GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~ 作:A-Gyou
彼は選択を迫られる。
そして、彼の選んだ道はどんな答えを彼に与えるのか。
それはまだ先の話。
「裁判を受ける前に、身体検査だ」
そう言われて、彼は少なくとも、一般用のそれでは無い医務室に連れて行かれた。
そこでまっていたのは、マスク越しでも分かるくらいに表情が冷たく固まった医者と思わしき風貌の男性が一人。
「キミが、イリヤ・アクロワだな?」
自分にとっては興味が無いが、致し方なく嫌々訊くかのような態度の男。
「何、変なクスリを使おうという話では無い。キミがどんな経緯で極東支部に来たのかも、キミの出生がどんなものなのかも、そもそもキミがフェンリルの登録リストに無かったからね。だから、ここで登録に必要なデータを取るんだ。いくら犯罪者と言っても、名無しの罪人を公的な裁きの対象にするのは拙いからね」
そう言いながら、男はペンと小さなボードを手渡した。
「そのボードに、自分の名前を書いて」
言われたとおりにする。
「それじゃあ、そこの壁の前に立ってくれ。そう、メモリが刻まれてる壁だ。その左側に立て」
言われたとおりに動く。
すると。
____パシャッ
「まずはキミの証明写真だ」
いつの間にか手にしていたカメラで写真を撮られていた。
イリヤにとっては案外どうでも良いことではあるが。
「次だ。血液採取をする。あそこにいすに座れ」
男が指をさすその先には、白いクッションがのせられた小さな机と、金属製のいすがあった。
「……血液は偉大だ。それが1mlあるだけで、その人間が内に秘めている様々な可能性、情報を教えてくれる」
いよいよ、何言ってんだこのオッサン、である。
(まぁ、まともじゃねぇ感じだな。キチガイの類いか?)
等と、大変失礼極まりない人間観察をしていたりする。
「準備が出来た。ほら、どっちかの腕を出せ」
言われて、彼は反射的に利き腕とは“逆の”腕を出した。
彼の腕に走る血管の位置を手で触りながら確かめ、どこに刺すのかを決めたのだろう、アルコールでその部分一帯を拭き上げてきた。
「力を抜きたまえ。じゃないと、取れる物も取れなくなる。キミが無駄に痛い思いをするだけだ」
そう言われて、初めて自分が少し緊張していることに気付いた。どうにも、注射器を見ていると、何かを思い出しそうになるのだ。
しかし、彼の覚えている限りでは、少なくとも物心が付いてからは一度も注射の世話になったことは無いはずで。
(どうでも良いか)
考えるのも面倒になったので、その一言で全てを流す。
その瞬間、正に刺す痛みが彼の左腕、肘の裏に走った。
「っ!」
刺されてる痛みと、どう表現した物か、刺された場所の周辺にたまってくるジワリジワリとしたイヤな痛みに顔を歪ませる。
痛みに耐えること数秒。
「採決は済んだよ。あとは、これを傷口に当てて、概ね5分間変に弄ったりせずに押さえておきなさい。これで、身体検査は終わりだ」
終始不気味な空気のまま彼の身体検査は終わった。
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いくら荒廃したとは言え、人類の科学力はかなり高い水準まで達していた。
その名残かどうかは分からないが、アラガミが闊歩する世の中になろうとその片鱗はあらゆる面でその面影を見せている。
代表的なところで行くと、建築工学、医療技術、その他科学分野。
そして、その医療技術面での片鱗はこの日も、姿を現していた。
アナグラ本部棟ラボラトリ。
そこに城を構えているのは、ペイラー・榊と言う時折頭が吹っ飛んだりする科学者。
ボサボサにのばした白髪頭、本心を悟らせることを許さない細い目、画面やら資料の見過ぎであろう、やや厚めの丸眼鏡。そして、かなり無頓着な服装。
いかにも科学者然とした風貌のこの男。
実はかなりのやり手である。
何せ、この世の天才と数えても文句の無い頭脳の持ち主でもあり、代表的な例で言えばアラガミの偏食傾向の解明とそれを応用したアラガミ装甲の開発。
ある種のキチガイがこの世の救世主、とまでは行かなくてと人々の生活の安全基盤を築いた、と言うのはいささかシュールでもある。
そして、彼は今日もその頭脳を以てして、新たな人類の可能性を見つけていた。
「……ふむ、実に興味深い」
彼から目を離してもらえないデータ。
それは、つい先程新たにフェンリルに市民登録された人物のものだった。
「これは是非とも、引き入れたいものだね」
彼はそう独り言ち、“ある人物に”連絡を入れた。
「やぁ、私だ。……弁えてるつもりさ! え? そうか、それはすまなかったね。そんなことより、ついさっき面白いデータを見つけたんだ。コッチ側に引き入れたいんだけど、いささか分が悪いみたいでね。それでキミに相談したんだよ。……仕事をさぼっているわけじゃ無いさ、そこは信じてくれ。ただ、これはそのままにしておくには余りにもおしい素材だ。キミの方から、どうにか出来ないかな? 頼むよ」
「_____あぁ、頼んだよヨハン」
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ここで待て。
そう言われてから、かなり長い時間放置されている。
イリヤが待機させられている部屋は、“フェンリル極東支部第3会議場控え室”という大層な名前の部屋だ。
控え室、と言う名前でもそこまで広くない、と言うよりもむしろせまいと言える部屋だ。
一体何人分の隠れ喫煙室になっているのか、彼が座っているソファからはヤニの臭いフワフワと漂ってくる。
本来は真っ白であったであろう壁や天井も、しっかりヤニ色に染まっている。
イリヤは、何でも良いからこの部屋から出して欲しかった。
彼は、タバコの臭いが大嫌いなのだ。
理由は分からない。
とりあえず、タバコの臭いを嗅ぐと胸焼けするのだ。
(……何でも良いから早くしてくれ…)
苛々としながら、その気分と同調するように貧乏揺すりが激しくなっていく。
そして、気が付けば彼がこの部屋に放り込まれてから2時間ほど経過した。
ドアがノックされた。
彼が返事をする前に、また例によって武装警備員が有無を言わせぬ態度で入ってきた。
「出ろ。裁判が始まる」
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カンカン、と恰幅のよろしそうな裁判官が、あの小槌をならした。ちなみに、あの小槌はジャッジガベルと言うらしい。
「これより、イリヤ・アクロワの裁判を始める!!!」
裁判官が、視線を机の上に移して。
「イリヤ・アクロワ。貴君の罪状を述べる。1つ、フェンリルに対する反逆行為と同等の活動。1つ、公共向け物資の略奪。1つ、テロ活動準備と思わしき行動。以上3つである。これらの罪は、フェンリルが定める市民の厳守事項の第4条82項、フェンリル庇護下に置かれている市民はフェンリルの活動を妨害するような活動又はその活動の幇助を行った場合罰せられるものとする、に抵触している。
イリヤ被告。ここに述べられたことに、間違いは?」
何も文句は言えまい、そんな態度が見え隠れしていた。
そして、イリヤとしてはその態度が大変気に入らなかった。
しばし、静寂が室内を包み込む。
「……大ありだな」
室内が、確かにどよめいた。
「俺がそこで言われたことやったのは、市民登録される前のことだ。それを何だ、そっちの事情に合わせるために今更市民登録を無理矢理やらせて、そっちがやりたいような土台に仕立て上げる。今の今まで、俺とか、他の市民登録されてないガキ共を見捨ててた輩が、今更何を偉そうにそんなこと駄弁ってんだ、あぁ!?」
更にどよめく。
「俺が何であんな事やってたか教えてやろうか? お前等が! ずっと! 俺達のことを“見えないことにしてたから”だよ!! だがな、俺達だって死にたくない。でも、俺達の存在は社会的には無いことになってる。じゃあ俺達に死ねってか? ざけんなこの豚野郎っ!! 生きるためにはそれしか無かったんだよ!! そりゃな、そっちの職員を何人かしばいたし、物騒なオッサン共にもそれなりのことはしたさ。だがな、少なくとも飯に関することなら、俺は文句も異論も大ありだっ!!」
裁判官も、記録人も、傍聴席に座っている人間も、全員が苦々しい表情に変わった。
それもそうだ。
彼が言っていることは、彼らにとってひたすらに都合の悪い、触れて欲しくないところを、触れるどころか掴んでいるのだ。しかも、握り潰さんとする勢いで。
だが、ここで黙るわけにも行かないのが判事だ。
苦しいと分かっていつつも、口を開く。
「貴君の主張はよく分かった。だが、それならそれで貴君に問いたいのだが、貴君は。市民登録をしようとする努力をしたのかね?」
「してないわけ無いだろ、このタコ。アホなこと訊くな」
裁判官は顔を引きつらせる。
「ならば、どうして市民登録リストにキミが含まれていないのか。説明したまえ」
「俺が捨て子で、親が誰か分からない。身元保証人もいなかった。だから、俺一人じゃ市民登録してもらえなかった。アンタ、俺が未成年であることを忘れてねぇだろうな?」
しまった。
裁判官は、明らかに自分が踏み込んではいけないタブーに両足を突っ込んでしまったことに気付いた。
手元の資料には、確かにイリヤ・アクロワが17歳でフェンリル極東支部の条例的に未成年であることを証明している。皮肉にも、彼を無理矢理こちらのどたいにのせるために行ったおざなりな市民登録が、それを示していた。
そして、事実として極東支部では、未成年が個人で市民登録をするためには、親か身元保証人がいるのだ。しかし、彼は捨て子でありどちらの存在もいない。
明らかに自分は拙い発言をしてしまった、という自覚がある。
「まぁ、俺がやったことで迷惑してる人もいるんだろうよ。そこまで思慮が浅いわけでもねぇさ。ほら、俺は一体どんな罰を受けるんだ?」
イリヤとしては、もう、こんな馬鹿共と言って過言で無い連中の巣窟から出て行きたかった。
「フェンリル極東支部司法部は、イリヤ被告に対して2つの選択肢を与えている。1つ、原則に則って終身刑に処する。1つ、司法取引に応じゴッドイーターとしてフェンリルの活動に参加する。以上2つである」
話の方向性を無理矢理ねじ曲げて、判事は最後の段階に話を持っていった。
(終身刑かゴッドイーターになるか……ン!? ゴッドイーターだと!?)
判事の言葉を反芻して、そして自分に与えられた選択肢の中に現実味の無い選択肢があることに気付く。
「……ゴッドイーターになれって言うのは、アレか? 罪人だから変な実験台にしても良いだろうって魂胆か?」
イリヤの警戒は、当たり前と言えば当たり前である。
何の前触れも無く、ゴッドイーターになれ、と言われたらその言葉の裏を勘ぐるのは、むしろ当然の反応と言える。
「___裁判長。その件については私から説明してもよろしいかな?」
その時、傍聴席から低いながらもよく通る声が響いた。
「っ! シックザール支部長、どうぞ」
(支部長? ここのトップか)
イリヤは、上半身を傾けてジロリとシックザールを睨むような目つきで見上げた。
「イリヤ君、だったね。私はフェンリル極東支部の支部長を務めているヨハネス・フォン・シックザールと言う者だ。キミがそう勘ぐってしまうこと自体は仕方が無い。民間向けには、あんな報道で適性試験の説明をしているが、この際正直に実情を言えば、成功率は未だに五分にも満たない。そして、失敗した場合は被験者は、死ぬ。たが、君の遺伝子情報から8割を上回る適合率を持つ神機が見つかったのだ。つまり、今、ここで、君が神機使いとしての道を歩む選択をすれば、終身刑という余生を無駄にしてしまうよりもよほど有意義な未来を掴むことになる。そしてそれは、君だけでは無く、我々はおろか人類の助けにもなるのだ。悪い選択肢では無いだろう?」
言うまでもなく、イリヤは終身刑などを受け入れるつもりは、毛の先程も無い。
だからこそ、彼が選ぶ選択肢はただ1つ。
「……分かった、司法取引に応じる」
その瞬間から、人類を巻き込んだ大きな歴史の流れが始まった。