それと、ガチの説明回です。
「ベルは寝たか?」
「うん、大丈夫だよ」
ヘスティア・ファミリアのホーム。教会跡の地下室に設けられたソファーにクラウドとヘスティアは隣同士で座っていた。豊饒の女主人の件が終わってホームに帰った後、クラウドはベルと一緒に眠ったヘスティアを起こして話を切り出したのだ。
時刻はもう深夜の1時を回っており、ベルは明日ダンジョンに潜るため、もう就寝している。
「実は話したいことがある。ベルには....秘密にしておいてくれよ」
「もちろんわかってるよ、君がこんな時間にボクを起こしたのもそのためだろう?」
ヘスティアは少々誇らしげに答えた。思わずそんな無邪気な容姿に表情が綻んでしまうのが、自分でもわかった。
「俺がヘスティア・ファミリアに改宗した理由、それを言おうと思ってさ」
「やっぱりそれか....」
「? わかってたのか?」
「当たり前だろう? ロキのファミリアはオラリオでも屈指の強さを誇ってる、しかもそこの幹部ともなれば皆が不思議に思うよ。『何でLv.5で引く手数多の冒険者があんな零細ファミリアに改宗したんだろう』ってさ。」
「はは....だよな」
そう、ロキ・ファミリアの幹部を務める第一級冒険者というのは地位や実績、名声を手にしたことを意味する。そのまま冒険者として順風満帆な人生を送っていくのが一般的な考え方だろう。
にもかかわらず、それを簡単に捨てるとは疑問を抱かない方がおかしい。
「まあ....簡単に言うとな、ロキ・ファミリアに居られなくなったんだ」
クラウドが少し不機嫌そうに答えるとヘスティアは、ん? と首を傾げる。
「居られなくなった? それってつまり....ファミリアでの立場が危うくなって追い出されたってことかい?」
「違ぇよ。寧ろロキ・ファミリアに居た頃はメンバーともそれなりに仲も良かったし、特に生活には困らなかったくらいだからな」
「じゃあ、何でだい?」
クラウドはヘスティアの問いに口を閉じたまま動かなかったが、何秒かして上着の胸ポケットから1枚の羊皮紙を取り出し、テーブルに置いた。
そこにはファミリアのエンブレムである太陽に纏わりつく大蛇の絵が描かれていた。
「これは....?」
「【アポフィス・ファミリア】――俺が
「最初に、ってことはその後ロキの所に入ったのかい?」
「そうなるな。アポフィス・ファミリアには7歳から13歳の6年間、ロキ・ファミリアにはその後の8年間所属してた」
「それが、ここに改宗したことと関係あるってことなのかな?」
クラウドは羊皮紙のカサカサした表面を撫でて、描かれた蛇の模様をなぞる。
「ああ、このファミリアに在籍当時、俺は暗殺稼業をやってたんだ」
「えっ......」
ヘスティアは驚いて口を半開きにしたまま固まってしまった。その衝撃的な告白に返す言葉が無かったのである。
「というか、それがアポフィスの、つまりはファミリアの方針だったんだ。自分達に刃向かった者は証拠を残さず完全に殺せ、ってな。5年前までオラリオでは犯罪が横行しててな、盗みに殺人、追い剥ぎ、闇討ち、そんなのが日常茶飯事だったよ。
俺としては邪魔をするヤツを始末すれば十分だと思ってたんだけどな、ファミリア内には拷問や惨殺をする連中もいた」
「アポフィスは....止めなかったのかい? そんなことを続けていたら、敵対勢力に襲われる可能性だって....」
ヘスティアが最後まで言い切る前に、クラウドは首を左右に振って否定した。
「止めなかったよ、あの神様は。楽しかったんだろうさ、自分の眷族が争いを続けて鎬を削る姿を見ているのが。
でも、その通りだな。それもずっと続いたわけじゃなかった。
8年前のある日、ファミリアの1人がその敵対勢力に拐われたんだ。まだ年端もいかない女の子で、俺も仲良くしてたんだけどな」
クラウドは少しだけ感慨深そうに頭を押さえた。
「そいつらの要求に対して、アポフィスは『自分が天界に送還されるから、眷族たちは不問にしてくれ』と頭を下げた。拐った連中も、実際にはアポフィスに恨みを持ってたんだろうな、俺たちや人質の子には危害は加えなかった。
あいつも何だかんだ言って俺たちのことはちゃんと想ってたんだな、って感じたよ」
「それが、ファミリア解体の経緯ってこと?」
「ああ、結局行き場を失った俺はロキ・ファミリアに頼んで入団させて貰ったんだ。皮肉にも、銃の腕を磨いておいたお陰でな」
ヘスティアは得心いったと言う風に首を上下に振っていた。そこで、ふと疑問に気づく。
「? 待ってくれよ。それがどう今の状況と繋がるんだい?」
そうだ。ロキ・ファミリアに入った理由や経緯は理解したもののやはりヘスティア・ファミリアに来た理由はわかっていない。クラウドは「あっ、そうか」と言葉を繋げる。
「そうそう、話はそれからだ。3年前、ある変化があった。まあ、話しても信じられないかもしれないけどな」
「信じられない? そんなに突拍子もないことなのかい? 大丈夫さ、ボクはちゃーんと信じるよ。任せてくれ」
ドンッと自分の胸元に手を当てて得意気になるヘスティア。
クラウドは安堵の表情を浮かべて続けた。
「声が....聞こえたんだよ。あいつの、アポフィスの....声が」
「こ....声っ!?」
3年前。つまりアポフィスが天界に送還されて5年が経過した頃だ。その時となると、どう考えてもクラウドはロキの眷族だし、アポフィスとの関わりは殆ど無い筈なのだ。
「ああ、あいつの声が脳に直接伝わってきた。時間は決まって俺が必死に闘ってるときだけ。そのときだけ聞こえるんだ。『苦戦してんな』とか『負けるなんて情けねぇ』とか」
「何か心当たりとかは?」
「あいつは俺によく構ってたけど、それが関係あるのかもわからない。しかも、それまで順調に伸びてたステイタスも途端に停滞したんだ。何かあったって思うだろ?
そりゃあ、俺も最初は改宗は考えてなかったけど3年も続けば考えも変わったよ。ロキ・ファミリアに居たら立場上、ある程度行動を制限される。だから零細の、団員の少ないファミリアに入ろうと思ったんだ」
「なぁるほど....それで丁度ファミリアの勧誘をしていたボクの所を選んだってことかぁ。確かに納得いったよ」
ヘスティアは腕を胸の下で組んで頷く。それに対してクラウドは悲しそうな顔になってしまう。
「軽蔑したか? 俺がヘスティア・ファミリアに入ったのは半分くらい打算的なもんだったんだぜ?」
クラウドは流し目でヘスティアの表情を伺う。もう1人の眷族、ベルが純粋であるからこそ、クラウドのそういった黒い部分が浮き彫りになっているのも大きい。
だが、どうだろうか。彼女はとびっきりの笑顔で微笑んでみせた。
「軽蔑なんかしないよ、ボクを誰だと思ってるんだい?
言葉も出なかった。呆れられるか、叱咤されるのを覚悟してのことだったのに逆に励まされたような気さえしてくる。
クラウドは恥ずかしそうに頭を掻いてそっぽを向く。
「....本当にいいのかよ?」
「うん。だって、ベル君やボクと話してるときの君はすっごく嬉しそうだから。
そのときの君がたとえ嘘をついてたとしても、今の君が嘘をついてるだなんて思わないよ。だから、もっとボクを信じて、頼ってくれていいんだぜ?」
ヘスティアはぐーっと手を伸ばしてクラウドの頭を撫でてきた。何だかさっき自分がベルにしたことを思い出して恥ずかしくなってきた。何でこんなことになってるんだ? と。
「ちょっ....いつまで撫でてんだヘスティア! 俺はそんなに子供じゃねぇ!」
「おやおや、反抗期かい? 可愛いところもあるじゃないか、このこの」
「だっ、だからぁ....」
結局、そのまま散々弄り倒され2人とも次の日寝不足になった。