最悪だ。最悪だこんなの。折角仲直りして格好良く再スタートと思っていた矢先に、格好悪くセクハラに手を出してしまったのだから。
「く、クラウドさん気にしないでください。あれは、事故のようなものですから」
「いや、それでもホントにごめん。何なら今すぐ切腹して自害して償うから」
クラウドは頭を抱えて罪悪感に苛まれていた。健全な男なら仕方ないとはいえ、マジの生娘の清純さを汚したにも関わらず半分くらいラッキーだと思っちゃってる自分がいることに。
「....もしも、私がエルフだからと気を遣っているのなら、それはやめてください」
リューが哀しそうに表情を暗くする。エルフは基本的に自分の認めた相手としか接触を許さないと言われている。
手を握ることすら難しいのだから、事故とはいえ胸を触るなど本来なら殴り飛ばされてもおかしくないのだ。
リューは振り返って自分より少し背の高いクラウドと目を合わせる。
「私は貴方の思うほど綺麗な人物ではない」
「リュー....それってどういう....」
その先の言葉は遮られた。突如近くで発生した金属音によって。
「今のは....」
「この近く....剣戟の音ってことは、対人戦みたいだな」
2人はすぐにその場に向かう。特にこれといった理由は無いが、クラウドにとっては単なるストレス解消という理由だ。
■■■■■
「何だテメェ? そいつの仲間か?」
「い、いえっ、初対面です!」
エイナと一緒に新しい防具を買いに行ったベルは、その帰り道に1人の冒険者と言い争っていた。
ベルは自分とぶつかった栗色の髪の
しかし、相手の気迫に圧されているためか足は震えてしまう。
「テメェ、一体どんな理由でそいつを庇ってんだ?」
その男は怒りを露にしてベルを睨む。ベルも萎縮してしまい、喉からかすれた声が出るだけだ。
「....お、女の子だからっ?」
「あぁん!? ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!!」
男は右手に持った剣をギラつかせながらベルの元へにじり寄る。ベルはカタカタと震える身体を懸命に抑えて、前の男を見据える。今引けば自分の後ろにいる少女に確実に危害が加えられる。それだけはどうしても避けたかった。
「いいぜ....先にテメェを片付けてからだ....」
男は少しずつ間合いを詰めて剣を振りかぶる。その剣がベルに振るわれ、彼の身体に大きな傷が――
「止めなさい」
つけられる前に何者かの声が割って入る。ベルもその男も動きを止めて声のした方へ視線を向けた。
そこに居たのは、豊饒の女主人の制服を着た金髪のエルフの少女と銀髪に黒ジャケットのハーフエルフの青年だった。2人ともベルの知っている人物だ。
「リューさん....それにクラウドさんも....」
「よう、ベル。そのパルゥムの子、お前が助けたのか? 偉いな」
クラウドが左手に持った紙袋を見せながら不敵に笑う。普段なら苦笑いしているのだろうが、今はそうもいかない。
男は突然の乱入者に苛立ち、リューとクラウドに剣尖を向ける。
「次から次へと....何だテメェらは!? 邪魔なんだよっ!!」
「そっくりそのまま返してやるよ。俺にはこれから家族と一緒に家に帰って、全員分の夕飯を作るっていう大事な仕事があるんだ。わかったならさっさと帰れ」
「何わけのわからねぇことを....」
それより先の言葉は発せられなかった。言い終える前にその男の眉間にクラウドの右手に握られた拳銃が突きつけられている。
その男には勿論、ベルにも殆ど見えなかった。凄まじい速度で相手との間合いをほぼゼロにしたのだ。
「だーからさぁー、痛い目に遭いたくなかったらさっさと帰れって言ってんだよ」
クラウドの鋭い目つきと漂う雰囲気に男は青ざめて後ずさってしまう。そして、力の差を理解したのか、剣をしまって逃げ帰っていった。
「ベル、怪我ないか?」
「だ、大丈夫です....クラウドさんとリューさんのおかげで」
ベルは額に溜まった汗を拭い、2人に頭を下げる。
「いえ、こちらこそ差し出がましい真似を。貴方ならきっと何とかしてしまったでしょう」
「いや、そんなことは....というか、クラウドさんはどうしてここに?」
「買い出しだよ。そろそろ食材尽きかけてただろ? 今夜からまた俺が作ってやるからさ」
「私は偶然にも店で会いまして....目的はクラウドさんとほぼ同じですね」
仲睦まじそうにする2人にベルは思わず笑ってしまった。ここであることに気づく。さっき庇ったパルゥムの少女だ。
「あれ....いない?」
「誰かいたのですか?」
そう、いないのだ。クラウド達が現れたときは居たはずなのだが、いつの間にか逃げたのだろうか。
「あのパルゥムの子か? その子ならさっき走って逃げてったぜ。恐くなったんだと思うけど、まあ結果オーライだろ。さっさと帰ろうぜ、ベル」
「では、私はこれで」
「はい。本当にありがとうございました」
ベルとリューは互いにお辞儀をして、そこで別れた。
■■■■■
「よし......」
「おお、いいんじゃね?」
「よく似合っておりますよ、ベル様」
装備を金属製のライトアーマーと右腕のプロテクターに新調したベルは、鏡に映る自分の姿を確認した。
クラウドとキリアもそんなベルの格好に好評を示してくれているようだ。
「さて、じゃあ行こうぜベル」
「はいっ!!」
「いってらっしゃいませ」
ダンジョンに向かうクラウドとベルをキリアは笑顔で送っていった。
「キリア......その、本当に1人で留守番できるか?」
「クラウド様は心配性なのですね。ロキ様曰く、クラウド様のような方を『親バカ』というらしいです」
「あの無乳様....何教えてんだよ。まぁ、心配性ってのは認めるよ」
今日はクラウドとベルがダンジョンに、ヘスティアがバイト(ヘファイストスにヘスティア・ナイフの代金2億ヴァリス分の仕事をしてもらうためらしい)に行くため、キリアが1人でこの地下室で帰りを待つことになる。
本当ならまたロキ・ファミリアで預かってもらいたかったが、今日はストッパーになる女性団員が少ないらしいのでクラウドが断念したのだ。無論、飢えた獣のような男とキリアを近づけるべきではないという保護者としての責任感が働いたのもあるが。
「キリア、鍵は最低でも3重はかけるんだ。うっかり開けられるかもしれない。それと、知らないヤツが来ても出たらダメだからな、変態かもしれん」
そんなクラウドの配慮もあってか、地下室のドアに除き穴を付けておいた。ちゃんと室内からしか見えないようにもしてある。鍵もロック開けの難しいタイプのものを5つ買っている。防犯という点においてはこれで大丈夫だろう。
尤も、これでクラウドの緊急用予算が大きく減ったことは言うまでもないが本人はそれほど気にしていない。
「わかりました。クラウド様もお気をつけて」
そうして、2人は地下室を出る。ベルは短刀とヘスティア・ナイフを腰に備え、クラウドはいつもの如く白のシャツに黒のジャケットという
何分か歩いて、2人はダンジョンへの入口、バベルへとやって来た。何人もの冒険者がその中へと進んでいるのを見ながら2人も歩を進めようとした。
「お兄さん、お兄さん。白髪のお兄さんと銀髪のお兄さん」
「えっ? 誰?」
ベルは突然の背後からの声に振り向くが誰もいない。するとクラウドが人差し指を下に向けているのに気づく。そうして下に目線をずらすと、そこには1人の女の子がいた。およそ100
「初めまして、お兄さん。突然ですが、サポーターを探していませんか?」
サポーター、その名の通り冒険者のアイテムや魔石などをダンジョン探索の際に負担する職業のことだ。
ベルはその問いに慌ててしまい、素っ頓狂な声を出してしまう。
「え....ええっ?」
「混乱しているんですか? でも今の状況は簡単ですよ? 冒険者さんのおこぼれにあずかりたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているんです」
その少女は笑顔で尋ねてくるが、クラウドは少々訝しげに彼女を見つめる。
「なぁ、ベル。この子どっかで見たような気がするんだが......覚えてないか?」
「え? いや、昨日の帰りに会った子なんじゃあ......」
そう、さっき彼女は『初めまして』と言っている。自分達のことを覚えていないのかと思ったが、昨日の今日でさらにあんな目に遭ったところを助けられたのだからそれはどうだろうと考えてしまう。
「......? お兄さん達はリリとお会いしたことがありましたか? リリは覚えていないのですが」
「君って確か、昨日のパルゥムの女の子じゃ....ないの?」
「パルゥム?」
彼女は可愛らしく首を傾げて聞き返してくる。ローブを羽織っているから判別がしにくいが、この子の容姿は昨日会ったパルゥムと酷く似ている。とても人違いとは思えないのだが。
彼女は簡単に被っているフードに手をかけて頭部を晒した。
「あ、あれっ?」
「....?」
「リリは獣人――
彼女の頭にはぴょこぴょこと動く獣の耳がついている。作り物とは到底言えないほどのリアルなものだ。これは決定的な違いと言っていい。種族が違う以上、同一人物という線はないだろう。昨日のパルゥムと似ているのは単なる偶然といったところか。
「それで、お兄さん達はどうしますか? リリを雇ってくれませんか?」
「....ベル、お前が決めていい。先輩がいちいち口出しするのは野暮だからな」
クラウドは明らかに面倒な顔でベルに丸投げしてきた。ベルはあたふたして考え込んでいると、その少女は「あっ」と何かに気づく。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。リリの名前はリリルカ・アーデです。お兄さん達の名前は何と言うんですか?」
リリルカ・アーデ――その名前を聞いた瞬間、クラウドの眉がピクリと動いた。ベルやリリルカに悟られないように平静は保っているが、内心ではかなり焦っていた。
――この子....いや、まさかな。ちょっと考え過ぎか。
――
ベルとリリルカの会話は頭に入らず、そのときのことが彼の思考を埋め尽くしていた。