合計11話となりましたが、ようやくこれで原作2巻分は終了です。
いやはや、長かった。
6年前 迷宮都市オラリオ
「【焼き払え】」
暗く、闇に閉ざされた道を一条の炎が照らす。直後にそれを受けたエルフの冒険者は頭から爪先までを燃やされ、絶命する。
処刑人――クラウド・レインはその一部始終を無表情でやってのけた。
「今日だけでも4人か......懲りないヤツらだ」
クラウドは銃をホルスターに戻すと、ウンザリしたように顔を曇らせた。今日の昼に情報が入って、今の今まで4人の冒険者を殺した。
処刑人になって2年、もう15歳になったクラウドだが未だにこの習慣には慣れていない。2年前にアポフィス・ファミリアが解散となって、ロキ・ファミリアに移籍しても彼の無愛想な雰囲気は変わらず残っている。
「毎日、毎日、殺して殺して。キリがないぞ」
ここ迷宮都市オラリオには現在絶えず犯罪が起こっている。人が殺され、金品が盗まれ、派閥同士が争う。
犯罪者たちがいざこざを起こすこと自体はどうでもいいが、それで平和に生きている人々や神が苦しむことは容認できない。
今日殺したのも凶悪な犯罪に手を染めていた連中だ。死んで当然とまでは言わないが平和への犠牲になっても致し方ないとは思えた。
「いやあ、お見事。流石は元アポフィス・ファミリア副団長殿」
「......審議員か」
路地裏から黒の外套を着た長身の人物が現れる。何度会っても顔さえ見せないが、声からして男だということはわかる。
「今の俺はただのロキ・ファミリアのLv.5。
「はっはっは、潔い方だ。そういうところは私も見習いたいものですね」
「馬鹿にしてるのか」
クラウドが少し眼光を強めて男を睨むが、それを意にも介さないと言った風に外套の下で嘲笑いをされる。
「それはそうと、新しい仕事です」
「今片づけたばかりなのにすぐ次か? 非公式組織とはいえ、ギルドの職員ってのはそんなに暇なのか?」
「ええ、どこかのハーフエルフの方が頑張ってくださるので大幅に余裕ができているのですよ」
ウザい。普段は口には出さないような口調で内心毒づいた。軽く睨みつつ男から標的の情報を記した書類を受け取る。
「次の標的はアーデ夫妻。ソーマ・ファミリア所属のパルゥムの夫婦で、両方ともLv.1です」
「こいつらは何をしたんだ?」
「......毎度のことですが、貴方は犯罪者なら構わず殺すのでしょう? わざわざそんなことを聞く必要があるのですか?」
クラウドは書類を捲って目を通しながら答えた。
「大いにあるな。俺はお前らに雇われてるんじゃなくて、自分の意志で殺しをやってる。だから殺すべきじゃないと思う奴は殺さないんだ」
「......殺人、詐欺、強盗。その他いろいろ、です。まあ当然でしょうね、何せソーマ・ファミリアの団員ですから」
「当然、か。確かにソーマ・ファミリアは得体が知れない。主神のソーマの趣味に振り回されてるせいからだろうがな」
クラウドは書類を二つ織りにして踵を返した。とりあえずロキ・ファミリアのホームに帰ろうと歩を進める。
「ソーマのことはよろしいのですか?」
「何の話だ」
「貴方のことですから、『いくら神でも子供たちをこき使うことは許せない』くらいは言うかと思いましてね。
自分の趣味にご執心なさっているから悪意はない。それこそ相当タチが悪いでしょう?」
クラウドはピタリと歩を止めた。ソーマは酒造りの資金集めのために自分の眷族を奔走させ、犯罪に走らせる原因ともなっている。
ソーマにとって自分の眷族はどうでもいい存在なのかもしれないが、その責任を背負う姿勢を見せてはどうか、という意見だろうか。
「俺は悪事を働く奴はギルド職員だろうが第一級冒険者だろうが、それこそ神だろうが関係なく潰す主義だ。
だから今から言うことはこの世界に生きる奴全員に対してってことは言っておく」
クラウドは顔だけを後ろに向けて、息を軽く吸う。そして、口を開いた。
「悪事っていうのは悪意がある方が悪い。
悪意がないなら、まだやり直せる可能性があるんだからな」
「俺から言うことはそれだけだ」とクラウドは再び歩き始めた。
◆◆◆◆◆
「今帰ったぞ」
夜8時を回った頃、クラウドは現在のホーム【黄昏の館】の扉を開いた。近くにいた団員に軽く挨拶を済ませるとすぐに脱衣場へと向かった。着ていた黒いローブを脱ぎ、白のYシャツになるとローブについた血を落とそうと手洗いを始めた。
「(血に染まり、血に沈む、か。認めたくはないが、意外と俺の性分に合ってるのかもな)」
アポフィス・ファミリアに所属していた冒険者はほぼ例外なく暗殺者だ。剣術も体術も一通り覚えさせられた。人殺しのためにだ。
無論、元々それらの戦いの技術は相手を殺すことを目的としての作られたものだ。精神統一とか悟りを開くなどの考えを否定するわけではないが、それらのものとは自分はあまり相容れないのも事実。
「(前に比べて見た目も変わったな......)」
正面の鏡に映る自分の姿――一見すると女性のようにも見える黒髪のハーフエルフを見つめる。ここ数年で身長は170
クラウドは濡らしたローブに洗剤をつけてブラシで汚れを落としていく。血の臭い、ましてや人間のものとなればファミリア内の人間に怪しまれることは間違いない。いくらファミリアの仲間だろうと自分の正体に感づかれるわけにはいかないのだ。
洗濯を始めて5分ほど経ったころ、服の裾を誰かがくいくいっ、と引っ張ってきた。手を止めて誰なのか確認してみる。
「お兄ちゃん、帰ってたの?」
「......アイズか。ただいま」
自分の肩ほどまでの背丈をした金髪金眼の女の子が円らな瞳でこちらを見ていた。
アイズ・ヴァレンシュタイン。クラウドの妹分にして、8歳から1年でLv.2となった天才冒険者でもある。
「まだ寝てなかったのか。明日は皆とダンジョンに行くんだろ? 早く自分の部屋に戻った方がいい」
「......で、でも」
「?」
「お風呂......入ってないから、お兄ちゃんと入ってもいい?」
ああ、それね。
クラウドは8歳の頃からアイズとよく風呂に入っている。とはいっても、自分は服を着て彼女の髪や背中を洗ってやっているだけなのだが。
「ああ、そうか。わかった、いいよ。風呂は今誰か入ってるか?」
「大丈夫。今なら空いてるから」
アイズは手を伸ばして無言のまま何かを訴えてくる。
クラウドは珍しく苦笑いしながら、その手を取って風呂場へと向かった。
「(アイズのためにもこのまま気づかれずに終わらせたいよな......)」
当然、クラウドは審議員の人間以外に自分が処刑人だとは明かしていない。
アイズにバレれば、それこそロキ・ファミリアへの迷惑にもなる。できることなら一生知られることなく終わらせたいと考えている。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「......何でもない、心配するな」
◆◆◆◆◆
雨足が強まり、雷鳴が響く。浅い水溜まりを踏んで雨水が跳ねる。降りしきる雨に全身がずぶ濡れになるが、それでも構わず走り続けていた。
そうして2人のパルゥムは盗んだ金貨と宝石を抱えて走っていた。息が切れてもう走れなくなったのか、適当に雨を凌げる軒下に入った。
「これで......これでもっと
「ああ、目標金額まであと少し......」
2人のパルゥム――アーデ夫妻はソーマ・ファミリアに所属する冒険者。他の団員と同じく神酒の味に魅了されたことが事の発端。
金を稼いでまた神酒にありつく。その一心で犯罪にまで手を染めたのだ。幸い今のオラリオでの犯罪は日常茶飯事。自分たちのような小悪党がいたところで中立の立場にあるギルドからはお咎めなどないのだ。
「ふふふ......これでまた一儲けだね」
「そうだな。あの神のことだ、この金の出所を気にしたりしないさ」
2人ともギラギラした眼で盗んだ金品に目を通す。神ソーマはただ酒が造れればいいのだ。それを呑むために汚いことをやって何が悪い。
こんなこと他の誰でもやっていることなのに――
「アーデ夫妻だな」
ザッ、と何者かが雨の中から姿を現す。黒いローブが雨を弾き、同じく黒いブーツが石造りの地面を踏んでいる。
見るからに怪しい人物だった。
「お前らには犯罪者として死んでもらう。個人的な恨みはないがな」
「な、なに――」
アーデ夫妻の妻の方が立ち上がって此方を向く。
その瞬間、雷雨に混じって一陣の風が吹いた。
「を......」
口から言葉がかろうじて漏れ出た。一言言い終える前に、黒いローブの男は――クラウドは彼女の頸椎をナイフで切り裂いた。
有無を言わせず即死させ、死体を地面に転がす。
「うっ、うわああああっ!!」
「無駄だ」
残された男の方も一瞬遅れて腰に差した剣を抜いて斬りかかってくるが、クラウドには全く通用しない。
上段からの切り下ろしを身体を捻ってかわされ、剣を持つ手を掴み思い切り捻られる。
「ぐぎゃあああああっ!!」
「抵抗するな、そうすれば楽に殺す」
男の右腕はおかしな方向に曲がり、剣を取り落としてしまう。激痛に耐えられず蹲ってしまう彼を他所にクラウドはホルスターから拳銃を取り出した。
「ま......さか......おまえが、しょ、けい......にん......?」
クラウドは慣れた手つきで銃の先端にサイレンサーを取りつける。そしてサイレンサーの先端を地面に座り込んだ彼に向けた。
「お前には関係ない」
サイレンサーによって軽減された発砲音が2度、発生した。撃たれた男の額と喉からは止めどなく血が流れ、雨によってその都度消えていく。
「後は死体の始末......忙しくなるな」
サイレンサーを外し、落ちた2つの薬莢を拾う。今回は時間があるので残った死体は人目のつかないところへ移動させておこう。
そこでふと、背後から誰かの気配がした。振り向くと1人の栗色の髪をしたパルゥムの少女がこちらを見ているのがわかった。
「......お前、何しに来た?」
少女は足を震えさせ、顔を真っ青にしながら口を開く。暫くはまともに言葉を紡ぎ出せなかったのか、口を開閉させただけだったが、ようやく声を出せた。
「....だ、誰....なんですか?」
「俺は処刑人だ。知ってるだろ?」
雨と雷が煩くて会話が面倒だったが、そう返しておいた。今の自分は変装しているのだから、大した問題にもならないだろう。
「『これ』の始末で忙しくなるんだ。寄り道せずにさっさと帰れ」
クラウドは一応少女に警告をしておき、さっさとその場を離れようと2つの死体の首根っこを掴んで引き摺っていった。
少女は呼び止めるのでもなく、ただその場に立ち尽くしたまま動こうとしなかった。
■■■■■
「クラウド....さんが」
「しょけい....にん?」
リリもベルも開いた口が塞がらず固まっている。
8年前からオラリオに存在するとされる凄腕の冒険者。犯罪者の殺害を生業とする暗殺者。髪の色こそ黒から銀になってはいるが顔立ちは6年前からさほど変わっていない。
その本人が目の前にいることに、理解が追いつかない。
「お前の両親は6年前の夜に黒いローブの男に殺された、そうだろ?」
「......」
リリは何も答えられず目をそらす。クラウドはリリと目線を合わせるように地面に跪く。
「そのときの状況を詳しく話そうか? 信じられないならいくらでも話すつもりだぜ」
「もういいです......信じます、から」
リリは立ち上がり自分と目線を合わせていたクラウドを見下ろす。
「クラウド様はいつからリリの正体に気づいていたのですか?」
「疑ってたのは初日のときから、お前がパルゥムだと気づいたのは昨日だよ。お前が最初にアーデ姓を名乗った時点で妙だとは思ったけどな」
リリは非常に複雑な表情で頭を抱える。目の前の青年が自分から両親を奪った張本人だと知って、どう接すればいいのかわからないのだ。
「それで、リリをどうしたいのですか? そのことについて、クラウド様はリリに何をさせたいのですか?」
クラウドは無言で正座すると、リリの足元に自分の拳銃を置く。
「俺の罰はお前に委ねる。ここで俺を殺したいなら、そうしてくれて構わない」
「く、クラウドさんっ! そんなのって......!!」
ベルはクラウドの意見に酷く狼狽した。下手をすればクラウドはここでリリに射殺されてもおかしくない。それをベルが黙って見過ごすはずもないのだ。
「ベル、頼むから手出しはしないでくれ。こうなることは覚悟していた。
どんなに建前や綺麗事を並べても、俺が処刑人だったことが――俺が人殺しだったことが変わるわけじゃない」
クラウドは両手を足の上に置く。そして、ゆっくりと両目を閉じた。
「人を殺して誰かを助けても、それで不幸になる誰かがいる。
だったら、俺が罰を受けなきゃならないだろ」
人殺しの罪は償う。たとえ犯罪の根絶と抑止という大義名分があろうと、殺された人間の家族や友人を不幸にしたことには変わりない。
結果を出しても、それが帳消しになるなど虫が良すぎる。
「リリ、いくらでも俺のことを嫌っていい。憎んでいい。恨んでいい。
だから......お願いだから、嫌う相手を間違えないでやってくれ。
冒険者が嫌いなら、俺がお前の嫌いな冒険者になる」
「だから」とここまで言ってクラウドは口を閉じる。今まで言わなかったが、今ここでかつて自分が不幸にした少女に向けて言う。
「お前が俺を裁いてくれ」
リリはしばらくの間何もしなかった。ベルは何も言えずにその場に立ったまま2人のやり取りを傍観するだけ。
クラウドは相変わらず目を瞑ったままリリからの返しを待っている。
「か......なんですか」
リリが小さな声で何かを呟いた。リリは地面に落ちていたシルバーフレームの拳銃を拾い上げる。
「馬鹿なんですかッ!!」
リリは力任せに拳銃をクラウドの方へ投げる。クラウドは突然の事態に驚いて反応が遅れてしまい、拳銃が彼の顔面にぶつけられる。
「自分が何を言っているのかわかっているのですか! リリは盗人です! ベル様とクラウド様を騙して散々利用した挙げ句に使い捨てようとした悪者です! そんなリリがどんな顔でクラウド様を殺せるっていうんですか!?」
リリは涙を流しながらクラウドに怒鳴る。喉が枯れるほど大きな声でクラウドに食って掛かっていた。
「たとえそうでも、俺はお前に委ねる他に方法は......」
「リリにそれを委ねて、リリがクラウド様を殺したらどうなると思ってるんですか!! ベル様も、クラウド様の友人も確実に不幸になります!! クラウド様は自分の大切な人を不幸にしたいとでも言うつもりですか!!」
「......ッ!!」
クラウドは核心を突かれたように顔を強張らせて唇を噛む。リリが味わった不幸をベルやヘスティアたちにも味あわせることになる。
さっき自分が言ったことではないか。人が死ねば、その人を大切に思う誰かが不幸になる。
「もしそれでも殺されないといけないのなら、リリだって同罪です! 何度も人を傷つけてきた悪い奴です! それでもリリは許されて自分は許されないってことですか!?」
「俺はそれでいい。俺にはリリを責める権利なんか無いからな」
リリは感情に任せて言いたいことを全てクラウドにぶつける。両親を殺されたことへの憎しみではない。本来咎められるべきは自分の方だという気持ちから来ている。
「リリ、僕からもお願い」
今まで黙っていたベルが2人の話に割って入る。クラウドとリリに寄り添うな形で横に腰を下ろした。
「また、3人でやっていこう。リリとクラウドさんと僕の3人で、またいつもと同じようにダンジョンに潜って頑張りたいんだ。
僕にとっては2人とも大切だし、必要な人なんだ。だから、僕もちゃんと力になりたい」
ベルからの一言。リリの封じ込められていた感情はそれで決壊してしまった。大粒の涙を流し、その場に蹲る。
それをベルは優しく抱き締めた。
「ごめ......ごめん、なさいぃぃっ......!!」
それを見ていたクラウドはリリを抱き締めるベルの上から、さらに手を回して2人を包んだ。
「......俺も、今まで隠してて悪かった。ベルにも、リリにも」
クラウドはいつもより一層哀しそうな顔で2人を抱き寄せた。
こうやってちゃんと助けてやればよかった。今も、昔も。
そう思いながらそのまましばらく時は過ぎていった。
本編よりクラウドの回想の方がかなり長いってどういうことだろ(すっとぼけ)
読者の方にオチで驚いていただけたなら非常に嬉しいと思っております。
お気に入りが700を越えました。皆様、今後ともよろしくお願いします。
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