九蛇の男児
女系戦闘民族
日が昇る前には目を覚まし、一緒に眠った女性の額にそっとキスを落とすと、
部屋を出れば当然そこには通路が伸びる。風の抜け道として、ガラスも何も嵌っていない朱色の窓枠だけが等間隔に配置され、皆が起き出す頃になると少々
「く、ふぁ……」
そこの
目尻に浮かんだ涙を、腕で
ジャングルに囲まれた高い山に
明かりを行動範囲の中心に
ビキニのように乳房を覆うだけのトップスに、腰に巻いたパレオ。更に下には無論秘部を隠す三角布があり、肩からは
それでも、裸の上から一枚布だけを被る野性味溢れる俺とは大違い。とは言え、決して俺の巻いている布も
成長に合わせて
さて、俺の格好の説明はここまでにして、まず向かうは水場だ。そこで顔を洗い、一通りの
厨房に着くとまだ誰もおらず、食器棚に付いた引き出しから収穫用ナイフ3種類と厚手の平たい袋を1つ、迷う事なく取り出した。全ての刃物を袋に
寝静まった廊下には、朝明け前の暗くも白んだ光が射し込んでいる。
それも
宮の入口で
ゆるり、ゆるりと。
ひたひたと足音が反響し、動く影法師に近づいていく。更に道は続くが、外へ出るため交差路を左に曲がった。
そうして眼前には両開きの朱い門。噂に聞く巨人が入れるとは思わないが、ハーフ程度なら問題なく通れる巨大な門。その
「あらっ、リーズ早いねぇ」
「ふふっ、朝から頑張るわね」
頭を下げて出たところで、寝ずの番をする女戦士が俺に気付き、振り向いた。「おはよう」と挨拶をしてひらひらと手を振るう。
彼女達は揃って腰に矢筒を吊るしている。しかし、矢はあるのに肝心の弓を持っていないのは、首に巻き付いたり、腰に絡んで肩に頭を落ち着けたりする細長い蛇達がその役割を果たすからだ。実に島民の生活に蛇が密接に関わっている。
そんな2人の内、真っ先に驚いたような反応を示した
一方、昨日、扉の開放を約束していた事で驚きに似た表情は浮かべなかったものの、いつまでも変わらず俺の歳を低く勘定して感心したような声を上げる戦士──ロゼット。アイビーの、柔らかさとは無縁の鳩胸とは感じる母性に雲泥の差のある豊満な乳房を持ち、また、彼女と違って長身。ウエストは折れそうな程細く、ヒップは肉感的にボリュームたっぷりで、足はすらりと引き締まって且つ長い。その上性格も柔和で、笑えば見惚れてしまう。一片の疑いなく
彼女等2人は、帰って来る度に武術の手解きをしてくれる俺の特訓相手である。
対して、俺は今年で12になる。四季のないこの地域で、1年の経過を一目瞭然と自然から感じるのは困難だが、時々の獲物などから
この島の女性は、外海に出て妊娠し、帰国して出産すると、理由は不明だが、必ずと言っていい確率で女子を産む。以前であれば「必ずと言っていい確率」ではなく「必ず」であったが、それに終止符を打った最初にして最後の例外が、皆から「リーズ」と呼ばれる俺である。
女系戦闘民族
一般に、男性が入国すると死罪となるか、何らかの理由で特別措置が取られて牢獄暮らしとなる。
だが、俺は紛れもなく九蛇の母親から生まれた為、例外中の例外、特例中の特例として女ヶ島“アマゾン・リリー”での生活が許可された──らしい。俺を出産した後に亡くなってしまった母に代わって2年前くらいにロゼットから聞いた話で、真実か嘘かは分からないのだ。まぁ、嘘を
そして、父親が誰かも分からない。が、ここに住む者は
「今日は蛇姫様のためにジャングルに行くのかしらね?」
「うん、珍しい果物が食べたいんだって」
成長途上の背が彼女の鳩尾辺りまでしかない
アイビーは腕を組んで仁王立ちして、見せ掛けは見張りに戻っているようだった。
「へぇ、新しいのが見つかるといいけど……ちょっと私のも採って来なよ。何でもいいから」
階下を眺めながら声だけでアイビー。
相変わらずものの頼み方が雑。
「アイビー、何を言っているの。……リーズ、蛇姫様が第一だから無理にアイビーの分まで採って来なくて大丈夫よ?」
アイビーを見て、溜め息を吐いて彼女を咎め、視線を俺に戻してロゼットは言う。
「そこんところは大丈夫。だけど……分かった、ちゃんとロゼットのも持って帰るよ」
「ふふっ、ありがとう」
自身の黒い長髪をさっと払い、ぎゅっと頭を
九蛇の皆が、俺にとっての母であり、姉妹であり、家族である。
数瞬だけ肌の温かみを感じ、どちらからというでもなく腕を離した。
「アイビー、行ってきます」
「はいはい、手の掛かる子供だねぇ」
アイビーともハグをして、俺はジャングルに向かって
因みに、通路の窓枠や厨房から跳び出さなかったのは、一度
◇
自身十数人が手を繋いでやっと一周出来る大樹が当然の如く乱立し、身の丈以上の草花が平然とスペースを確保して生えている。環境が環境なので至るところにキノコが
途中、そのキノコを選り好んで食べる巨大猪の群れと遭遇したが、蛇姫様の御所望の品ではないので無視して珍しいフルーツがないかと疾走する。
鬱蒼と
この高速移動を可能にしたのは、
“覇気”の扱いに精通した皆の助けと、島にいる間は土台成就不可能な「男に会ってみたい」という俺の好奇心を、
地上では瞬発的に加速し、消えたように移動する“
俺の修めた六式は海兵の習得していたその2種だけだが、他にどのようなものがあるかは聞いたので現在練習中だ。とは言っても、覇気をロゼット達に叩き込まれたので、
それは
まずは集落周辺のジャングルを一周する形で地上を大まかにぐるり。次いで樹上を適当にぶらり。
太陽が地平線から昇り切るまでを制限時間として探し回り、
「案の定、だな……」
その結果得たのは馴染みのある、逆を言えば真新しさのないものばかりだった。
四角形の模様がびっしり入り、俺の頭程の大きさの黄色いパイナップル。鮮やかな赤さでぶつぶつとした外皮を持ち、内部が白く半透明のライチ。赤色から緑色へと見事なグラデーションのかかった橙色の繊維質な果肉のマンゴー。赤紫色の果皮で、時に赤く、時に白い身の詰まったドラゴンフルーツ。濃い黄色で、反り返った腕程の巨大なバナナ。黄色がかった緑色で、仄かに甘く、切り口が星型のスターフルーツ。などなど。
馴染みの有無に関わらず、数のある物はその場で試食し、酸味が強過ぎたり苦味が強かったり甘ったるいものは採って来ずに、脳内メモに書き留めてある蛇姫様の好みに合わせて厳選。厳しい審査に残ったのは、やはり馴染みのあるものばかりとなってしまった。
一通り採り尽くして、その上で好みか否かの判断基準が出来ていたので仕方がない。
収穫したものを簡単に葉を編んで作った背負える形の籠に入れ、俺は九蛇の集落に帰るのだった。
◇
要塞化している集落の城壁上を通り、市場に出す品を獲りにジャングルに繰り出す者と
宮で門番をするロゼット達に「ただいま」という言葉と、後で直接部屋に差し入れする旨を告げ、開かれた本門を通り抜ける。埃の類は城壁の上で
これからするのは、岩盤を
そうと決まれば見聞色の覇気で宮をまるっと収め、内部の様子を確かめる。
九蛇の皆が活動し出すため、身近に人の気配を多数感じる。
その中でも、
それより数段劣るが他の者より輝く気迫が2つ──
彼女等に付き添う若者にも劣らぬ壮健な気──ニョン婆様の愛称で
以上4名の覇気が殊更強く感じられた。
やはりと言うべきか、御老体になられたニョン婆様は既に活動を開始しておられるようだ。蛇姫様の元にいらっしゃるのも、眠りが浅く、お目覚めが早かったのが御理由だろう。己を基準に若い蛇姫様等を無理に起こしてはまた寝室から窓の外に放り投げられるに違いないのに、どうにも懲りない御方だ。
「あ……」
身近だった感覚が物理的に近付いて来る。ニョン婆様が宮の外に投げ飛ばされ、落下しているようだ。
蛇姫様も蛇姫様で美しく華やかではあるが、子供のようにやんちゃな一面が
綺麗であると同時に可憐という印象。常人ではそうそう並び立たせる事の出来ない印象と思うが、そこは流石蛇姫様というところか。
さてはて、攻撃的な色に染まったこの御様子では、再び眠りに就くとはあまり考えられない。それほど冷えてはいないが、かと言って集落外の川で洗いつつ冷やしつつ果物を探していたので、特別
駆け足気味に廊下を歩き、階段を登る。
帰って来た厨房には顔馴染みの料理人の姿があった。彼女達は戦士の朝食をこれから作るようで、大きな鍋を用意したり、野菜を切ったり、いない者は追加の肉の買い出しに行ったり、足りないその他の食材を買いに行ったりしているようだった。
邪魔にならないように素早く彼女達の後ろを通り抜け、皿を洗うための水を張った桶の中に平たい袋から収穫に使用したナイフを抜き、放り込んでおいた。
そうして代わりに、引き出しから新たに包丁と吊り下げて乾かしていた
瞬く間にフルーツの塔が出来上がった。それも3つ。
我ながら上出来、などと眺める暇もなく、パイナップルの味見に入る。
手に持った包丁に覇気を纏わせる。刃物に武装色の覇気を使う事で黒く変色し、
予定通り、
まず
一度二度、もぐもぐと口を動かす。
(ふむふむ、少し酸っぱいか)
いつものと変わらない慣れた味。問題があるとすれば、少しばかり酸味が強い事くらいか。
冷静に分析し、三度目と歯を噛み合わせた。
「ん……?」
異変に気付いた。
濁流
そうと分かれば絞ってジュースとしてお出しするのも名案だ、などと思っていたのも
「……んっ!? んんっ……!!?? ~~~~っ!!??」
利用方法を検討するだけの余裕は一瞬で吹き飛んだ。
ぶわっ!! と体中の穴という穴から汗が吹き出る。
口内に広がる邪悪と、叫び出そうとする精神を抑え付け、震える膝から
(あぐぅおおおお~~~~っっ!!?? 酸っぱぁっ……!! 滅茶苦茶っ、酸っっっっぱいっ!!??)
拳を作るように、床に押さえ付けて両手を握る。体を丸め、ガリガリと爪が立つ痛みと合わせて意識を保つ。
急に酸味が口の中で跳ね出した。味を細部まで確かめようと噛み締めた瞬間、これまで感じたことのない刺激が爆発した。
これはそう、覇気だ。蛇姫様から感じた覇王色の覇気。このような例として出すには不適切極まりないが、他者を屈服させるという面を見れば、
急いで飲み込み、手近にあった
これで
「ごふっ……!?」
酸味が渋味に変わり、盛大に
どうしたのかと調理の手を止め、寄って来ようとする料理人を手で制し、何事もなかったと
耐え忍ぶ事数秒。強烈な波が引き、体の震えが治まった。
「……けほっ、はぁ……」
他の部位ももしかするとこんな感じなのかと戦慄しながら、召使いの流儀に従い毒味を続ける。
次は芯部分だ。堅い外皮に沿った果肉は、これまでの経験から味が似通っている。ならば同じ
繊維が蜜に詰まった芯をぱくり。警戒しながら舌の上で転がす。
(……酸っぱくは……ない。どちらかというと甘い、な)
それも甘過ぎず、程良い。酸っぱいものを食べた後にこの感じ方という事は、やはり酸味は強めなのだろうか。
意を決して顎を動かす。上顎と下顎の間で擂り潰す。
「ぅぼァ……」
反射的に変な声が漏れた。
今度は途轍もなく甘い。果物を煮てジャムを作る事があるが、それを何十倍にも濃縮した頭が痛く、思考力を蝕むような味。サトウキビから精製した砂糖の塊を、飲み物を飲むが如く流し込んだような味だ。とてもではないが食べられない。
吐き出すのは衛生上宜しくないから、
「ァァア゛ア゛ア゛ア゛~~~~!!??」
辛味に変わってのたうち回った。
辛味は鼻を塞いでいても関係ない。ダイレクトに脳を焼き切る痛み。勿論比喩だが、舌の上で火事が発生したように錯覚して、ひりひりどころかビリビリする。
そうして二種類の果肉が胃袋で落ち合って、
「うぷっ!?」
耐え難い吐き気に見舞われた。
物理的に込み上げる気がして、俺は
総評として、不味い。
厠から戻って今更ながら果皮の細部に目を向けると、四角く区画分けされた中で渦巻き模様が散見された。このパイナップルはちょっとした突然変異種なのかもしれなかった。
出したい悪魔の実があって、それを得るために出来るだけ自然な流れにしたかった。
多分自然に出来たと自負してる( ・´ー・`)ドヤァ
ただ、悪魔の実らしい不味さじゃない気がする。