ダンジョンで銃を撃つのは間違っているだろうか   作:ソード.

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第16話 フラッシュバック

思い出すのは、6年前。

降りしきる雨と、鳴り響く雷。真っ赤な血溜まりに沈み、体温を失い冷たくなった2つの肉塊。それを全くの無表情で見下ろすフードを被った黒ずくめの少年。

 

 

「......お前、何しに来た?」

 

 

そして、そんな彼を眼窩が零れんばかりに見つめるパルゥムの幼い少女。彼女は自分の目に写っている光景に言葉を見出だせず、足は震え、顔は青ざめ、唇を開閉させている。

 

 

「....だ、誰....なんですか?」

 

 

ようやく絞り出せたのは、酷く震えた小さな声だった。こんなことを聞いても無駄なことはわかっている。だが、反射的に聞いてしまった、知りたいと思った。この少年は、こんなことをした少年は一体どこの誰だろうと。

その瞬間、さっきから降り続いている雨に併せて稲光が辺りを一瞬明るく照らす。

 

 

「俺は――――」

 

 

雷鳴に掻き消され、少年の発した言葉は聞き取れなかった。しかし、今まで彼が被っていたフードと辺りの暗闇のせいで見えなかったその顔が、稲光で照らされたことによって一瞬だけ露になる。

フードからいくらか覗いている黒髪に碧眼、顔立ちは整っているがその感情が無いかのような表情のためか、あまり印象はよくない。さらに目立ったのは、耳だ。フードのせいではっきりとは見ていないが、ヒューマンにしては耳の先が鋭角になっている。エルフか、それに類する種族だろう。

 

 

「『これ』の始末で忙しくなるんだ。寄り道せずにさっさと帰れ」

 

 

やや低めのよく通る声で少年は告げる。そのまま目の前の2つの死体の首根っこを両手で掴み、ゆっくりと少女から背を向けて歩き出す。

降りしきる雨の音だけが辺りを包み、少年は夜の闇へと消えていった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「....さん....クラウドさん?」

 

 

「....!?」

 

 

現実に引き戻されたクラウドは横から話し掛けていたベルの声に驚いて、ビクッと肩を震わせる。

 

 

「話、聞いてました? さっきから上の空ですけど」

 

 

「悪い、ちょっと考え事しててさ....」

 

 

そうだった。今日はダンジョンに潜ろうとバベルまで来たところ、リリルカ・アーデという少女に声をかけられサポーターとして雇ってくれないかと尋ねられたのだった。

彼女はどうやらソーマ・ファミリアの所属で、ファミリア内でパーティーを組める冒険者がいないらしい。そのため、たった2人で、なおかつ片方は駆け出しであるクラウドとベルに声をかけたらしい。

 

現在はダンジョンの7階層へと向かって歩いている。本来ならクラウドはもっと下の層へと進んでもいいのだが、ベルとリリ(そう呼んでほしいと頼まれた)の様子を見るためにこうしてついてきている。

 

 

「(見れば見るほど、似てるんだよなぁ....)」

 

 

クラウドは自分の横を歩くリリの顔を横目で見る。昨日の夕方会ったパルゥムに似ているとベルに言われたが、クラウドにはどうしても別の光景が頭に浮かんでしまう。

何よりも、彼女が名乗ったリリルカ・アーデという名前。それが彼にある1つの可能性(、、、、、、、、)を指し示すが(、、、、、、)、すぐに否定する。さっき見せてもらったフードの下の獣耳、あれは獣人種にのみ見られる特徴だ。間違っても同一人物などということはない。

 

 

「そろそろ着きそうだな、7階層。」

 

 

6階層から下への階段を下りて、新たな層へ進出する。最近ベルが潜っているのはこの層だ。

 

 

「ほら、ベル。早速出番だ。」

 

 

クラウドがベルの背中を押して彼の前に立たせると、数体の蟻型モンスター『キラーアント』が姿を現した。

ベルはヘスティア・ナイフを抜くと、キラーアントへ向かっていく。

 

 

「よっ、はっ!」

 

 

ベルは成長したステイタスを以て、迫り来るキラーアントを圧倒していく。ナイフが甲殻の隙間に入り込み、血飛沫を散らす。エイナは心配していたが、これなら十分この階層でも通用するだろう。

 

 

「じゃあ、俺も戦ってくるからリリはここで待ってろよ」

 

 

「はい。行ってらっしゃいませ」

 

 

クラウドは腰のホルスターから銃は抜かずに、歩いてキラーアントの元へ詰め寄る。銃で撃ち殺すのが一番手っ取り早いが、上層のモンスターに使っていたら弾代が勿体無い。今日は格闘術だけでも戦える。

 

 

「そらっ!!」

 

 

言って、キラーアントの頭を足蹴にして首から上を吹き飛ばす。また、甲殻の隙間に貫手を通して手足を切り離す。踵落としで頭を潰す。

などといった戦法で素手のハンデを全く見せない。だがそこで、あることに気づいた。

 

 

「ベル、危ねぇッ!!」

 

 

キラーアントの爪がベルの死角から襲いかかる。ベルも気づいて振り返ろうとするが、間に合いそうにない。いくら防具を装備していても背後からの直撃は危険だ。

 

 

「......チィッ!! そのまま動くなッ!!」

 

 

空いた左手でキラーアントに向かって神速の抜き撃ち(クイックドロウ)を放つ。乾いた発砲音が響き、銃弾がキラーアントの側頭部に命中。甲殻を易々と貫通しその命を奪う。

クラウドは急いでベルに駆け寄り、辺りに群がるモンスターの眉間に銃撃を叩き込む。そうして、敵が消えたところでようやく一息つく。

 

 

「ダメだろ、ベル。背後には気を配らないと今みたいなことになるからな」

 

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 

クラウドが優しく注意していると、平行して魔石の回収をやっていたリリがタッタッタッと2人の元へやってきた。

 

 

「びっくりしちゃいました。ベル様もクラウド様もお強いのですね」

 

 

「まあ、そこそこな」

 

 

「いや、僕なんかまだまだだよ。クラウドさんに比べたら」

 

 

ベルは苦笑いしながら答えた。そこそこなどといってもクラウドはLv.5でも上位に入るほどの冒険者なのだが、リリはそれを知らないのだろう。

 

 

「ベル様、あのキラーアントの魔石も取っちゃいましょう、せっかくですから」

 

 

「ああ、そうだね」

 

 

さっきベルが倒したキラーアントの中には、壁から這い出ようともがいていたところを倒された個体がいた。リリの身長では届かないので、ベルに頼もうということだ。

 

 

「はい、これを」

 

 

「え......あ、うん」

 

 

ベルはヘスティア・ナイフを使おうとしていたが、リリが差し出したナイフを思わず受け取ってしまった。ベルはまぁいいかとそのナイフでキラーアントの胴体を切ろうと背伸びをして刃を立てる。

そのときのリリの視線の先にあるものをクラウドは、見逃さなかった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

クラウドは、キラーアントの胴体を切ろうと悪戦苦闘しているベルの腰辺り――ちょうどヘスティア・ナイフのある位置を見ていることに気づいていた。

あのナイフは武器に疎い者であろうと、業物であることは分かるだろう。しかし、仮にあれを売ろうとしても無駄だ。ヘスティア・ナイフには神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれており、ステイタスが発生している。それは神ヘスティアの眷族が使用する際にのみ有効となるため、現時点ではベルとクラウド以外の誰かの手に渡ってもガラクタ程度の価値しかない。

 

リリが今ヘスティア・ナイフを盗もうとしているという確証はない。だが、クラウドにはわかっていた。こういう目をしているヤツは腐るほど見て(、、、、、、)きたからだ(、、、、、)

 

 

「(それに、もし俺の予感が正しかったら......確かめる価値はありそうだからな)」

 

 

だったら、ここで見ていたことがバレたらいけない。クラウドはすぐにベルとリリのいる場所とは逆の方向を向いた。

 

 

「よっと....終わったよ、リリ」

 

 

「はい、ご苦労様です」

 

 

ようやく作業が終わったのか、ベルはナイフをリリに返した。クラウドはその声を合図に振り替えって2人の方を向く。

案の定と言うべきか、ベルが腰に付けていたヘスティア・ナイフは鞘だけを残してナイフ本体が無くなっている(、、、、、、、、、、、、、)。対して、リリのバックパックに視線を向けると急いで何かを詰めたのか、棒状の物体の膨らみが見えた。

 

 

「クラウドさん、リリのおかげでだいぶ楽になりましたね」

 

 

「....そうだな」

 

 

「? どうしたんですか、浮かない顔で」

 

 

「......何でもねぇよ」

 

 

ここでナイフを盗まれたことをこっそりベルに教えようかと思ったが、やめた。彼女が金目当てでこんなことをしたのならまだしも、さっきのリリの目はそんなものではなかった。

 

普通なら自分の犯行が恙無く終わったのなら少しくらい表情や仕草に変化があってもいい。しかし、リリにはそれが殆どなかった。

彼女の子供らしい外見や明るい表情がそれを打ち消しているのかもしれないが、なんとなく違う気がした。もっと別の、感情を押し殺している(、、、、、、、、、、)かのような――

 

 

「リリ、ちょっといいか」

 

 

「何でしょう?」

 

 

魔石の回収を終えたリリに声をかける。リリは自分より背の高いクラウドを見上げて笑顔で答えてみせた。

 

 

「これ、危ないから持ってた方がいいぜ」

 

 

「え....? これって......」

 

 

クラウドは左腰のホルスターから銀色の拳銃を抜いて、リリに手渡した。リリは酷く困惑して、銃とクラウドの顔を交互に眺めている。

 

 

「使い方は、こうやって握って引き金を引くだけでいいからな」

 

 

クラウドはその辺りにある岩に狙いを定めて発砲した。銃弾が岩を穿ち、ボロボロと砕いた。その威力にリリは言葉を失っている。

 

 

「いくらサポーターっていっても護身用の武器くらい持ってないと危ないからな。ま、報酬だと思って遠慮せずに受け取ってくれよ」

 

 

「......は、はあ」

 

 

リリは渋々といった風に銃を受け取り、懐にしまった。そのときのほんの僅かな――本人でさえ気付かなかったであろう口角の吊り上がり(、、、、、、、、)をクラウドは見逃さなかった。




いつもより進みませんでした....ぐぬぬ

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