ナザリック小話   作:こりど

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 アルベドのヤンデレ風味に少し危機感を抱いたアインズは、例え話でアルベドを諭そうとするのだが。


ナザリックの中で愛を語ってみた

 

 

 

 ナザリック代墳墓の主人、死の支配者(オーバーロード)アインズは懸念していた。

愛について重い、ちょーっと重いアルベドに対して。将来取り返しのつかない事件でも引き起こすのではないかと。そして思った、今のうちにできるだけ釘を刺しておいた方がいいのではと。

 まぁ実際問題としては後ろから刺されても(ブッスリ)骨ゆえに平気なアインズであったが、それでも将来に対する不安は消せない。不確定要素は出来るだけ無くしておくべきだろう。そして何かいい例え話は無いかと以前ネットサーフィンしてた時にナナメ読みした寓話を思い出しながらアルベドに話してきかせてみたのだが……。

 

 おおまかな話の筋はこんな感じである、アインズも記憶を頼りに語るその物語。とある場所に住む女に惚れた男が毎日毎夕女の元に通いつめ、贈り物をして愛を囁く、だが女には事情があり彼の想いに応えることはできず、その事を何度も男に伝えるのだが、諦められない男はそれまでにも増して女に迫るのだが、ついにある日思い余って。

 

「……と、言うわけだアルベドよ、その男に迫られた女は湖に身を投げてしまったのだ」

じっと聞き入っていたアルベドはパッと顔を上げると喜色を満面に返事をした。

「はい、アインズ様の言わんとする所はこのアルベド良くわかりましたわ♪」

 

 えっ!? アインズはちょっと間を置いてアルベドを見直した。

 今した話は悲恋と言うか悲劇と言うか、相手の気持ちを考えないで突っ走ると取り返しがつかないよ、ってそういう話だったハズだ。それが何でそんなキラキラした反応になるの? むしろ何で掌を合わせて俺を見つめてるの?アインズはアンデッドなのにじっとりした汗を背中に感じた。

 アルベドの好き好き攻勢をこの話に重ね合わせて反省してくれたら、そんな主の想いで話したのに目の前のアルベドはどういった理由なのか

感動に金色の瞳を潤ませ、涙もこぼれんばかりだ。

 

「こんないいお話を……私だけにとは感動で胸がいっぱいですが、もったいなくて残念過ぎます、是非守護者統括として皆にも言い聞かせてやろうと思います」

「えっ!?言い聞かせるって何を? おいアルベド?」

「皆もアインズ様のお志を知るべきなのですわね、では早速行ってきます!」

 

 アインズが腕を上げかけた時にはすでにアルベドは走り去った後であった。おおう……とがっくりと肩を落とした。またしてもこの展開か。果たしてちゃんと意味は通じたのであろうか?期待薄のようだが。 しかしだ、今回はそんなおかしな話では無いはずだ。そう思い直しキッと顔を上げた、それよりもどうやって集まった皆にこの話を取り繕うか質疑応答例を考えるアインズだった。

 

 

「……と、言うわけなのよ、皆、アインズ様のありがたいお話の意図する所は解ったかしら?」

 玉座の間に集められた守護者とプレアデスの一同はふふんと言うドヤ顔のアルベドから主であるアインズに視線を移した。視線を向けられた方は居心地の悪さを覚えながらも誤魔化すようにアインズも何となく頷く。

 

「ま、まぁ概ね、そんな話だった……かな。あーこの男の行動についても結果についても皆も思うところがあるだろう、であるから、その辺を心に感じ取ってもらえれば私としても嬉しい」

 

 おおっと言うどよめき、いつもながらアインズは内心ではたじろぐ。こんなつもりは無かったのに何でこうなるんだろうと、正直人を集めて改めて皆に言うと大した話でも無く、むしろ校長先生の朝礼の話レベルだと気恥ずかしくなってくる。

 

 だが話を聞く方はそうは思わない、何の話にせよアインズの口から語られたと言う事は彼ら、彼女らにとっては最重大事である。

 叡智の王とも称えられるその口から語られた事ならば二つも三つも様々な意味が隠されているに違いない。そう考えるのがナザリックでは常識だからだ。

 皆の顔にその共通認識が浮かんでいるのが見てとれる、そしてその真意を――全ては無理にせよ――理解しようと言う切なる思いが浮かんでいる、アインズにその全ての真意を語られずとも少しでも自ら悟らねば至高の御方に創造された身としては恥ずかしい事なのだと。

 そんな雰囲気の中、一番自分が理解力が不足していると自分で思っているコキュートスが真っ先に口を開いた。彼としては自分の考えが至らないのは最早解っていた。それなのでいっそ早目に思うところを述べれば、それだけ自分の考えの足りないところを補ってもらえると思ったからだ。

 

「……畏レナガラ、アインズ様、私ハ男女ノ仲ニハ最モ疎イト思ワレマス。シカシ例エバ……男ハ条件ナドヲ考慮スベキダッタノカモ知レヌト愚考イタシマス」

「ほう、条件とはどういう事だコキュートスよ?」

 

 アインズは意外な人物の意外は発言に興味を引かれて続きを促した。

「ハ、ツマリ、ナラバ、決闘ニテ決着ヲ、通常負ケタ方ハ勝ッタ方二従イマスル。ナラバ男ハ、ソノ女ガ武二自信ガアレバ正々堂々ト、ソウ申シ込メバ良カッタノデハ……」

 一瞬虚を突かれてアインズは愉快そうに顔を綻ばせた。いかにも無骨なコキュートスらしいが、いくら何でもそれは無いなと。

「はっはっは、コキュートスよ中々面白いがそもそも、女と男では戦闘力に差が……」

 アインズは一笑しようとして、はっとこの場に集まった女性の面々を見た。一人として弱い女性が居ない、残らず全員が一騎当千の兵であり誰が外に出ても今すぐ国の一つや二つ落としてしまいかねない高い女子力が揃っている。

 勝負に勝ったら従えと言う冗談のような前提もこの面子なら了承しそうで怖い。いや常識的におかしいだろう、だがこの面子を前にすると説得力が無いように思う。

「コ、コキュートスよそれは……」言いよどみながら、まずったか?と焦る彼に救いの手が差し伸べられる。

 

「失礼……恐れながら申し上げます。コキュートス、アインズ様は一般論としてこのお話をして下さっていると思われます、世の女性はたおやかな方も多く、この場におられるように自分の力で意思を貫ける者ばかりではありません」

「ムゥ、シカシセバスヨ、ナラバ女ノ兄カ父辺二勝負ヲ申シ込ンデ……」

「……コキュートス様、私もセバス様と同意見です。女性を相手に力で解決する、それはどうかと思いますわ。ボ……私としても男女が想いの決着が当人同士の決闘と言うのはどうかと思われます」

 おお、と内心アインズは声を漏らす。

 ナイスだセバス、ユリ。流石は二人ともナザリックの誇る最後の良心の一角。アインズは心の中でこぶしを握る。そして心に少し余裕が出来たので口ごもるコキュートスへも声をかけるのも忘れなかった。

「……いや、流石だな二人とも、その通りだ。だがコキュートスよ、お前の言う事も解らんでもない、実際の社会では家の力やそういう事情で想い人が取られてしまうケースも聞いた事がある、たまたま今回お前の答えは少々的を外してしまったが自分から率先して発言してくれた事は重要だし私としても嬉しく思うぞ」

「ハ、オ言葉勿体無ク、皆ト違イ浅イ自分ノ考エ二恥ジ居ルバカリデスガ」

 うむうむと頷くアインズ、そうしているとツインテールの赤いおさげの狼娘が口を開いた。

 

「あー私思ったすけど、死んだんなら死者復活(リザレクション)かければ良いと思うっす、その男は愚か者っすね」

「ルプスレギナその口調は止めなさいと……」

「まぁまぁ良いではないか、ユリよ。今回は私のつまらん話に皆につき合わせて居るのだ、ざっくばらんな口調で意見を言う事を許す」

「アインズ様がそうおっしゃられるのなら……承知致しました」

 そう言って控えるユリに代わり眼帯に迷彩柄のあしらった武装メイドの少女が口を開きとつとつと語る。

死者復活(リザレクション)……それは恐らく短慮、推定その女は高確率でただの娘、当然高確率でレベル不足、結果は失敗する、そう思う」

「……そうねシズ、ではアインズ様はこうおっしゃられたいのでは? この男が魔法という偉大な力も知識も持たないかったゆえにこんな結果になってしまったのだと」

「魔法の重要性……愚かで矮小な者たちと言う事かしら?」

「私はそうは思いませんが……」

「いやいやソリュシャン、魔法が必ずしも得意と言うわけでもない者もナザリックに居る、魔法が使えなければ矮小とは必ずしも限らないさ。君らとてスクロールで代用するだろう、ねぇセバス?」

「……デミウルゴス、お心遣い感謝致します」

 慇懃に頭を下げ一礼するセバス。一言以上の含む言葉を呑んで二人の守護者の視線が軽くぶつかり合った。ナザリックの力の頂点の一角同士が睨み合う、その恐ろしい様子を見て原因を作った発言者のナーベラルも蒼ざめ慌てて頭を下げた。

 

「も、申し訳ありませんでした、私の考えが足りませんでした」

 はっはっはナーちゃんが失敗したっすと言うルプスレギナにアンタも本職でしょ、何レベル不足の蘇生失敗忘れてんの。と苦笑してソリュシャンがその頭をぺしんと叩いた。

 

「何構わないさ、宜しいでしょうかアインズ様? 私が思うに皆が少々……このお話についてアインズ様の慈悲深くご配慮しているところを勘違いしてると思われます」

「う、うむ」

慈悲深いご配慮?一体何のことだ? そう思ったがデミウルゴスの言う事に理解が及ばないのは毎度の事だ、今回も何とか話を纏めてくれると信じてドキドキしながら頷く。

 

「……では皆、アインズ様に代わり僭越ながら私が思うにだね。このお話でアインズ様の皆に言いたいところはだね、皆に楽しんで欲しいそれが基本だと思うよ」

 ざわりと皆がゆれる、流石に楽しめと言われても男に迫られた女が湖に身を投げた、その先の話のどこがそうだったのか?

 

「ドウイウ事ダ、デミウルゴス?」

「うむつまり、一言で言うと『愉悦』と言う事だよ。矮小な人間同士の色恋の事であれ、愚かな行動に愚かな結果が伴えば、それは一笑を得る機会となる。アインズ様は皆につまらぬと思う事にもそんな中にも娯楽としての一面があるのだとご教授されて下されているのだよ」

 

 むろんアインズとしては違うでしょと言いたかったが骸骨ゆえの完全なポーカーフェイスに感謝しつつ沈黙を守るだけだった。

 

「なるほど、人間など取るに足らぬゴミ虫としか思いませんでしたが、そのような価値があったとは」

 ナザリック一の知恵者の言に頷いたナーベラルは、はっとして同僚の顔を見た、むろん擬態であるその少女の人形のような表情に変化は無かったのだが、蜘蛛人(アラクノイド)の彼女の前でゴミ虫発言は迂闊だったと考えた。

「気にして無いですよぉ、私もぉおやつ食べますし、私としてはぁその女もぉ死んじゃったんなら食べれば勿体無く無いかなぁ、ぐらいしか思いつきませんでしたぁ」

舌足らずな口調で和服のメイドはそう言うと可愛くケラケラと笑った。

「デミウルゴス、私は人間はそうつまらぬ存在とは思いませんが……」

 いささか場の雰囲気にむっとしたようなセバスもちろんあるか無しか解らぬ程度ではあるが。自ら教育を施しているツアレなどの事もあり、人間を無価値と断ずるナザリックの中では少々浮いていた。

「そうです私達の末の妹も一応人間ですので」そんなセバスにユリ・アルファもフォローを入れる。

「ああそうだったね、すまないねセバスにユリも、言葉が足りなかったよ。無価値な人間でも笑い話になるなど利用価値はいくらでもある。つまりはアインズ様は我々に楽しい話をして下さったと、そう気楽に考えればいいのさ」

「な、なるほどーそういう話だったんですか」

「んーそうなのかな? それなら何となく解るかも、つまり馬鹿な人間の馬鹿な行動を笑えばいいのね」

 

 基本的に色恋の話と思っていただけに場でおいてけぼりだったマーレとアウラがデミウルゴスの説明にやっと理解できたと、なんとなく頷いた。だがその場にはふっと自信有り気に微笑む人物が居た。

 

「今回ばかりはデミウルゴスもアインズ様のご真意に辿り着けなかったようね、そんな意味も一面あるかもしれないけど、表層的な事だと思うわ。この話の真意は別にあるのよ、久しぶりに貴方に勝ったかもしれないわね」

「ほう、アルベド? そう言えばこれは君が持ってきた話だったね」

ええ、とアルベドはアインズの傍らから歩み出て髪を振って輝くような笑顔で主を振り返った。

 

「アインズ様、私から皆に説明して宜しいでしょうか?」

「よ、よい許す」

 あまり許したく無かったがその期待に満ちた表情と場の雰囲気でそう言わざるを得ない。

 

「はぁ? ホントにアインズ様のご意思が解ったのでありんすか? どうせ下らない理由に違い無いでありんす」

 あからさまに馬鹿にしたようなシャルティアに勝ち誇ったようなような笑みを浮かべるアルベド。

「お黙りなさいシャルティア、この話の重要な所はアインズ様はこの寓話を最初に私に(・・)話された事なのよ」

「だから何なのでありんすか?」

「決まっているでしょうシャルティア、これは『愛は殺してでも奪い取れ』と言うアインズ様から私への愛の言葉(プロポーズ)に他ならないわ!」

 なぁっ!?と言う彼らの主人とシャルティアを前後にアルベドの独演は続く。

 

「いいかしら? この話で男は女を求めて求めて最後には女は死んでしまったわ、でもそれは女が人間だったから、最初から死んでいる自分(アインズ)なら問題無いからどんどん来い、どんと来いアルベド。そういう意味なのよ」

「はあああ?」

 プロポーズ、プロポーズと言うアルベドと愕然とするシャルティア。そしてええーと言う表情のアインズ。むろん骸骨なので本人が思ってるほど他人にはそうは見えないゆえか。シャルティアが彼を見て泣きそうな顔になるのを慌てて修正する。

「まま、待て、待つのだアルベドよ。この話は、そうではない違うぞ。ええと。 そ、そうだ、最初から私はこの話は皆にするつもりだったのだ、私は平等に皆を愛している、前にも言っただろう忘れてはいないだろうな?」

 「えぇぇ」と言うアルベドとぱっと表情が切り替わり「ざまぁ」と笑顔のシャルティア。とりあえずはアインズは我ながら上手い事話を逸らしたと、胸を撫で下ろした。だが話は終わらない。吸血鬼の姫君の瞳が怪しく光った。

 

「……ほほほ、やっぱりアルベドの早とちりだったでありんす……そして、それなら私だって条件は同じでありんすね!」

 ええと言うアインズを他所に、豊かに盛り上がった、偽胸を逸らした。

「……むしろ求めても求められても最初から死んでるアンデッドの私の方がむしろ有利でありんすえ、ねぇアインズ様、この大口ゴリラは墓穴を掘ったでありんすね」

 そんな事を言われても困るとアインズが皆を見ると何故か急に顔を赤らめるユリ・アルファ。

「し死んでる事がポイントならまさか私も?」

 違うよとアインズが言いたい中、篭絡する者の笑顔でシャルティアがメイドの副リーダーへ熱っぽく語りかける。

「もちろん首無し騎士(デュラハン)のユリもアンデッドだからアインズ様のご寵愛を受ける資格が大いにあると想いんす、心配しんなんし、私が第一王妃になったあかつきにはユリは側室に妾から口添えをしてあげましょう、だからアルベドより私についてきんなまし」

 私は?と自分の顔を指差したのは自動人形(オートマン)のシズ。んーと暫し考えたシャルティア。アンデッドとは違うけど死な無いなら似たようなものでありんすえ、私に味方するなら悪くしないでありんすよと、うんうんと頷く。

 そこら辺で流石にアルベドも喉の奥が見えるほど声を上げ切れた。

「馬鹿な事言ってんじゃないわよ、この八目ウナギ! 生の方がいいに決まってるでしょ! 大体私がたかが湖に沈んだぐらいで死ぬようなヤワな体してないわ!」

 生って言うなよと言う顔のアインズやアウラ。慎ましくここは空気に徹するべきだと思ったのか沈黙している男性守護者3人。

 

「えー! 何か条件が変わったっすか? じゃやっぱり丈夫な方がいいっすか? 私としてもそっちの方が希望が持てるからいいっす、私も体の頑丈さにだけは自信あるっす!」

 湖底にタッチして戻ってくるぐらい余裕っすとルプ。

「そもそも私やナーべは呼吸が必要ないんじゃないかしら?」

「わ、私はアインズ様がそうされよと命じるんらいつなりとも湖面に身を投げますが」

「ソリュシャン、でもでもぉ、やっぱり死んだら食べて愛する人と一つになりたいって言うのは愛の形の究極だと思いますぅ。水死体もふかふかして美味しいそぉお!」

「アインズ様となら一緒に湖底に沈んでも全然OKでありんす! むしろ冷たい水中で<ピー規制されました>超燃えるでありんすぇ!」

「はぁ?シャルティア! いつ心中話になったのよ! 元の設定(シチュエーション)を変えてんじゃないわよ、この色情ビッチ!」

「誰がビッチでありんすか! 自分で乗ったくせに、大体生が生がと言うピンク思考のサキュバスに言われたく無いでありんす! むしろ白骨の美しさを愛でる妾はプラトニックラブ!」

「私ならぁ骨だけ綺麗に残しますぅ」

「なるほど、そうなるとエントマもシャルティア派でありんすね!」

「それは違うだろぅがてめぇええ!」

 

 

 超然とした面差しを前に、今日も展開される訳の解らない熱気を帯びてきた議論と喧騒を。俺一体何の話をしてたんだっけと思うアインズだった。

 

 

おわり

 

 

 

 

 


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