GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~   作:A-Gyou

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人生的計算外

 

ある日のこと___

 

イリヤは食堂で昼食をとっていた。いつもなら“ジャイアントトウモロコシの醤油焼き”を2本ですませているところだが、今日は少し気分を変えて“極東パスタ”なるメニューを選んでいた。皿の上には、GE盛り、という山盛りを2倍くらいに大きくした量のパスタが盛られていた。ソースは梅干しをメインにしたバター醤油で、ややサッパリした味。

 

(んめぇ……)

 

盛り方は全然気品が無いが、イリヤはそれでもちゃんと行儀良く食べていく。麺をフォークに小さく巻き付けて、口へ運ぶ。チマチマとそれを繰り返す。だが、間違ってはいけない。食べ方がチマチマと行儀が良いだけであって、スピードは他の神機使いのドカ食いとそこまで変わらない。

 

(たまにはこう言うのもありだな)

 

余談であるが、某ネコパーカーの神機使いはこれが食べられない。何せ、酸っぱいから。

 

そんなことは一切気にせずに、無言真顔でひたすらに食べ続けて、そして皿を平らげた。

 

「ご馳走様でした」

 

手を合わせてそう言うと、途端に周囲がざわめきだした。イリヤの日本式食事マナーを守る姿に対するものでは無い、と気付くのにはさして時間はかからなかった。

 

 

 

___おい、死神が戻ってきたぞ!

 

___同行した奴誰だった?

 

___第4部隊の奴だが……どうだ? いるか?

 

___分からねぇ……

 

 

 

(死神……ミコト? ソーマ? どっちだ)

 

余りひそひそとは言えない音量の会話を盗み聞きしながら、イリヤはそんなことを考える。

 

 

 

 

___……アイツだけみたいだな

 

___らしいな

 

___ほら見ろ、アイツが一緒だと死ぬんだよ

 

___エリックは運が良かったんだな

 

___で? ほら、賭けてたんだろ? 金寄越せ

 

___ちっ、アイツと一緒に行った奴も使えねぇなぁ……ほらよ、3千fcだ

 

___へっ、死神様々だぜ

  

___畜生、また赤字だ

 

 

 

 

そして、その会話を聞いている内に、イリヤはだんだん不愉快な気分になってきた。死神、が誰のことを言っているのかは分からなかったが、それでも腹が立った。イリヤ自身、こんなことで怒りを感じるのも初めてだから戸惑っている部分もあるが、それでも、だ。

 

(……人の命をチップにしてんじゃねぇよ)

 

これ以上この場所にいたくない、という思いが勝ってイリヤは皿とトレーを返却台に運び、そして食堂を後にした。

 

廊下を歩いていると、見覚えのあるサングラスをかけた赤髪の青年が壁にもたれかかっているのが見えた。

 

 

(誰だ………?)

 

 

記憶を辿っていくと、答えが見つかった。

 

 

「エリック……さん?」

 

 

ほとんど無意識に口にして訊いていた。そして、エリックはそんなイリヤの声を聞き取り、少し驚いた様子でイリヤを見た。

 

「やぁ、イリヤクン。どうしたんだい」

 

過去の印象と一寸もずれること無く、少しナルシズムを携えた口調でエリックが近付きてきた。

 

「いや、エリックさんこそこんなところで何を? っつうか、随分暗い感じですね。何かあったんですか?」

 

「キミにも見抜かれてしまったか……」

 

今のエリックの声には覇気が欠けていた。その代わりと言っては何だが、沈んだような雰囲気に溢れている。部隊の人間とそこまで交流が無いイリヤでも、それくらいはすぐに気付いた。

 

「まぁ、ね。また、1人の神機使いが、任務中に死亡した。第4部隊の隊員でね……ボクと同期だったんだが……」

 

「そう、ですか」

 

任務中に死亡。そのフレーズを聞いたとき、イリヤは改めて自分達がいつ死んでもおかしくない職に就いているのだ、と自覚する。その死んだ人物が、どのような人柄で、どんな死に方をしたのか、には全く興味がわかなかったが。  

 

「同行していたのがソーマでね……」

 

なるほどだからか、とイリヤは心の中で勝手に納得していた。そうなると、食堂で聞こえたあの不愉快な会話の意味もよく分かる。そして、今こうしてエリックが落ち込んでいるのも。

 

「ソーマも、あれが以外と打たれ弱いからね。またしばらく荒れるんだろうね……」

 

イリヤにとってのソーマの第一印象は、よく分からないが愉快そうな人物、と言うものだった。だから、エリックの口から「ソーマが打たれ弱い」と聞いたときに、むしろソーマとエリックの関係が結構親しいのだろうな、と理解できた。 

 

「こう言っては何だが、別にソーマがいたせいで死んだわけじゃ無い。任務中に死亡するのは、死んだ方が悪い。死ぬような振る舞いをしたから死ぬんだ……それをソーマのせいだと言うのは、全く華麗じゃ無い」

 

「………」

 

「おっと、すまなかったね。変に愚痴を聞いてもらうような形になってしまって……これじゃあボクも華麗とは言えないね」

 

時間を取らせてすまなかったね、エリックはそう言いながらその場を去って行った。

 

(どうにもねぇ……)

 

イリヤは、何とも言えない心のモヤモヤを抱えながら自室へと戻っていった。

 

 

 

 

___次の日

 

 

 

 

「今回の任務は新入りとソーマのペアで行ってもらう」

 

エントランスロビー2階で、リンドウがいつも通りの軽い調子で2人にそう告げた。イリヤとソーマに与えられた任務の内容は、言ってしまえば旧市街地に入り込んだコンゴウ2体をぬっ殺せ、と言うものだった。

 

「他の奴等も任務が入ってるから、お前等2人で良い感じに強力して」

「俺一人で充分だ」

 

リンドウが話し終える前にソーマが無理矢理話を断ち切った。

 

 

「おい新入り。お前も俺に関わるな」

 

 

ソーマは脅すような口調でそう言い放ち、その場を離れる。

 

「ったく、ソーマは………悪いな。だが、今のアイツは少しデリケートなんだ」

 

困った奴だ、と言わんばかりのリンドウの溜息。イリヤは、遠のいていくソーマの背中が、少しだけ彼の本音を代弁しているような気がした。その本音が何を言いたいのかは察せなかったが。

 

「本来ならエリックと組ませたかったんだが、あいにくエリックの方が入院している親族の見舞いに行っててな」

 

「問題ありません」

 

「………そう言ってもらえるとこっちとしてもありがたい」

 

「じゃあ俺も行ってきます」

 

「………頼んだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何で来てやがる……」

 

輸送ヘリの中で、ソーマが憎々しげな声色でイリヤに問うた。答えによってはお前を殺す、と言い出しそうな勢いだ。

 

「……何て答えて欲しい?」

 

「なめてんのかテメェ」

 

いきなり胸ぐらを掴まれた。イリヤを睨み付けるその瞳は、憎しみに濁っていて、イリヤにはそれが気に入らなかった。そもそも胸ぐらを掴まれている時点で不愉快なのだ。

 

「仮にそうだとして、お前は俺をどうするつもりだ? ここで殺すのか? ん?」

 

イリヤも耐えかねて、純粋に殺意を込めた視線をソーマの瞳にぶつける。ほんの少しだけ、ソーマの瞳が揺らいだ。ソーマの力が緩んだ瞬間に、素早く胸ぐらを掴む手を解き、間合いを離す。

 

「まぁ、ギスギスしねぇで仲良くしようぜ? 悪いことは言わねぇから」

 

そう言いながら右手を差し出す。

 

「………チッ、勝手にしろ」

 

ソーマは、差し出された右手を握り返すことは無く、ただそう吐き捨てるだけだった。

 

(嫌われてんなぁ、俺)

 

差し出した右手をさりげなく退いて、耳の後ろあたりををポリポリと指でかく。

 

 

 

 

 

「この任務は俺が1人で片付ける。お前は出しゃばるな、分かったな?」

 

任務開始地点に到着するなり、ソーマがいきなり口走った。その言葉は、威圧的であり、そして拒絶的な色を多分に含んでいる。よほど1人でいることに執着しているらしいことは、イリヤも何となく察していた。

 

「はいはい、新入りは大人しくそこら辺をほっつき歩いとくよ。任務終わったら連絡入れてくれ」

 

「………チッ」

 

感じの悪い物言いになるが、イリヤは別にそれはそれで構わないと思っていた。自分が手を下さずに任務が勝手に終わるのなら、それを拒む理由も無い。イリヤは、ソーマが1人になることに拘ることを、別に否定するつもりは無かった。

 

「んじゃあ、俺は勝手に散歩しとくから」

 

イリヤは、ソーマよりも早く飛び降りてエリアへと足を踏み入れた。イリヤは、流石にコンゴウとサシで当たって勝てるとは思っていない。前はコウタと一緒だったから勝てただけだ。だが、オウガテイルやザイゴート、コクーンメイデン程度なら問題無く始末できるくらいの実力は持っている。

 

(まぁ、上手い具合にやるか)

 

そう思いながら、気が向いた方向へ歩く。

 

「さて、1人寂しく宝探しと洒落込むか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____そのはずだったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(げぇ、マジか……)

 

イリヤが入り込んだ建物の中にいきなりコンゴウがいた。コンゴウは、建物の隅の方で瓦礫を捕食している真っ最中で、イリヤに背中を向けた状態。奇襲をかけるなら絶好のチャンスであった。だが、冷静な状態のイリヤは、今から奇襲をかけたとしてその後どうなるかを正確に予測した。結論としては、ボコボコにしばかれてその後喰われる。

 

(どうするよ、これ………)

 

下手に動けば、コンゴウの化け物じみた聴覚に、気配を悟られる。かと言って、このままじっとしていてもその内見つかる。そもそも、その間に他のアラガミがこっちに来ない保証が無い。

 

そうイリヤが思考を巡らせているときだった。

 

コンゴウが、いきなり顔を上げた。キョロキョロと周りを見ている。

 

(やべぇ)

 

イリヤが足音や物音を立てたわけでは無い。だが、イリヤは理解した。今、目の前にいるコンゴウは、他の場所にいるソーマが響かせている戦闘音に感づいたのだ、と。

 

はぁ、と苦々しく溜息を吐く。

 

その気配でコンゴウがイリヤに気付いた。

 

そして____

 

 

 

「こんクソがぁぁああっ!!!!!」

 

 

罵声を吐き捨てながら、ガンフォームに変型させたシノを構えてレーザーを我武者羅に撃ち込む。オーカ・ニエーバ甲から放たれた、超高密度オラクルが流星の如く光の尾を引いてコンゴウの横っ腹に直撃。更に2発目、3発目の光弾がコンゴウの表層組織を確実に破壊していく。

 

「3発撃ったら即移動ぉ!!!」

 

イリヤは、やけくそになりながらも戦闘の鉄則に従って立ち回る。

 

「うりゃぁぁああっ!!!!」

 

更に3発の光弾をコンゴウの顔面に叩き込む。1発目と2発目はコンゴウの頬を抉り、3発目がコンゴウの右目を直撃した。

 

コンゴウが耳障りな悲鳴と共に、両手で顔面を覆いながらうずくまる。

 

イリヤはコンゴウがダウンした隙を見逃さずに、すぐさま建物から離脱。教会裏の広場に出た。

 

対アラガミマニュアルにはこう示してある。

 

「相手が小型種であれば狭い場所を戦場とするべし。相手が大きくなるほど、開いた場所に移動するべし」

 

理由は簡単で、小さいアラガミは広い場所でちょこまか動かれるよりか狭い場所で行動の規模を小さくさせる方が攻撃が読みやすくなるからだ。それに対して、サイズが大きいアラガミは狭い場所だと逆に攻撃を受けやすくなるから広い場所に逃げろ、と言うことになる。ちなみに、両タイプのアラガミがいる場合は、上手い具合にやれ、と言う無茶ぶりだ。

 

(マニュアルに則ったは良いが………)

 

そう、中型種のアラガミに対してイリヤのこの対応は模範的である。

 

ただし。

 

相手がコンゴウで、しかもそれが複数同じエリアにいる場合は、悪手である。

 

コンゴウ種は聴覚が極めて高く、例えエリアの端にいようとも、半径1㎞以内の戦闘音ならば確実に聞き取れるのだ。

 

「やっちまった……」

 

苦々しく吐き捨てながら、シノをブレードフォームに変形させて待ち構える。

 

建物の中から、右目が潰されたコンゴウが躍り出てきた。イリヤの真正面に対峙する敵は、耳障りな咆哮を上げながら威嚇してくる。

 

「うるせぇんだよっ!!!!!」

 

イリヤはそう叫ぶやいなや、一気にコンゴウに肉薄し、相手の顔面を下から切り上げた。ガツッと硬質な手応えが柄を通してイリヤに伝わる。

 

「チィッ!!」

 

一撃目に与えたダメージは軽微。コンゴウの下顎を少し削る程度のものだ。欲張って、もう少し斬り込みたいところだが、一端バックステップを踏んで間合いを取る。

 

(近接時の間合いは常に付かず離れず……!!)

 

ステップを踏んで相手の死角に滑り込み、隙あらば肉薄して一撃を加える。

 

「せやりゃっ!!!」

 

横っ腹を切り裂くが、コレも少し手応えが薄い。だが、深追いはせずにすぐに間合いを取る。

 

更に数回ステップを踏んで、死角に回り込む。

 

 

 

「___ここだっ!!!!」

 

 

 

 

イリヤが踏み込んだ瞬間_____

 

 

 

 

全身がバラバラに千切れ飛んでしまいそうな程の衝撃が、イリヤの左側から襲いかかってきた。

 

 

「____がっ……はっ」

 

 

その勢いのまま吹き飛ばされ、教会の壁に激突。イリヤはその身体のほとんどを壁に埋もれさせる。

 

シノはイリヤから少し離れた地面に突き刺さっていた。即ち、今のイリヤには攻撃の手段も身を守る術も無いと言うことだ。

 

(イイモン貰っちまった……!!!)

 

グラグラと揺れる視界。脳震盪を起こしたようだ。全身に襲いかかる激しい痛みに、正常な思考が阻害される。

 

次の一手を、次の行動を、選べない。

 

ただ、焦点の定まらない目で、遠くのコンゴウを睨み付ける。だが、相手はアラガミだ。自身より下等な生物の威嚇などに怯えるような存在では無い。

 

すると、コンゴウが頭を下げ、重心を後ろに移動させた姿勢で止まった。

 

 

ヤバい。

 

 

イリヤは直感でそう悟った。

 

 

コンゴウのすぐ手前に空気の渦が発生。その空気の流れに砂が舞い上がる。

 

 

逃げろ、頭で叫んでも身体が応えない。

 

 

そして次の瞬間____

 

 

 

 

「___ぐげぇっ!!!??」

 

 

 

 

意識が飛びそうになるほどに重たい一撃がイリヤを直撃した。だが、ぎりぎり気絶は免れた。

 

 

それでも。

 

 

もう、既にイリヤは限界だった。

 

あと一撃___それがどのアラガミのいかなる攻撃であっても___喰らえば、確実にアウト。繋ぎ止めた意識の中で、イリヤの本能が警鐘を鳴らす。速く逃げろ、このままでは死ぬぞ、と。

 

(んなこたぁ分かってんだよ……)

 

しかし、身体が動かないのだ。

 

 

左腕は間違いなく骨折。肋骨も数本折れているだろうし、痛みの感覚で言うと、内臓に刺さるか何かしている。身体の節々が激痛を訴え、そのくせ動かそうとすれば感覚が無い。

 

 

 

 

 

____絶体絶命。

 

 

 

 

 

 

 

その4文字が頭の中に克明に浮かび上がる。

 

(死ぬに死にきれねぇ……んだが………!!?!)

 

気がつけば、コンゴウはローリングで急接近していた。その光景はやけにスローモーションに映って、いよいよイリヤの脳味噌に“死”と言う概念を植えつける。

 

 

 

 

 

反射的に、ギュッと強く目を瞑った___

 

 

 

 

 

 

 


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