正義の魔王 [改稿版]   作:しらこつの

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改めて宜しくお願いします。


はじまりの物語
第01話 神藤 昴


Side 昴

 

僕は道場に立つ。

気持ちを静め、体全身に意識を張り巡らせる。

精神統一を終えると気合と共に動き出す。

 

「はっ!!」

 

拳を突出し、足を振り上げる。

その一連の動作を淀み無く・・・まるで演武の様に。

最後に上段回し蹴りを繰り出すと、その場で動きを止め起立の姿勢に戻る。

深く息を吐くと今迄なら掛けられていた声が聞こえない事に涙が込み上げて来る。

でも・・・。

 

 

 

僕の名前は『神藤 昴』。

中学校を卒業し、新年度から城楠学院高等部への入学が決まっている。

本来であれば高校入学までの春休みを中学の仲間達と楽しんでいた筈だった・・・。

・・・ほんの一週間前、中学の卒業式直前に唯一の肉親である祖父『神藤 統一郎』が他界したのだ。

 

幼い頃に両親を亡くした僕をお爺ちゃんが育ててくれた。

僕の家は代々『神道流』と呼ばれる流派の道場だ。

お爺ちゃんは何時までも泣き続ける僕に父が継ぐ筈だった『神道流』を教えてくれた。

・・・少しでも両親との繋がりを感じられる様に。

お爺ちゃんは稽古の時は厳しかったが、普段はとても優しかった。

僕はそんなお爺ちゃんが大好きだった。

 

そんなある日・・・学校から帰ると道場で倒れているお爺ちゃんを見つけた。

駆け寄って声を掛けたけど返事は無いし、正直どうしていいのか分からなかった。

それでも無我夢中に必死になって蘇生術をした事は覚えている。

その後、道場に来た門下生の人が倒れたお爺ちゃんを見て救急車を呼んでくれた。

治療中待合室で待っている間、不安でいっぱいだった。

看護士さんに呼ばれ病室に入ると・・・そこにはお爺ちゃんが弱々しくベッドに横になっていた。

 

「すまないな、昴・・・お爺ちゃんもう駄目じゃ。」

「そんな事無い、すぐ元気になるよ。」

「いいや・・・自分の体の事は自分が一番わかっておる。

 昴・・・今日から『神道流』の当主はお前じゃ・・・。」

「僕何かじゃまだ無理だよ。

 お爺ちゃんに教えて欲しい事、まだまだ沢山あるんだよ!!」

「何、お前の強さはもう儂も・・・そしてお前の両親すらも越えておるよ。

 自信を持て、昴・・・お前なら神すらも殺せる男になれる筈じゃ。

 そしてその力を誰かの為に・・・。」

「お爺ちゃん!!」

「誰よりも優しく・・強く・・・生きるんじゃ・・ぞ。」

 

その言葉を最後にお爺ちゃんは息を引き取った。

その後の事を僕はよく覚えていない・・・気付けば卒業式もお爺ちゃんの葬式も終わっていた。

 

 

 

僕は数日の間お爺ちゃんの仏壇の前から動かなかった。

じっと僕に笑い掛けるお爺ちゃんの写真から目を離さなかった。

僕を心配して沢山の人が声を掛けてくれたけど、どれも僕の耳には届かなかった。

本当はこんな事じゃいけないのは分かっていた・・・それでもここを動きたいとは思わなかった。

そんな時・・・ふと道場の方で声が聞こえた気がした。

 

どこか懐かしく・・・厳しくも優しい声が。

 

僕は何かに縋る様に・・・導かれる様に道場へ足を向けた。

・・・でもそこには誰もいない。

道場を前にして僕の目には涙が溢れて来た。

いつも多くの人達で活気に溢れている道場・・・でも今は静まり返っている。

いつも綺麗に掃除が行き届いていた床・・・数日の間使わなかっただけで埃が目立っている。

そして・・・いつも皆を見守り、時に厳しい声で指導をしていたお爺ちゃんの姿はもう無い。

 

でも・・・でも、見えるのだ・・・お爺ちゃんの姿が・・・。

何時も声を張り上げて指導していた姿が・・・誰かを褒める時のめったに見せない笑顔が・・・。

僕はそんなお爺ちゃんの姿に導かれる様に道場に立った。

息を整え気持ちを落ち着かせる・・・いつも通りに。

そして・・・。

 

「はっ!!」

 

気合と共に拳を前に出し、次々に技を決めて行く。

・・・流れる様な動きの中で思う。

これこそが両親と・・・そして亡くなったお爺ちゃんとの繋がりだと。

動きの中でお爺ちゃんの厳しい声が聞こえて来るみたいだ。

その度に自分の動きが洗練されて行く。

数日の間に鈍ってしまった体がお爺ちゃんに認められた動きに戻るまで、僕は何時間も体を酷使し続けた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・。」

 

どれだけの時間動き続けていただろう。

お爺ちゃんの声も聞こえなくなった頃、漸く体の動きを止めた。

いつもなら息1つ乱れないのに今は肩で息をしている。

僕は息を整えるといつもお爺ちゃんが立っていた道場の上座に体を向ける。

僕には笑って褒めてくれているお爺ちゃんが見えた気がした。

零れ落ちそうな涙を堪え、精一杯の笑顔を浮かべながら・・・あの時言えなかった、別れの言葉を。

 

「・・・お爺ちゃん、今までありがとう。」

 

お爺ちゃんが死んじゃって寂しいけど・・・もう、大丈夫。

僕がお爺ちゃんに教わったこの『神道流』を忘れない限り、家族との繋がりが無くなる事は無いとわかったから。

 

 

 

 

 

零れ落ちた涙を拭い、道場を見渡す。

・・・何時までも道場を閉めている訳にはいかないな。

僕はまずは道場の掃除から始めるかと動き出そうとした時だった。

 

ピンポーン!!

 

玄関の呼び鈴の音が家中に鳴り響いた。

ここ数日は誰が来ても出る事は無かったな、と思って急いで玄関に向かう。

そこに居たのは中学の同級生達だった。

 

「皆、どうしたの??」

「・・・あ、だ、大丈夫か??」

 

心配して来てくれたのかな??

その事が何だか嬉しくて思わず笑顔になる。

 

「うん、大丈夫だよ。

 確かにお爺ちゃんの事は寂しいけど・・・いつまでも塞ぎ込んでる訳にはいかないから。」

 

僕の笑顔で無理をしていない事が伝わったのだろうか・・・皆ほっとした表情で僕を見つめていた。

 

「それで、何か用事でもあったの??」

「あぁ、そうだった・・・お前卒業旅行はどうする??」

 

卒業旅行・・・今迄忘れてた!!

確か仲が良かった友達の中に親がイタリアのミラノでホテルを経営してるって奴が企画したんだっけ??

一流ホテルを格安で止めてくれるって話だったから皆で行こうって誘われたんだった!!

 

「お前、今迄大変だったから・・・どうするのかなって。」

 

本当だったら今迄休んでいた道場を開きたいんだけど・・・。

高校が違う友達もこの旅行に行くし・・・。

それに・・・気持ちの切り替えにもなるかな!!

 

「僕も旅行に連れてって貰ってもいいかな??」

「そうか!!

やっぱり皆揃って行きたかったから・・・俺達も嬉しいよ!!」

 

僕の返事に皆喜んでくれた。

 

「でも大丈夫か??

 出発明日なんだけど・・・。」

「あ、明日!?」

「急で悪いけどお前だけ連絡が付かなかったからな・・・お金やパスポートは・・・。」

「パスポートは持ってる筈、覚えてないけど子供の頃に海外に行った事があるってお爺ちゃんが言ってたから。

 お金も心配ないよ、卒業旅行に行きたいって言った時にお爺ちゃんが用意してた記憶がある。」

「だったら心配ないな。

 一応必要な物のリストを作って来たから、これを参考に荷造りしてくれ。」

「ありがと、助かるよ。」

 

どんな物がいるか分からなかったから本当に助かる。

パスポートとかも後で探してみないと・・・。

 

その後軽く話をしたら皆帰って行った・・・皆もまだ準備が終わってなかったみたい。

でも本当に嬉しかったな、僕にはまだ心配してくれる友達がいるとわかったのだから・・・。

僕は家に入るとお爺ちゃんの仏壇の前に座り手を合わせる。

 

・・・これからも頑張るから、見守っていて下さい。

 

目を開けて写真を見ると、写真のお爺ちゃんがさっきよりも笑っている様に見えた。

それが嬉しくて僕も自然と笑顔になっていた。

 

 

 

 

 

その後門下生の人達に心配かけた事のお詫びと、卒業旅行に行ってくるから道場をもう暫く休むと電話した。

皆さん心配していたのか、元気になった僕の声を聴いて「楽しんで来て下さい」と送り出してくれた。

そして急ピッチで旅行の準備を始めた。

メモに書いてある物の中で持ってない物もあったので、外に出たりしていたから結構時間が掛かってしまった。

 

パスポートを探している時だった。

探している最中にお爺ちゃんの訃報に色々な所から来ていた手紙を引っ繰り返してしまった。

その中の一つに外国からのエアメールを見つけた。

相手の国が旅行先のイタリアだった事もあり、興味を惹かれて中に目を通してみる。

手紙は綺麗な日本語で書かれていて、お爺ちゃんの御悔やみと僕に対して何かあれば力になると書いてあった。

 

僕はその内容に首を傾げる。

差出人の名前・・・『パオロ・ブランデッリ』。

相手には悪いが聞き覚えがない・・・と言うより海外に知り合いなんて僕にはいない。

お爺ちゃんは交友関係が広かったから・・・昔お爺ちゃんにお世話になった人かな??

海外から態々僕の事まで気に掛けてくれるなんて・・・いい人だなぁ。

 

その後我に返ってパスポート探しを再開した。

準備を続けながら今回の旅行に思いを馳せる。

・・・明日からの旅行楽しみだなぁ。

 




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