第13話 第7階層
「盛大に怒られましたね、クラウド様」
「うん....半分以上お前のせいなんだけどね」
クラウドとキリアは2人でメインストリートを歩いていた。豊饒の女主人の離れにあった個室で休んではいたものの、横をトコトコと歩く少女――キリアと一緒にいたことがバレてリューの逆鱗に触れてしまったらしい。
クラウドはリューから強烈な一撃を貰い数分間気絶させられた後、用意された食事をありがたくいただき、お礼を言ってその場を後にしたのだ。
外に出てみれば、よく晴れた青空が目に入った。メインストリートの広場にある時計を見ると時刻はまだ午前7時過ぎだ。
「今思えば....何であんな怒ってたんだろうな、リューのヤツ。普通なら気持ち悪がられると思うんだけど....」
「その理由は明白かと思いますが....まあ許してあげてはいかがですか? 何せ、3日間も看病してくれていたのですから」
「え? 3日ぁ!? そんなに寝てたの俺!?」
サラッとキリアの口から結構大事なことを言われてしまった。確かにそれだけ心配かけたのに、起きた途端に女の子と戯れていれば怒りもするだろう。
「だったら、後でちゃんと謝んないとなぁ....ベルやヘスティアにも心配かけたし、早くホームに戻らないと」
「ホーム? ファミリアの住居ですか?」
「ああ、そうだけど。って、そうか。自動的にお前の住むところもそこになるんだよなぁ....」
クラウドはあちゃーと頭を抱えた。精霊とはいえ、それ以前に女の子だ。流石に教会跡の地下室に住まわせるのは気が進まなかった。
「何かそのホームが問題を抱えているということですか? それとも私が住まうほどの空間的余裕がないとか....」
「......それだと、問題を抱えているってのが正解だな。お世辞にもいい住まいとは言えないしな」
やはり、キリアは何処かに無理言って住まわせてもらうしかないだろうか。クラウドが信用できる人物で、なおかつ子供1人を養える所となると場所は結構限られる。
一瞬ロキ・ファミリアが浮かんだが速攻で却下した。こんな可愛い女の子を預けたら、あの無乳様が手を出さないわけがない。それに、何だかんだ言ってあそこには男性団員も結構いる。無垢な精霊の少女が男共の毒牙にかけられる可能性は高い。となると、女性のみの場所となるが、そうなると豊饒の女主人しか心当たりはない。だが、これ以上迷惑をかけるのも
一体どうしたものかと、思案していると横からキリアがシャツの裾をクイクイッと引っ張ってきた。
「大丈夫です。私はクラウド様と一緒なら何処であろうと平気ですから。いえ、寧ろクラウド様と一緒でないと嫌です」
「......」
クラウドは「わかった」と返事をして、ホームへと歩を進めていった。
しかし、事実上の保護者となった自分が彼女をいつまでもあのホームに住まわせるわけにはいかない。近い将来、この子やヘスティア、ベルのためにも一軒家か何かを買ってファミリアの新拠点にしようと意気込んだ。
「あれ? ベルか?」
「あっ、クラウドさん!!」
少し遠くに白髪に紅い目をした少年の姿が見えた。向こうもこちらに気づいて走ってきた。
「良かった、意識が戻ったんですね......僕も神様も心配しましたよ」
「悪かったな、あの日はちょっと厄介事に巻き込まれてな....お前の方こそ大丈夫だったか?」
「いや、実は僕もその日あの会場でモンスターに――シルバーバックに襲われたんです」
クラウドはそれを聞いて目を見開いた。シルバーバックは11階層から出現するモンスターだ。冒険者になって日が浅いベルでは敵わないはずだ。
「まさかお前が....倒したのか?」
「はい....といっても神様のお陰です。神様がこのナイフをくれたから....」
ベルはそう言って腰のホルスターから黒い鞘に納められたナイフを取り出した。鞘に刻まれたロゴには
鞘から刃を抜いてみると、刀身には神聖文字が刻まれていた。その正確な解読まではできなかったが、クラウドは大して気にすることもなくそれを再び鞘に納めてベルに返した。
「これって....ヘファイストス・ファミリアの武器か? ヘスティアが買ってくれたのか?」
「いや、僕もそう思ったんですけど、神様は『ちゃんと話はつけてきたから』としか....」
嫌な予感がしてきた。いくらヘスティアが貧乏でも窃盗などするはずはないし、彼女の神友たるヘファイストスがこんな業物の武器をタダでヘスティアに譲るほどお人好しではないこともわかる。
「(まさかあいつ....借金作ったわけじゃないよな?)」
ついさっきキリアのために家を買うために金を稼ごうと思っていたため、余計に心配になってきた。帰ったらヘスティアに詳しく聞かないといけないと、頭に入れておいた。
「ところで、クラウドさん」
「何だ?」
「そっちの子は誰なんですか?」
ベルがクラウドの横にいるキリアの方を見て聞いてきた。そういえば2人は初対面だ。これから厄介になることだし、簡単に説明させておいた方がいいだろう。
「ほら、挨拶」
クラウドはキリアの背中を軽くポンポンと叩いて、そう促した。キリアはポカンと一瞬口を開けていたが、クラウドの意図を察して、丁寧にベルへお辞儀をした。
「初めまして、私はキリア。クラウド様の専属精霊を務めさせていただいています。貴方はベル様....ですね。これからお世話になります」
「え?....うん、よろしく」
ベルは何のことかわからずに目をパチクリさせている。そりゃそうだ。自分の先輩がある日突然小さな女の子を連れ歩き、その上その子が「自分は精霊です」などと言っていれば疑問に思うだろう。
「クラウドさん....精霊って....」
「......ちょっと事情があってな、俺が引き取ることになったんだ。心配するな。この子の生活費は俺が稼ぐから」
「は、はぁ....」
ベルも一応は納得したようだ。流石にここで呪装契約のことを話すわけにはいかないし、ましてや精霊についての情報がバレると誰にちょっかいを出されるかわからない。
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「ななぁかぁいそぉ〜?」
「は、はひっ!?」
「おわっ、ビックリした!! 急に大声出すなよエイナ」
「........」
ベルはつい最近発現したスキル【憧憬一途】のお陰で急成長を遂げたため、今日は7階層まで歩を進めたらしい。
ベルがヘスティアから受け取った鍛治神ヘファイストス謹製の武器【
「キィミィはっ! 私の言ったこと全っ然っわかってないじゃない!!
何でこの間5階層で死にかけたのに、いきなり7階層まで下りてるの!!」
「ごごごごごごめんなさいぃっ!?」
エイナの眼力に押されベルは必死に謝っていた。横でクラウドが欠伸をしながらそれを聞いていると横からクイクイッと裾が引っ張られた。
チラッと見ると銀髪に白のシャツと黒のスカートの幼い少女が自分を見上げていた。
「クラウド様、この方は何故こんなに怒っていらっしゃるのですか?」
「ああ、気にするなキリア。過保護なアドバイザーさんからベルへの愛の鞭ってヤツだ」
「愛の鞭....状況から察するに好きな相手に厳しく指導する、ということですか? また賢くなりました」
「よしよし、偉いなキリア」
「えっへん、です」
「クラウド君!? キミにも言ってるんだからね!?」
何やら漫才らしきことをしているハーフエルフと精霊の2人組にエイナはビッ、と指を向けた。
クラウドが頭をナデナデしている少女はキリア。クラウドの専属精霊であり、新しい家族でもある。
「いや、だって別にいいかなって思ったんだよ。この通り五体満足で帰ってきてるんだし」
「よくないっ!! というか、キミがいながら何でいきなりベル君を7階層に連れていったの!?」
「ベルのステイタスを考慮した上で、だ。それからあんまり大声出すなよ、キリアが恐がるだろ?」
「ちょっと見ない間にどんだけ親バカになってんの!?」
いつの間にか仲良くなっているクラウドとキリアにツッコミを入れつつ、2人の攻防が続く。
そこで、ベルが止めに入った。
「そ、そうなんですよ。僕、あれから結構成長して....【ステイタス】がいくつかEまで上がったんですよ!」
「....E?」
ベルの言葉にエイナはピクッと反応した。信じられないといった感じだろう。
「本当に?」
「本当ですよ、僕最近なんだか成長期みたいで....」
エイナが訝しむのもわかる。冒険者になって半月のLv.1のステイタスはよくてH、Gなら出来すぎ、Fなら異常だ。ベルが口にしたステイタスEというのが信じられなくても無理はない。
エイナはあーだこーだ思案してから、真剣な表情になりベルに向き直った。
「ベル君....キミの背中の【ステイタス】、私に見せてくれないかな?」
「え?」
「いや、キミのことを信じてないわけじゃないんだよ? だけど....気になって....」
ベルもいかに相手がエイナだとしても躊躇いがあった。ステイタスの情報は冒険者の生命線。迂闊に他人に教えたり、見せたりしてはいけない。当然ヘスティアもベルに言い聞かせているのでその点に関しては心配ない。
「キミのステイタスのことは絶対に他言しないから。ね? お願い」
「....は、はい」
そう言って4人は部屋の隅へと移動する。まあ当然ベルはこれから上半身をエイナに晒すことになる訳なのだが、ここまで思ってクラウドはわざとベルとエイナにわかるようにキリアの後ろへ移動する。
「キリア、お前は見ちゃダメだ」
「え? ベル様とエイナ様は一体何をするのですか? 人前では出来ないようなことなのですか?」
「そうそう、こういうのは大人になってからな」
クラウドは後ろから両手でキリアの目を覆って、視界を妨げた。これに気づいたエイナは顔を赤くして反論した。
「違うからっ!! ステイタス見るだけだから!! 何誤解を招くような言い方してるの!?」
「いや、だって教育上よろしくないかと思って....」
「そういうことをするわけじゃありませんっ!!」
アドバイザー様からの威圧にクラウドはハイハイと軽く返事をしてあしらった。エイナはため息をして背中のステイタスを露出させたベルに歩み寄り神聖文字の解読に移った。
一通り読み終えたのだろうか、少々不満そうではあるものの了承してくれた。
クラウドもエイナの後ろから覗き込むように神聖文字を解読していたが、どうやらベルの言葉は真実だったらしい。耐久以外は全てE以上、敏捷に至ってはDにまで上がっている。エイナは勿論、本人であるベルも知らないが順調に【憧憬一途】の効果は出ているようだ。
「うーん....確かにこのステイタスなら7階層でも十分通用するとは思うけど....」
エイナは服を着直したベルを頭から爪先までざっと確認する。このステイタスにはそぐわない防具に問題を感じたのだ。
「ねぇ、ベル君。明日、予定空いてるかな? ちょっと一緒に行きたい所があるんだけど」
「え? 明日、ですか? クラウドさんはどうします?」
どうします? というのは要するに明日ダンジョンはどうしますか? ということだろう。
クラウドとしてはまだ本調子ではないし、それに2人を困らせるのも酷というものだ。
「いや、俺は明日休むよ。だから行ってきたらどうだ?
最後の辺りを強調し、ついでにエイナにニヤッと意地悪く笑顔を見せる。
「なっ....その....わたしは....」
「皆まで言うな、わかってるよ。
クラウドはエイナの右肩にポンと手を置いてほくそ笑んだ。案の定、エイナは顔を真っ赤に染めて、プルプル震えだしてしまう。このまま居座って罵声を浴びせられる前にクラウドはそそくさとギルドを後にした。
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