ごった煮   作:ソーマ=サン

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サスケ、カカシ視点


卒業演習2

 

 

 俺にとって──誉れあるうちは一族の一員であるうちはサスケにとって、うずまきナルトは自己主張の乏しいのんびり屋、それでいて不真面目な同級生だった。

 それ以上はなく、ただ、ウスラトンカチという目に入れる必要性を全く感じさせない雑魚だった。

 それが今日、蓋を開けてみればどうだ。

 

「信じらんねぇ……」

 

 あれがアカデミーの落ち零れ? あれがその、うずまきナルト? カカシとやり合っている様はまるで別人ではないか。

 カカシの話はイタチから聞いた事がある。「写輪眼のカカシ」の二つ名で他里にまで知れ渡る、うちはではない写輪眼の使い手。

 額当ての下に隠した()を使っていない事から本気ではないのだろうが、それでもあのナルトが上忍とやり合っている。

 ナルトは実力を隠していた?――いや、そんな事はない筈だ。

 アカデミーでのあいつの体術は下忍相応。違和感なく、他の有象無象の中に溶け込んでいた。

 忍術にしても、チャクラの割り振り方がド下手で不発が殆ど。センスの欠片もない、忍者にして忍術が使えないという無能っぷり。

 手裏剣などの飛び道具の扱いも辛うじて木版には突き刺さるが、的には当てられないノーコントロール。

 総評して、ドベに相応しい不出来っぷりだった。そうだった筈だ。四六時中眠そうにしていた以外は他の者と変わらない、捨て置く事に何の戸惑いも抱かせない存在だった。

 だと言うのに、

 

「何だ今の術は……!?」

 

 気配を隠すのも忘れて叫んでいた。

 煙の中での行動に確証は持てないが、拳を振り上げ飛び込んだモーションから推測されるのは、その勢いのままの「振り下ろし」。

 素手で地面を割った、とでもいうのか? それも地震が起きたかのような激震で以て?

 あれは元々の馬鹿力故の結果なのか、それとも何らかの術による補助故なのか。何にせよ、あんな術は当然見た事がなければ、イタチから聞いた事もない。完全なる未知。

 影分身にしたって下忍のスタミナで何人も作るのは非効率極まりない。分身体それぞれにチャクラを等分するのだ。ただでさえ少ないチャクラを分けるなど、真面(まとも)に他の術が使えなくなるリスクがある。

 やはりあいつはバカなのか? そう自問すれば、答えは「否」だ。地面を割った影分身は今もカカシに噛み付いている。まだまだ余力があるようだった。

 つまり、4人に分身して尚、チャクラに余裕があると言う事。

 

「化け物かあいつは……!」

 

 悪態を吐いてしまうのも致し方ない。

 俺達が見ていたナルトは一体誰だ。そう思えてしまう程に落差が酷い。

 本当にあいつは、誰なんだ?

 

 

 ◆

 

 

 鷹が生む子はやはり鷹か。

 先生によく似た──波風ミナトによく似た黄金(こがね)の髪に、青い瞳。普段の優柔不断そうなところもそっくり。極め付けに忍術のセンスまで受け継ぐとは。

 俺が──はたけカカシがこれから受け持つかもしれない1人は、まるで四代目火影の生き写しのようだった。

 下忍であるにも関わらず、影分身を扱い、それも複数人。九尾のチャクラがあるといっても秘匿され他里の人柱力のように十全に、そもそも自分が人柱力である事すら知らされていない現状、安定して行使出来ているというのは素の――うずまきナルトとしてのチャクラが下忍以上、上忍に届こうとする証拠。

 チャクラという点で既に傑物。

 加えてチャクラコントロール。綱手様のチャクラ一点集中を苦もなく(こな)し、それにより影分身が消えていない事から必要最低限度を放出するに(とど)めたという事。

 下忍の拙さが削ぎ落とされ、医療忍者並の緻密さだ。手放しで賞賛しても誰も文句の言えない完成度。

 こいつがアカデミーではドベ?

 イチャイチャパラダイスを読む暇がない時点で正気を疑う。アカデミーは何時から上忍に比肩する下忍の卵をポイポイ量産する場になったのだ。常識外れも甚だしい。

 上忍の気付けない気配の消し方を、三代目火影の編み出した手裏剣影分身を、事もなげに出来るアカデミー生がイタチ以来早々(そうそう)いて堪るものか。分身体を囮とする、と教本で教えられながらも、自らを囮にする事に躊躇しない肝の座った生徒がぞろぞろといるなどと、それこそ有り得て堪るものかと叫びたくなる。

 

 だが、体術はまだ不慣れ。それでも下忍不相応ではあるが、付け入る隙は幾らでもある。

 

 俺の横に抜けたナルトの分身が、再度体術を仕掛けに出た。低姿勢からの足元を刈る回し蹴り。

 そして俺に退(さが)られないようにと考えたであろう、影分身による捨て身タックルを防いだ土壁を迂回して、もう1人が頭部を刈り取るハイキック。

 更にもう1人が俺を土壁と挟んで、胴体目掛けてクナイを持って突撃した。

 しかし、だ。それでやられてやる程甘くはない。

 

「まだ甘い!」

 

 地を蹴り回し蹴りを避けたと同時に、土流壁により形成した壁を蹴り、跳び上がって時計回りに体を捻る。

 頭部を狙っていた影分身の下から右手で裏拳を叩き込み、軌道を強制的に上方修整。

 掬い上げられ、可動域の限界に至った分身体が小さく呻き、体を後ろに逸らして倒れ行く。

 体勢が崩れたのを知覚して、逆の手で抜いていたクナイを裏拳を放った手に鋭く移し、ナルトの突き出したクナイを切り払う。と、(つい)でに足元を狙った影分身も切り捨てた。

 

「流石先生……!」

 

爛々(らんらん)と青い目を輝かせてナルトが笑う。

 純粋に戦闘を楽しんでいる様子の先生の子。

 こいつはまだまだ強くなる。直ぐにでも俺を追い越す勢いで、歴代の火影に迫る勢いで。

 だからこそ、今はここで叩いておく。

 お前は強い。だが、「今」に満足して貰っては、昨日お前が宣言していた「里を守る」なんてのは到底叶えられる夢ではない。だからこそ、這い上がれ。越えるべき障壁として俺を見ろ。

 そしてより、強くなれ。

 

「アカデミー上がりにしちゃ上出来どころか異常だね。ま、昼まで寝ときなさい」

 

 感情を表に出さないよう、今日程苦労した事はないだろう。

 自然と緩みそうになる口元を引き締め、俺は手刀を振り(かざ)す。

 首筋に落とせば意識を刈り取る事が出来るだろう。これでナルトとの組手は一先(ひとま)ず終わりだ。

 

「でも──」

 

「っ!?」

 

 瞬間、悪寒が駆け巡った。

 首の裏から背筋(せすじ)までを、()()の先で撫でられたような背筋の凍る感覚。幾ら感じても慣れる事のない、忍びとしての危機察知。

 出処は──

 

「──影分身か……!」

 

 試す色合いの視線が俺を射抜く。

 特大の危機察知により僅かに鈍った手刀がナルトに届くには時間が足りない。

 そも、意識を奪ったところで術が発動しないとも限らない。

 この短い戦闘で理解した下忍不相応の実力の持ち主は、倒れる直前まで術を編み上げ行使する気合いを間違いなく持っている。下手をすれば気を失ってでも発動する異常なタフネスさを兼ね備えている。

 これが無関係な他国の忍びであれば何の躊躇もなく離脱出来たのだが、今回はそうも言っていられない。

 これからの教え子だ。重度に自傷してしまっては目も当てられない。

 医療忍術があるといっても限度がある。そして影分身から感じる脅威はそれを超えて傷を負う危険性を孕んでいる。

 

(厄介な……)

 

 心の内でそう零してしまうのは不可避。

 殺す気で来いと言った手前、忠実にその言葉を守っているのだろうが、想定していたものより何倍も苛烈。ある点では真に実戦を想定していると言っていい。追い詰められた時はせめて相手も道連れに、という嘗て経験した戦時中の心意気だ。

 何故ナルトの中でその考えに至ったのかは不明だが、もしかすると暗殺の危険に度々晒されていたのかもしれない。

 それは別段不思議ではない。ナルト自身には伏せられているが、10年以上前に里を半壊させた九尾がこいつの中には封印されている。封印されているだけでこいつがどうこうした訳ではないのだが、「九尾を封印されているくらいだからナルトも悪い」と頭の痛くなる無茶苦茶な理論を展開する者も、里の半壊という実害を被った以上少なくない。その中に排除しようと動く者がいたとしても、有り得ない話では決してなかった。

 望む望まざるに関わらず、自然と鍛えられてしまったのだろう。

 それでも、里を守りたいと言ったこいつはお人好しが過ぎる。

 

「──こいつはどうです?」

 

 滑らかに、手馴れたように体の正面で構えられた片手印。

 それが、合図となった。

 

「ぐっ!?」

 

 ナルトの皮膚が内側から膨張する。

 まるで爆弾のように。そして事実、それは分身爆発であった。

 ボンッ! と影分身が炸裂する。

 全身を襲う衝撃。ナルト本体を攫う間もなく暴力的な高温の風圧に晒される。

 俺は無造作に雑木林に弾き飛ばされた。

 

 体がガザガサと葉を分け、メキメキと枝を折り、辛うじて身を捻って幹に受身を取る。

 俺の通ってきたところが歪な空白を生み、広場にまで視線が通るようになっていた。

 広場にはモクモクと土煙が立ち込める。その中にものの動く気配はなく、慌てて額当てをずらして左眼の写輪眼によって直接的にチャクラの流れを確認した。

 

「ッ……!!??」

 

 そこで視認したのはある意味で常軌を逸した存在だった。

 一瞬で露と消えたとは言え、その在り方は人の身に収まった9本の尾を持つ狐――九尾そのもの。高濃度のチャクラが外部へと形を持って現れていた。

 しかも本来であるなら大気が震えるような違和感を覚えるというのに、何らかの被膜に包まれたかのように外界への影響が皆無。完全にチャクラが遮断されていた。

 俺の動揺は最早正常に卒業演習を(こな)せるようなものではなかった。どういう理由にせよ、三代目にナルトの尾獣化の件を伝えない訳にはいかなった。

 サスケやサクラには悪いが、俺は演習を切り上げるため動き出した。

 


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