GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~   作:A-Gyou

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The Crazy Gun/Sitting the Target

照門と照星を結んだその先に、穿つべき者がいる。

しかし、狙われている者たちが静かにじっとしているかどうかはまた別の話だ

 

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ペイラー榊とは、包み隠さず言うと変人である。

彼の本質的な性格は、干渉せずにただあるがままを観察する、という徹底した傍観主義と言える。

 

故に、彼の根底を理解している者は彼を“星の観測者”とあだ名する。

 

だが、そんな彼にも愛着に始まり多少の拘りという物はある。ペイラー榊は、本質が何であれそもそも人間なのだ。

 

「急に呼び出して、自分に何の用でしょうか?」

 

ラボラトリに呼び出された彼___イリヤ・アクロワは怪訝そうな表情で訊く。

 

「やぁ、イリヤ君。何、そんなに身構えないでくれたまえ。何も変なことをしようって気は無いから」

 

そういう言葉を信じて欲しいならまず部屋の中をどうにかしろ、イリヤは心の中でそう即答してしまった。

 

デスク周辺に積み上げあられた書類やらレポートの山。

その山に挟まれたデスクの上には複数のPC画面。その影に隠れるようにして榊はいる。

唯一の救いは、眼に届く範囲でマッドな機材やら薬品が見あたらないことだ。

 

とは言えはっきり言って人を呼び出す者の振る舞いでも態度でも無い。

 

「いやぁ、イリヤ君とは一度ちゃんと話をしてみたかったんだよ」

 

今できる作業を全て終えた榊が、デスクの椅子から立ち上がり上山の中を器用に進んで座学用兼来客用のソファに腰を下ろす。

 

「まぁ、立ち話も何だし座ってくれ」

 

いったい何だと思いながらも、言われるままにソファに腰を下ろす。

 

「さて、イリヤ君。こういうプライベートな形で僕と話をするのは初めて、だったかな?」

 

これがプライベートな会話というのならば、公的な会話との区別はどこで理解するべきなのか。そこが全く分からないくらいに、榊の口調は普段通りだ。

 

はぁ、と曖昧な返事が漏れる。

 

「話、とは言っても朗らかな世間話がしたいわけでもなくてね。最近、君にとっても僕にとっても面白くないことが多い気がしてね。心当たりはないかい?」

 

世間話と言うよりは密談のような内容の会話を、やはり普段通りの口調で口にする。

 

言われたイリヤとしては、心当たりが確かにある。

 

「そう、ですね。個人的に面白くねぇなと感じることはいくつか」

 

「だろうね」

 

全てを見透かしたかのような、確信を持った口調。

 

イリヤの中で、嫌な予感が渦巻く。また、何かろくでもないことが自分もダシにして煮立っているのではないか、と言う胃袋を捻り絞られるような不快感。

 

「単刀直入に言おう。君はこのアナグラの1部の派閥から消されそうになっているんだよ。命も、存在も、ね」

 

アナグラの1部の派閥、その表現に心当たりがありすぎるイリヤは思わず鼻で笑ってしまった。

 

「1部の、ですか。なるほど、あの数で1部の派閥か。バカみてぇだな」

 

「ん? 何がおかしいんだい?」

 

イリヤは、無論愚か者ではない。そして、阿呆でもなければ野蛮でもない。それなり以上に頭脳があり、教養もあり、何よりも知恵がある。

 

「1部って言うには、随分と大袈裟な数な気がするんで。つい、おかしくて」

 

そもそも。

 

イリヤが本当に殺されかけた任務といい、幾度となく不自然に舞い込んできた任務といい、アレは1神機使いができるような芸当ではない。

 

何せ、どこまで行こうがイリヤに舞い込んできたのは任務なのだ。

 

であれば、任務を受注する側だけではどうにも出来ないことだってある。例えば、“軍曹以上の隊員で構成されたチーム”等の条件付き任務を、どうやってイリヤに受けさせたのか、と言う話だ。

 

うんちくを垂れるより、答えを言おう。

 

彼を殺そうとしているのは、何も神機使いだけでなく他の方面にもいると言うことだ。

 

「ふむ、そこまで察しが付いていたのか。いやぁ、なかなか鋭いね」

 

榊の感情の薄い声がやけに耳に残った。

 

「さて、キミの事情もさることながら僕も大概嫌われていてね。主に本部の研究グループとかに、ね」

 

はぁ、と実感のない返事がイリヤの口から漏れる。その話題がどうやって時分の事情と結びつくのかが、現実的な予想として思いつかないのだ。

 

「僕個人としては、お互い嫌われ者同士仲良くしようと思うんだけど......まぁ、向こう側も似たような考えに至った部分があってね」

 

「......つまり? 本部の研究グループの一部と、アナグラで自分のことを嫌ってる輩共が何かの拍子に協力関係を築いた、と?」

 

イリヤとしては、そんな馬鹿な、と一笑に付してしまうような予想だ。現実味が無さ過ぎる。

何せ、少なくとも今ある情報だけでは相手の2勢力が関係を築くような接点が少なすぎるし弱すぎる。

 

しかし。

 

「どう言う訳か、そう言うことらしい。残念なことにね」

 

「その判断の根拠はどこから来てるんですか?」

 

イリヤは、何よりも先にそれを突いた。

イリヤを排除しようとする意思と、榊博士を排除しようとする意思の、一体どこに繋がりが出てくるのか? 繋がることで、一体どんなメリットがあるのか?

 

少なくとも、イリヤにはそれが分からないでいる。

 

「僕は、僕以外のアラガミ研究者達から嫌われていてね。特に本部のタカ派連中には、ね」

 

榊は、何かを思い出すような風情で話す。それは、まるで遠い昔の苦い記憶を語るようにも見えて。

 

「僕も、フェンリルの研究職員の中では大分強い権限を持っていてね。僕の認可が無いと実行に移せないような種類の研究も、結構あるんだ。そのせいで、僕から早くその権限を取り上げたい連中は多いんだよ」

 

「はぁ……」

 

イリヤも、榊の説明で何故彼が嫌われているのかは理解した。理屈として分からない話ではない。榊の権限とやらで実行できない研究が、果たしてどのような物なのかは流石に分からないし、訊こうとも思わないが。

 

「ただ、僕の敵は確かに馬鹿にならないほどに膨れ上がっちゃってるんだけど、例えばハト派の研究者の中には僕の協力者になってくれる人もいるんだ。イリヤ君にも分かる人物で言うならリッカ君とか、ね」

 

重苦しいネタの会話の中に、自分が知っている人物の名前が出てきて少しだけホッとする。

そして、さっきまで自分自身でも気づかない内に緊張していたことに、イリヤは少し動揺を覚える。自身を取り巻く環境に対して、彼は彼が思っているよりもストレスを感じているのだ。

 

「そういう繋がりの中で、いろんな噂に始まる各種の情報が僕の所にも来るんだけどね。その中に、僕を嫌う連中と君を消したい連中の結託を臭わせる話が出てきたんだよ」

 

「臭わせる話、ねぇ……。また、えらく信憑性に欠けそうな雰囲気ですね」

 

ところがどっこいそう言うわけにもいきそうにない、と言わんばかりの勢いで榊は返す。

 

「さっきも言った通り、僕の権限で凍結させている計画が複数ある。そのうちの1つに、マーナガルム計画と言うのがあるんだ。細かい内容は省くけど、要はP73偏食因子に適合する人間を作ろう、と言う話だよ」

 

そのマーナガルム計画の落とし子がソーマなのだが、榊はその場では口にはしなかった。

遅かれ早かれ、イリヤにも知られる日は来るのであろうが、少なくとも今すぐに教えなければならないことでは無いのだ。

 

かつての苦い記憶にほんの僅かに言葉が詰まりそうになるが、それを無理矢理ねじ伏せる。

 

「凍結されたマーナガルム計画の代わりに、僕達ハト派が提唱したのが第2世代神機の開発運用プロジェクトなんだ」

 

実際、第1世代神機だけでは戦力として不足しているのはどうしようも無い事実だ。

その戦力不足を、どう補うかという問題に対して強力な神機使いを生み出すか、強力な神機を作るかの方法論の違いが出てしまっただけだ。

 

「派閥争いなんてする暇あったのかよ……」

 

イリヤは思わずそうぼやいてしまった。

無理も無い話だ。イリヤは今でこそフェンリルの神機使いだが、もともとはフェンリルから見放された中で文字通り必死に生き延びてきた人間だ。言ってしまえば、フェンリルのせいで苦労していたのに、当のフェンリルはそんな下らない方法論の違いだけで揉めていたのだ。

 

「ハハハ、耳が痛いね。特に、イリヤ君のような人から言われると尚更にね」

 

榊の苦笑いに若干の居心地の悪さは感じたが、撤回しようとも思わなかった。少なくとも、榊に謝罪をしてほしいわけでは無いし、こんな所で昔話をほじくり返したいわけでも無いのだ。

 

榊も、イリヤのその意思をくみ取ったのか話を戻す。

 

「まぁ、イリヤ君の言うとおりの馬鹿馬鹿しい派閥争いが続いているんだ。頭が痛いことに、今も、ね。そして、タカ派の中でも特に過激な部類の輩が聞き捨てならないシナリオを想定している、と言う噂が僕の所にも流れてきたんだ」

 

「そこで俺が絡んでくるんですね? 大方、新型神機の運用実績に、リカバリーが利かないほどの失点を付けさせて凍結中の計画に注目と期待値を引き付けたい、とか。んで、その生け贄に俺が指名されている」

 

「……正解だよ。やっぱり、君は鋭いね」

 

重苦しいため息をこらえながら、榊はイリヤの理解力に賞賛を送る。そして、内心ではイリヤの理解力の高さは、いずれ何らかの形で煙たがれる日が来るのだろう、と容易に想像できてしまい、尚更ため息を吐きたくなっている。

 

「で? そのシナリオの中で生贄になる人物として俺を推薦しやがったのはどこのどいつなのか、までは分かってるんですか?」

 

「残念ながら、そこまだ明確になっていない。ただし、関与のレベルとしては現場の神機使いから、アナグラの司令部付き幹部まで、とかなり広く予想が出来る。まぁ、それくらいの関与が無いと君の任務内容の工作なんて出来ないだろうしね」

 

榊が提示した予測範囲の広さに、もはや乾いた笑いすら忘れてしまう。

だが、冷静に考えてみれば不自然な範囲でも無い。イリヤだけを消したいのならば明らかにやり過ぎの範囲だが、榊を失脚もしくは消したい、と言うのであればそれくらいになってもおかしくは無い。

 

何せ、消そうとしている相手の立場が立場だ。

 

「ちなみに言うと、僕をどうにかしたいって思っているであろう人間についてはいくつか候補がある。一応聞いておくかい?」

 

榊の提案に、数秒思考を巡らせる。

 

重要度は高いか? 否。

知らないままで損はあるか? 否

後で聞いてリカバリーが出来るか? 可。

 

であれば。

 

「今はまだいいです。聞いたところで、多分ややこしくなるだけなんで」

 

情報はあるに越したことは無い。

それは事実だ。しかし、処理しきれない問題や後に回しても大丈夫な類いの情報は抱え込むだけ足枷になる。

有効活用できない情報は、邪魔になるのだ。

 

「そうかい。分かったよ。また、必要になったらいつでも聞きに来てくれてかまわない。あと、何かあったらできる限り逐次教えてくれ。僕の方でも何か分かったら君に教えよう」

 

「共同戦線、ですか?」

 

「その通り! 向こうが複数で結託してきてるんだ。こっちもそれ相応に対応しないとね」

 

「分かりました。変なことがあったらすぐに知らせます。あとは……このことは自分と博士だけの内密にしておいた方がいいですか?」

 

組織的な圧力や陰謀に対抗するには、まず自分達の情報を隠匿することが重要になる。情報の隠匿は、情報保有者が少なければ少ないほど容易になる。

ただし、情報保有者の数はそのまま戦力の頭数にも繋がる。少なすぎても、問題があるのだ。

故に、結束の幅の調整には非常にシビアなセンスが問われる。

 

「リッカ君と第1部隊、ツバキ君、ゲンさんあたりには共有しておいても構わないよ。恐らく、彼らも薄々感づいてはいると思うからね。共有するかしないかは君に任せるよ」

 

「……分かりました」

 

僅かな思案の末に、イリヤはそれだけを応えた。

榊が大丈夫だと言うからには問題は無いのだろうが、まだ自分の中で整理できていないことも多々あるのだ。

 

「他に何か質問とかはあるかい?」

 

「そうですね……変な話ですが、敵はフェンリルだけなのかって言う疑問はありますね」

 

「……成る程」

 

イリヤの疑問に、榊は確かに、と納得する。

どこの支部に行ってもそうだろうが、フェンリルという組織は基本的に腐敗している。どう言うレベルで腐敗しているかというと、例えばアナグラで言えば地下組織の麻薬栽培に少なからぬ関係を持っていたり、と言った具合だ。

 

そして、榊の情報収集力だからこそ知っているのだが、その件については、イリヤが少なからず関わっていることも察している。

 

そこから読み取れるのは、地下組織___ギルドからの何かしらの妨害や直接的な攻撃も想定さてる、と言うことだ。

 

何せ、ギルドとアナグラには一部とは言え深く強い繋がりがあるのだ。そして、麻薬事案については両者共にイリヤの存在が面倒の根源にあることも分かっているだろう。

 

「確かに、あり得る話だね。ただ、想定出来る相手が曖昧すぎるのも事実だ。警戒はしておいて損は無いけど、疑心暗鬼にならないように気をつけてね」

 

「……努力します」

 

「他には?」

 

「今のところはありませんね」

 

イリヤのその返事で、榊はイリヤを部屋に帰した。

 

そして、榊1人になった部屋の中で彼は天井を仰ぎながら大きくため息を吐く。

 

「恨むよ、ヨハン……」

 

苦笑いを口元に携えながら、静かにそう呟いた。

 

ペイラー・榊とは変人である。

それは、過去のすれ違いから襟を別ったはずの友人を今でも憎み切れていない、人間的な甘さも内包しているが故なのかも知れない。




大変お待たせしました!

年単位で投稿が滞っていたことに、深くお詫び申し上げます。
待って下さっていた皆様には感謝しかありません。

更新速度はカタツムリ並みになってしまいますが、これからもよろしくお願いしますm(_ _)m

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