ごった煮   作:ソーマ=サン

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いと短し。


織斑千冬の微笑

 

 

「なるほど……」

 

 一夏と渡辺の競い合った先日に加え、今日の午前にも行った体力測定。その結果を手元に、千冬は基礎体力の観点から生徒達の大凡の鍛錬方法の目処を付けていた。

 

「一夏にはこれといった苦手分野はなし、か。渡辺は……体力に難あり、と」

 

 記録用紙を1枚捲りながら、呟く。

 冗談のような男女比から男子の用紙だけを選別しての比較。そうして態々(わざわざ)2人のデータを選び取ったのは、身体的な特徴から男女間では記録の比較に有意な考察を得られないため。

 女尊男卑の世になろうと、根底にある身体能力の差は依然男性優位なことに変わりない。

 故の一夏と渡辺、2者の比較であった。

 

 千冬の現段階での見立てでは、男子2人のバランスは非常に均整の取れたものであった。

 片や持久力に優れ、愚直な型で最高点を記録する織斑一夏。

 片や人として持つべき身体機能を熟知した動きで、巧みに最高点を記録する渡辺空。

 何の因果か、たった2人の男子生徒は彼等だけで柔剛合わせ持ち、そして高い水準で纏まっていた。

 それは『現段階では』という但し書きが付くものの、どちらかが突出することがないということ。即ち双方高め合うに相応しい存在であり、好敵手として、或いは(いず)れは並び立つ戦友として、歩みを共にすることを半ば確信させる存在であるということ。

 千冬が抱いたそんな感想は、彼女が欲して止まなかった心の支えを渡辺の中に見たからなのかもしれなかった。

 

 彼女にとって、一夏とは確かに心の在り処であったことに変わりない。身近に存在する唯一の肉親であるのだから当然である。

 けれども、時として一夏の存在こそが枷になることもまた、純然たる事実であった。

 嘗て、幼い身ながらも弟を守らんとする使命感は、当時の彼女には些か荷が重過ぎた。本来頼るべき親という存在が彼女等姉弟を真っ先に捨てたために、彼女は誰にも信を置けなかったのだ。だから子どもながらに『抜き身の刃』を想起させ、近付く者全てを拒絶するように、彼女は弟と生きていかねばならなかった。

 そんな折に――相反するように――彼女がどれ程同じ目線に立ち、語り合える人間を得たいと思ったのか。恐らくこの話を聞いた者が想像する以上に、強く千冬は渇望していたに違いなかった。

 

 だから彼女は、弟に――一夏に、そのような存在ができるであろう未来を心底嬉しく思っていた。

 ここ数日の生活態度から、渡辺は多くを語らない性格のようではあるが、あれはあれで一夏との相性は悪くないように見える。

 海辺、或いはプールサイドでアイスでも齧りながら「暑い暑い」と文句を垂れながら語り合うのが、彼等2人にはお似合いのように千冬には思えていた。

 

 そんな想像を浮かべて、千冬は人知れず口角を上げる。

 末永く一夏の友人として在ってくれ、との願いを胸に秘め、彼女は意識を切り替え今後の体育(訓練)のグループ分けを考えていくのであった。

 

 


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