、渡して貰おうか!!」

「・・・これを渡したら大人しく帰ってくれるのか?」

「ふん、何を馬鹿な事を・・・。」

 

鼻で笑った奴が続けた言葉に俺の心は決まった。

 

「我が力が完全な物となれば、主達を蘇らせる事も不可能ではない。

 更に折角格好の獲物が目の前に居るのだ・・・肩慣らしをする事も吝かではない。」

「そうか・・・だったら尚更これは渡せないな。」

 

そう力強く言い切り『まつろわぬ神』を睨み付ける。

俺の好戦的な発言にこの場の空気は一気に重圧が掛かったかの様に重たくなった。

唸り声を上げ、牙を剥き出し威嚇しながら『まつろわぬ神』が吠える。

 

「ならば力尽くで奪うのみだ。

 覚悟してもらおうか、神殺し!!」

 

 

 

 

 

Side 昴

 

突如として先輩達の前に現れたのは巨大な犬だった。

いきなりの出現に驚いたが、今の僕はそれ所じゃなかった。

 

「神藤君!?どうしました!!」

 

隣で僕の異変に気付いた甘粕さんも慌てた様子で声を掛けてくれたが僕は返事をする余裕も無い。

僕は今、あの犬を見た辺りから滾り溢れようとする自分の『氣』を抑えるのに必死だった。

 

・・・エリカさん達から事前に聞いていた通りだ。

 

神殺しは神に会うと体が勝手に戦闘態勢に移行する。

今迄も自身が少しでも戦いに向かおうとすると、体のコンディションが最高潮にまで勝手に高まっていた。

しかし今はあの時の比では無い。

唯あの犬の姿を目で捉え、アグニと類似する『氣』を感じ取っただけで体の底から力が湧き上がって来たのだ。

 

・・・折角隠れているのに今ここで見つかる訳にはいかない。

 

僕はこの感覚に慣れるまで溢れ出る『氣』にのみ意識を集中させた。

最優先は先輩達・・・特に万里谷先輩に気取られない様に『氣』を体から漏らさない事。

漲る力を強引に抑え付け、少しずつコントロールしていく。

 

漸く落ち着きを取り戻したこの体に安堵しながらゆっくり目を開ける。

 

「神藤君、どうしたんですか?」

 

目を開けた僕に気付いた甘粕さんは心配そうに聞いてきた。

そんな彼を安心させる様に額に出来た汗を拭いながら笑い掛ける。

 

「ご心配をお掛けしました、もう大丈夫です。

 神様を確認してから自分を『氣』を抑えるのに少々苦労しただけですから。」

「そうでしたか・・・確かにカンピオーネの方々は戦闘になると色々とパワーアップする体質ですからね。」

 

甘粕さんは僕の言葉に納得した様に頷いた。

僕の戦いは武術も然る事ながら『氣』のコントロールが重要になってくる。

その為先程の様に自身の体の制御が聞かない状況になると戦い辛くなってしまう。

これが戦闘中だったと思うと・・・ぞっとする。

 

「先輩達の方はどうなりましたか?」

 

僕が目を閉じていた間に彼等の状況がどうなったのか確認する為に視線を外に移した。

 

 

 

・・・そこで繰り広げられる光景に僕は理解が追い付かなかった。

 

 

 

まず神の姿が変わっていた。

最初は巨大な犬の姿をしていた筈だ。

だが先輩達の前に立塞がっているのは人の体に犬の頭・・・物語でよく見る犬の獣人の様な姿をした神だった。

そして最初の頃よりもあの神から感じられる強さが跳ね上がっている様に感じられた。

 

次に今神と戦闘を繰り広げているのは草薙先輩では無くクラニチャール先輩と清秋院先輩だった。

特に清秋院先輩には目を見張る物がある。

僕はまだ直接お目に掛かった事は無いけど、此処からでも彼女の異質な強い力が窺える。

・・・あれが馨お姉ちゃんの言っていた『神がかり』なのかもしれない。

高い攻撃力を持った清秋院先輩を的確にサポートするクラニチャール先輩。

息の合った動きで神相手に全く引けを取っていない。

 

そして最後に・・・。

必死に戦っている彼女達の後ろで草薙先輩と万里谷先輩が・・・その・・・すっごく濃厚なキスをしています。

エリカさんはそんな二人を護る様に立っているのが見える。

 

そんな戦闘中とは思えない光景に唖然としている僕に甘粕さんが教えてくれた。

 

「御分りになると思いますがあの犬の被り物が、『まつろわぬ神』です。

 あの容姿から私はエジプトの冥界神『アヌビス』だと予想します。

 最初は神の力が完全では無かった為か、草薙さん達が優勢に事を運んでいました。

 しかし草薙さんが油断した一瞬の隙を付かれ、彼に神具を奪われた事で形勢が逆転・・・。

 ピラミッド等で良く見るあの姿が恐らく本来の姿なのでしょう。

 本来の力を取り戻した神により、草薙さん達が押され始めました。

 ・・・ですが行幸な事に神が本来の姿を取り戻した御蔭で祐理さんが霊視を得る事に成功しました。

 その為現在は時間稼ぎの為にリリアナさんと恵那さんが代わりに戦っています。」

 

大まかに今まであった事を教えてくれた甘粕さん。

しかし僕が一番気になっている事柄に付いて全然説明して貰えていない。

僕は先輩達の行為から何とか目を背け、甘粕さんに尋ねた。

 

「そ、それで・・・あ、あの行為には、い、いったい何の意味が?」

 

動揺が大きく言葉に詰まってしまった。

それに今の僕は顔が赤くなっている事だろう。

不思議そうに僕の方に顔を向けた甘粕さんは、僕の顔色を見て思いだしたかの様に付け足した。

 

「あぁ、神藤君は草薙さん達の戦いを見るのは初めてでしたね。

 あれは彼の権能の1つ『戦士』の権能を使う為の儀式の様な物です。」

「・・・儀式・・ですか?」

「彼が『軍神ウルスラグナ』から簒奪した権能の事はご存知ですか?」

「はい・・資料に書いてあった程度ですが。」

「彼の『戦士の権能』は神の知識を言霊に乗せて相手の神力を切り裂く智慧の剣です。

 そしてその使用条件が相手の神の知識を得る事。」

「その事とあの行為の繋がりが見えませんが・・・。」

「神藤君も知っていると思いますが、カンピオーネは強い魔術耐性を持っています。

 普通に魔術を掛ければ友好的な物も例外なく全て弾かれる。

 まぁ、何事にも抜け道は存在します。

 その一つとして挙げられるのは、今の彼等の様に経口摂取で直接魔術を体内に送り込む方法です。」

「じゃ、じゃあ、あれは・・・。」

「あれは祐理さんが霊視した内容を『啓示』の魔術によって草薙さんの頭に直接教えているって所ですね。」

 

想像すら出来なかった理由に驚きを隠しきれない。

・・・そして、僕は気付いてしまった。

もし僕だったら恥ずかし過ぎて・・・想像しただけで顔が熱くなってしまいそうな可能性に・・・。

 

「も、もしかして・・・毎回あれをやっているんですか!?」

「まぁ・・・そうですね。」

 

甘粕さんの肯定に思わず外に視線を向けてしまった。

其処には今田万里谷先輩と熱い口づけを交わす草薙先輩の姿があった。

 

・・・あんな恥ずかしい事を戦闘の度に毎回・・・。

い、いや、話を聞いた後だとやり慣れてる感が見える気がする。

 

「彼、平和に過ごすからって神様について全く勉強しないんですよ。

 でも私は確信犯だと思っています・・・あっ、今のは内緒ですよ?」

 

少しおちゃらけた様に甘粕さんは言った。

先輩達の情事に見入ってしまっていた僕は「はっ」と我に返り慌てて視線を逸らす。

逸らした視線の先でにやにやと笑う甘粕さんと目が合って、更に顔が赤くなってしまうのだった。

 

 

 

僕達が話している間も戦闘は続く。

『アヌビス』はクラニチャール先輩達の巧みな連携により足止めをされている。

2人掛りとはいえ、神を相手に善戦している彼女達は称賛に値するのだろう。

 

・・・と考えている時、僕は『アヌビス』に対して違和感を覚えた。

 

確かにクラニチャール先輩達の実力は並外れた物がある。

だが些か神に対して善戦し過ぎている様に感じた。

僕自身が相対している訳では無いから確かではないが、別の事に意識が向いている様に思えた。

 

 

 

そんな事を考えている間に戦況に変化があった。

突如力が解放されたかの様に草薙先輩から力が溢れだした。

そしてその力に呼応する様に先輩の周りに幾つもの金色の玉が出現したのだ。

 

「・・・あれが。」

「はい、あれが護堂さんの切り札ともいえる権能の1つ・・・『戦士の権能』です。」

 

クラニチャール先輩達は草薙先輩が金色の玉を携えて前に出て来た事により後ろに下がった。

此処からではよく見えないが先輩はずっと何か言葉を発している様に見える。

そしてそれに反応する様に金色の玉はアヌビスに目掛けて飛んで行く。

あの権能にどういった力があるのか分からなかった僕だったが、アヌビスに当たった事で漸く理解した。

 

「・・・アヌビスの『氣』が切り裂かれた?」

「流石は昴君ですね。

 『戦士の権能』は神の知識を言霊に込める事で智慧の剣を創りだす物です。

 あの光球には神の神力を切り裂く力があります。」

 

僕の呟きに反応した甘粕さんが補足で説明してくれた。

この事にはアヌビスも気付いたらしい・・・先程よりも警戒を深めた様だ。

 

 

 

其処からは一進一退の攻防が続く。

戦況は先輩達に傾いたかと思ったが、俊敏な動きをするアヌビスを捕えきる事が出来ない。

どちらも決定打を負わせられないまま、少なくない時間が過ぎた。

 

そんな緊迫した攻防の中、突如アヌビスは戦闘中にも関わらず意識を先輩から外したのだ。

 

それが決定的な隙となった。

先輩はその隙を見逃す事無くアヌビスに攻撃を仕掛けるのだった。

 

「これは決まりですかね。」

 

先輩の一撃が入った事で甘粕さんが安堵の声を漏らした。

大量の『氣』を切り裂かれたアヌビスの動きは著しく低下。

それを確認した草薙先輩は東の空を指差しながら叫んでいた。

 

「あれは『白馬の権能』ですね。

 護堂さんの持つ権能の中でも最大級の威力を持つ物です。

 条件として確か大罪人にしか使え無かった筈です。

 今回はアヌビスが冥界神という事もあって、恐らく移動中にでも罪を犯していたのでしょう。

 実際この戦闘でも死と言う概念を撒き散らしていましたから・・・。」

 

 

 

・・・何か違和感がある。

 

隣で甘粕さんが何か言っているが僕には届いていない。

あの時感じた違和感が再び僕の頭を埋め尽くしたのだ。

一度ならず二度も感じた違和感を僕はもう無視する事は出来なかった。

この時僕は凄まじい集中力を発揮した。

 

そして気付いた。

全員が白馬による攻撃に視界が覆われた時、アヌビスの後ろに黒い靄の様な物が出現した事に・・・。

 

「・・・・・っ!!甘粕さん、緊急事態です!!」

「いきなりどうしたんですか、もう決着はつきましたよ?」

「甘粕さんはアヌビスの後ろ出た物に気付かなかったんですか!?

 僕の予想が正しければまだ戦いは終わりません・・・というより今のままでは先輩達が危険です。

 急いで馨お姉ちゃんに連絡して下さい・・・僕は今から先輩達の所に行きます。」

「い、いったい何を言っているんですか!?」

「詳しく説明している暇はありません!!このままでは先輩達が危ないんです!!」

 

それだけを言い残すと僕は部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

Side 甘粕

 

私は部屋を飛び出して行った神藤君を止める事が出来なかった。

突然の事に思考が追い付かないまま、慌てて携帯を取り出し上司へと電話を掛ける。

 

「馨さんですか?

 緊急事態です、神藤君が飛び出してしまいました。」

『そうか・・・結局そうなってしまったか。

 ・・・わかった、甘粕さんはそのまま監視を続けて。』

 

まるで予想していた様な口振りの上司の指示に了承した後、疑問を投げかけた。

 

「・・・大幅に計画が狂う事になりますが、どうするおつもりですか?」

『何、少し予定が早まるだけさ。

 今回の話を聞いた時からエリカさんと相談して既に計画を前倒しにして進めてるんだ。

 まぁ、これから少し忙しくなると思うけど引き続きよろしくね。』

 

そう言って電話は切れた。

神藤君と幼馴染らしい私の上司は今回の彼の突然の行動を予測していたみたいだ。

落ち着いた上司の対応に私の思考も正常に戻って来た。

言われた通りに監視を続けていると、神藤君が護堂さんの危機を間一髪で救っていた。

それを見て思わず言葉が零れた。

 

「我等の王は本当に『正義の魔王』を目指すみたいですね。」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。