Side 昴
道場再開から数日・・・何とか『氣』の制御と力加減に慣れる事が出来た。
そのお蔭か僕の正体が『神殺し』だとばれる事も無かった。
帰国して1週間程・・・遂に『城楠学院高等部』への入学式前日を迎えた。
道場の方も今日から暫くの間は、新しい生活に慣れる為休む事にしている。
門下生の人達も「落ち着いたらまたお願いします」と許してくれた。
という事で今日は少し体を動かす程度に留め、明日に備えてゆっくりと過ごしていた。
久し振りに堪能しているゆっくりと時間が唐突に終わりを告げたのは夕暮れ時だった。
「ピンポーン!!」と家の呼び鈴が鳴り響く。
ソファで寛いでいる時に鳴り響いた大きな音に驚きながらも、一体誰だろうと玄関に向かう。
扉を開けると・・・そこには大量の段ボールを抱えた宅配業者の姿があった。
「神藤様のお宅で宜しいでしょうか??」
「は、はい。」
「それじゃ、荷物運び入れますね。」
「え、あの、ちょっと・・・。」
宅配業者の人はそう言うと、後ろに控えて居た人達にも声を掛け、どんどん荷物を運び入れ始めてしまった。
止める間も、説明も無く、あっという間に彼等は荷物を運び終える。
そして最後に「ありがとうございました」と全員で頭を下げ去って行った。
な、何だったんだ、今のは・・・それに、この荷物はいったい・・・。
僕は突然起こった嵐の様な出来事に呆然として動く事が出来なかった。
しかし再び「ピンポーン!!」と家の呼び鈴が鳴り響く。
我に返って「次は何だ!!」と扉を開けるとそこには・・・小悪魔の様な笑顔を浮かべるエリカさんの姿があった。
「数日振りね、昴・・・私に会えなくて寂しかった?」
「エ、エリカさん??な、何で此処に??」
「そんなの今日から此処で暮すからに決まっているでしょう?」
「・・・え、いや、そんな話1度も・・・。」
「叔父様に昴はお爺様が亡くなって広い家に1人暮らしだって聞いたの。
もしかして1人じゃ寂しいんじゃないかと思って・・・という事で、これからお世話になるわ。」
突然やって来たエリカさん・・・それだけでも十分驚くべき事なのに今日から此処で暮す??
混乱の中僕が驚きで固まっていると、エリカさんの寂しそうな声が耳に届く。
「もしかして昴・・・私と一緒に暮らすのは嫌だったかしら?」
そんな事を潤んだ上目使いで言われたら断れる男が居る訳が無い。
僕は反射的に口を開いていた。
「そ、そんな訳無いじゃないですか!
毎日エリカさんが近くに居ると思うと、とっても嬉しいですよ!」
「ふふっ!嬉しいわ、これからよろしくね!」
恥ずかしい事を口走った僕は顔を赤くし、エリカさんは嬉しそうに微笑んだ。
エリカさんは僕の隣を擦れ違う時、頬に柔らかな唇を押し付けるとそのまま家に入って行った。
我に返った僕は慌てて追いかけ様としたら後ろからのんびりとした口調で声を掛けられた。
「あの~~。」
慌てて振り返るとそこにはイタリア滞在中にお世話になったアリアンナさんの姿があった。
「ア、アンナさん!!も、もしかしてアンナさんも・・・。」
「はい、私もエリカ様と神藤様のお世話をする為今日からお世話になります。
今日から食事・掃除・洗濯・・・この家の家事は全て私にお任せ下さい!!」
見慣れてしまったメイド服に身を包んだ彼女は丁寧に挨拶をしてくれた。
おっとりと、それでいて丁寧な挨拶に僕も思わず頭を下げていた。
「こちらこそ宜しくお願いします。」
「それでは私も失礼させて頂きますね。」
彼女は癒しの笑みを浮かべるとエリカさんに続いて家の中に入って行った。
僕は突然の事が多過ぎて暫くの間、玄関の前で固まっていた。
我に返って彼女達の後を追い掛ける様に家の中に入る。
2人は家の中を見分して回っていたみたいで、きょろきょろと視線を彷徨わせていた。
「エ、エリカさん!!どういう事ですか!!」
「あら昴、やっと来たの?もし良かったら家の中を案内してくれないかしら?」
「あ、はい、わかりました・・・・・ってそうじゃなくて!!」
「冗談よ・・・勝手に此処で暮す事を決めたのは悪かったわ。
理由としてはさっき言った通りよ・・・貴方1人だと寂しいと思ったから。
後は、そうね・・・何かあった時に近くに居た方が早く対処出来るから・・・かしらね。」
「・・・事前に教えて欲しかったですよ。」
「ふふっ、驚かせたかったのよ・・・ごめんなさいね。」
そう言えばエリカさんってこういう人だった・・・たった1週間前の事なのにどうして忘れてたんだろう。
楽しそうな笑みを浮かべるエリカさんを見て思わず溜息が口から零れる。
そんな僕を見て笑顔のまま近寄って来ると、耳元で優しく囁かれた。
「もう1つあったわ・・・それはね・・・私が少しでも貴方の傍に居たかったから・・・よ。」
甘い囁きと誰もが見惚れる笑顔を間近で見た僕の顔は一瞬で赤くなる。
去り際に家に来て二度目のキスを頬にするとエリカさんは体を離した後、口を開いた。
「改めて家を案内してくれるかしら?」
「・・・・・は、はい!!」
「あ、私は夕食の準備に入りますね。」
我に返った僕の返事の後アンナさんは早速キッチンの方へと消えて行った。
僕はエリカさんに腕を引かれながら家を案内する。
エリカさんは古い日本家屋である我が家を興味深げに見渡していた。
最後に案内した道場では目を輝かせてとても楽しそうにはしゃいでいる姿はとても印象的だった。
案内を終えてリビングに戻るとアンナさんの食事の用意も完了していた。
食材も時間も余り無かったと言っていたけど、机に並ぶ料理の数々はとても美味しそうだった。
・・・そして、煮込み料理が無かった事に心から安堵した。
思い出したくもない・・・エリカさんに勧められて口にした瞬間の・・・あの何とも言えない感覚・・・。
食事の後は3人で荷物の整理をする事にした。
しかし、如何せん2人とも女性という事で荷物の量も多い。
その日の内にエリカさん達の荷物を片付け終える事は出来なかった。
日付が変わっても終わる気配が無かった為、明日から始まる学校の事も考えその日は休む事にした。
・・・幸い、2人の部屋に眠るスペースは確保出来たので良かった。
入学式当日の朝。
稽古の為、早起きが習慣となっている僕はいつも通りの時間に目を覚ます。
今日は入学式だなぁ・・・とか考えながら体を起こすとふと違和感を覚えた。
・・・何故だかいつもより体が重い様な気がするなぁ。
昨日は夜遅くまで起きていたけど・・・ここまで体が重いと、体調でも悪いのかな??
しかし、そんな考えは布団の中に自分以外の膨らみがある事に気付いた瞬間消えた。
・・・ま、まさか、こ、この膨らみは・・・。
恐る恐る布団を捲ればそこには・・・生まれたままの姿で眠るエリカさんの姿があった。
彼女の体を視界に入れた瞬間、すぐさま目を逸らせ・・・同時に思い出した。
・・・ど、どうして僕は忘れていたんだ!!
イタリアで過ごした1週間・・・毎朝、目を覚ますと彼女は何も身に着けず僕に寄り添って眠っていた。
確かに1人でベッドに入った筈なのに朝起きたら必ずエリカさんが横で寝ているのだ。
初日は思いが通じ合い、舞い上がっていた事もあって『イケナイ事』をしてしまった。
しかし普段ああいう事に慣れていない僕は、毎朝エリカさんの姿を見て思考が停止していた。
しかもあの夜の事を思い出して体は勝手に反応してしまうのだ。
そして現在・・・すぐに目を逸らしたがエリカさんの体が目に焼き付いて頭から離れなくなっていた。
鼓動は高鳴り、顔は熱くなってくる。
思わず本能に任せて振り返ろうかとしている自分に気付いて我に返る。
ダ、ダメだ・・・き、今日は入学式なんだ・・・そ、それに朝からこんな事してちゃ駄目だ!!
自分に言い聞かせながら煩悩を振り払う為、頭を激しく横に振る。
落ち着いた所でエリカさんを起こさない様に布団から抜け出す。
そして彼女を視界に入れない様に気を付けながら布団を掛け直し、素早く着替えて部屋を後にした。
リビングに行くと丁度食事の用意を始め様としているアンナさんの姿があった。
「おはようございます、アンナさん。」
「えっ!お、おはようございます、昴さん。」
僕が朝早い時間から起きて来た事にアンナさんは少々驚いていた。
しかしすぐにおっとりとした笑みを浮かべて挨拶を返してくれた。
「昴さんは毎朝この位の時間に起きられるんですか?」
「朝は習慣で稽古をしてますから・・・登校日はこれ位の時間ですね。
あっ、朝御飯は稽古が終わってからで構いませんから、大丈夫ですよ!」
「そうですか?・・・でしたら稽古の終わる頃に食事出来る様に用意しておきますね!」
「よろしくお願いします。」
アンナさんとの話を終え外に出た僕は体を温める為ランニングを始める。
15分ほどのコースを走ったらストレッチの後、道場でしっかりと確認しながら基本的な動きを行う。
朝の稽古では動きの確認が主・・・後は体を起こす為と言った所かな。
全ての動きを確認し終えた所で丁度1時間程・・・朝を流す為お風呂場へ向かいシャワーを浴びる。
さっぱりしてリビングへ戻ると机の上には美味しそうな朝食が並べられていた。
焼きたての食パンにふっくらとしたスクランブルエッグ、カリカリのベーコンに瑞々しいサラダ。
僕1人だったら考えられない豪華な朝食に目を奪われてしまった。
「お疲れ様です、昴さん。」
「あっ、アンナさん。
朝御飯、とっても美味しそうですね!!」
「そうですか?そう言って戴けると嬉しいです!」
興奮気味な僕は早く食べ様と急いで椅子に座る・・・とそこで、エリカさんがまだ来ていない事に気付いた。
「アンナさん、エリカさんはまだ起きてないんですか?」
「確かにそろそろ起きないと学校に遅れてしまいますね。
私が起こしに行きますから昴さんは先に召し上がっていて下さい。」
そう言うとアンナさんはリビングから出て行った。
先に食べていてもいいと言われたけど、どうせだったら全員で食べたいと思って待つ事にした。
昨日知った事だが、エリカさんは実は僕の1つ年上だった。
そして彼女も今日から僕と一緒に『城楠学院』に転入と言う形で通う事になっている。
・・・うん、僕はもっと上のお姉さんだと思っていた。
だって大人っぽいし、落ち着きもあるし、綺麗だし・・・。
思っていた事を話すと笑われた後からかわれてしまった。
でも笑顔を浮かべていたから大人に見られて嬉しかったんだと思う。
今日は午前中に在校生の始業式と新入生の入学式が行われる。
その為僕とエリカさんの登校時間は同じなのだ。
此処から学校まで近いけど歩いて10分ほど掛かり、今より遅くなるとギリギリの時間に登校する事になる。
初日は余裕を持って行きたいなぁと考えている所にアンナさんが1人で戻って来た。
「エリカさんは?」
「あの・・・それが・・・。」
「はっ!!」
・・・そ、そうだった、どうして僕はこう物忘れが酷いんだ!!
僕のベッドで眠っているエリカさんの事を忘れる何て・・・どうかしてるよ!!
アンナさんに要らぬ誤解をさせたかと思って顔が熱くなる。
そんな僕を気にする事無くアンナさんは話し続ける。
「エリカ様は目を覚まされたのですが『今日は夫のキスで目覚めたいわ』と言って再び眠ってしまわれました。」
「へっ??」
少しばかり頬を赤めらせながら告げたアンナさん。
一瞬何を言っているのか理解出来なかった僕。
しばしの沈黙の後僕は漸くアンナさんの言葉を理解して顔が真っ赤になった。
「はあぁぁああぁぁぁ!!
ど、ど、どういう事ですか!!キ、キ、キスって・・・。」
「申し訳ありませんが、時間も差し迫って来ています・・・昴さん、起こして来て貰えませんか?」
・・・この人この状況を楽しんでる!?
頬を赤らめたまま、そして少しばかり目を輝かせながら言うアンナさんに唖然とする。
でもアンナさんの言う事も間違っていない。
このままだと入学初日から遅刻なんて事になりかねない。
遅刻は嫌だし、アンナさんの期待の籠った視線にも耐えきれなかった僕は自室へ向かった。
扉の前で気合を入れてから扉を開けると、ベッドから安らかな寝息が聞こえてくる。
ベッドを覗き込むと、天使の様な寝顔で眠っているエリカさんの姿があった。
いつまでも見ていたいと思ってしまう程に綺麗な寝顔に思わず見惚れてしまう。
「エリカさん、起きてください、朝ですよ。」
我に返った僕はなるべく彼女の体を見ない様にエリカさんの体を揺する。
暫くそうしていると漸く反応があった。
「ン・・・う~~~ン・・・・昨日はあの後少し調べ物をしてたのよ。
・・・もう少し寝かせてくれないかしら・・・。」
いつものエリカさんからは想像出来ない、甘い声にドキッとする。
思わず『いいですよ』と言ってしまいそうになったが、心を鬼にして声を掛け続ける。
「駄目ですよ、起きて下さい。
今日から学校なんですから・・・それにアンナさんも朝食を用意して待ってるんですから。」
「・・・・・昴が『おはようのキス』をしてくれるのなら起きてもいいわよ。」
「うっ!!」
そう言うとエリカさんは顔を僕の方に向けて、しかもキスし易い様に自ら顎を上げた。
男なら引き寄せられそうなその顔に思わず唾を飲み込む。
・・・キ、キスしなきゃ遅刻するかもしれないんだ。
ち、遅刻しない為に、し、仕方のない事なんだ・・・。
心の中で誰にするでも無い言い訳を唱えながら、エリカさんに顔を近付けて行く。
そして彼女の唇にキスを落とした。
潤っている唇の柔らかい感触に思わずもっと味わっていたくなるが理性を総動員して顔を離す。
「ふふ、とてもいい目覚めだわ。
愛する人の口付けで起こして貰えるなんて・・・私は世界で一番の幸せ者ね。」
胸の高鳴りが止まらない僕に表情を綻ばせ笑顔を向けて来るエリカさん。
彼女は僕からのキスの感触を愛おしむ様に自分の唇をなぞる。
その仕草がとても官能的で更に顔が赤くなってしまった。
エリカさんはシーツで体を包み、ゆっくりと体を起こすと僕の頬に手を当てた。
「今日はいい目覚めをありがとう・・・これは起こしてくれたお礼よ。」
そう言うと彼女はキスをしてくれた。
柔らかい唇で数回僕の唇に吸い付くと離れた・・・短いキスだった。
「本当だったらもっと貴方を感じていたいけど・・・そういう訳にはいかないわね。
私は部屋で着替えてから行くから、昴は先にリビングへ行ってなさい。」
エリカさんは耳元で囁くとベッドから降りて部屋を出て行ってしまった。
僕は朝の甘いひと時に暫く動く事が出来なかった。
我に返った僕は時計を見て急いで食事に戻った。
リビングにはあの時より頬を赤らめたアンナさんが待っていてくれた。
「はぁ~~初めて生でキスという物を見てしまいましたぁ。」
何て呟きは聞こえなかった・・・。
アンナさんは僕に気が付くといつもの様におっとりとした笑みを浮かべ、僕に温かい珈琲を入れてくれた。
その後エリカさんも合流して慌しくも楽しい食事となった。