体力がなくなって久しい今日この頃。
それは
一切の抵抗を感じさせない、空気を切り裂くというより掻き分けるような、風と一体になる軽やかな走り。伸び伸びとした動きとは裏腹に、一歩蹴り出す度に着実に前へ前へと体を押し出す。
両者を比較すると幾分細い脚からどうして自分相応の速度を叩き出せるのか、一夏にはそれが不思議で
「一夏、6秒2。渡辺、6秒4。2人とも十二分に速い。この調子で他の項目にも励め」
弟の成長に僅かながら喜悦を滲ませ、千冬が賞賛の声を上げる。
そのコース周辺には、一夏の走る姿を焼き付けようと1、2組の女子生徒が立ったり座ったり、各自楽な姿勢をとって人垣を作っていた。千冬としても、IS学園に在籍する女子生徒が稀有な男子生徒に興味を示すのは至極適当な反応であるとして、大目に見る事にしたようだった。
そんな観客と化した大多数が、一夏のタイムに想像以上と思わず驚きの表情を浮かべている。そして彼に勝らずとも劣りもしない渡辺の疾走に、それ以上の驚愕を露にしていた。
「渡辺、お前って滅茶苦茶足速いんだな。中学3年間アンカー任されてて自信あったのに、ちょっと、いや正直かなりショックだわ」
額に滲んだ汗を半袖体操服の袖で拭い、一夏は息を整えている渡辺に苦笑混じりに話し掛ける。
「いや……、こっちも50m走に関しては……、はぁっ……舐めてたところがあった。お互い様、かな……、ふぅ……」
走り方からは少しも全力を出した風に見えなかったが、かと言って手を抜いていた訳でもないと彼が理解していた彼女は、膝に手を付き、肩で息をする。
それに一夏は体力では自分に分があるようだと、年頃の男の子らしい優越感を覚えて自然と苦笑を笑みに変えていた。
彼女の荒い吐息に感じたのはその程度であって、一部女子生徒のように何処か漂う
◇
「「「織斑くん! 頑張って~~!!」」」
ハンドボール投げ、立ち幅跳びと行って、現在持久走。周長400mトラックを3と3/4周の1500m走。
それを走るのは、一夏は勿論、
「「「渡辺さんも頑張って〜〜!!」」」
渡辺もそうだった。
だが、これは可笑しな事だった。彼と彼女が持久走の項目に於いて同距離を走る。
ハンドボール投げは僅差で一夏に、立ち幅跳びは渡辺に。拮抗し、自然と競い合う形となっていた事で特に深く考える者はいなかったが、1500mという距離は男子規定。女子であれば1000mが普通である。それは中学生も高校生も変わらない。
如何に女尊男卑と言えど、一般的な男女間で身体的な優劣が覆りはしない。にも関わらず、千冬はその事を指摘しなかった。
それは
ならば何故か。
渡辺とは。
千冬と同じような、肩に届くか届かないか程度の女性にとっての短髪。
化粧を施せば一層妖艶になる事間違いなしの、現状化粧っ気皆無のそれでも端整な顔立ち。
スラリと伸びる手足を備えた170cmを超える長身に、極薄の胸部装甲。
どこからどう見ても女子生徒そのもの。ハスキーボイスが多少普通とは言い難いかもしれないが、100人女性がいれば1人2人は見付けられる程度の希少性。何ら疑問を抱く点は存在しない。
けれども、もし、一夏が彼女との競争に熱中するのではなく、違和感から彼女の正体を考えるだけの余裕を持っていたのなら、彼は直ぐにでも真実に辿り着けただろう。それだけの証拠が彼の手元には揃っていた。
校長から知らされた「“2人目”は同クラス」。その厳しさを知る千冬が「渡辺の格好を注意しなかった」。男女別の筈の「持久走が同距離」。
もう1つに、彼に向けられる視線に特別な色がなかった、というのもあるのだが、この数日で強制的に刷り込まれた「女子生徒=何らかの意思を込めて視線を向ける者」という認識が邪魔をしてまだ気付けていなかった。会話の回数が数える程しかないというのも原因にある。
ともあれ、経済的な理由から女装紛いの格好をしている“2人目”に気付ける存在は、一夏にとっては不幸にも、今の段階ではいなかった。
体力50m走6秒の後輩とか、握力100kg近い同級生とか、お前ら本当に高校生かよってのが私の高校にいました。
推敲してないんで無視出来ない程変なところがあればお知らせくだせー。