時間は過ぎて夜の8時。ヘスティア、クラウド、キリア、そしてタケミカヅチ・ファミリアの3人。合計6人がバベルの塔の西門に集まっていた。
結局あれからクラウドとリューはお互いに一睡もできず集合時間の20分前を迎え、クラウドは替えの戦闘衣を取りに、リューも捜索に加わるための準備をしに一旦別れた。
「......まあ予想はしてたけどさ」
命、千草からは警戒され、桜花からはバツの悪そうな眼で見られる。数時間前にあれだけのことをやればそう思われて当然だ。
「おい、えーっと、桜花とか言ったか。ちょっと来い」
「......何だ」
桜花は無表情で自分を呼んだクラウドの方へと歩いてくる。既にクラウドにやられた傷は薬で回復させたのか、ある程度足取りはまともになっている。
横のヘスティアが心配そうに見てきたが、大丈夫だと手で制した。
「顔に力を込めろ。タダじゃすまないからな」
「なっ......!」
致命傷にならない程度の右拳での正拳突き。桜花は地面を二転三転して頭から倒れた。
クラウドは殴った拳を見つめながら彼に話しかけた。
「さっき俺がやったことはやり過ぎたと思ってる。それは詫びるよ。
だが、お前が言ったことについて許したわけでも納得したわけでもない。
だからこれでチャラにしておく。後はベル達を助けることに協力してくれ」
クラウドは桜花の前まで歩み寄ると右手を差し伸べる。桜花は戸惑いながらもその手を握り、立ち上がった。
「ああ......わかった」
クラウドが肩をすくめて「そっか」と呟く。
すると、それを楽しんで見たいた何者かによる拍手が辺りに響いた。
音の方向に視線を向けると羽付きの鍔広帽子を被った優男が今まさに拍手を終えているところだった。その横には眼鏡をかけた水色の髪の女性が立っている。男の方は見ただけで何者か大体察しはついた。この感覚は間違いなく、神だ。
「はっはっは、荒っぽいなあ【
「アンタは?」
「俺はヘルメス。こっちの子は俺の子のアスフィ。ほら、アスフィ、挨拶」
アスフィと呼ばれた女性が礼儀正しくお辞儀をしてきたので、クラウドも「どうも」と返しておいた。
正直に言うと別に初対面という訳じゃないし、互いに噂も聞いているからなんだかぎこちなかったが。
「どういう風の吹き回しなんだ? アンタとアスフィが俺達に手を貸すだなんて」
「ヘスティアも同じことを聞いてたなあ。別に裏なんてないよ。友達のヘスティアを助けようって思っただけ」
「その割には随分無茶をするようだけどな? わざわざ自分もダンジョンに潜るだなんて」
笑い飛ばしていたヘルメスの眉がピクリとつり上がった。常人ならほとんどが見逃してしまうほどの変化だったがクラウドは見逃さない。
「ヘスティアに聞いたのかい? 俺達がついていくこと」
「ああ、さっきな。まあ、とにかく皆から離れないように行動してくれ」
「はは、善処するよ」
ほんの数秒だが神と子の攻防が終わった。アスフィはヒヤヒヤしながら見ていたが、2人が少し笑っていたことにほとほと呆れていたそうな。
「ん?」
クラウドは訝しげにしていた顔を一瞬で疑問のものへと変えた。ヘルメス達の後ろから何となく見覚えのある人物が歩いてきたからだ。
腰まで届くフード付きのケープ、下はショートパンツと太股の半ばまであるロングブーツ。武装は一本の木刀と二本の小太刀。華奢な体躯と細い脚線美からその人物が女性であることを思わせる。
しかし何より、クラウドには彼女の顔に見覚えがあった。というかついさっき会っていた。
「もしかして、リュー?」
「......っ!」
彼女の金髪と尖った両耳、端正な顔立ち。どう考えても数時間前まで添い寝していたエルフの少女だ。
リューは颯爽と現れたものの、クラウドと目が合った瞬間に顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
クラウドも苦笑いして頭を抱える。
「クラウド様、リュー様に何をしたのですか」
「キリア......お願いだから聞かないで」
愛娘からの冷たい視線にクラウドはまともな答えを返せなかった。
◼◼◼◼◼
「はい、これでラストッ!!」
発砲音と共に銃弾が螺旋状の動作で目標に迫る。アルミラージの脳天を貫き放たれた魔力の奔流がその身体を焼き尽くした。
「やっぱり手練が3人もいると簡単に進めるもんだな」
「いえ......クラウド。貴方がほとんど先に倒してましたよ」
「そうか?」
アスフィの言う通り、クラウドは現在の15階層に至るまでの道中のモンスターを瞬殺し続けている。
リューとアスフィの2人のLv.4は残った数体を処理するだけで済んで非常に楽なのだが、果たして自分達が必要なのかと思えてくる。
「本来なら俺が1人で行くつもりだったんだ。これくらいするのは当然だろ? だから――って痛っ!!」
後ろの捜索隊たちに話しかけながら進んでいたので前を見ていなかった。
突然の鈍い痛みに困惑しながら前を見ると、そこには瓦礫の山――すなわち大崩落の跡があった。
「崩落......上の階層から何かが落ちてきたんだろうな。間違いない、ベル達だ」
「どうしてそう思うんだい?」
ヘスティアの問いも尤もだった。この大崩落がいつ起こったのかもわからないのに何故そう断言できるのか。
「考えてもみろ。ベル達が最初にいたのは13階層。そこで怪物進呈にあったはずだ。そこから階層間の移動がないとするとすぐに上層に戻る選択肢を選ぶだろ?
だけどそのままモンスターの群れに追われてさらに下の階層に落とされていたとすればどうだ?」
「確かに、上層に戻ったのなら地上へ帰還しているはずだね。でもベル君達はさらに下の階層へ行ったって言うのかい?」
「そうだろうな。14階層より下はベル達にとって未知の領域。迂闊に地上への階段を探すより、単純に飛び降りて
あのパーティーにはリリがいる。安全階層について知っててもおかしくない」
クラウドは「それに」と一度言葉を区切り、瓦礫の山の中から一本の棒状の物体を取り出し、ヘスティアに見せた。
「ベルのナイフだ。少なくともここにいたのは確かだ」
クラウドはヘスティアにナイフを手渡す。改めて瓦礫の山に目を向けるとリューがその険しい傾斜をよじ登り、頂点から死角となっている向こう側を確認しているところだった。
「リュー、何か見えたか?」
「もうここにはいないようです。クラウドさんの言うように先へ進んだのでしょう」
クラウドはリューが何を見てそう判断したのか確かめようと同じように傾斜に手や足を掛けてよじ登る。
クラウドの身体能力のためかさほど苦労なくリューと同じ高さまで辿り着くことができた。
「ポーションの空き瓶に......魔石か。モンスターを退けたものの、回収する暇すら無かったってことか。なるほどね」
「納得していただけましたか、では降りましょう」
リューはクラウドを一瞥した後、登ってきた瓦礫をゆっくりと降り始めた。
しかし、丁度脆くなっていたのかリューが足を掛けた部分が崩れバランスを崩す。
「危ないっ!!」
クラウドは左手を伸ばしてリューの右手を掴んだ。そこで止められればよかったが、不運にも勢いは収まらずクラウドもろとも地面に転げ落ちていった。
「いってぇ......」
クラウドは地面に仰向けになるように倒れ、背中や後頭部がビリビリと痛む。
それは当然のはずなのに、明らかに違和感があった。視界が暗く、何か柔らかいものが顔に乗っている。薄い衣服に包まれた体温のような感覚が顔面を覆っているようだ。
クラウドは何なのかわからないまま両手で挟むようにそれに触れた。
「ひゃうっ!!」
「ムグッ!!」
一瞬で思考が停止し、頭が真っ白になる。何やら聞き覚えのある声が自分の上の方から発せられた。
直後に視界が明るくなった瞬間、飛び込んできた光景に声も出なかった。
(え? いやいや嘘だよね? 嘘だと言ってよ誰でもいいから!!)
リューが両足でクラウドの身体に跨がるように立ち上がったからだ。因みにクラウドに背を向けた状態で。
つまりはリューが地面に尻餅をつこうとしていた場所にクラウドが倒れていたことになる。
となれば、さっきまでクラウドの目に覆い被さり、そして彼女のショートパンツに隠された尻を両手で撫で回したということ。
「そ、その......違っ......」
「......!」
クラウドはリューが離れたのを確認してから上体を起こし立ち上がる。
リューの顔は赤く目に涙を浮かべながら自分の尻を両手で隠すように覆っていた。
「今のは決して邪な気持ちがあったとかそういうことではなくて単純に崩れ落ちるときの無作為な事故の結果ああなってしまったことを理解してほしいというか――」
「......破廉恥です、クラウドさん」
「いや、だから違っ......いやまあこの場合は違うとは言えないけどさ!!」
必死に弁明するがもはや言い訳にしかならない。それにさっきの事故でリューの下半身を意識してしまい、ブーツで隠れている太股の半ばより上から腰までの曲線や白い肌をチラチラ見ては目を逸らしている自分がいるため、説得力もない。
「ちゃんと言ってからにしてください......」
「だから違うって!!」
◼◼◼◼◼
ダンジョン17階層。嘆きの大壁。18階層へと続く広大な空間には通常のモンスターの姿は一切見受けられない。
そう。そこには存在していたのだ。
番人の如く立ち塞がる階層主『ゴライアス』が。
「ゴライアス......そう都合よく留守にはしてないよな」
「どうするつもりですか? 私と貴方達で気を逸らしてその隙に通り抜ける、というのが妥当と思いますが」
舌打ちするクラウドに対してアスフィは冷静に作戦を告げた。
眼前に立ち塞がるモンスターは通常のものとはワケが違う。黒い髪に灰褐色の肌。身体の作りは人と似ているが、大きさは巨人と形容していい。
今まではさほど苦戦もしないモンスターとの戦闘だったが階層主となれば話は別だ。
「豆鉄砲じゃいくら足止めできるかわからないけど......とりあえず全員全力疾走な」
クラウドは両の腰から拳銃を抜き、残弾数を確かめる。弾数が残り少ないマガジンを10発入ったものにそれぞれ交換し、全員の前に立つ。
ヘスティアとヘルメスは神ではあるものの『
サポーターの千草、まだLv.2の桜花と命では足手まといになる。
ならばこの中でも最もレベルが高く戦闘に慣れているクラウドが囮役を引き受けるのが定石だ。
「じゃ、行ってくる」
クラウドは覚悟を決め巨人の足元へ駆けるため足を踏み出そうとした。だがここで何者かがクラウドの動きを止めた。
誰だ? と後ろを振り向くとキリアが何か言いたげにクラウドの服の裾を摘まんでいるのに気づいた。
「どうした? 俺なら大丈夫だから早く準備しないと」
「クラウド様、私から提案があります」
「何?」
「あれを倒しても構いませんか?」
ちょっと何を言ってるのかわからなかった。相手は階層主。本来なら大勢でパーティーを組んで殲滅するものであって正々堂々一対一の戦いを挑むような相手ではない。
何かの冗談か聞き間違いだと考え、聞き返した。
「き、キリアも戦うってことか?」
「いいえ。そうではなくて、私一人に任せてくれませんか、という意味です」
「......え?」
頭を抱えて少し考えることにした。キリアは聡明な子だ。相手の実力を見誤ることなどないはずなのに。
「心配は必要ありません。私が誰かお忘れですか?」
キリアはクラウドの横を通り過ぎ、ゴライアスのいる空間へと足を踏み入れた。
右の手の平をゴライアスに向けて突き出し、顔の右側だけを振り向かせた。
「あなたの精霊です」
キリアはすっ、と目を閉じ手の平に魔力を集中させる。
そして殲滅を開始した。
「【
魔法詠唱の直後、ゴライアスの頭上の空間が円を描くように歪み、6本の巨大な鎖が出現する。
鎖は抵抗するゴライアスの首から下に強く巻き付き、その巨体の動きを封じる。
「【
今度はゴライアスの立つ地面の下に正方形の白い巨大な光が出現する。それは瞬く間に上方へ伸び、ゴライアスの頭頂部あたりで止まり、また正方形を描く。
結果的に光はゴライアスを閉じ込めるように透明な直方体へと変化した。
「これでもう動けませんよ」
ゴライアスは激しく抵抗しているのか、首を左右に大きく振り雄叫びを上げる。しかし、その体を拘束している鎖と閉じ込めている光の壁がそれ以外の挙動を許さない。
クラウドは失念していた。普段の小さく可愛らしい容姿や戦闘への消極的な姿勢から非戦闘員に分類されると判断していたのだが、それは彼の見当違いだ。
キリアは精霊。つまり『最も神に愛された子供』『神の分身』。その魔法の力はエルフ種の
「【
ゴライアスの足下の地面、『
察知したゴライアスはさっきより必死に拘束を振りほどこうとするが無駄な抵抗だ。
魔方陣から溢れ出た紅蓮の炎の奔流がゴライアスの身体に纏わりつき、その身を焦がす。
断末魔と熱さによる叫びが一緒くたになり光の結界を揺らすが、外部にはその影響がほとんどないまま内部の敵を焼き払い続ける。
「止めです」
炎が結界の中を埋め尽くしゴライアスの姿が見えなくなった瞬間、人差し指をパチンと鳴らす。
「【
炎が急激に膨れ上がり結界を強く圧迫する。結界は内側から破裂せんばかりに湾曲し、数秒後にはガラスが割れるような音と共に破れ爆風が解き放たれた。
煙が晴れて結界の中が露になると、そこには全身が黒焦げになり両の手足を失ったゴライアスの姿が。
「おーしまいっ」
キリアの可愛らしい澄んだ声を切っ掛けに口を開けっ放しにして絶句していた捜索隊の面々は我に帰った。
「キリア......その、頑張ったな」
クラウドはもう凄いとか強いとかではなく色々複雑な感情が渦巻いたままだったが、キリアはやりきったようにくるっとその場で一回転してにっこり微笑んだ。
「はい、私はあなたの最強ですから!」
幼女無双とはこれ如何に。それにいつものごとくクラウドのラッキースケベの炸裂。平常運転ですねー。
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